海人の深深たる海底に向いてー深海の不思議ー

地球上の7割を占める海。海の大半は深海。深海生物、潜水調査船など素晴らしい深海の秘蔵画像を紹介。奇抜・奇妙な姿に驚愕!!

潜水艦の事故と大気圧潜水服

2015年07月03日 | 日記
「潜水艦の事故と大気圧潜水服システム」
               海のサイエンスライター 山田 海人

はじめに JAMSTEC横須賀本部から海を眺めると時折、横須賀港へ入港する潜水艦が見えます。アメリカ海軍の原子力潜水艦や海上自衛隊の潜水艦です。 今回は海洋科学の分野から、これまで有名な潜水艦の事故にまつわる話と事故の際に乗員を救難するための救難システム、特に最近アメリカ海軍が2003年に採用した大気圧潜水システムADS2000についてご紹介します。

1. 有名な潜水艦の沈没事故
  世界初の原子力潜水艦「ノーチラス」は1954年に就航して1960年にはこれまで困難であった北極点への到達や北極海の横断を可能にした、こうした実績から原子力潜水艦の建造が活発になってきた。しかし、原子力潜水艦の建造技術は当時まだ十分ではなく強度不足などから幾つかの沈没事故を起こしていた。

(1)スレシャーの事故
米海軍の攻撃型原子力潜水艦スレシャー(SSN-593)は1963年4月10
日に整備後の深海潜航試験の折、事故を起こして水深2560mの海底に沈み、
乗員や試験に立ち会った技師など129名全員が死亡しました。
スレシャーは1961年8月に就航し、長さ85m、排水量 3700トン、乗
  員143名、最高速度 30ノット、最大潜航深度360mで主に西部大西洋、
カリブ海での任務に就いていたのです。そしてオーバーホールを行った後の深海潜航試験をマサチューセッツ州ケープコッドの東方220マイルで行っている時に事故は起きました。
行方不明の捜索は深海調査船「ミザール」で行われ、水深2560mの海底で残骸が発見されました。残骸の調査はバチスカーフ「トリエステ」も加わって行われ、「トリエステ」は1963年6月4日から9月1日までの11潜航がスレシャーの捜索を行いました。毎回7時間近くにわたって捜索、写真撮影などが行われています。海底で撮られた各部の写真や回収された部品などを分析した結果、原因はエンジンルームの海水の配管系統の強度不足(溶接ミス)が原因とされました。このことから数年にわたり就航中、建造中の原子力潜水艦の配管系統が全て見直され強度不足の配管が交換されたのです。

 (2)スコーピオンの事故
攻撃型原子力潜水艦スコーピオン(SSN-589)は1968年5月21日に
99人の潜水艦乗組員とともに消息を絶ちました。アゾレス海でソ連海軍の監
視活動を終えて寄港の途中でした。これまで整備もままならない過密なスケ
ジュールで運航されていたスコーピオンはハードに幾つかの問題を抱えてい
た。事故の前年1967年には、スコーピオンはノーフォーク海軍造船所で緊急
修理を受けています。そして米海軍は1968年6月5日に行方不明を宣言しま
した。
  スコーピオンの捜索は深海調査船「ミザール」によって行われ、10月末
にアゾレス諸島の南西740キロの水深4000mで船体の一部を発見しました。
海軍の発表によるとスコーピオンの事故の原因は搭載していた魚雷の爆発に
よるものとされていますが部品の問題だと言っている意見もあり、まだ本当
の事故原因は謎に包まれています。


(3)ソ連の潜水艦ハワイ沖に沈む
1968年4月11日にソ連の弾道ミサイルを搭載した非原子力潜水艦K-129 
約3000トンが原因不明の事故でハワイ南方沖800マイル、水深5200mの深
海へ沈んでしまいました。
この事故では潜水艦が3個の核ミサイルや暗号コードなどを搭載していたこ
とから、CIAが関心を持っていて1973年からハワード・ヒューズも係わって
大がかりな捜索・回収が行われました。この深海掘削船グロマーエクスプロ
ーラーによる捜索・回収が海洋科学で有名になった理由は、アメリカは最新
の音響探査システムによって水深5200mに沈む潜水艦の位置を特定したこと、
水深5000mもの海面にスラスターによって定点保持(DPS)できる深海掘削
船グロマーエクスプローラーを建造したこと、水深5200mから3000トンも
の重量物を回収したことなどです。この計画はプロジェクト・ジェニファー(1973~1975)と呼ばれ、五億ドル(約1,300億円)もの経費が使われたとさ
れています。当時は冷戦の最中なので沈んだ潜水艦からCIAが最新鋭のソナー、レーダ、3個の核ミサイル、暗号コードなどの機密を入手することが目的であったようです。
深海掘削船グロマーエクスプローラーは長さ188m、幅35m、36000トン、
最高掘削深度 9150mで船体中央に60mもの大きなムーンプールが設けら
れていました。捜索・回収にはこの大きなムーンプールから大きな「クレメ
ンタイン」と呼ばれる回収装置(90m×18m)にテレビカメラを付けて回収
操作が行われました。このカメラで船体を確認すると船位を少しづつ移動さ
せて回収装置クレメンタインを真上に位置させて回収作業が開始されました。
こうして回収装置の爪をK-129の船体に挟むことができ、揚収し始めまし
たが想像を超える地切りの重量がかかり、なんとか巻き揚げをスタートでき
ました。しかし、途中で爪3つが崩れK-129潜水艦をスリップさせるトラブ
ルも起きました。 回収はこのように大変な作業でしたが8人の遺体ともど
も多くの潜水艦の部品など水深5200mから回収されました。

(4)海軍の深海調査船「ミザール」の活躍
  これまで紹介した潜水艦の事故では大洋の深海(2500m~5200m)へ沈
んだ潜水艦を捜索するという難しい任務でした。しかし「ミザール」はこれ
らスレシャー、スコーピオン、K-129潜水艦を執拗に捜索して残骸を発見し
ました。
 この深海調査船「ミザール」は、総トン数 3886トン、長さ81m、幅16m、
深さ5.5m 速力13ノット、乗員 42名で耐氷能力を持った輸送船として
1958年3月に就任し、カナダやグリーンランド、南極への航海などを任務
としていました。そして1964年4月には任務を変更して海中音響のエキス
パートであるゴードン・ハミルトンが設計した曳航体(カメラ、ストロボ、
ソナー、磁力計など)を装備しました。
 こうして深海調査船となった「ミザール」(MA-48/T-AGOR-11/T-AK-272)は
海軍の研究所MSTSに所属し、主な任務は海面下の音響探査、海洋底の調査、
海洋物理・化学・生物調査でした。しかし、「ミザール」を有名にしたのは
スレシャー、スペイン沖の水爆回収、スコーピオン、K-129を含むソビエト
の潜水艦の捜索に参加し、成果を挙げたことでした。これまで紹介した大洋
の深海底で発見された潜水艦の船体の画像は「ミザール」が撮影したもので
す。今回紹介した「ミザール」の画像にはトランスポンダーの設置作業の様
子が写っていますが現在の耐圧ガラスブイと異なって大きな浮力体が使わ
れていました。
  深海調査船「ミザール」は1990年2月16日に引退し、沿岸での任務につ
いて2005年7月に解体されています。

(5)ロシアの原子力潜水艦「クルスク」の事故
  北極海のバレンツ海で2000年8月12日原子力潜水艦「クルスク」(k-
141)長さ154m 排水量18000トン 最大潜航深度500mは魚雷の暴発で
118名の乗組員とともに水深108mの海底に沈んでしまいました。事故当初、
艦内に生存者がいるとのことでロシア政府はイギリスとノルウェーに救助を
依頼しました。
これを受けたイギリス海軍の救助チーム(Submarine Rescue Hedquarter)
とは、潜水艦内の生存者を救出するために無人探査機、スコーピオン45およ
びLR5救難艇を用意し、通報後12時間以内に救助することを目標としてい
ます。今回は北極海の厳しい作業環境で救難用のハッチの開放作業に手間取
り、後部ハッチの開放は11日後の8月23日で救助には間に合いませんでし
た。また、今回の事故では「クルスク」の船体は左舷に60°傾いて着底して
いて救助艇のメーテイングを難しくしていることも分かりました。
  その後、「クルスク」の船体の回収を行う調査が行われ、世界初の約9000
トンものサルベージが行われました。実施したのはMammoet社とSMIT社の
合弁事業で行われ、前部の魚雷区画は海底に設置した油圧の切断装置で切断
されることになりました。切り離された船体は回収され10月22日にドライ
ドックに揚収されました。この引き上げ作業の契約金580万ドルと言われ
ています。この事故では乗組員の救助に手間取ったことや放射能もれ、北極
海での悪天候の中での作業、記録的な重量物の海底からの揚収など世界中の
関心が寄せられていました。
  今回出動したイギリスの救助チームはスコットランドのグラスゴーに本部
があって、ROVチームは水深600mまでの沈んだ潜水艦に近付いて、沈んで
いる船体の状況、生存者からの反応、脱出用ハッチの状況などを調査します。そしてLR5救難艇チームはパイロット、エンジニアー、テクニシャンによりチームが構成され、LR5救難艇は長さ9.2m、幅3m、高さ2.75m、重量21.5トン、最大潜航深度400m、速度2.5ノットで沈んだ潜水艦の救助ハッチにメ―ティングして乗員を救助できます。
2005年8月には、ロシアの小型潜水艇Prizの救助に向かった6人のメンバーが、ROVスコーピオン45を使って網に絡まった同艇を解放して7名の乗員を無事救出したことは記憶に新しい。

2.ADS 2000システム
 これまで紹介したように潜水艦の事故は大きな被害を受けるので各国の海軍は 確実に、より早く潜水艦を救出できるシステムを備えようと取り組んでいます。これまでもROV(無人探査機)、DSRV(潜水艦救難艦)、ダイバーによる飽和潜水などで対応していましたが米海軍は新しい潜水システムを評価して海軍のシステムとして活用し始めました。現在では2基のハードスーツが購入されて訓練などが行われています。

(1)ハードスーツ(ADS2000)とは
 この新しい潜水システムはOMADS(一人乗り大気圧潜水システム)の中の大気圧潜水服システムと呼ばれるものです。 このシステムはカナダのOceanWorks社が製作したハードスーツ(ADS2000)です。米海軍は沈んだ潜水艦の乗員を救助するのに、このハードスーツを活用しようというのです。
 ハードスーツは人間の形をした耐圧型の潜水服で一人乗りです。ハードスーツは胴のところで上下に分かれます。まず下半身の部分に入り、上半身をかぶって胴のところでシールを閉めて装着完了です。こうして内部は大気圧の状態で潜降します。狭い空間ですから内部の空気は炭酸ガス吸収剤を通して浄化されて循環しています。呼吸して酸素が吸収されると大気圧が下がるので、下がった分だけ新しい酸素が供給されて、内部の空気が清浄に保たれる仕組みです。
 腕や脚部は宇宙服で開発された軽く動く関節で、ダイバーの腕や足を動かすことで、海底を歩いたり、腕を曲げ、グリップを閉めて物を掴んだり挟んだりすることができます。人力で動かすので水中で重たい物を持つとおおよその重量を腕で感じることもできます。 また、腕から手を抜いて水を飲んだり、緊急時の操作、マスクの装着もできます。
 背中にはスラスターが装備されているので足のペダルを踏んで操縦しています。こうして内部のダイバーは加圧されることもない大気圧状態ですから深海へ潜水しても潜水病の危険はありません。 水深600mへ20分で潜降し、20分で上昇できます。

(2)潜水艦救難への対応
 このADS2000システムはハードスーツとサイドスキャンソナー、ROVで構成され、事故を起こした潜水艦の救助として最初に動員されるシステムです。
 不慮の潜水艦事故が発生すれば数時間以内に現場へ展開し、ハードスーツ内から見た潜水艦の状態やビデオカメラでの撮影で最初の観察が行われます。
 そして救助用のハッチから残骸を取り除く、ハッチ周りを整備する。潜水艦へのガイドロープの接続などが実施されます。
 ADS2000の特徴は① 搬送が容易で現場へいち早く駆けつける ② 水深610mまでの潜降が可能 ③ 内部のダイバーは大気圧状態で加圧・減圧が不要
 ④ 610mの深度で数時間の作業が可能 ⑤ 作業後ただちに船上に戻れる ⑥ ダイバーを交代して引き続きの作業が可能 ⑦ ダイバー感覚での作業が可能 ⑧ スラスターによる移動と海底歩行が可能 ⑨ 潜水装置としては安価である などがあり、これまでのダイバー作業と潜水調査船とを合わせて割ったような作業が行えることから海軍は採用したものです。


水中でモノを見る工夫

2015年07月03日 | 日記
  水中でモノを見る工夫
                   山田 海人

 人間とは陸上を歩行する哺乳動物で、海の環境には適応していない。確かに人間は海で息をするにも、泳ぐにも、水の冷たさにも、海中を見るにも不便です。今回、人間は裸眼だけでは海の中がぼんやりとしか見えないことを考えてみましょう。
 
 海に適応している哺乳動物のイルカなどは、海中でもしっかりモノが見えているだけでなく、海面から上の空気層でもしっかりモノが見える水陸両用の眼を持っています。人間の眼は陸上用だけですから水中では必ず“眼の前に空気層”がないとモノが見えません。そのために大切なマスクで“眼の前に空気層”を確保して見ています。このため平面のマスクで見ると水中では水の屈折率から1.3倍大きく見えて、より近く見えています。

 ではマスクができる前はどうしていたのでしょうか?海女さんの歴史をみると水中でモノを見る工夫がよく見えてきます。海女さんのマスクは今では両眼と鼻が入るマスクですが、その前は両眼、或は単眼だけのゴーグルでした。
鼻が入るマスクでは、水深が増すと徐々にマスク内の空気層が縮んで締め付けられるスクィーズが起きるので鼻から空気を補充してスクィーズを防いでいますが両眼のゴーグルではどうしていたのでしょうか?

 両眼のゴーグルでスクィーズを防く工夫は、まずゴーグル内の空気層をなるべく少なくすることです。それでも深く潜るとスクィーズが起きるので空気を補充する工夫をしていました。それには両眼のゴーグルに空気袋を付ける方法と口から管で空気を補充する方法です。

 空気袋を付ける方法は、手動の血圧計にあるような握れる程度のゴムバッグを両眼のゴーグルの耳側にそれぞれ付けていました。水深が増すとゴムバッグが縮んで自然にゴーグルへ空気が補充されるのです。当時はゴム製品は高価なものでしたので高級感がありました。それでも深く潜れるので獲物も多く、稼げる高級ゴムバッグ付き両眼ゴーグルだったのでしょう。このゴムバッグの前には動物の革製バッグ、つまり猫の革のバッグが使われていました。

 口から管で空気を補充する方法では、両眼が入るマスクの下にストローのような管が曲げて付けられていました。潜水中はこの管を口に咥えてスクィーズぎみになると管から息を補充していました。

 日本でガラスを使ったゴーグルは1890年ごろからでそれ以前は海女さんは裸眼で潜っていました。水中がボンヤリではなく、しっかり見えるゴーグルの出現は多くの海女さんを誕生させた画期的な発明と言えるでしょう。裸眼で海へ潜ると海水の浸透圧によって眼にダメージが残るので失明の危険もありました。

しかし、裸眼でも水中をしっかり見ようと工夫していた記録も残されています。それは海底に着いたら指を曲げクの字のようにして眼に当て、口から少し息を吐くのです。すると指のおかげで眼の前に泡が溜まり、空気層となって海底がハッキリ見えるのです。こうしてほんの一瞬でも海底をハッキリ見える工夫をしていました。これは皆さんもチャレンジしてみては如何ですか?

水中を裸眼でモノを見ると言うとジャク・マイヨールなど素潜りの限界に挑戦していたダイバーが使っている空気入りのコンタクトレンズをご存じですか?眼にスクィーズの心配がなく、眼球の前に空気層のあるコンタクトレンズでスキンダイバーズ・コンタクト・エヤーレンズ(Skindiver's Contact Air Lens);の頭文字からSCALと呼ばれていました。ちょっと大きめのガラス製ハードコンタクトレンズで、瞳の前に薄い空気の区画を設けたものです。マスクに比べると視界も広く素晴らしい発明と思っていましたが一般のダイバーには広がりませんでした。欠点は眼を直接海水にさらすので眼がしみる、空気層が陸上では光ってしまうので装備している人の眼は宇宙人のようで気持ち悪い、眼から外れてなくすなどでした。30年以上前にSCALを装備した多数のダイバーの写真を見たことがありますが、素顔?のまま潜っている写真はちょっと異様でした。それでもSCALは画期的で水中でモノを見る工夫の現われです。

 このようにダイバーが水中でモノを見る工夫は、まだまだ工夫の余地があります。最終目標は水陸両用の“イルカの眼”なのでしょうが、ぜひ皆さんの豊かな発想力、そして確かな想像力をダイバーの眼の機能アップに向けてみませんか?



深海の巨大生物

2015年07月03日 | 日記
  巨大な深海生物達
                  山田 海人(かいと)
地球は水の惑星である。地球表面の7割は海、その平均水深は3,800mで水深200mより深い深海が海の大半を占めている。私たち人類は宇宙へ飛び出し、月へも11名が行ってきた。しかし、私たち人類は身近な深海のことをあまり理解していない。
 深海は昼間でも太陽の光りも届かない暗闇の世界である。そこに棲む生き物は私たちの知っている陸上の動物の常識を超えた生き物で、深海の中で生活しやすい身体をしている。捕食者から見つからないように自分の影を消す発光器官を持っている。生息水深に留まれるようアンモニアなどで浮力を得ている。暗闇でも獲物を見据える大きく鋭い目を持っている。鋭い臭覚で仲間を探すなどの特徴を持っている。そして幾つかの生き物は深海の巨大症と呼ばれるほど大きな体形を誇っている。
 クジラの仲間のマッコウクジラは、地球最大の肉食獣として知られている。体長18mもあるマッコウクジラは、今では200万頭も生息していると言われ、深海のイカとして知られているのがダイオウイカ(体長18m)を好んで食べている。
 マッコウクジラは、海面で深く息を吸い込むと1時間以上も息を止めることができ、オスでは水深1,000mから3,000mも潜ることが分かってきた。この1時間には、深海へ潜る時間、深海から上昇する時間を引いて残りの時間で、ダイオウイカを見つけ、近寄ってダイオウイカをしびれさせる衝撃音を発する、しびれたとは言え大きなダイオウイカと格闘して小さな口から大きなダイオウイカを吸い込んでしまっている。
 マッコウクジラは、歯クジラなのでイルカ同様に音を使って獲物を探す能力があり、海面で深く息をする前に、すでに餌の存在を確認しているようである。
 マッコウクジラの身体を見ると大きな吸盤の跡が残っているが、これがダイオウイカとのバトルの跡である、18m同士の超重量級のバトルは私たちの想像を絶する戦いで、深海では決着せずに海面に上がってきても続けられた目撃例も残されている。
 これまではダイオウイカが世界一大きくなるイカと思われていたが、2003年に新たに南極の深海から体長20mを超えるとおもわれるダイオウホウズキイカが見つかっている。この2本の蝕腕には大きな爪があってダイオウイカの吸盤より高い攻撃力が確認されている。
 ダイオウイカのような超大物は別としても、人を驚かせる大きな深海生物は他にもいる。
タコにも体長9mにもなるジャイアントオクトパスが北太平洋には生息していて、頭と呼ばれる部分だけでも3m以上あり、口のカラストンビもバケツ大の大きさである。タコも肉食なので遭遇したダイバーを震え上がらせた報告も残されている。
相模湾、駿河湾の深海に生息するタカアシガニは腕を伸ばすと5mを超える大きさになり、世界一の大きなカニとして人気者である。
小さくてかわいいと評判のダンゴムシは1センチほどだが、大西洋、インド洋の深海には体長50センチほどになるダンゴムシの仲間、ダイオウグソクムシが生息している。持ち上げると2キロ近くにもなり、これが怖くてダイビングが始められないと言う婦人も多い。
プランクトンを食べる深海のサメにメガマウスと呼ばれる珍しいサメがいる。口も大きく、5mを超える身体は柔らかく、これまで世界で50匹程度しか見つかっていない希少種だ。日本の周りに生息しているようで日本で比較的多く見つかっている。
海洋の大半を占める深海は、最近の潜水船や深海ロボットの発達でようやく様子が分かりはじめた地球最後のフロンティアである。
 今回ご紹介した巨大生物以外にもまだまだ大きな深海生物が発見される可能性は高く、若い科学者の関心が高い。
      

女性ダイバーの活躍

2015年07月03日 | 日記
  米海軍など女性ダイバーの活躍
                   山田 海人

 十数年前、カリフォルニアにあるオーシャニヤリング系のコマーシャルダイビングセンター(現在はNational Polytechnic College of Science)を訪問した折、混合ガスコースに女性ダイバー研修生がいました。それほど大きな身体でもありませんでしたがハードハットを装備してプールへ飛び込む姿にパイオニアスピリットを感じました。当時は石油・天然ガス採掘の現場で活躍する男性ダイバーを目指して体育会系の若者が混合ガス潜水を学んでいたので女性なのに大丈夫なのかと心配したのを覚えています。

 深海潜水を経験するには他給気潜水器、それも重たいヘルメット、ウエイト、それに重たいウェイトシュースを装備します。米海軍のマークⅤ潜水器は90キロを超えていますので潜水ステージで吊りあげられての潜水になります。このように深海潜水のダイバーになるには屈強な若者のみが修了できる特別な資格でした。ちなみに米海軍のダイバーの平均身長182センチ、体重80キロと言われています。

 最近では厳しい訓練で知られる米海軍のダイバーにも女性の進出が目立ちます。米海軍の深海潜水コースを卒業してマスターダイバーと呼ばれる唯一の女性ダイバーがいます、その名はメアリー・ボーニンさんです。米海軍に入隊して、空気潜水、混合ガス潜水の資格を得て、更に多くの潜水作業を経験して海軍のマスターダイバーにまで昇りつめた方です。ダイバー歴が二十数年あってこれまで1,000人以上もの海軍のダイバーを訓練してきました。米海軍ではメアリー・ボーニンさんの存在を称えて海軍のアンダーシーミュージアムにはメアリーさんの特別展示室を設けているほどです。

 米海軍のダイバーにはマスターダイバー以外にも次々と優秀な女性ダイバーが誕生しました。これまでは“女性だから、それはできない!”と回避していたことも男性と同様に行うようになりました。そして最初に女性深海ダイバーとなったのはドナ・トビアスです。1975年に他給気混合ガスのハードハット(マークⅤ)をかぶっての潜水研修を修了して深海ダイバーになったものです。ウェイトシュースは両足で25キロ、胸のウエイトは45キロ、ヘルメットなど20キロを装備しての潜水作業を行ってきたのです。女性ダイバーとしてエンジニアリングのトップとなった女性ダイバーもいます。ダイアン・カレン・リンは1977年に海軍に入隊し、土木部門の部署に勤務した後、83年に海軍の深海潜水コースを卒業、飽和潜水ダイバーの資格を得ました。そしてダイアンは水中土木の技術とダイバーの経験をいかして海中工学の専門家となりました。最後の海軍の任務では250人のダイバーとエンジニアのトップとなって2000年まで活躍しました。その後、海軍を退官してマリン・テクノロジー。ソサエティーの副会長に就任し、現在ではバージニア大学で土木工学を教えています。

 また、女性初の米海軍サルベージのスーパーバイザーに就任したのはバーバラ・ボビー。ショウリ―です。バーバラは1996年のTWA800便のサルベージ、2000年にCOLE爆撃機のサルベージなど2002年まで多くの作業で指導的役割を担い、女性初のスーパーバイザーとなりました。サルベージ作業をエンジニアリングとして捉え、更にダイバー作業を安全に行って、目的を達成するという責任の重いスーパーバイザー、これを成し遂げたのですから素晴らしい才能の持ち主です。2005年に海軍を退任しましたがイリノイ州立大学からサイエンスの名誉博士号を与えられました。海軍にはまだまだ書き足りないほど多くの才能あふれる女性ダイバーがいます。

 サイエンスの分野でも女性ダイバーが活躍しています。1970年に行われた海底居住実験テクタイト計画ですが1つのミションでは女性だけのチームが海底居住を経験しました。そのリーダーであったシルビア・アールは海洋生物学者で潜水調査船「アルビン」をはじめ、大気圧潜水服「ジム」でも深海へ潜水するなど活躍しています。また、もっと深海へ行きたいと「アルビン」のパイロットになってしまったシンデイー・バン・ドーバーは熱水噴出孔と化学合成生態系のエキスパートで現在はデューク大学の教授です。
サメの研究家で日本人の血を受け継ぐユジニー・クラークはスクリップス海洋研究所の研究に貢献しています。2003年のスペースシャトルコロンビアの事故で亡くなったローレル・クラーク宇宙飛行士も飽和潜水ダイバーであり、海軍の潜水医官としても活躍しました。

 他にも潜水機材販売会社として有名なDUI社のスーザン・ロング社長やカービィー・モーガン潜水器会社のコニー・リン・モーガン社長も女性ダイバーの経験をいかして潜水業界で活躍しています。
 今回、ここに紹介した女性ダイバーの方々を見ていますと、モチベーションが高く、知的で、活動的で、チャレンジ精神が旺盛な方々です、何かキラキラと世の中を明るくしているような存在でした。
                             おわり



シャチとは

2015年07月03日 | 日記
  今回は南極から赤道、北極まで広く分布している海の王者シャチについてご紹介いたしましょう。たいてい海の生き物は天敵がいるのですがシャチを襲う海の生き物はいません、食物連鎖の頂点に立つのがシャチなんです。
 シャチは魅力的なクジラですので今回はシャチ・鯱・オルカ(その1)として、クジラを襲う様子など紹介します。(沖合でのシャチとクジラのバトルは目撃された例も少ないので目撃例を基に想像して記載している部分もあります。)

1. シャチとは
 シャチは、歯クジラの1種でイルカより一回り大きな体型をしています。シャチはイルカ38種のうちの1種で、これまで500万年前から存在が知られていて、イルカよりも古く、イルカの先祖とも言われています。
 学名: Orcinus  orca
 和名:シャチ   英名: Killer whale, または  orca
分布:世界の海に分布し、クジラ類としては珍しく地中海やアラビア海にも
生息する
体長など:シャチの体型は、クジラ類の中でも力士のような筋肉質で太い、ぶ厚い体型と大きな背びれを持っています。
大きさは、オスで9.8m 体重8トンのワシントンでの記録がありますが、オスで体長8m、メスはやや小型です。シャチは生まれたての赤ちゃんでも体長2.4m 体重 180kgにもなります。

2.シャチは5種類か?
現在シャチは1種としていますが亜種あるいは別種とする意見があります。それは沿岸に生息するシャチと沖合に生息するシャチの体型上から違いからきています。
この違いは遺伝子情報の研究から200万年前から始まり、ここ1万年前からグループ間の接触はなく分離していると言われています。
 南極付近に生息し、ミンククジラを常食にしているシャチがいます。これを基準とします。 一方、アザラシを常食にするシャチは少し小型で、白い眼帯は大きく、背びれ近くに灰色のパッチを持っています。さらに南極の近くに生息するシャチはさらに小型で群れの個体数が多いのですが、白い眼帯も前方向に傾斜しているのが特徴です。またこのシャチも背びれ近くに灰色のパッチを持っています。他にもアラスカの沿岸に生息していて主にサケを常食しているシャチ、ノールウェーの沿岸で主にニシンを常食しているシャチが知られています。

3. クジラを襲うシャチ
シャチは、クジラ類を獲物にする唯一のクジラの仲間です。これまでシャチが獲物として捕食していたクジラは、シロナガスクジラ、マッコウクジラの大型クジラをはじめコククジラ、ミンククジラからイルカなど22種にも及びます。ですがこれまで同じシャチが共食いとしてシャチを捕食した例はないのです。獰猛なシャチですが決して仲間を襲わないのがシャチなんです。
シャチは、シャチを襲う生き物がいない、つまり食物連鎖の頂点にいる肉食獣です。自然界の食物連鎖は、生き物が生き延びるために、自分より小さな生き物を捕食しています。一方、弱ってしまった大型の生き物も自分より小さな生き物に襲われて食べられています。自然界では一般的に弱った生き物を淘汰する使命、厳しい自然淘汰が行われています。

(1)ミンククジラを襲う
シャチの中にはミンククジラを主な獲物としているグループもあります。ミンククジラは、ナガスクジラの仲間ですがその中では最小のクジラです。小さいといっても体長8m、体重10トンもあって主にオキアミを主食としています。シャチは生き延びるために、ミンククジラの生息域でまだ力のない若いクジラや弱ったクジラを獲物として攻撃しています。こうして今でも南極海ではミンククジラの群の周りからシャチが多く目撃されています。
シャチは獲物を襲う作戦にたけていて、5頭以上のグループでは、大人の健康なミンククジラも襲うことがあり、クジラを襲う時は数時間もかかったなどが報告されています。
若いクジラを襲う手口は、非常に残忍なやり方です。若いクジラは母親と一緒に行動していますが狩りが始まると親子を執拗に追い回すのです、ミンククジラはオキアミなどのプランクトンを食べているので武器らしいものはなにも持っていません。頭突きをする、尾びれでたたく程度しか反撃できないのです。シャチは追い回すだけでなく、胸びれを噛んで行動を抑えるなど、親子双方がくたくたになったのを見計らって離れ離れにし、若いクジラが息をするために水面に顔を出そうとすると上にのしかかって息継ぎを防いで、しまいには溺れさせてしまうのです。
このようにいつも若いミンククジラだけを襲うのではなく、時には健康な成熟したものも襲っています。調査捕鯨で捕獲したミンククジラを調べると多くの個体の胸びれなどにシャチの噛み傷があって、シャチに襲われた経験を持つものがいます。
噛み傷が残っているミンククジラはシャチの攻撃を逃れたものですからシャチも必ず捕獲している訳ではなく、襲ったものの尾びれの攻撃などであきらめる場合、あるいは捕獲のトレーニングをしていることもあるようです。
シャチのミンククジラに対する攻撃方法は息継ぎをさせないで溺れさせて殺す方法です。シャチはいきなりミンククジラの身体に噛みつくこともなく、大量に出血させる訳でもなく、身体の上に乗ったり、胸びれを噛んで息継をさせずに溺れさせているのです。海の哺乳動物であるクジラは水面に出て空気を呼吸しなければなりませんので、シャチの息継ぎをさせないで殺す方法はシャチにとっても被害が少ない攻撃作戦と考えているようです。

(2)シロナガスクジラを襲う
 これまではミンククジラを常食とするシャチの紹介でしたが、シャチは時に自分の身体の数倍もあるシロナガスクジラ(体長30m 体重200トン)を襲う場合もあります。殺す手段はミンククジラと同じ方法、息継ぎをさせないで殺す方法で行われています。シロナガスクジラを襲う場合も仲間と共同で息継ぎをさせないように上からのしかかるもの、下から挟むように威嚇するものがいます。シロナガスクジラもプランクトンを食べているので武器はなく、頭突きと尾びれの攻撃だけです。これも執拗に追いかけ、逃げるように潜水した時がチャンスです。シロナガスクジラは潜って逃げられるなら
いいのですが、シャチには音を使ってエコーロケーション能力がありますから水深深く潜ってもシャチは位置を把握しています。潜水能力もシャチは水深1000mも潜れますので時には潜って追いかけることもあるでしょう。
 こうして深く潜水するとシロナガスクジラの身体には二酸化炭素が溜まり息苦しくなります。水面に向かって息継きをしようとするとシャチ達は息継ぎを邪魔してきます。もう後がないシロナガスクジラは息継ぎができずに溺れてしまうのです。シャチはこうして深い潜水に追い込むのが作戦のようです。水面での攻防では長引いたり、尾びれで攻撃されたりと手こずるので
勝負に出る時は深い潜水を仕向けているのでしょう。
 こうしてシャチ達は溺れ死んでしまったシロナガスクジラの大きな口の中に頭を突っ込んで一番美味しいと言われるヒゲクジラの舌を我先に食べ始めるのです。シャチ達は空腹を満たすとシロナガスクジラの身体の大部分を残したまま去って行きます。

(3)マッコウクジラを襲う
 シャチが襲うマッコウクジラの場合はちょっと異なります。マッコウクジラは下あごに歯が生えている歯クジラです、この下あごが武器となるのでこれまでのヒゲクジラより手ごわい相手なのです。
 大きなマッコウクジラを襲う場合も、潜水しているときに狙われています、マッコウクジラはオスでは水深2000mから3000mも潜水し、餌の15mもあるダイオウイカと格闘して約1時間もの息こらえをするのですが、水面に上がってきた時は早く呼吸をしないと溺れてしまうという切迫感があります。この瞬間をシャチは狙っています。もちろんマッコウクジラも下あごを武器にシャチを攻撃するのですが、敏捷なシャチの動きとグループでの波動攻撃にさすがのマッコウクジラも息継ぎができずに溺れてしまうのです。
こうしてシャチの2倍もある大きなマッコウクジラを仕留めているのです。1時間も息を止めて深海へ潜ってきて体力は限界に達しているマッコウクジラ、水面で新鮮な空気を吸うことで身体のすみずみまで酸素を供給し、溜まった二酸化炭素を排出しなければならない限界の時点で、数頭のシャチの執拗な攻撃、これにはさすがのマッコウクジラでもたまりません。なにより輝く水面に戻りたいと思って浮上している最中に数頭のシャチが水面で待ち構えていると知った時の恐怖感はそれはそれは大変なものでしょう。
他から見ていると地獄絵図のような残忍なシャチの攻撃ですが、マッコウクジラの感覚では息継ぎができないことから酸素欠乏状態になって息苦しさは当然ありますが、次第に意識が遠のいて行く、遠くなる意識の中でこれまで経験してきたことが一瞬よぎって無に向かうのです。
 若いマッコウクジラもシャチにねらわれることがありあすが、マッコウクジラは集団で子育てをしています。さらにマッコウクジラは下あごを武器として、残忍なシャチから子供を守ることができます。子供を円の中心において襲ってくるシャチを下あごと尾びれで攻撃して子供を守り通した例が報告されています。
 私もダイバーでしたから、息を止めて水中へ潜る、息苦しくなる限界まで水中に留まって、明るい水面に新鮮な空気を吸いに戻るという経験をしていました。こうして限界ぎりぎりの潜水をすると水面近くに上がってきてもフッと失神するダイバーがいますが、私は4分近くも息こらえができましたが幸いにも息苦しさで失神したことはありませんでした。
 水中で失神した仲間は、息苦しくなって溺れる(失神)感覚は、息苦しさを忘れて次第に意識が遠くなる、苦しいというより安らかさがあると言っていました。身体の中で酸素欠乏が起きると息苦しさよりも意識が遠のくという症状になりますから、シャチも賢い動物として淘汰といえども安楽死に近い方法、溺れさせる方法を選んでいるのかもしれません。

                             おわり




シーラカンスの発見

2015年07月03日 | 日記
シーラカンスの発見
                         山田 海人(かいと)

 20世紀の大きな発見の一つに7000万年前に絶滅したと考えられていたシーラカンスの発見(1938年)があります。そして、以前いわき明星大学で“シーラカンスの謎に迫る!”がアクアマリンふくしまの主催で行われました。
 私も聴講しましたが広い大学のキャンパスの一部に鉄製のシーラカンスのアートが展示され、多くの写真やイラスト、そして会場の入り口にはマナドシーラカンスの標本が来る人を迎えていました。講演者は、これまでシーラカンスの研究をまとめてきたアクアマリンふくしまの安部館長、岩田さんをはじめ、多紀先生、上野先生、シーラカンスが生息している南アフリカ、インドネシア、タンザニアなどから多くの研究者が参加していました。
シーラカンスについて今回の発表成果で分かったことなど含めて理解してみましょう。 シーラカンス(Coelacanth)とは中空(シーラ)の脊骨(カンス)をもつ魚として名付けられ、最初の化石はカナダの古生代(3億7千万年前)の地層から発見され、三畳紀には多くのシーラカンスの化石が見つかり、中には淡水性のシーラカンスの化石も発見されています。
生きているシーラカンスが発見されたのは1938年南アフリカのイーストロンドンでトロール船によって捕獲されました。それから60年後の1998年にはそこから遠く離れたインドネシアで別種のシーラカンスが発見されました。 現在までの調査で分かっているのは南アフリカ、タンザニア、インドネシアで数百匹が生息し、水深100m~700m、水温十数℃の洞穴をねじろに生息しています。雄170センチ、雌200センチの卵胎生で卵は27粒をもったものが見つかり、産まれたものは30センチほどの大きさになります。
生態は、夜行性で昼間は多くが海底の棚の中や洞穴の中に群れて隠れています。ダイバーやROVでの観察からインドネシアのシーラカンスは好奇心が強く、寄ってくるが、タンザニアのシーラカンスはシャイで洞穴の奥に隠れてしまう。後ろを向いてしまうなど性質の違いがあるようです。中には逆さナマズのように天井についているものが観察されています。シーラカンスの餌は小魚やイカ、エビなどいろいろです。行動範囲に広がりがあり、11キロも移動した例が報告されています。シーラカンスは1989年最も絶滅の恐れのある絶滅危惧Ⅰ類の種として登録されています


 これまでのシーラカンスの発見にはドラマがありますのでご紹介しましょう。
若い女性学芸員の熱意:1938年、南アフリカのイーストロンドン博物館の若い学芸員ラティマーさんは魚の標本集めにトロール船を訪れていました。網に入った魚の山の中に青いヒレが少しだけ出ているのに気付いて、他の魚をどけたところ見たこともない美しい大型の魚を見つけたのです。当時は大型冷蔵庫も少なく遺体安置所の冷蔵庫へ保管し、美しい魚のスケッチを描いて関係者へ郵送し情報を集めたのでした。仲間からは「大きなロックコッドなのにそんなに頑張らなくても」と言われても、美しい魚より受けた強い使命感からの行動でした。一方、ラティマーさんから手紙を受け取ったスミス教授はシーラカンスを正確に描いているスケッチに驚き、歴史的なシーラカンスの発見となりました。ついでに紹介するとスミス教授が巡り合った二匹目のシーラカンスは何と14年後のことでした。
新婚旅行での発見:1997年カリフォルニア大学の海洋生物学者マークさんと新妻のマッドさんは新婚旅行でインドネシアのアマドへ来ていました。見学に来ていた魚市場には水揚げされた魚がつぎつぎ木箱に詰められて運ばれていました。何気なく見ていた新妻マッドさんは得体の知れない奇妙な魚が運ばれて行くのを見て顔がこわばりました。木箱から数本の太く短いヒレを出し、よろいを着たような魚でした。そして急ぎマークさんを呼びに行ったのでした。彼はすぐにシーラカンスと分り、流暢な現地語で話しかけ、漁師の名前やどこで採れたのか?など聞き出し、写真を撮りました。しかし、南アフリカにしか生息していないシーラカンスがどうしてここにあるのか理解できませんでした。  こうしてインドネシアのシーラカンス研究が開始されました。

                              おわり

                                         


キャメロン監督の地球最深部への挑戦

2015年07月03日 | 日記
キャメロン監督の深海への挑戦

2012年3月25日ジェームス・キャメロンの世界最深部マリアナ海溝への挑戦は成功し、35,756フィート(10.900m)に到達した。 これまで「トリエステ」は20分以内の海底滞在であったが、キャメロンは海底に6時間滞在して新しい照明とビデオ撮影を行った。
1. 現在潜航している潜水調査船の潜航記録:これまでJAMSTECの潜水調査船「しんかい6500」が達成した水深6527m(1989年)を破った。
2. 一人乗り潜水調査船の潜航記録:2012年3月6日にキャメロン自身が達成した8200mを水深10900mの記録更新
3. 地球最深部での堆積物のサンプル採取と4台の3D HD cameras映像撮影
4. 一人乗り潜水調査船のパイロット年齢記録:57才のジェームス・キャメロン

世界最深部への挑戦グループ:
 マリアナ海溝はChallenger Deepと呼ばれる水深35、800フィート、長さ1、580マイル、幅 43マイル、
☆1960年1月23日午後1時06分にアメリカ海軍は二人乗り潜水船「トリエステ」にJacques Piccard と Don Walsh が乗って10,916m(35、814フィート)に到達した。
☆2012年英国のバージンオーシャニック(Richard Branson,)は一人乗り潜水船「DEEPFLIGHT-CHALLENGER」plexiglass subで潜航を準備中
☆フロリダのTriton and Google'社は観光潜水船「Triton 」(DOER sub)を使った最深部ツアー(一人25万ドル)を計画

ジェームス・キャメロンのこれまでの潜航実績:

一人乗り潜水調査船ディープシーチャレンジャー(Deepsea Challenger):“vertical torpedo” subとも呼ばれている。重量12トン、長さ25フィート 垂直型で潜航スピード(speeding the plunge)が速い(最深部まで約90分)のが特徴です。
これらは海底での調査時間を6時間となるべく長くすることと、潜航開始から浮上までを効率的に使いたいとのミッションからです。
また、トリエステが海底に着底したことで堆積物が舞い上がり、長時間覗き窓からの視界をさえぎった経験を排除するため海底の少し上でホバリングできる能力を備えている。

今回の地球最深部への潜航にはロレックス社も支援して、1960年の「トリエステ」潜航時と同様に特別製ロレックスーシードェラー12,000m DEEPSEA-CHALLENGE
を船外へ取り付けている。

マリアナ海溝の調査 Alan Jamieson of the University of Aberdeen, UK.によれば
 これまで2009年にROVの「Nereus」が潜航調査した。
 マリアナ海溝の最深部は10,000mを越える太平洋の5カ所の一つの調査である。



釣れなくたっていい

2015年06月26日 | 日記
この素晴らしい眺めは心を満たしてくれる。 釣りの成果は二の次だ。

海との戦い

2015年06月26日 | 日記
大きなカジキとの戦いは、海とのデスマッチだ。 お互いが命の限り戦うのだ。

僻地まで来た

2015年06月26日 | 日記
こんな僻地まで来てしまった。 もう人と出会うことはない。 厳しい世界だ。

世界最深のプール

2015年06月19日 | 日記
新しく完成したプールは水深33mもある。ダイビング用にはもってこいだ。ダイバーの訓練、機材の確認などに利用できる。 情報では中国が水深100mのプールを計画していると言う。

珍しいサンセット

2015年06月19日 | 日記

人間の水中活動

2015年06月08日 | 日記
        人間の水中活動
                  海洋科学ライター 山田 海人

 私達人間は「陸上を歩く哺乳動物」であり、空気(窒素80%、酸素20%)を呼吸(20/min)し、海抜0m(1気圧)から海抜5500m(0.5気圧)で生活している。一方、海に適応した哺乳動物であるクジラ・イルカは同じ空気呼吸しながら海面を猛スピードで泳ぎ、眼は水中と空中でも見え、音波を出して仲間との会話やエコーロケーション(音響探査)して海中の様子、獲物の存在を把握している。さらに優れた潜水能力(マッコウクジラ水深3000m、シャチ1000m、イルカ300mなど)を持っている。
 人間は水中に入ると、裸目では水中の像が網膜で結ばずぼやけて見えない、冷たい水温で体温が保てない、空気を吸わない息こらえはせいぜい1分ですぐに苦しくなる、水面を泳ぐ速さは競泳選手でも4ノット(2m/sec)ですぐに疲れてしまう。このように人間は水中活動には適していない。
 しかし、海中には豊富な魚介類があって昔から一部の人間(海女・海士)は潜って漁を行っていた。海女・海士が水中でモノがはっきり見える水中メガネを使うようになったのは国産のガラスが製造できるようになった明治20年ごろからである。 その後、欧米からヘルメット潜水機が輸入されて魚介類の捕獲、港湾土木など水中活動は増えていった。現在では化石燃料の石油・天然ガス採掘現場、パイプラインの修理、落下物の回収、救難現場、原子力発電所の原子炉などでダイバーが活躍している。
 空気潜水の限界:ダイバーは潜っている水圧(水深10m毎に1気圧)と同じ圧力の空気(窒素80%、酸素20%)を吸うが30m付近から窒素酔いが生じ、50m以深では泥酔状態に近くなってしまう。一方、純粋な酸素(100%)を24時間吸うと肺炎になるが水深10mを超える水中では酸素中毒(ケイレン、気絶など)が起こる。さらに身体に溶け込んだ圧力空気により潜水病の危険が生じる。このため、水深50m以深に潜るにはヘリウム・酸素の混合ガスを呼吸ガスにしている。
エピソード:欧米を超えた潜水技術 1925年地中海の水深91mに沈む「八坂丸」から片岡弓八は23億円もの金貨をすべて回収し、欧米のダイバーが挑んでもできなかった水深からの快挙だった。
海底に住む:昭和43年から海洋開発の一環で科学技術庁が「シートピア(海底居住実験)」を始め、4人のダイバーが30m、60mの海底居住を行った。海底で湯沸かし器を使うと10mで120℃、100mでは180℃で沸騰しヤケドの危険があった。
深海潜水システム(SDC/DDCシステム):その後、100mから300mまでの大陸棚での人間の水中活動のため、深海潜水システムの開発、実証実験が行われ、私はダイバー、潜水班長として実験に参加し、水深300mまでの潜水を体験した。 300mの潜水では身体に30気圧もの圧力がかかり、呼吸ガスの密度は大気の7倍にもなった。海中の水温は6℃と冷たく温水加温服で指先まで温めての2時間作業だった。300mまでの加圧時間は10時間、減圧時間は13日間もかかった。この技術は海上自衛隊の水深500mまでの潜水艦救難システムに技術移管された。

エピソード:1929年世界初の潜水調査船は西村式豆潜水艇(水深200m)
でビービー・バートンの潜水球が310m潜水した前年だった。
潜水調査船:JAMSTEC(海洋研究開発機構)ではダイバーによる深海潜水に加えて、大気圧状態で深海を調査する潜水調査船の開発を行い、「しんかい2000」、「しんかい6500」システムを建造、運航して日本近海、世界の深海域を調査している。 「しんかい6500」システムは3人乗り(パイロット2名、観察舎1名)で直径2mの耐圧殻の中で8時間滞在し、海底を観察する。最近では女性研究者も潜航している。
海外の有名な海洋研究所は6000m級の泉水調査船を運航して太平洋、大西洋、インド洋など調査し、海洋科学に貢献している。
深海の聖域への挑戦:世界最深部はマリアナ海溝10911mで、1960年ガソリンを浮力にした「トリエステ」(二人乗り)が潜航に成功した。また最近では2012年アバターの映画監督ジェームス・キャメロンが一人乗り潜水調査船ディープシーチャレンジャーにより10.900mに潜航して海底の様子を3Dカメラで撮影した。
大気圧潜水服システム;関節構造の多いい潜水服タイプの潜水装置で服を着るように中に入り脚の動き、腕の動きだけで海中作業する。 なかでもADS2000(600m潜航可)は米海軍が潜水艦救難システムとして採用され、その機能が高く評価された。
相模湾の海:私達の住む鎌倉の前の海は相模湾です。相模湾の最深部は1600mで大部分が水深200mより深い深海です。深海には発光器官を持った深海魚、奇抜な顔をした深海魚などが生息し、由比ヶ浜で生きたチョウチンアンコウが打ち上げられたこともあります。
海:地球にある「水」の97%は海にあります。地球表面の7割は海で海の平均水深は3800mにもなります。 地球初の生命誕生は深海の温泉(熱水噴出孔)のブラックスモーカー付近と言われ、「母なる海」とも呼ばれています。          おわり

身の程知らずな深海魚

2015年06月06日 | 日記
なんで自分より大きな魚を飲み込んだんだ。 ほらみろ胃袋が破けたじゃないか。

ビッグウエーブ

2015年05月30日 | 日記