「潜水艦の事故と大気圧潜水服システム」
海のサイエンスライター 山田 海人
はじめに JAMSTEC横須賀本部から海を眺めると時折、横須賀港へ入港する潜水艦が見えます。アメリカ海軍の原子力潜水艦や海上自衛隊の潜水艦です。 今回は海洋科学の分野から、これまで有名な潜水艦の事故にまつわる話と事故の際に乗員を救難するための救難システム、特に最近アメリカ海軍が2003年に採用した大気圧潜水システムADS2000についてご紹介します。
1. 有名な潜水艦の沈没事故
世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」は1954年に就航して1960年にはこれまで困難であった北極点への到達や北極海の横断を可能にした、こうした実績から原子力潜水艦の建造が活発になってきた。しかし、原子力潜水艦の建造技術は当時まだ十分ではなく強度不足などから幾つかの沈没事故を起こしていた。
(1)スレシャーの事故
米海軍の攻撃型原子力潜水艦スレシャー(SSN-593)は1963年4月10
日に整備後の深海潜航試験の折、事故を起こして水深2560mの海底に沈み、
乗員や試験に立ち会った技師など129名全員が死亡しました。
スレシャーは1961年8月に就航し、長さ85m、排水量 3700トン、乗
員143名、最高速度 30ノット、最大潜航深度360mで主に西部大西洋、
カリブ海での任務に就いていたのです。そしてオーバーホールを行った後の深海潜航試験をマサチューセッツ州ケープコッドの東方220マイルで行っている時に事故は起きました。
行方不明の捜索は深海調査船「ミザール」で行われ、水深2560mの海底で残骸が発見されました。残骸の調査はバチスカーフ「トリエステ」も加わって行われ、「トリエステ」は1963年6月4日から9月1日までの11潜航がスレシャーの捜索を行いました。毎回7時間近くにわたって捜索、写真撮影などが行われています。海底で撮られた各部の写真や回収された部品などを分析した結果、原因はエンジンルームの海水の配管系統の強度不足(溶接ミス)が原因とされました。このことから数年にわたり就航中、建造中の原子力潜水艦の配管系統が全て見直され強度不足の配管が交換されたのです。
(2)スコーピオンの事故
攻撃型原子力潜水艦スコーピオン(SSN-589)は1968年5月21日に
99人の潜水艦乗組員とともに消息を絶ちました。アゾレス海でソ連海軍の監
視活動を終えて寄港の途中でした。これまで整備もままならない過密なスケ
ジュールで運航されていたスコーピオンはハードに幾つかの問題を抱えてい
た。事故の前年1967年には、スコーピオンはノーフォーク海軍造船所で緊急
修理を受けています。そして米海軍は1968年6月5日に行方不明を宣言しま
した。
スコーピオンの捜索は深海調査船「ミザール」によって行われ、10月末
にアゾレス諸島の南西740キロの水深4000mで船体の一部を発見しました。
海軍の発表によるとスコーピオンの事故の原因は搭載していた魚雷の爆発に
よるものとされていますが部品の問題だと言っている意見もあり、まだ本当
の事故原因は謎に包まれています。
(3)ソ連の潜水艦ハワイ沖に沈む
1968年4月11日にソ連の弾道ミサイルを搭載した非原子力潜水艦K-129
約3000トンが原因不明の事故でハワイ南方沖800マイル、水深5200mの深
海へ沈んでしまいました。
この事故では潜水艦が3個の核ミサイルや暗号コードなどを搭載していたこ
とから、CIAが関心を持っていて1973年からハワード・ヒューズも係わって
大がかりな捜索・回収が行われました。この深海掘削船グロマーエクスプロ
ーラーによる捜索・回収が海洋科学で有名になった理由は、アメリカは最新
の音響探査システムによって水深5200mに沈む潜水艦の位置を特定したこと、
水深5000mもの海面にスラスターによって定点保持(DPS)できる深海掘削
船グロマーエクスプローラーを建造したこと、水深5200mから3000トンも
の重量物を回収したことなどです。この計画はプロジェクト・ジェニファー(1973~1975)と呼ばれ、五億ドル(約1,300億円)もの経費が使われたとさ
れています。当時は冷戦の最中なので沈んだ潜水艦からCIAが最新鋭のソナー、レーダ、3個の核ミサイル、暗号コードなどの機密を入手することが目的であったようです。
深海掘削船グロマーエクスプローラーは長さ188m、幅35m、36000トン、
最高掘削深度 9150mで船体中央に60mもの大きなムーンプールが設けら
れていました。捜索・回収にはこの大きなムーンプールから大きな「クレメ
ンタイン」と呼ばれる回収装置(90m×18m)にテレビカメラを付けて回収
操作が行われました。このカメラで船体を確認すると船位を少しづつ移動さ
せて回収装置クレメンタインを真上に位置させて回収作業が開始されました。
こうして回収装置の爪をK-129の船体に挟むことができ、揚収し始めまし
たが想像を超える地切りの重量がかかり、なんとか巻き揚げをスタートでき
ました。しかし、途中で爪3つが崩れK-129潜水艦をスリップさせるトラブ
ルも起きました。 回収はこのように大変な作業でしたが8人の遺体ともど
も多くの潜水艦の部品など水深5200mから回収されました。
(4)海軍の深海調査船「ミザール」の活躍
これまで紹介した潜水艦の事故では大洋の深海(2500m~5200m)へ沈
んだ潜水艦を捜索するという難しい任務でした。しかし「ミザール」はこれ
らスレシャー、スコーピオン、K-129潜水艦を執拗に捜索して残骸を発見し
ました。
この深海調査船「ミザール」は、総トン数 3886トン、長さ81m、幅16m、
深さ5.5m 速力13ノット、乗員 42名で耐氷能力を持った輸送船として
1958年3月に就任し、カナダやグリーンランド、南極への航海などを任務
としていました。そして1964年4月には任務を変更して海中音響のエキス
パートであるゴードン・ハミルトンが設計した曳航体(カメラ、ストロボ、
ソナー、磁力計など)を装備しました。
こうして深海調査船となった「ミザール」(MA-48/T-AGOR-11/T-AK-272)は
海軍の研究所MSTSに所属し、主な任務は海面下の音響探査、海洋底の調査、
海洋物理・化学・生物調査でした。しかし、「ミザール」を有名にしたのは
スレシャー、スペイン沖の水爆回収、スコーピオン、K-129を含むソビエト
の潜水艦の捜索に参加し、成果を挙げたことでした。これまで紹介した大洋
の深海底で発見された潜水艦の船体の画像は「ミザール」が撮影したもので
す。今回紹介した「ミザール」の画像にはトランスポンダーの設置作業の様
子が写っていますが現在の耐圧ガラスブイと異なって大きな浮力体が使わ
れていました。
深海調査船「ミザール」は1990年2月16日に引退し、沿岸での任務につ
いて2005年7月に解体されています。
(5)ロシアの原子力潜水艦「クルスク」の事故
北極海のバレンツ海で2000年8月12日原子力潜水艦「クルスク」(k-
141)長さ154m 排水量18000トン 最大潜航深度500mは魚雷の暴発で
118名の乗組員とともに水深108mの海底に沈んでしまいました。事故当初、
艦内に生存者がいるとのことでロシア政府はイギリスとノルウェーに救助を
依頼しました。
これを受けたイギリス海軍の救助チーム(Submarine Rescue Hedquarter)
とは、潜水艦内の生存者を救出するために無人探査機、スコーピオン45およ
びLR5救難艇を用意し、通報後12時間以内に救助することを目標としてい
ます。今回は北極海の厳しい作業環境で救難用のハッチの開放作業に手間取
り、後部ハッチの開放は11日後の8月23日で救助には間に合いませんでし
た。また、今回の事故では「クルスク」の船体は左舷に60°傾いて着底して
いて救助艇のメーテイングを難しくしていることも分かりました。
その後、「クルスク」の船体の回収を行う調査が行われ、世界初の約9000
トンものサルベージが行われました。実施したのはMammoet社とSMIT社の
合弁事業で行われ、前部の魚雷区画は海底に設置した油圧の切断装置で切断
されることになりました。切り離された船体は回収され10月22日にドライ
ドックに揚収されました。この引き上げ作業の契約金580万ドルと言われ
ています。この事故では乗組員の救助に手間取ったことや放射能もれ、北極
海での悪天候の中での作業、記録的な重量物の海底からの揚収など世界中の
関心が寄せられていました。
今回出動したイギリスの救助チームはスコットランドのグラスゴーに本部
があって、ROVチームは水深600mまでの沈んだ潜水艦に近付いて、沈んで
いる船体の状況、生存者からの反応、脱出用ハッチの状況などを調査します。そしてLR5救難艇チームはパイロット、エンジニアー、テクニシャンによりチームが構成され、LR5救難艇は長さ9.2m、幅3m、高さ2.75m、重量21.5トン、最大潜航深度400m、速度2.5ノットで沈んだ潜水艦の救助ハッチにメ―ティングして乗員を救助できます。
2005年8月には、ロシアの小型潜水艇Prizの救助に向かった6人のメンバーが、ROVスコーピオン45を使って網に絡まった同艇を解放して7名の乗員を無事救出したことは記憶に新しい。
2.ADS 2000システム
これまで紹介したように潜水艦の事故は大きな被害を受けるので各国の海軍は 確実に、より早く潜水艦を救出できるシステムを備えようと取り組んでいます。これまでもROV(無人探査機)、DSRV(潜水艦救難艦)、ダイバーによる飽和潜水などで対応していましたが米海軍は新しい潜水システムを評価して海軍のシステムとして活用し始めました。現在では2基のハードスーツが購入されて訓練などが行われています。
(1)ハードスーツ(ADS2000)とは
この新しい潜水システムはOMADS(一人乗り大気圧潜水システム)の中の大気圧潜水服システムと呼ばれるものです。 このシステムはカナダのOceanWorks社が製作したハードスーツ(ADS2000)です。米海軍は沈んだ潜水艦の乗員を救助するのに、このハードスーツを活用しようというのです。
ハードスーツは人間の形をした耐圧型の潜水服で一人乗りです。ハードスーツは胴のところで上下に分かれます。まず下半身の部分に入り、上半身をかぶって胴のところでシールを閉めて装着完了です。こうして内部は大気圧の状態で潜降します。狭い空間ですから内部の空気は炭酸ガス吸収剤を通して浄化されて循環しています。呼吸して酸素が吸収されると大気圧が下がるので、下がった分だけ新しい酸素が供給されて、内部の空気が清浄に保たれる仕組みです。
腕や脚部は宇宙服で開発された軽く動く関節で、ダイバーの腕や足を動かすことで、海底を歩いたり、腕を曲げ、グリップを閉めて物を掴んだり挟んだりすることができます。人力で動かすので水中で重たい物を持つとおおよその重量を腕で感じることもできます。 また、腕から手を抜いて水を飲んだり、緊急時の操作、マスクの装着もできます。
背中にはスラスターが装備されているので足のペダルを踏んで操縦しています。こうして内部のダイバーは加圧されることもない大気圧状態ですから深海へ潜水しても潜水病の危険はありません。 水深600mへ20分で潜降し、20分で上昇できます。
(2)潜水艦救難への対応
このADS2000システムはハードスーツとサイドスキャンソナー、ROVで構成され、事故を起こした潜水艦の救助として最初に動員されるシステムです。
不慮の潜水艦事故が発生すれば数時間以内に現場へ展開し、ハードスーツ内から見た潜水艦の状態やビデオカメラでの撮影で最初の観察が行われます。
そして救助用のハッチから残骸を取り除く、ハッチ周りを整備する。潜水艦へのガイドロープの接続などが実施されます。
ADS2000の特徴は① 搬送が容易で現場へいち早く駆けつける ② 水深610mまでの潜降が可能 ③ 内部のダイバーは大気圧状態で加圧・減圧が不要
④ 610mの深度で数時間の作業が可能 ⑤ 作業後ただちに船上に戻れる ⑥ ダイバーを交代して引き続きの作業が可能 ⑦ ダイバー感覚での作業が可能 ⑧ スラスターによる移動と海底歩行が可能 ⑨ 潜水装置としては安価である などがあり、これまでのダイバー作業と潜水調査船とを合わせて割ったような作業が行えることから海軍は採用したものです。
海のサイエンスライター 山田 海人
はじめに JAMSTEC横須賀本部から海を眺めると時折、横須賀港へ入港する潜水艦が見えます。アメリカ海軍の原子力潜水艦や海上自衛隊の潜水艦です。 今回は海洋科学の分野から、これまで有名な潜水艦の事故にまつわる話と事故の際に乗員を救難するための救難システム、特に最近アメリカ海軍が2003年に採用した大気圧潜水システムADS2000についてご紹介します。
1. 有名な潜水艦の沈没事故
世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」は1954年に就航して1960年にはこれまで困難であった北極点への到達や北極海の横断を可能にした、こうした実績から原子力潜水艦の建造が活発になってきた。しかし、原子力潜水艦の建造技術は当時まだ十分ではなく強度不足などから幾つかの沈没事故を起こしていた。
(1)スレシャーの事故
米海軍の攻撃型原子力潜水艦スレシャー(SSN-593)は1963年4月10
日に整備後の深海潜航試験の折、事故を起こして水深2560mの海底に沈み、
乗員や試験に立ち会った技師など129名全員が死亡しました。
スレシャーは1961年8月に就航し、長さ85m、排水量 3700トン、乗
員143名、最高速度 30ノット、最大潜航深度360mで主に西部大西洋、
カリブ海での任務に就いていたのです。そしてオーバーホールを行った後の深海潜航試験をマサチューセッツ州ケープコッドの東方220マイルで行っている時に事故は起きました。
行方不明の捜索は深海調査船「ミザール」で行われ、水深2560mの海底で残骸が発見されました。残骸の調査はバチスカーフ「トリエステ」も加わって行われ、「トリエステ」は1963年6月4日から9月1日までの11潜航がスレシャーの捜索を行いました。毎回7時間近くにわたって捜索、写真撮影などが行われています。海底で撮られた各部の写真や回収された部品などを分析した結果、原因はエンジンルームの海水の配管系統の強度不足(溶接ミス)が原因とされました。このことから数年にわたり就航中、建造中の原子力潜水艦の配管系統が全て見直され強度不足の配管が交換されたのです。
(2)スコーピオンの事故
攻撃型原子力潜水艦スコーピオン(SSN-589)は1968年5月21日に
99人の潜水艦乗組員とともに消息を絶ちました。アゾレス海でソ連海軍の監
視活動を終えて寄港の途中でした。これまで整備もままならない過密なスケ
ジュールで運航されていたスコーピオンはハードに幾つかの問題を抱えてい
た。事故の前年1967年には、スコーピオンはノーフォーク海軍造船所で緊急
修理を受けています。そして米海軍は1968年6月5日に行方不明を宣言しま
した。
スコーピオンの捜索は深海調査船「ミザール」によって行われ、10月末
にアゾレス諸島の南西740キロの水深4000mで船体の一部を発見しました。
海軍の発表によるとスコーピオンの事故の原因は搭載していた魚雷の爆発に
よるものとされていますが部品の問題だと言っている意見もあり、まだ本当
の事故原因は謎に包まれています。
(3)ソ連の潜水艦ハワイ沖に沈む
1968年4月11日にソ連の弾道ミサイルを搭載した非原子力潜水艦K-129
約3000トンが原因不明の事故でハワイ南方沖800マイル、水深5200mの深
海へ沈んでしまいました。
この事故では潜水艦が3個の核ミサイルや暗号コードなどを搭載していたこ
とから、CIAが関心を持っていて1973年からハワード・ヒューズも係わって
大がかりな捜索・回収が行われました。この深海掘削船グロマーエクスプロ
ーラーによる捜索・回収が海洋科学で有名になった理由は、アメリカは最新
の音響探査システムによって水深5200mに沈む潜水艦の位置を特定したこと、
水深5000mもの海面にスラスターによって定点保持(DPS)できる深海掘削
船グロマーエクスプローラーを建造したこと、水深5200mから3000トンも
の重量物を回収したことなどです。この計画はプロジェクト・ジェニファー(1973~1975)と呼ばれ、五億ドル(約1,300億円)もの経費が使われたとさ
れています。当時は冷戦の最中なので沈んだ潜水艦からCIAが最新鋭のソナー、レーダ、3個の核ミサイル、暗号コードなどの機密を入手することが目的であったようです。
深海掘削船グロマーエクスプローラーは長さ188m、幅35m、36000トン、
最高掘削深度 9150mで船体中央に60mもの大きなムーンプールが設けら
れていました。捜索・回収にはこの大きなムーンプールから大きな「クレメ
ンタイン」と呼ばれる回収装置(90m×18m)にテレビカメラを付けて回収
操作が行われました。このカメラで船体を確認すると船位を少しづつ移動さ
せて回収装置クレメンタインを真上に位置させて回収作業が開始されました。
こうして回収装置の爪をK-129の船体に挟むことができ、揚収し始めまし
たが想像を超える地切りの重量がかかり、なんとか巻き揚げをスタートでき
ました。しかし、途中で爪3つが崩れK-129潜水艦をスリップさせるトラブ
ルも起きました。 回収はこのように大変な作業でしたが8人の遺体ともど
も多くの潜水艦の部品など水深5200mから回収されました。
(4)海軍の深海調査船「ミザール」の活躍
これまで紹介した潜水艦の事故では大洋の深海(2500m~5200m)へ沈
んだ潜水艦を捜索するという難しい任務でした。しかし「ミザール」はこれ
らスレシャー、スコーピオン、K-129潜水艦を執拗に捜索して残骸を発見し
ました。
この深海調査船「ミザール」は、総トン数 3886トン、長さ81m、幅16m、
深さ5.5m 速力13ノット、乗員 42名で耐氷能力を持った輸送船として
1958年3月に就任し、カナダやグリーンランド、南極への航海などを任務
としていました。そして1964年4月には任務を変更して海中音響のエキス
パートであるゴードン・ハミルトンが設計した曳航体(カメラ、ストロボ、
ソナー、磁力計など)を装備しました。
こうして深海調査船となった「ミザール」(MA-48/T-AGOR-11/T-AK-272)は
海軍の研究所MSTSに所属し、主な任務は海面下の音響探査、海洋底の調査、
海洋物理・化学・生物調査でした。しかし、「ミザール」を有名にしたのは
スレシャー、スペイン沖の水爆回収、スコーピオン、K-129を含むソビエト
の潜水艦の捜索に参加し、成果を挙げたことでした。これまで紹介した大洋
の深海底で発見された潜水艦の船体の画像は「ミザール」が撮影したもので
す。今回紹介した「ミザール」の画像にはトランスポンダーの設置作業の様
子が写っていますが現在の耐圧ガラスブイと異なって大きな浮力体が使わ
れていました。
深海調査船「ミザール」は1990年2月16日に引退し、沿岸での任務につ
いて2005年7月に解体されています。
(5)ロシアの原子力潜水艦「クルスク」の事故
北極海のバレンツ海で2000年8月12日原子力潜水艦「クルスク」(k-
141)長さ154m 排水量18000トン 最大潜航深度500mは魚雷の暴発で
118名の乗組員とともに水深108mの海底に沈んでしまいました。事故当初、
艦内に生存者がいるとのことでロシア政府はイギリスとノルウェーに救助を
依頼しました。
これを受けたイギリス海軍の救助チーム(Submarine Rescue Hedquarter)
とは、潜水艦内の生存者を救出するために無人探査機、スコーピオン45およ
びLR5救難艇を用意し、通報後12時間以内に救助することを目標としてい
ます。今回は北極海の厳しい作業環境で救難用のハッチの開放作業に手間取
り、後部ハッチの開放は11日後の8月23日で救助には間に合いませんでし
た。また、今回の事故では「クルスク」の船体は左舷に60°傾いて着底して
いて救助艇のメーテイングを難しくしていることも分かりました。
その後、「クルスク」の船体の回収を行う調査が行われ、世界初の約9000
トンものサルベージが行われました。実施したのはMammoet社とSMIT社の
合弁事業で行われ、前部の魚雷区画は海底に設置した油圧の切断装置で切断
されることになりました。切り離された船体は回収され10月22日にドライ
ドックに揚収されました。この引き上げ作業の契約金580万ドルと言われ
ています。この事故では乗組員の救助に手間取ったことや放射能もれ、北極
海での悪天候の中での作業、記録的な重量物の海底からの揚収など世界中の
関心が寄せられていました。
今回出動したイギリスの救助チームはスコットランドのグラスゴーに本部
があって、ROVチームは水深600mまでの沈んだ潜水艦に近付いて、沈んで
いる船体の状況、生存者からの反応、脱出用ハッチの状況などを調査します。そしてLR5救難艇チームはパイロット、エンジニアー、テクニシャンによりチームが構成され、LR5救難艇は長さ9.2m、幅3m、高さ2.75m、重量21.5トン、最大潜航深度400m、速度2.5ノットで沈んだ潜水艦の救助ハッチにメ―ティングして乗員を救助できます。
2005年8月には、ロシアの小型潜水艇Prizの救助に向かった6人のメンバーが、ROVスコーピオン45を使って網に絡まった同艇を解放して7名の乗員を無事救出したことは記憶に新しい。
2.ADS 2000システム
これまで紹介したように潜水艦の事故は大きな被害を受けるので各国の海軍は 確実に、より早く潜水艦を救出できるシステムを備えようと取り組んでいます。これまでもROV(無人探査機)、DSRV(潜水艦救難艦)、ダイバーによる飽和潜水などで対応していましたが米海軍は新しい潜水システムを評価して海軍のシステムとして活用し始めました。現在では2基のハードスーツが購入されて訓練などが行われています。
(1)ハードスーツ(ADS2000)とは
この新しい潜水システムはOMADS(一人乗り大気圧潜水システム)の中の大気圧潜水服システムと呼ばれるものです。 このシステムはカナダのOceanWorks社が製作したハードスーツ(ADS2000)です。米海軍は沈んだ潜水艦の乗員を救助するのに、このハードスーツを活用しようというのです。
ハードスーツは人間の形をした耐圧型の潜水服で一人乗りです。ハードスーツは胴のところで上下に分かれます。まず下半身の部分に入り、上半身をかぶって胴のところでシールを閉めて装着完了です。こうして内部は大気圧の状態で潜降します。狭い空間ですから内部の空気は炭酸ガス吸収剤を通して浄化されて循環しています。呼吸して酸素が吸収されると大気圧が下がるので、下がった分だけ新しい酸素が供給されて、内部の空気が清浄に保たれる仕組みです。
腕や脚部は宇宙服で開発された軽く動く関節で、ダイバーの腕や足を動かすことで、海底を歩いたり、腕を曲げ、グリップを閉めて物を掴んだり挟んだりすることができます。人力で動かすので水中で重たい物を持つとおおよその重量を腕で感じることもできます。 また、腕から手を抜いて水を飲んだり、緊急時の操作、マスクの装着もできます。
背中にはスラスターが装備されているので足のペダルを踏んで操縦しています。こうして内部のダイバーは加圧されることもない大気圧状態ですから深海へ潜水しても潜水病の危険はありません。 水深600mへ20分で潜降し、20分で上昇できます。
(2)潜水艦救難への対応
このADS2000システムはハードスーツとサイドスキャンソナー、ROVで構成され、事故を起こした潜水艦の救助として最初に動員されるシステムです。
不慮の潜水艦事故が発生すれば数時間以内に現場へ展開し、ハードスーツ内から見た潜水艦の状態やビデオカメラでの撮影で最初の観察が行われます。
そして救助用のハッチから残骸を取り除く、ハッチ周りを整備する。潜水艦へのガイドロープの接続などが実施されます。
ADS2000の特徴は① 搬送が容易で現場へいち早く駆けつける ② 水深610mまでの潜降が可能 ③ 内部のダイバーは大気圧状態で加圧・減圧が不要
④ 610mの深度で数時間の作業が可能 ⑤ 作業後ただちに船上に戻れる ⑥ ダイバーを交代して引き続きの作業が可能 ⑦ ダイバー感覚での作業が可能 ⑧ スラスターによる移動と海底歩行が可能 ⑨ 潜水装置としては安価である などがあり、これまでのダイバー作業と潜水調査船とを合わせて割ったような作業が行えることから海軍は採用したものです。