富士市を中心の郷土史

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富士市今泉の昔話(104)

2014年05月16日 21時04分17秒 | 昔話
富士市今泉の昔話(104)今泉周辺の年譜(12)

晴れての一日、富士市「こどもの国」に遊んだ。
園内には丹精の「日本桜草」「九輪草」の群
が何ケ所かみられ、素晴らしかった。







明治22 1889 11月15日。伝法小学校設置。(伝法)
          自治区の制布かれ、伝法、弥生、弥生新田、
          香西、香西新田、瓜島、永田、依田原新田
          の何れもが伝法村と為れり。(伝法)
          県令第19号を以て伝法村の区域名称及び
          役場の位置を決定せり。
          (伝法)
          自治区の制布かれしにより、大淵、中野、厚
          原、を伝法より分離し、伝法村の役場は、伝
          法村字中村上2750番地へ移転せり。(伝法)
          県令第19号にて町村の区域決定。浮島村へ字
          船津新田を、吉永村桑崎へ桑崎字山内を夫々を
          編入し、元吉原村へ桑崎字水口、、同字上厩平、
          字水口を編入せり。(元吉原)
          此の年度における原田村の国税1,588円42
          銭9厘、村税652円61銭1厘、戸数271戸、
          男753人、女686人、人口計1,439人、
          現役軍人陸軍2人、在郷軍人36人、生徒202人、
         (31人)(原田)
          町村制施行さる。(吉永)
          市制町村制施行、戸長を村長と改称す。戸長役場
          を町村役場と改称。
          5カ村組合を一つにして須津村と称せり。(須津)
          12月31日。この日現在の大淵村の面積19,
          000町歩、戸数400戸、人口2,111人(大淵)
明治23 1890 3月28日。聖上御通輦、鈴川駅にてこれを役場員
          と教員奉迎送す。
          (原田)
          2月26日。潤井川支川用水路に関する組合、鷹岡
          村伝法村組合を設立す。(伝法)
          3月1日。吉永村駐在所設置。(吉永)
          4月17日。富士山噴火。(駿遠豆歴史物語)
          5月。元吉原尋常小学校は分校を西柏原新田に設置し、
          村立元吉原尋常小学校分校柏原分校と称す。(元吉原)
          5月。役場を大淵村東下原48の1に建築す。(大淵)
          5月7日。両陛下還御、奉迎の為鈴川駅に赴く。(原田)
          5月11日。原田村巡査駐在所設置。此の以前は柳田
          に設置せしも月日不詳。(原田)
          6月。明治天皇と皇后の御真影、県下の高等小学校へ
          下付さる。(吉原)
          6月23日。吉原―大宮間の往還改良新道開通す。馬車鉄
          道敷設運転開始。延長6哩、工費29,585円停車場7ケ所。
          (吉原)
          6月。小学校令に基ずき、伝法尋常小学校と改称。(伝法)
          8月30日。暴風雨の為生徒一人も登校せず、依って臨
          時休校とす。(原田)
          10月30日。教育に関する勅語下賜。(伝法)
          11月1日。吉原区裁判所設置さる。(吉原)
          11月29日。帝国議会発会式に付き、当日祝賀式挙行。
          (原田)
          村医を置く事決定。朝岡雲仲委嘱す。(原田)
          原田村農会創設。(原田)
          小学校令に基ずき、須津尋常小学校と改称。(須津)

我が家では先週の珍花につずいて「雲南蝋梅」「吊花」が賑やかである。