海人の深深たる海底に向いてー深海の不思議ー

地球上の7割を占める海。海の大半は深海。深海生物、潜水調査船など素晴らしい深海の秘蔵画像を紹介。奇抜・奇妙な姿に驚愕!!

インド洋初の熱水活動の発見

2019年03月10日 | 日記
無人探査機「かいこう」は2000年8月

世界で初めてインド洋での熱水噴出孔生物

群集を水深2450mで発見した。ここの

水温は360℃もの高温で放出していた。









熱水噴出孔の発見

2019年03月09日 | 日記
潜水調査船「アルビン」の発見

1977年ウッズホール海洋研究所の「アルビン」
は、スクリップス海洋研究所の注目地点ガラパゴス
諸島沖水深2500mへ潜航し、17℃の熱水噴出孔
に生息する化学合成生物群集を発見した。
こうして、研究者が現場へ出かけて行ったからこそ
発見できた世紀の発見でした。






しんかい2000の発見

2019年03月08日 | 日記
1984年有人潜水船しんかい2000は、初島沖水深1100mで
生きたシロウリガイを発見した。






潜水船のトイレ問題

2019年02月26日 | 日記
潜水船のトイレ問題   山田 海人

 水深3800mに沈んだタイタニック号を見に行くツアーがまた注目を集めています。2005年には、ロシアのミール2隻をチャーターして、197人がタイタニック号へ潜航しました。今年5月に再度タイタニック潜航ツアーが計画されています。 潜水船に6時間潜航します。皆さんは6~8時間トイレを使わないでいられますか? 
それは無理ですよね。 おしっこは、通常一日に1.5リットルから2リットル排尿し、6~8回トイレに行っています。 もちろん汗や水の摂取量によって変動はあります。 なので、潜水船に乗っている6時間だと、1度はおしっこがしたくなります。 大人の膀胱は、500ccから1000ccで、膀胱内の尿が溜まってくると尿意を感じ、 我慢していると観察に集中できずに大事なシーンを見逃してしまうかもしれません。 勿体ないことです。 コックピットにトイレはありませんが、携帯トイレがあるので、我慢は禁物、サッサと狭いコックピット内でおしっこを済ませて、覗窓からの観察に専念しましょう。 携帯トイレは車の渋滞時などによく使われるものなので、狭い場所で経験しておくことも大切です。
 また、朝8時におしっこを済ませたら、次は何時におしっこがしたくなるのか、シミュレーションしておくことが大切です。 長くトイレの間をとりたい方は、6時間(1日に4回)、つまり午後2時ごろまでは大丈夫と言う人もいます。 膀胱を空にする、膀胱に900ccほど溜めるなども長くトイレ間隔を保つ工夫です。 
潜水船に搭乗を予定されている方は、トイレの不安を少なくしておくことが大切で、事前に携帯トイレを使い慣れておく、朝8時に膀胱を空にして、何時間後におしっこがしたくなるのかおしっこ間隔を知っておくことも大切です。









海洋調査の始まり

2019年01月24日 | 日記
海底ケーブルから海洋調査が始まった

1858年 アメリカとヨーロッパがケーブルで繋がった。

このために水深計測、海底地形の調査が行われ、中央海嶺の存在が明らかになった










ロレックスの深海への挑戦

2019年01月11日 | 日記

ロレックスの深海への挑戦

 1926年の広告から、ト
リエステ、キャメロンの
最深部への挑戦へとロレックスは深海への挑戦を続けて
きた。








鎌倉にも海女がいた。

2019年01月10日 | 日記
鎌倉の海女
 1800年ごろの浮世絵に
よれば、七里ヶ浜での海女に
よるアワビ採りが描かれている。
 採ったアワビもキセルと並べて
 サイズを表している。




シーラカンスの亜種か? 世界一の真珠

2019年01月04日 | 日記
最近の発見

 海外情報によれば、マナドのシーラカンスとは異なる亜種?のシーラカンスと世界最大の真珠が発見されたと伝えている。
1998年に発見されたマナドのシーラカンスと違ったシーラカンスが西パプアのラジャアンパッドで2018年7月に釣りあげられた。
 世界最大の真珠はフィリピンのパラワン島の漁師が長さ67㎝、幅30㎝、34キロの真珠で、1億ドルにもなると言う。




海ゴミから見つけた”お宝”

2018年12月22日 | 日記
海ゴミから見つけた”お宝”   山田 海人

 打ち上げられたものは、錆びないと言われている

アルミ缶の溶けたものだ。 どうして海ではアルミ缶

が溶けてしまうのか? どうも電触らしい。

海ゴミを見ていると、海のしていることを学べるのも

ビーチコーミングの楽しみの一つです。









深海潜水とダイバーズウオッチ

2018年12月18日 | 日記
深海潜水とダイバーズウオッチ  山田 海人

 これまで世界最深部へのトリエステ、キャメロン監督の

デープシーチャレンジャーの有人潜水調査船による潜航には、マニピプレーターに必ずダイバーズウオッチが装着されていたのをご存じでしょうか?

 ロレックスは有人潜水船の開発を意識して腕時計のケース

の耐圧性にも積極的に取り組んでいたのです。

 昔、JAMSTECのしんかい2000の潜航にもセイコー、シチズンの特別仕様のダイバーズウオッチをマニピュレーターに取り付けて潜航したことがありました。

 とてもロマンのある挑戦でした。

















ダイオウイカを襲うプレデーター マッコウクジラ

2018年12月03日 | 日記
ダイオウイカを襲うプレデーター  山田 海人

 マッコウクジラはダイオウイカが大好きだ。 海面から音を出して水深1000mあたりのダイオウイカをエコーロケーションで探す。 見つけると海面からまっしぐらのダイオウイカを目指す。 頭の脳油を冷やしてマイナス浮力を高めて潜降するのでダイオウイカには気付かれない。フィンキックは一切しないのだ。
 ダイオウイカの真上に来たら目と目の間の神経の集中している箇所が急所なので、グッとこらえた圧縮音を一発見舞う。 ダイオウイカは不意を突かれて、真面に受けて全身がシビれて思うように抵抗できない。
 こうして16mものダイオウイカはマッコウクジラの攻撃に負け、せいぜい吸盤の痕を残す程度の抵抗しかできない。



シロナガスクジラの資源回復

2018年11月25日 | 日記
Endangered whales won't reach half of pre-hunting numbers by 2100, study says
Research finds endangered Antarctic blue, fin and southern right whales struggling to recover despite hunting bans
絶滅のおそれのあるクジラは2100年までに捕鯨前の数の半分に達することはない、と研究者は述べている
調査によると、絶滅の危機に瀕している南極のナガスクジラ類のクジラが捕鯨禁止にもかかわらず回復するために苦労している
オーストラリアの新しい調査によると、20世紀に絶滅の危機に瀕していたシロナガスクジラの集団は、2100年までに捕鯨前の数の半分にまで回復できない。
来月魚類漁業誌に掲載されるこの調査は、南極海での食糧供給の可能性に基づいて、将来のクジラ類の増加を予測するために、国際捕鯨委員会(IWC)からの122年間の捕鯨データと現在の調査データを分析した。
南極のシロナガスクジラ(Balaenoptera musculus intermedia)、ナガスクジラ(Balaenoptera physalus)、およびミナミセミクジラ(Eubalaena australis)のクジラの3種は、22世紀の初めには19世紀の数の半分以下に回復し、 1960年代、1970年代、1930年代に導入されたこれらの種の捕鯨を禁止したにもかかわらず。
捕鯨前の鯨の集団の現在の32%であるザトウクジラ(Megaptera novaeangliae)とクロミンククジラ(Balaenoptera bonaerensis)は、より早く繁殖するため、2050年までに捕鯨前の水準に戻ることが期待されている。
この研究では、日本が実施した「科学的」捕鯨の「データ欠乏」のために、マイクの数が計算するのがやや困難であると述べた。今年、南極海で南極の夏を過ごした捕鯨船団は、300頭以上の鯨を殺害した。
クイーンズランド大学の博士課程の学生であるViv Tulloch博士は、「私たちの研究が過去の捕鯨から見たものは、捕鯨によって大きな影響を受けた種がたくさんあることです。 「何百年にもわたって狩りをした人々さえも、クジラ資源に大きな影響を与え、その数に大きな影響を与えることが示されています。
「シロナガスクジラの場合、それらは実際にはかなり大きな影響を受けており、そのために資源のボトルネックが少なくなっており、今はそれをやめています。
Tullochは、気候モデルを用いて南クジラの生産性を決定し、南クジラが食べる動物プランクトンの1種であるオキアミとコぺポーダの入手可能性を決定したと述べた。
「オキアミを一次生産性に結びつけ、ミナミセミクジラをオキアミに結び付けました」とTulloch氏は語った鯨としての人生:「南極について」
南極の海洋におけるオキアミの個体群は、今後100年間に増加すると予測されているが、インド洋および太平洋の南部の海洋におけるオキアミの数は "かなりかなり"減少すると予想される。
Tullochによると、このモデルは、海洋酸性度、海氷の減少、表面温度の温暖化などの他の気候関連要因を考慮していないと述べた。 最後の2つは特にシロナガスクジラの数に影響を与えると予測され、後の研究で検討される。
調査を監督したCSIROの主任研究者であるEva Plaganyi博士は、1947年から1973年の間にソ連によって南方海で不法に殺害された100,000匹のクジラについて、捕獲情報を最近公表したことを明らかにした。
キャッチデータは1890年から2012年にかけて記録され、キャッチの種と位置を詳述する200万件以上の記録を含んでいます。
Tullochは、この種の研究では、ミナミセミクジラのみが1900年以前に広範囲に狩猟され、捕獲された数についての情報は乏しいと述べた




もし捕鯨が行われなかったら?

2018年11月24日 | 日記
私たちが捕鯨を行っていなければどうなっていたでしょうか?
What If We Never Started Hunting Whales?
Peter Schmiedchen/

我々はかつて照明の灯油の安価な油と機械用の潤滑油を得るためにクジラを狩った。 もし我々が捕鯨をしなかったら?
1846年にさかのぼると、捕鯨は世界中で最も活気がある産業の一つでした。 それは、米国経済で5番目に大きいセクターであり、1000万ドルを投じていた。
しかし途中でクジラの供給量が少なくなり始め、一部の人々は全体が悪い考えであることに気付き始めました。 クジラだけでなく、私たちの惑星である地球全体として
クジラの狩猟はどのように気候変動を加速させましたか? 海洋生態系には何があったのですか? なぜ科学者たちはクジラの不足を心配していたのですか?
クジラの狩りが起こったことがなければ、私たちの大気中に炭素が少なくなるでしょう
クジラを狩る捕鯨が行わなければ、大気中に炭素が少なくなり、私たちの惑星はもっと健善になります。 クジラの個体数を狩猟前のレベルに戻すと、毎年大気から約16万トンの炭素を除去することができます。 これは、843ヘクタールの森林を追加することに相当する額です。
しかし、どの種がどのように地球全体にとって非常に重要なのでしょうか? 振り返ると、なぜクジラの狩猟がこのような魅力的なビジネス機会であったのかは明らかです。
彼らの肉は多くをを食べさせることができ、オイルは機械を潤滑し、部屋を照らすことができ、腸は香水を産生し、軟骨はコルセットや傘のような製品を一緒に保持するのに最適でした。
1986年に捕鯨が本質的に禁止されたときに、このような反発が起きる理由を、あなたは知ることができます。何人かの政治家は、クジラを食べる鯨やオキアミを食べることがないので、 私たちはもっと食べることができるといいました。
しかし、私たちがクジラを取り除くと、魚とオキアミも死ぬようになりました。 クジラはアペックス捕食者です。つまり、彼らは彼らの食物連鎖のトップです。 あなたが食物連鎖の頭部を取り除くことを始めると、それは基本的に生態系全体を混乱させるトリクルダウン効果の栄養カスケードと呼ばれるものを作り出します。
クジラは魚やオキアミを食べるだけではありません。 それらはまた、それらの集団が繁栄することを可能にする大きな役割を果たします。 一つ目は、鉄と窒素のような必須栄養素を表層水に放出することです。これは植物のプランクトンを肥料化し、魚とオキアミを食べています。
クジラが海底から海面まで泳ぐたびに、彼らは表面の水面までの海水をかき回し、プランクトンを再生する時間を増やします。 私たちの水域にはプランクトンがたくさんあるほど、よりよいものが皆のためにあります。 プランクトンは多くの海洋生物を供給するだけでなく、大気中の二酸化炭素を吸収し、死ぬと何千年もの間海洋底まで運び去ります。
しかし、炭素削減はそこで止まらない。 クジラは直接大気の浄化にも貢献します。彼らは大量の炭素を貯蔵し、死ぬと海底まで運びます。 さもなければ、この炭素は環境に放出され、地球温暖化に寄与するでしょう。
すべてのことを念頭に置いて、これらのクジラというエレガントな生き物がいかに重要であるかは明らかであり、何十年も捕鯨を行っていなければ、どれくらい良いことができたかは明らかです。 今日では、いくつかの国を除いてどこでも捕鯨が禁止されています。 専門家は、これらの努力にもかかわらず、ほとんどのクジラ種の個体数は、2100年までに捕鯨前の数の半分には達しないとも言っています。
Sources
•“How many people would a single blue whale feed for a single meal” , quora.com
•“The Spectacular Rise And Fall Of U.S. Whaling: An Innovation Story”. Thompson, Derek. 2012. theatlantic. Accessed November 16 2018.
•“Why Whale Poo Matters | George Monbiot”. Monbiot, George. 2014. theguardian. Accessed November 16 2018.
•“Impact Of Whaling On The Ocean Carbon Cycle – Journalist’s Resource”. Kille, Leighton. 2014. Journalist’s Resource. Accessed November 16 2018.
•“A World Without Whales?”. 2009. huffpost. Accessed November 16 2018.
•“If We Care About Our Oceans, We Must Protect The Whales”. 2018. theglobeandmail. Accessed November 16 2018.
•“Vital Giants: Why Living Seas Need Whales”. Nicol, Steve. 2018. newscientist. Accessed November 16 2018.
•“Whales Keep Carbon Out Of The Atmosphere”. Kavya Balaraman, E&E News. 2018. scientificamerican. Accessed November 16 2018
•“Endangered Whales Won’t Reach Half Of Pre-Hunting Numbers By 2100, Study Says”. Wahlquist, Calla. 2017. theguardian. Accessed November 16 2018.


トリエステの世界最深部への挑戦

2018年10月28日 | 日記
トリエステの世界最深部への挑戦    山田 海人

世界で最も深い場所、それはマリアナ海溝チャレンジャー海淵の10,920mです。この最深部へ挑戦したのはアメリカ海軍の有人潜水調査船「トリエステTRIESTE」でした。1960年、当時のアメリカは有人宇宙のように地球最深部までの有人潜水船の能力を実証することです。人類がたった一度挑戦し、これからも当分行われることのない地球最深部への挑戦、ジャック・ピカールとドン・ウォルシュのハラハラドキドキの潜航を詳しく紹介いたします。

1.はじめに
 (深海の高水圧)
 皆さんご存じのように地球の表面の70%は海で占められています。そして海の平均水深は3,800mもあって海のほとんどが未知なる深海です。その最深部がマリアナ海溝の10,920mです。深海へ潜るには深海特有の高い水圧と戦わなければなりません。水圧は水深10m毎に1気圧ずつかかりますので、水深100mでは1平方センチに10キログラム、水深1,000mでは100キログラム、水深10,000mでは1トンもの力がかかるのです。小指の爪ほどの面積に1トンですから、これに安全率をかけた強度の耐圧容器が必要なのです。

(有人潜水の意義)
 ここで有人潜水船という言葉ですが、人が乗っている潜水船のことで、人がその現場へ行くという意味のパイオニアスピリットが強調されています。つまりテレビカメラだけが現場に行くのではなく、人を寄せ付けない深海へ人が行くことで立ちはだかる困難を克服するロマンがあり、感動が生まれるのです。

(耐圧殻)
 耐圧容器の中へ人が安全に入るということは、人が呼吸する酸素が確保されている、人が排出する二酸化炭素が取り除かれる環境である、人が耐えられる温度が保たれている、人が長時間滞在するに必要な水分の補給、排尿の処理ができるというライフサポートが整っている必要があります。また、当然内部の人との交信の確保、照明の確保、外部の観察窓、火災を起こさない工夫、万一の消火器の確保など多くの条件が満たされている必要があります。

(記録のための潜航)
 さらに大事なことはアメリカが世界で初めて地球の最深部へ潜ったことを世界へアピールすることなので、その最深部へアメリカの旗を置いてくる、その写真を撮る、その場所へ複数回潜って最深部の状況を伝えるなどが考えられます。しかし、当時の技術では耐圧カメラ、マニピュレータなどの開発が困難でしたから、とりあえず国の威信をかけた"記録を作るための潜航"が行われたのでした。
注:最深部への潜航は1回目で覗き窓のトラブルが発生して当初計画の2回目の地質学者ロバート・ディツの潜航は幻となってしまいました。

2.マリアナ海溝への挑戦  有人潜水調査船「トリエステ」は1953年8月11日の第1回潜航から最後の潜航1963年9月1日の128回潜航まで行われて引退しました。この中で1958年には米海軍に購入され、地球最深部への挑戦は、1960年の1月23日第70回目の潜航で行われました。プロジェクト名は「PROJECT NEKTON」です。
 海域はマリアナ海溝チャレンジャー海淵です。この「トリエステ」での潜航ではパイロットはジャック・ピカール、観察者は米海軍のドン・ウォルシュの2名で行われました。午前8時22分に潜航を開始して、水深10,911mの海底に到達しました。浮上したのは午後4時58分(8時間36分)でした。このミッションの支援船はUSS LEWIS(DE-535)、とUSS WANDANK(ATA-204)の2隻で、通常の1隻と異なって「記録的な潜航」を万全の体制で行ったのです。
 トリエステは、建造以来一貫して「未知なる深海へ興味」をアピールし続けていました。潜航するたびにニュースとして話題になり、バチスカーフ独特の船体は正に深海への挑戦のシンボルとなって世界中の人々へ深海をイメージさせていました。この地球最深部への挑戦においても同様で、そこへ到達した二人からのメッセージは深海の魅力を十分に伝えています。
 水深の表示は米海軍が使っているフィート(1フィートは0.30485m)で行われています。飛行機でも現在フィートで運航されていますので耳にされている方も多いと思いますが、ここではメートル表示に直し、元のフィートも併記しています。




(潜航中)
 トリエステは午前8時22分にベント弁を開放してバラストタンクに海水を入れました。浮力の空気はベント弁からクジラの潮吹きのように放出されて浮力がなくなり、マイナス浮力となって潜航していきます。潜航の開始です。ウォルシュ中尉によれば、水深240m(約800フィート)までトリエステの外に太陽光が届いていました。水深1,800m(約6000フィート)では周囲の低水温から、殻内が寒くなり、二人は、用意していた防寒着を着はじめました。
 やがてこれまでのトリエステでの潜航記録水深6,877mを超えました。これからは誰もが経験したことのない極限の深海への潜航です。潜航中は超音波による無線通信でトリエステと母船は連絡をとっていましたが、母船が海流などで流されて交信範囲を外れてしまったために一時交信が途絶えてしまいました。まもなく最深部へ届く前に交信は回復して母船にドン・ウォルシュからの音声が響き渡りました。
 水深9.150mを超えたところで外部のフレキシブルガラスの窓ガラスが割れる音が耐圧殻内部へ響きました。急ぎ、ピカールは内部を点検しましたが、内圧も上がっておらず内部に異常がないことを確認して潜航を続行しました。通常、耐圧容器が高圧に曝されて壊れる場合は除々に壊れることは少なく、圧力に耐えられなくなると一気に圧壊するものです。トリエステがこれまで経験したことのない高い水圧で覗き窓が割れた場合、この衝撃で一気に耐圧殻が圧壊することも予想されました。今回、内部点検で異常がなく、さらに高い水圧を目指したのは耐圧殻には影響のない外部照明などの圧壊であったのかも知れません。
 窓ガラスが割れてもなお潜航を続けた思いは何でしょうか?このチャンスを逃すと地球最深部への挑戦が夢に終わるとピカールは考えたのでしょう。それを受けて潜航を続行させた幹部も同様の思いがあったことと思います。



(最深部への到達、海底での観察)
 トリエステは搭載している"錘(おもり)"の重量(マイナス浮力)で潜航しています。海底付近に近付くと"錘"の一部を捨ててマイナス浮力を少なくして潜航スピードを減速します。この操作はピカールが行っていました。ドン・ウォルシュは海底までの距離を確認して覗き窓から明るい照明のもと海底が見えるか監視していました。
 トリエステは着底すると白い泥が舞い上がりました。潜航開始から4時間48分かかって海底到着です。ついに地球最深部に到達したのです。母船では大きな歓声でこれまで誰もが成しえなかった人類初の快挙を称えました。もし海中の視界が見渡せるならエベレスト(海抜8,850m)の高さをはるかに超えた深さの底に小さく見えるトリエステがイメージできるでしょう。
 着底したことで泥が舞い上がり視界を一時さえぎっていましたが、やがて緩やかな流れで視界が回復してきました。最深部にも流れがあったのです。トリエステではこれまでも映画用のカメラでピカールが記録を撮っていました。今回も同様です。ピカールはフィルムの長い映像にこだわっていたようです。
 この着底後に舞い上がった白い泥は後に小さな海洋生物、珪藻類の珪酸骨格(silica skeletons)だったと報告しています。潜航後に船体に付いていた泥を 調べた結果のようです。
 回復してきた視界の中には海底から2mほど上を泳ぐ小エビが観察されました。地球最深部での生き物の発見です。この生き物は後にJAMSTECの1万メートル級の無人探査機「かいこう」が捕獲して「カイコウオオソコエビ」と名付けられた体長5センチほどの目のない小エビです。
 また、この潜航でクラゲも観察されています。
 そして何より驚いたのは魚類の発見です。目のある30センチほどの白いヒラメのような平らな魚が泳いていたのです。これはピカールもカメラで映像として撮影していました。泳いでいる小エビには目がないのですが、"目のある"と確認されたことはとても意味のあることです。"白い"のは深い深海の魚は白っぽいのが特徴で1mを超える深海魚「ソコボウズ」も色素が抜けたような白さが目立つ魚です。たぶん同じよう白さなのでしょう。ヒラメのような平らな魚の表現も重要な情報です。こうして二人が目撃し、撮影もされた魚類はその後無人探査機「かいこう」が最深部へ20回近く潜航していますが未だに発見されていません。すでにこの潜航から40年以上も経ちますが、まだ謎に満ちた最深部の魚です。(最近の情報ではピカールの撮影した魚の映った映像は米海軍にあってまだ公開されていないそうです。)



 ともかく今回の最深部への潜航で1万メートルを超える深海に生物の存在が確認されたのです。1平方センチに1トンもの力がかかる深海に生物が存在するとは予想されていませんでした。このトリエステの地球最深部への挑戦がもたらした生物学の大きな成果の一つです。さらに生き物の存在から酸素のある海水が流れている、つまり最深部にも底層流があることを報告して、当時計画されていた放射性物質の深海貯蔵の危険性を伝えたのです。
 こうしてトリエステは人類初の10,911mの海底に30分間とどまって海底を観察したのです。トリエステには上部にバッテリー駆動のスラスターが2つ装備されています。海底の観察でもこのスラスターを使って多少移動しながら観察したようです。
 一方、トリエステの謎として、海底で20分の観察後、覗き窓の一部に割れ目を発見したピカールはちゅうちょなく残りの錘を流して、潜航を切り上げて浮上を開始したとの情報もあります。


(浮上)
 トリエステは錘をすべて流してしまうとガソリンの浮力で浮上していきます。ジャック・ピカールとドン・ウォルシュは最深部への潜航を無事に成し遂げた興奮と想像していなかった生き物の発見を冷静に考えようとメモを整理していました。離底から3時間17分後の午後4時58分に海面に浮上しました。潜航開始から8時間36分の潜航時間でした。
 こうして最深部への挑戦に無事成功したトリエステはライフ誌の表紙を飾り、二人はアイゼンハワー大統領からの祝福を受けたのでした。




(その後のトリエステ)
 この記録的な潜航の後、一部改修されて約半年後の1960年6月15日にグアム島沖水深30mでテストダイブ、そしてパイロットトレーニングが行われています。この時のパイロットはドン・ウォルシュで、記録的な潜航以降ピカールはトリエステに潜航することはありませんでした。またトリエステは海中音響のテスト、ハイドロフォンの研究、DSL(深海音波散乱層)の調査、生物調査、ラホヤキャニオン、コロラドキャニオンの地形調査、大陸棚調査、地質調査などと潜水艦スレッシャー号の捜索(1963年6月4日~9月1日まで10回の捜索(水深8,500フィート)やスコーピオン号の捜索を行って1963年9月に引退しました。

3.有人潜水調査船「トリエステ」とは  それでは地球最深部への潜航を達成したトリエステとはどのような潜水調査船だったのでしょうか?
 スイスの物理学者オーギュスト・ピカール(Auguste Piccard)は気球によってより高く飛行する研究をしていました。その考え方を海の中へ展開させて深海へ潜るバチスカーフ(BATHYSCAPHE)と呼ばれる深海潜水艇を考案したのです。バチスカーフはギリシャ語の深淵BATHOS と船 SCAPHOS から名付けられたもので、大きな船体に"錘"を載せて潜航し、調査を終えたら"錘"を捨てて、ガソリンの浮力を利用して海面に戻ってくるという深海潜水艇です。
 最初に完成したのは F N R S 2 でベルギーで建造されました。二番目に建造されたバチスカーフはイタリアで1953年8月1日に完成したトリエステでした。ピカール博士は1952年にイタリア・トリエステに呼ばれて深海潜水艇の開発を行い、このイタリア北東部の港の街に住む人々がこの斬新な深海潜水艇の建造に多大な支援を行ったことを感謝して名づけられました。

(主要目)
深海潜水艇トリエステ  トリエステの浮力材はガソリンを使っていました。70トンものガソリンを浮力タンクの中に入れて潜航します。ガソリンは高い水圧で圧縮されて深海では浮力が減少します。錘は鉄の粒アイアン・ショットです。



 錘は電磁弁を操作して2か所のタンクから落下させていました。浮力の調節は錘りの落下と場合によりガソリンを放出して調整しています。
 耐圧殻は当初20,000フィート(6,097m)の耐圧殻で建造され建造の翌年にも改造されていますが、幾度も改造で取り換えられていてその都度耐圧能力である潜航深度が変わっていました。
 海面での浮力はバラストタンクの空気で得ていますが、このベント弁の開放は作業艇からの操作(外部操作)で行われていました。


深海潜水艇トリエステの主要目
全長:18.1m  幅:3.5m 喫水:5.5m
重量:50トン(ガソリン搭載前)、150トン(ガソリン搭載後)
乗員:2名 操縦者1名 観察者1名
耐圧殻:内径1.8m、重量14トン、鋼製球状
覗き窓:1ヵ所、厚み 15.2センチ フレキシブルガラス
照明:水銀灯 3灯
補助推進器:バッテリー駆動、小型可変プロペラ 2機




 トリエステは当初20,000フィート(6,097m)の耐圧殻で建造され、1953年8月11日に第1回の潜航(浸水テスト)が水深8mほどで行われました。パイロットは開発者のオーギュスト・ピカール、同乗者は息子のジャック・ピカールでした。最初のオープンウオーターテストは支援母船 Tenaceを使って水深40mでおこなわれました。
 本格的な潜航は8月26日カプリ島沖水深1,079mまで潜航し、未知なる深海への興味を大いに地元紙などを賑わせました。それ以降は大学の教授などが観察者となって海洋学的な調査が行われ、イタリアで最も深く潜航したのは、1956年10月17日の22回目の潜航でポンザ島沖水深3,692mでした。こうしてトリエステはイタリアで合計48回の潜航が行われました。
 これまでのトリエステの潜航では、パイロットが父親、準備は主に息子のジャックが行っていました。錘となるショットバラストの搭載から酸素ボンベ、映画用カメラを持って耐圧殻へ入り、準備が整ったら父親のピカールが入って重たい蓋を慎重に閉めて潜航が開始されていました。




4.冒険家でもあったピカール親子の熱意  スイスの物理学者オーギュスト・ピカールは1922年(38歳)にブリュッセル大学の教授になり、1932年(48歳)には上空16,940mまで気球で上昇し、飛行記録を作りました。また、放射能の測定ではアルバート・アインシュタインと共同研究を行うなど画期的な研究活動を行いました。ピカール博士は単なる物理学の研究者ではありません、自ら考案し、自分で図面を引いて、自分で操縦する、さらには息子とともに深海を極めようと果敢に挑戦していました。
 息子のジャック・ピカール (Jacques Ernest Jean Piccard)は1922年7月28日にブリュッセル(ベルギー)で生まれました。スイスの大学では経済学、歴史および物理学を学びました。1943年にはフランスで軍隊の任務に就き、1950年からは「バチスカーフ」の設計に協力するようになりました。
 その後、ジャック・ピカール(38歳)は1960年に世界最深部へトリエステで潜航します。最深部への潜航の後ジャック・ピカールは海洋エンジニアとして研究・サルベージおよびレクリエーションのための潜水船を開発しました。今ではハワイをはじめいろいろな海域で観光潜水船が運航されていますが、ジャック・ピカールは観光潜水船の父とも言われています。ジャック・ピカールは2008年11月1日スイスレマン湖の自宅で亡くなられた。享年86歳でした。
 更にジャック・ピカールの息子バートランド・ピカールBertrand Piccard は1999年に世界初の気球で地球一周を20日間で行ったのです。正に三代続けて極限への挑戦を行った家系でした。

おわりに  今回お伝えした「トリエステ地球最深部への潜航」は地球最深部へ自ら潜ったジャック・ピカール氏が11月1日に86歳で亡くなられた追憶の気持ちを込めてまとめたものです。
 海のない国スイスの情熱的な研究者ピカール親子の深海に対する熱い想いです。さらにマリアナ海溝への潜航ではスイスの時計メーカーロレックスがスポンサーになってトリエステとともにダイバーズウオッチが1個取り付けられていました。そして機密性の高い米海軍からの情報に代わってロレックスは多くの情報を海を愛する人々へ届けてくれたのです。





オオクチホシエソの発光器

2018年10月26日 | 日記
オオクチホシエソの発光器   山田 海人

 今回ご紹介する深海魚は、これまでの深海生物を遙かに超えた深海魚なんです。

1.オオクチホシエソ ホウキボシエソ科 学名: Molacosteus niger
英語名: Stoplight Loosejau
生息海域:大西洋、インド洋の深海 水深500~2000m
体長: 15?24㎝ 黒く、ウロコがなく葉巻型
画像:JAMARCの図鑑

2.オオクチホシエソの発光器  一般の発光器を持つ深海魚は、遠くまで届く青白い光を発光させて生活しています。発光器は以下の目的のために使われています。獲物を引き寄せるため、自分のシルエットを隠すため、捕食動物から逃げるため、パートナーを引き寄せるためです。
 しかし、このオオクチホシエソは最新兵器の発光器を持っていて獲物を捕食しているのです。この発光器とは、カメラマンなどが野生生物を夜間撮影する時などにも使われている暗視装置と同じ、赤い光の赤外線照射装置と赤外線感知システムを持っているのです。赤外線の光は海中では遠くには届きませんが、一般の深海生物にはこの赤外線の光は見えないのです(人間にはかろうじて見ることができます)。ですから赤い光でオオクチホシエソだけが獲物を見つけて捕食できるのです。赤外線の光は頭の前方の大きな発光器から"煌めく赤色"として発光されています。また、この発光器からは緑色の発光も確認されていますので、"赤"と"緑"を発光していることになります。
 オオクチホシエソは、深海の何も頼るところのない、中層に棲んでいます。この中層に棲む生き物は、身を隠す場所がない、体を保持するつかまる所もない、卵を産み付ける岩場もない、そんな不安定な空間で生きています。ですから捕食者から身を守るために目立たない姿、身(影)を隠す発光など全てに知恵比べをしています。
 オオクチホシエソの体が黒いのは目立たないようにしているのでしょう。発光器の大きなのが目の下にあるのは、体の影を隠すというより、獲物を見つけるためのようです。チョウチンアンコウのように獲物を誘き寄せる"ルアー"は細長いものが顎の下にあります。
 普通の深海魚は、海面からの太陽の光、月の光の方向(上方向)を見ていて、そこを横切る黒い影を注目しています。黒い影が近づいたら大きな口で獲物を呑み込んでいるのです。
 オオクチホシエソは、例えるとアメリカSWAT特殊部隊同様に、闇夜に隠れる犯人ならぬ獲物を赤外線照射装置の発光器で見つけているのです。そこでは誰も見ることができない赤い光ですから、獲物は見られていると感じてはいないのです。このようにして餌となる"赤いエビ"や小魚を捕らえているようです。
 また、クロロフィル(葉緑素)を持つ魚として有名で、このクロロフィルを持つ細菌と特殊な発光バクテリアが共生することで赤外線の赤い光を得たのではないかとも推考されています。ともかく、これまで多くの深海生物の発光が研究されてきましたが、赤外線の光を発する深海生物は唯一このオオクチホシエソだけです。

3.英語名はルーズな顎  オオクチホシエソのもう一つの特徴は特異な形の口です。大きな口は体長の1/4にも達し、頭より大きいほどです。その口には立派な顎を持っています。普通の口は、ほほに囲まれた上下の顎があって、かみ砕いたものを食道へ運ぶ役割をしていますが、オオクチホシエソの顎は、ほほなどの膜に囲まれていません、骨格だけの大きな顎を想像してください。ほほや顎の間の膜がないのです。そして大きな顎には、長く、内側を向いた鋭い歯が並んでいます。
 この大きな口で獲物を捕らえるのですが、ほほなどがある袋状の口では顎を伸ばすと海水の抵抗で動きが遅くなってしまいます。オオクチホシエソの顎は膜に囲まれていませんので、"むきだしの顎"が獲物に向かって何の抵抗もなく素早く飛び出して行きます。また、膜がないことで可動性が良く、拡張したり、引っ込めたりも早くできるのです。こうして大きく、素早く、動きのいい顎と鋭い歯で獲物を遠くから捕らえ、引っかけ、離さずに口に引き入れることができます。

4.オオクチホシエソの未知なる能力  なぜオオクチホシエソこのような能力を得たのでしょうか?
 先にも記載しましたが、クロロフィル(葉緑素)を持っていること、目には、明るい黄色のレンズを持っていること、目の中の黄色のレンズおよび網膜の特殊な特性など、まだまだこの深海魚には未知の能力が秘められているようです。