N45-50

ロシア・サハリンと北海道を結ぶ架け橋ネット
Rがタイトルにあるとロシア語対応です

ウラジオストク レポート5 sugiyamenko

2006-10-31 07:18:22 | 旅行・観光・買い物
ウラジオストクレポート⑤sugiyamenko
要塞博物館は、ロシア~ソビエト連邦~ロシアの時代を通して、常に極東の重要な軍事拠点を象徴する要塞の跡地に造られています。
展示資料も豊富で、かつて街の地下に張り巡らされいた地下道の様子や、数多くの軍事資料が展示されていて観光客を始め、地元の市民も多く訪れる所です。
ここから見るスポーツ湾や金角湾の眺めもすばらしい。
毎日正午には、この要塞から撃たれる大砲の空砲で、時刻が市民に知らされています。ちなみにウラジオストク郊外には、昔のままに残された要塞が数多く、そのいくつかは観光コースとして公開されています。

sugiyamenko様
軍事要塞が博物館に衣代え、さすがロシアは大国ですね。
要塞が平和のシンボルになった事は、喜ばしい事です。
是非、拝見したいと思います。
何時も多忙な中での記事投稿に感謝いたします。

サハリン→北海道
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サハリン鉄道 旧・豊真ループ線 動画

2006-10-31 07:14:42 | 動画
サハリン州サハリン鉄道 ユジノサハリンスク市・ホルムスク市間の路線は、現在使用されていません。昨日お伝えしました、この路線を観光誘致に再開発しょ うとの動きがあります。旧・樺太時代から乗客に親しまれていたループ線です。鉄道ツァーとして年間に数回運行されています。
問い合わせは、当ブログのフアルコン・ジャパンにアクセスして下さい。
動画は、無料で御覧になれます。下記アドレスをクリックして下さい。
http://f.flvmaker.com/mc.php?id=IvxcPpX4__GKUTAF6Eq.PMqehLcwBpXsjEYGJBYeIHBtcf/CMgTEYY_6tqRii3DPOebQNAdikHfb24m.ckKix

サハリンー北海道
写真・日本旅行者が訪れた豊真・ループ線
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R北海道便り 深まる秋色

2006-10-30 07:03:04 | 季節
すでにサハリン州は、紅葉も終わりいよいよ初冬の季節です。
北海道は、紅葉もまもなく終わり霜の季節に入りました。
昨年よりは少し遅い紅葉でしたが、朝夕は冷え込みが激しい日々が続いています。
北海道→サハリン
写真・朝日の森林

Уже на Сахалине заканчивается сезон жёлтых листьев. На Хоккайдо тоже скоро сезон закончится. По сравнению с прошлым годом немножко поздновато. По утрам уже становится всё холоднее и холоднее.
Хоккайдо-Сахалин.

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R本日より時差が冬時間に変わります

2006-10-29 14:17:39 | 季節
本日より北海道→サハリンの時差が二時間から一時間に変更になります。
交通機関の利用には、配慮をして下さい。
10月29日午前3時、全ロシアで冬時間へ移行され、時計の針を1時間遅らせるとのこと。
来年三月までの間は、全て一時間の時差です。
サハリン→北海道

С сегодняшнего дня разница во времени между Сахалином и Хоккайдо составит 1 час. 29 октября с 3х часов ночи Россия переходит на зимнее время до марта следующего года.
Сахалин-Хоккайдо.
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サハリン鉄道 ユジノサハリンスクーホルムスク線

2006-10-29 07:15:50 | 情報
旧・樺太時代の豊原ー真岡線の再現ルートを視察。
サハリン州では、只一つのループ線でもある。
サハリン鉄道管理局により1995年に閉鎖されたユジノサハリンスク市とホルムスク市を結んでいた鉄道線でのジャーナリストのための観光旅行が行われた。
前世紀の20年代に建設された豊原・真岡鉄道は樺太(1905年に日本人により占領されたサハリンの南部)の首都及びサハリンの西岸に位置している不凍港を結んでいた。鉄道線の建設は約8年間(1921年から1928年まで)続いており、占領された領土の開拓にとって戦略的で重要な意義があった。
2つの峰と未開地を通っていた到達困難な区間では、総距離5087メートルの15のトンネルと総距離1047メートルの35の橋が建設された。
サハリンのジャーナリストは技術的にユニークな施設を訪問した。
ホルムスク駅から第1番目のニコライチュク駅から2キロしか離れていないところにある高さ49メートル、長さ120メートルのいわゆる「鬼の橋」の眺めが素晴らしい。
面白いことにユジノサハリンスクとホルムスクの間にある村には鉄道従業員であった年金生活者が魚釣りをしたり野菜を栽培したりして生活をしている。
同ツアーに参加したマスコミの代表者によるとこの鉄道線は観光客の注目を引く。
しかし、現在は鉄道線のある部分の修復やサービス提供、観光ツアーの作成などをするため投資家が必要である。
ちなみに、NHKジャーナリストの佐々氏はこの観光ルートが日本人の観光客の関心を呼ぶと確信している。
ASTV NEWSより
サハリン→北海道
写真・ループ鉄道線・提供 フアルコン・ジャパン
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地域情報紙 まんまる新聞

2006-10-28 06:50:44 | 情報
札幌・厚別区と江別市内を購読エリァとする情報紙が人気になっている。
名前を「まんまる新聞」と言う。
毎週一度発行されて無料配布である。
気になる記事を見つけた。紙面の(散歩道)である。
本文
「散歩人は小学生時代は、どちらかと言えばいじめられていた。強度の近視で小学二年からメガネをかけた。当時、子供のメガネは田舎では珍しく、(四つ目)とやら(メガネ)とやら、その頃の人気漫画「丸出だめ夫」のメガネを掛けたキャラクターに似ている事から「のびた太」ならまだ良いものを「駄目夫・駄目夫」とからかわれた。
意地でも親に言わないと、しかし親はわかっていた。
「バカにするやつは皆馬鹿だと思え」「偉い人間は人を馬鹿にしないものだ」
からかった連中は、皆気のいいやつで幼い悪ガキ共で、強い・弱いの序列をつけようとする単純な動物的行動だったり、遊びを交えたたわいのないからかいが、エスカレートしたに過ぎなかった。中学・高校と成長するに影を潜めた。
「いじめ」の問題が深刻化している。社会的にヒステリー陥って、「いじめ対策」と称する「いじめ狩り」がエスカレートする気配さえある。
だから、逆に気になる。
からかったり、喧嘩したりするごく日常的な子供の世界に、被害妄想に犯された大人(親や教育委員会やその管理を受ける立場におかれてしまった先生たち)が必要以上に立ち入った時、子供の正常な成長がねじ曲げられてしまう危険性が出てくると思うのだ。
中略
「偉い人間は人を馬鹿にしない」と言う母親の一言に散歩人は支えられ、自尊心がもつことが出来たと思う。
からかわれてもその言葉を判断基準に据え、「自分は決して人を馬鹿にはしない」という自尊心があった。
今こそ、子供の世界を見つめ、冷静に温かく成長を見守る姿勢が、大人たちに求められているのではないか」終

何かの本で、子供のしつけに関しての投稿記事があった。
叱る 三回 褒める 五回 の繰り返しそして親と子が成長していく。
日本のコトワザに「親と上司は選べない」のである。
親も子供を学校任せでは無く「仕付け」に、自信と勇気を持って取り組んで欲しいものである。
北海道→サハリン
写真・今週の週間 まんまる新聞
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頑張る道産子 サクラ叔父さん・宮西豊氏

2006-10-27 15:04:03 | 人・交流
サハリン在住14年を迎えた宮西豊さんは、ユジノサハリンスク市内で日本料理レストラン「ふる里」を経営しています。
今年、春にユジノサハリンスク市にサクラを100本寄贈しました。
植樹されたのは、市営ガガーリン公園です。
しかし、そのサクラの30%が枯れてしましました。
宮西氏は、再び100本のサクラの移住を計画しています。
来月1日にそのサクラはサハリンに渡ります。
昨年は、試験植樹のサクラが盗難にあったりと散々な目に合いましたが、今年はサクラ警備隊に盗難防止を依頼して現在までは1本のサクラも盗まれていません。
サクラの生育不調には頭が痛いそうです。
姉妹サクラも一本を失いました。
「サクラの夢をユジノサハリンスク市民に」と宮西豊氏は連日奮闘しています。
サハリン→北海道
写真・「宮西通り」と命名されたサクラ並木通り
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樺太犬 稚内公園

2006-10-27 14:56:21 | 樺太犬・サハリン犬
樺太犬の南極越冬で活躍した記念碑が稚内公園に建っています。
「樺太犬訓練記念碑」
銅像の製作者は、当時・東京芸術大学 加藤顕清教授のものです。
モデル犬は、樺太犬バラ号「父・リキ 母・タロの母クマ」
建造1960年7月3日
ジロは、この6日後に南極で亡くなる。
前年9月には、東京タワー完成に合わせて「15頭の樺太犬記念像」が忠犬ハチ公像の製作者である安藤士の制作で完成しています。
樺太犬と人間との関わり合いは、永い歴史に刻まれています。

北海道→サハリン
写真・バラ号の銅像
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日露平和条約 学生たちのシュミレーション

2006-10-26 07:48:57 | 情報
19日、「サヒンセンター」ビルでは学生たちが参加していたシミュレーションゲーム「日露平和条約の締結」が行われた。
学生たちは「国連」、「ロシア」及び「日本」の三つの仮定の団体を代表していた。南クリルの問題は交渉の主要な話題になった。
「日本側」は歴史的な事実に言及して、「島々は本来から我々のものである。ソ連は1941年の条約に違反した。島々はずっと荒廃である。」と述べていた。
日本人役は日本に南クリルを返還するように要求した。
それに対して「ロシア役」の団体は次のように回答した。「法律は歴史に勝り、1941年から日本は不誠実にふるまっており、後になり、それを認めた。島々の状況はロシアだけの問題である」。
結局、交渉は論議と化し、両側は非難をし始めた。そのため「国連役」の団体が干渉し、交渉を文明的な方向に戻した。
しかし、ゲームは現実と同様に両者は和解できなかった。
「日本人」の提案は「ロシア団体」に受け入れがたかった。
「日本人の外交官」はその問題に対して、ロシアの態度に不満であった。
結局、両者は自説にあくまでも固執しており、平和条約が締結されなかった。
ゲームでは、オブザーバーとしてユジノサハリンスク市ロシア連邦外交代表補佐、総領事館職員及びポナマリョフ州議会議員が出席していた。

補足資料
50年前、ソ連及び日本との間で外交関係が復興した。
1956年19日、クリル所属に関する問題を含め、両国の戦後関係が調整された。
1956年10月13日から19日までモスクワで首脳会談が行われた。ブルガニンソ連邦閣僚会議議長、フルスチョフソ連共産党書記長、 ミコヤン連邦閣僚会議副議長、ゴロミコ外交長官及びフェドレンコ外交次官がソ連側を代表していた。
鳩山総理大臣が日本代表団の代表だった。
交渉は19日、領土問題などに関して両者の賛成を証明する正式な文書である宣言の調印で終わった。
ASTV・NEWSより

サハリン→北海道
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ウラジオストク レポート4 sugiyamenko

2006-10-25 07:25:07 | 旅行・観光・買い物
ウラジオストクレポート④sugiyamenko
極東のサンフランシスコと紹介されるように、入り組んだ自然の港と坂の街。
海・空・鉄道の全てがシベリアの玄関口として、現在日本から中国東北地方からの観光客を数多く受け入れています。
かつてソ連の時代は、外国人はもとよりロシア人にとっても閉ざされた街で、開放されるまではナホトカ港経由で、ハバロフスク~モスクワ方面と立ち入ることが出来ない特別な地域でした。
この風景は、鷲の巣展望台から見た金角湾と市内中心方面です。
展望台に隣接して技術大学のキャンパスがあり、晴れた日には学生達の憩いの場所にもなっています。
サハリン→北海道

sugiyamenkoさま
ロシア極東情報の御提供ありがとうございます。
いよいよ、秋色の季節です。
本日からサハリンへの渡航ご苦労様です。
民間外交官として頑張って下さい。
すでに、今回・ロシア渡航が206回を上回っているので「特命全権大使」と言う事ですね。
北海道では、貴殿の渡航回数を追い越す人財はいないと考えます。
北海道→サハリン

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