人材マネジメントの枠組みに関するメモ
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自動車産業の研究で有名な藤本教授の論考の総まとめのような新書本(2003年)である。近年、ビジネスマンの我々は、「摺り合わせ型vs.モジュラー型」「日本企業の強みは摺り合わせ型にある」「自動車は摺り合わせ型商品の典型例」・・・といった言い方を普通にするようになったが、これは、「モジュール化論」や「産業アーキテクチャ論」のフレームワークを自動車産業に適用して詳細に論じた藤本教授の著作の影響が大きかったと思われる。

だから、本書は今にして見るとそれほど新鮮味はないかもしれないが、オリジナル論考の著者によるまとめ本としての価値は大きいと思われる。オリジナル論考の精度が、ビジネス界の言説の精度を規定する面があるので、オリジナルな論考の振り返りは重要なのである。

・・・というわけで、取り出してあらためて読み返してみたのだが、著者自身も後書きで本書執筆過程の苦労を振り返っているのだが、本書の「能力構築競争」というキーワードで日本の自動車産業の強みと今後の展望を描こうという試みは、2006年現在の自動車産業の状況を前にしては、最早十分な有効性を持ちえていないと感じた。すなわち、今後の産業構造を考えたり、企業組織のあり方を考えたりするための土台としては十分でないと思った。

本書で用いているフレームワークは、今にして見ると、かなり大雑把なフレームワークとなっている。それはまず、企業を次の4つのレイヤーからとらえるものであり、バランスト・スコアカードの4つの視点と同じものである。

  • 収益性 ・・・ 財務指標上に現れた競争力
  • 表層の競争力 ・・・ 市場における競争力
  • 深層の競争力 ・・・ 製品開発・物づくりの競争力
  • 組織能力 

自動車産業においては、この下から2番目のレイヤー(深層の競争力)に競争力の鍵があり、日本の自動車産業はこの深層の競争力の構築に邁進してきたことが、今日の自動車産業の競争力につながった、とするのである。

そしてさらに、このレイヤーを構成するプロセス、すなわち「製品開発・設計・製造プロセス」のことを、「製品設計情報の転写のプロセス」として描いている。そして、このプロセスは、自動車という体感に訴える最終製品の特徴や、鉄という加工しにくい素材の特性により、「摺り合わせ型の調整」が鍵になるために、日本企業の伝統的な組織運営方法の強みが活かされてきた、とするのである。

そして、自動車が「摺り合わせ型」の製品アーキテクチャを持つことは21世紀中頃まではおそらく変わらず、「深層の競争力=ものづくり能力」が今後とも競争力の源泉となり、従って、日本企業は優位を保ち続けるとするのである。(ただし、製品開発のプロセスは強いものの、「戦略的構想力」が欧米企業に比べて弱いために、最終的な収益力の強さには必ずしもつながっていない、としている。)


しかしこの枠組みでは、現状を分析し、今後の戦略や組織運営の方向性を議論するためには十分でないように思われた。

  • 本書では、部品のモジュール化が製品アーキテクチャを変えることはまだ当面ないとしているが、分析のフレームワークが大雑把であるために把握できないだけで、実際には、エレクトロニクス化、グローバル化、環境問題、産業再編の中で、「モジュール化」のインパクトは、本書で論じているよりもはるかに大規模に進展している可能性がある。
  • 現在既に、トヨタとホンダとニッサンとスズキとマツダとでは企業戦略や組織運営に違いが生じ始めていると思われるが、それを分析することがこのフレームワークではできない。
  • あるいは、グローバルな拠点再配置を分析できない。
  • マーケティングプロセスと製品開発プロセスの関連を、このフレームワークではとらえられない。
  • (ITSやカーナビなど)自動車交通システムの中における、自動車の位置づけの変化をとらえられない。あるいは、エネルギーシステムの中における自動車の位置づけの変化をとらえきれない。


「製品開発・設計・製造プロセス」を「製品設計情報の転写プロセス」という単一のレイヤーのプロセス(主プロセスと従プロセスとに分けている程度)として描いて議論することには如何せん無理があるように思われた。プロセスではなく階層を持つシステムとして、製品/商品をとらえなければならない。すなわち、

  • ブランドレベル
  • 車種ライン品揃えレベル
  • 完成車製造レベル
  • 部品製造レベル
  • 部品技術レベル
  • 素材技術レベル

それぞれのレベル(レイヤー)ごとに、活動対象の性質も、タイムスパンも異なり、従って技術の性質や、組織能力の性質も異なっている。それぞれのレイヤーごとに固有のプロセスルーチンと、蓄積された情報(データベース)を持っている。「製品設計情報の転写プロセス」といっても、一本の線、あるいは単に枝分かれした線ではなく、様々なサブシステムのルーチンの中に入り込んでいくことになる。


どのレイヤーを基盤として競争力を形成したか、ということには、企業による違いがある。現在のところレイヤーが「モジュール部品」として分離されていなくても、完成車メーカーの企業価値の内訳が、大きく変化しつつある可能性がある。例えば、いすゞのディーゼルエンジン技術に着目してトヨタが資本参加したことなどがそれである。いすゞは事実上ディーゼルエンジンメーカーに姿を変えつつあるのである。同じことが、トヨタのハイブリッド技術、三菱のエンジン技術などについても言えるだろう。「外側の形」は変わらなくても、「その中の重心の変化」によって、再編の大きなモーメントが生まれつつある。

また、「製品開発・設計・製造プロセス」の最初から最後までの統合、そしてそれを構成するレイヤー間統合が、今後どのようにしてなされるのか、ということも、単一の解であるとは限らない。例えば、藤本先生の論では、「重量級プロジェクトマネージャー」が鍵になるとされているのだが、それだけとは限らない。例えば、「製品ヴィジョンとロードマップ」がレイヤー間の同期をとるための共通言語になる、というようなことがありえるのであり、トヨタ得意の「松竹梅の車種ライン」というものが、レイヤー間のあらゆる組合せをシミュレーションし、調整し、意思決定するためのフレームワークになっている可能性がある。つまり、マーケティングプロセスと、製品開発プロセスとがこれまで以上に融合している可能性がある。

また、本書では、「アメリカと異なり、自動車メーカーと一次部品メーカーの賃金格差が比較的小さい日本のような国では、部品(モジュール)納入のメリットはさほど大きくないことが多い(P.365)」とされているのだが、原因と結果を逆に考える必要がある。すなわち、部品(モジュール)化を進めることで、レイヤー毎に全く異なる人事や賃金施策をとることができ、それによって各レイヤーへの人材能力の吸引を図り、特定レイヤーの競争力を高め、またイノベーションを図り、モジュール化をさらに推進していくことができる、という考え方もありうる。

いずれにしても、ビジネスプロセス論の精度を高めることが、組織論・人材論の精度を高めるためにも必要なので、ビジネスプロセス論の精度の確認を心がけたいと考えている。そうでないといつまでも、成果主義の「虚妄vs.必然」のような不毛な一般論が続くことになってしまう。



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