鎌倉のシロナガスクジラの傷跡 山田 海人
先日由比ヶ浜に打ち上がったシロナガスクジラの身体には、いくつもの500円硬貨大の咬み傷がありましたが、いずれも「深海の当たり屋ダルマザメ」のしわざでした。このダルマザメについて学んでみましょう。
未知の深海には我々人間には計り知れない不思議な生態をしている深海魚がいます。 今回の紹介する深海魚ダルマザメは正に未知の深海魚らしくその生態は驚異そのままです。皆さんの豊かな想像力を駆使して深海の世界をイメージ下さい。
.. 1.ダルマザメとは
ダルマザメ(Cookie-cutter shark、Isistius brasiliensis)はヨロイザメ科の小型のサメで、体長30~50センチで細長い"葉巻"のような形をした貧弱な体型が特徴です。
ダルマザメは、発光器官をもった深海魚で昼間は水深3千mほどに棲み、夜間は浅い海域へ浮上して餌を取っています。
学名のIsistius(イセト)はエジプトの光の女神に由来するもので、発光器官をもっていることから名付けられました。一般の深海魚は腹側一面に発光器官があって自分のシルエットを消す役割がありますが、ダルマザメの発光器官は腹側にはあるものの、全くシルエットを消すのではなく、真ん中に暗いパッチを浮き上がらせる構造です。
最近の論文では、この暗いパッチで捕食者をおびき寄せていると考えられています。暗いパッチが小さな餌に見えて、それを食べにくるものを逆に襲っているようです。
ダルマザメは肉食で、クジラ、イルカ、マグロ、カジキなどの肉塊をはぎ取って食べています。咬まれたマグロなどはそれはそれは痛いのでしょうが、泳ぐには支障がなく、キズが癒えれば問題なし。餌となる相手を殺さないのもダルマザメらしい生き方ですね。
ダルマザメの英名Cookie-cutter sharkはこのような特異な食性から名付けられたもので、以前は細長い形から葉巻ザメ(cigar shark)と呼ばれていました。
ダルマザメは、卵胎生ですがメスの体内からどれほどのサイズで産まれてくるのかは不明です。
2.恐るべき攻撃相手
(1)最初の攻撃
冷戦のさなか、米海軍の潜水艦(非原子力)が最新鋭のソナーを搭載して試験潜航を行ったところ、ソナードームのゴムカバーが円形にカットされて戻ってきたのでした。海軍の潜水艦司令は、これまで体験したことのないこの経験から、ソ連のスパイが停泊中の潜水艦に潜ってキズ付けたのではないかと真剣に考え、停泊港湾の警備が強まりました。
その後も同様な被害が続き、深刻な表情で検討が行われましたが、どう考えてもスパイが潜れる余地はなく、一体どうしてソナードームのゴムカバーが破れたのか不安が広がったのでした。
(2)マグロの食害が明らかに
一方、海洋生物学ではこれまでクジラやイルカなどの身体に直径3~5センチほどの噴火口状の半円形の穴があいているのが報告されていましたが、どうしてこの様なキズがついているのか長い間不明でした。
しかし、1981年の「NATIONAL FISHERMAN」の論文に「マグロの噴火口状のキズの犯人は体長数十センチのダルマザメが犯人である」と報告が掲載されたのでした。
この論文から最新鋭の潜水艦のソナードームのカバーを食いちぎったのはダルマザメの犯行ではないかと推測され、キズ口の形状やかみ切れずに残った部分などからダルマザメの犯行と判明したのでした。
この報告は1984年にFAO Species catalogue Vol 4, Sharks of the world, Compagno, L.J.V で紹介されています。
(3)ダルマザメの攻撃テクニック
世界最強の軍事兵器である原子力潜水艦は、8千トンから1万5千トンもあって、水深数百mまでの水中を20~30ノット(10~15m/秒)で潜航しています。このような最新鋭の原子力潜水艦などにたった50センチ弱のダルマザメが襲うのだろうかと専門的な検討が行われました。
ダルマザメはオス、メスともに40センチほど大きくても50センチで、小形そして貧弱な体型の泳ぎも遅い深海サメです。しかし、ダルマザメが普段食べているイルカやカジキ、マグロなども原子力潜水艦と同等の30ノットと速い遊泳力があると言われています。30ノットは1秒間に15mの速さです。
これまでの記載では、マグロがダルマザメの"暗いバッチ"を餌と間違えて接近してきた時、これは餌にならないサメだとわかり、反転しようとした瞬間、ダルマザメはこのマグロに襲いかかり、下アゴをマグロの魚体に食い込ませてしまう。驚いたマグロが逃げようとして急速に泳ぎ去ろうとする時、水の流れの抵抗により、サメの魚体が180度回転してしまうため、半円形状の肉の塊が削り取られてしまうのだろうと説明している。
つまり、マグロが反転してスピードが弱まったときに攻撃していると書かれているのですが、本当にそうなのでしょうか?
私には反転での減速が条件ではないと思います。減速できなくても襲えるテクニックをダルマザメは持っているように思えます。
(4)ダルマザメによる被害
どうしてダルマザメが原子力潜水艦を襲うのかは現在まだ不明ですが、原子力潜水艦のソナードームからは電磁波が出ていて、これが餌となる生き物と勘違いして襲っていると言われています。
原子力潜水艦以外にもダルマザメの被害があって、1991年にはメキシコ湾で調査中の海底地層探査船のストリーマーケーブルが襲われました。このストリーマーケーブルは、長いケーブルにホースが被っていて中はケロシンで満たされています。この中に水中マイクロホンが付いていて、圧縮空気のエヤーガンの音が海底の各層に当たって戻ってきたものを拾って、海底の地層を調べているのです。
このストリーマーケーブルの外皮であるホースを切られると内部のケロシンが流れ出てしまい、反射音が拾えず調査できません。メキシコ湾ではたった50センチほどのダルマザメによって海底調査が中断されたのです。(メキシコ湾での海底調査は石油・天然ガスの資源調査だったのかも知れません)
ダルマザメの被害はJAMSTECでも発生していました。ADCPの送受波面をダルマザメにかじられたのでした。送受波面は柔らかな樹脂でできていますが、今から5年ほど前、三陸沖水深400mほどで計測中にかじられました。
幸いに切り取られていなかったので計測には支障が出ませんでしたが、代理店の「SEA」がこれはダルマザメに咬まれたものだと判断しました。
これまでいろいろ被害が出ていたようです。
他にもトライトンブイの伝送ケーブルにも被害を受けたことがあります。
恐るべし"深海の忍者"ダルマザメ!!
先日由比ヶ浜に打ち上がったシロナガスクジラの身体には、いくつもの500円硬貨大の咬み傷がありましたが、いずれも「深海の当たり屋ダルマザメ」のしわざでした。このダルマザメについて学んでみましょう。
未知の深海には我々人間には計り知れない不思議な生態をしている深海魚がいます。 今回の紹介する深海魚ダルマザメは正に未知の深海魚らしくその生態は驚異そのままです。皆さんの豊かな想像力を駆使して深海の世界をイメージ下さい。
.. 1.ダルマザメとは
ダルマザメ(Cookie-cutter shark、Isistius brasiliensis)はヨロイザメ科の小型のサメで、体長30~50センチで細長い"葉巻"のような形をした貧弱な体型が特徴です。
ダルマザメは、発光器官をもった深海魚で昼間は水深3千mほどに棲み、夜間は浅い海域へ浮上して餌を取っています。
学名のIsistius(イセト)はエジプトの光の女神に由来するもので、発光器官をもっていることから名付けられました。一般の深海魚は腹側一面に発光器官があって自分のシルエットを消す役割がありますが、ダルマザメの発光器官は腹側にはあるものの、全くシルエットを消すのではなく、真ん中に暗いパッチを浮き上がらせる構造です。
最近の論文では、この暗いパッチで捕食者をおびき寄せていると考えられています。暗いパッチが小さな餌に見えて、それを食べにくるものを逆に襲っているようです。
ダルマザメは肉食で、クジラ、イルカ、マグロ、カジキなどの肉塊をはぎ取って食べています。咬まれたマグロなどはそれはそれは痛いのでしょうが、泳ぐには支障がなく、キズが癒えれば問題なし。餌となる相手を殺さないのもダルマザメらしい生き方ですね。
ダルマザメの英名Cookie-cutter sharkはこのような特異な食性から名付けられたもので、以前は細長い形から葉巻ザメ(cigar shark)と呼ばれていました。
ダルマザメは、卵胎生ですがメスの体内からどれほどのサイズで産まれてくるのかは不明です。
2.恐るべき攻撃相手
(1)最初の攻撃
冷戦のさなか、米海軍の潜水艦(非原子力)が最新鋭のソナーを搭載して試験潜航を行ったところ、ソナードームのゴムカバーが円形にカットされて戻ってきたのでした。海軍の潜水艦司令は、これまで体験したことのないこの経験から、ソ連のスパイが停泊中の潜水艦に潜ってキズ付けたのではないかと真剣に考え、停泊港湾の警備が強まりました。
その後も同様な被害が続き、深刻な表情で検討が行われましたが、どう考えてもスパイが潜れる余地はなく、一体どうしてソナードームのゴムカバーが破れたのか不安が広がったのでした。
(2)マグロの食害が明らかに
一方、海洋生物学ではこれまでクジラやイルカなどの身体に直径3~5センチほどの噴火口状の半円形の穴があいているのが報告されていましたが、どうしてこの様なキズがついているのか長い間不明でした。
しかし、1981年の「NATIONAL FISHERMAN」の論文に「マグロの噴火口状のキズの犯人は体長数十センチのダルマザメが犯人である」と報告が掲載されたのでした。
この論文から最新鋭の潜水艦のソナードームのカバーを食いちぎったのはダルマザメの犯行ではないかと推測され、キズ口の形状やかみ切れずに残った部分などからダルマザメの犯行と判明したのでした。
この報告は1984年にFAO Species catalogue Vol 4, Sharks of the world, Compagno, L.J.V で紹介されています。
(3)ダルマザメの攻撃テクニック
世界最強の軍事兵器である原子力潜水艦は、8千トンから1万5千トンもあって、水深数百mまでの水中を20~30ノット(10~15m/秒)で潜航しています。このような最新鋭の原子力潜水艦などにたった50センチ弱のダルマザメが襲うのだろうかと専門的な検討が行われました。
ダルマザメはオス、メスともに40センチほど大きくても50センチで、小形そして貧弱な体型の泳ぎも遅い深海サメです。しかし、ダルマザメが普段食べているイルカやカジキ、マグロなども原子力潜水艦と同等の30ノットと速い遊泳力があると言われています。30ノットは1秒間に15mの速さです。
これまでの記載では、マグロがダルマザメの"暗いバッチ"を餌と間違えて接近してきた時、これは餌にならないサメだとわかり、反転しようとした瞬間、ダルマザメはこのマグロに襲いかかり、下アゴをマグロの魚体に食い込ませてしまう。驚いたマグロが逃げようとして急速に泳ぎ去ろうとする時、水の流れの抵抗により、サメの魚体が180度回転してしまうため、半円形状の肉の塊が削り取られてしまうのだろうと説明している。
つまり、マグロが反転してスピードが弱まったときに攻撃していると書かれているのですが、本当にそうなのでしょうか?
私には反転での減速が条件ではないと思います。減速できなくても襲えるテクニックをダルマザメは持っているように思えます。
(4)ダルマザメによる被害
どうしてダルマザメが原子力潜水艦を襲うのかは現在まだ不明ですが、原子力潜水艦のソナードームからは電磁波が出ていて、これが餌となる生き物と勘違いして襲っていると言われています。
原子力潜水艦以外にもダルマザメの被害があって、1991年にはメキシコ湾で調査中の海底地層探査船のストリーマーケーブルが襲われました。このストリーマーケーブルは、長いケーブルにホースが被っていて中はケロシンで満たされています。この中に水中マイクロホンが付いていて、圧縮空気のエヤーガンの音が海底の各層に当たって戻ってきたものを拾って、海底の地層を調べているのです。
このストリーマーケーブルの外皮であるホースを切られると内部のケロシンが流れ出てしまい、反射音が拾えず調査できません。メキシコ湾ではたった50センチほどのダルマザメによって海底調査が中断されたのです。(メキシコ湾での海底調査は石油・天然ガスの資源調査だったのかも知れません)
ダルマザメの被害はJAMSTECでも発生していました。ADCPの送受波面をダルマザメにかじられたのでした。送受波面は柔らかな樹脂でできていますが、今から5年ほど前、三陸沖水深400mほどで計測中にかじられました。
幸いに切り取られていなかったので計測には支障が出ませんでしたが、代理店の「SEA」がこれはダルマザメに咬まれたものだと判断しました。
これまでいろいろ被害が出ていたようです。
他にもトライトンブイの伝送ケーブルにも被害を受けたことがあります。
恐るべし"深海の忍者"ダルマザメ!!