日本列島旅鴉

風が吹くまま西東、しがない旅鴉の日常を綴ります。

活動十年史 - 後編

2015-02-19 22:58:13 | 旅日記
道楽に明け暮れた三十路以降の我が生涯を振り返るこの話題、後編では近年の活動とこれからの展望について語ります。

・現代
前述の通り、マイカーは終生記憶に残るであろう旅をいくつも実現してくれた一方で、マイカーだけで全国各地を回るには限度がありました。その結果、車一辺倒の活動は終わりを告げ、マイカーで近畿以西へ行くのは年に一度か二度に限り、あとは汽車旅という棲み分けが定着して現在に至ります。特に直近の一年は、新幹線開業とともに汽車旅不毛地帯と化す北陸信越方面に、何度となく足を運んできました。いわゆる鉄活動の充実ぶりにかけては、この一年がblog開設以来空前絶後と断言できます。
もっとも、汽車旅が復権したからといって、マイカーでの活動が退潮傾向にあるというわけではなく、最盛期には年間二万kmに迫っていた走行距離が、二割、三割ほど少なくなった程度に過ぎません。これは、西日本への遠征が少なくなった一方で、東日本を縦断する花見の旅など、数千km単位の長旅が新たに恒例化し、会津、信州、静岡などへの小旅行もそのまま残ったからです。その結果、旅の移動手段に占めるマイカーの割合こそ減ったものの、全体の活動回数は年々増える傾向にあります。
全体の回数が増えたのは、全国を何周もすることにより各地になじみの旅先ができ、そこを再訪するのが新たな恒例行事となるからでもあります。先日の北海道への汽車旅などは、まさに近年恒例化した活動の一つです。また、再訪にあたってところどころ趣向を変えようとする結果、新しい発見が毎度一つや二つは出てきます。その結果、次回再訪する際には従来の日数では足りなくなるという現象が起こり、それがなおさら活動日数を増加させているのが現状です。こちらの例としては高遠の花見などがあります。

このように、駆け足で一気に巡っていたマイカー時代に対し、近年では一ヶ所あたりの滞在時間が年々延びる傾向にあり、それに伴い活動に注ぎ込む日数も増えてきています。特に昨季は、の活動再開から初夏の梅雨入り前まで、正月すら休むことなくほぼ全ての休日を活動に注ぎ込み、有給休暇も単年では100%超の割合で消化しました。余暇のほとんど全てを活動に注ぎ込む傾向は今季も続いており、少なくとも桜前線が道東に到達するまで、我が家で過ごす週末は来ないと予想されます。

・今後
風の吹くまま気の向くままの一人旅だけに、今後どうなるのかはもちろんよく分かりません。しかし、確実にいえることがいくつかあります。
一つは、汽車旅が今よりつまらなくなることはあっても、面白くなることはないということです。このblogでも繰り返し嘆いている通り、北陸新幹線が開業すれば、日本海側への移動手段はトンネルばかりの味気ない新幹線に取って代わられ、最後の力走を続けていた国鉄型車両は一掃されて、県境で分断された細切れのローカル線を、安普請のつまらぬ車両が行き来するだけとなります。しかも、来年には北海道新幹線が開業し、五年後には北陸新幹線が福井に到達します。町外れに造られた駐車場併設の新幹線駅が市街地の衰退に拍車をかけ、輸送量に見合わない短編成の普通列車がさらなる鉄道離れを招くという流れは、今後も当分続くわけです。今が最後の機会とばかりに、過去一年こそ汽車旅にいまだかつてないほど熱中したとはいえ、これほどの山場は後にも先にも訪れないのではないでしょうか。
ただし、汽車旅が死んだに等しい状況であっても、マイカーでの活動が復権してくるかというと、そのようなことも考えにくいような気がしています。マイカー全盛期に比べ、一ヶ所あたりの滞在時間が格段に延びた近年、それらの全てをマイカーで巡るのは、時間的に到底不可能だからです。その結果、汽車旅も廃れたものだと不平を垂れながらも、特に西日本の旅においては、今後も汽車旅を中心に組み立てることとなりそうです。

新幹線の開業ほど切迫してはいないものの、今後避けて通れない問題がもう一つあります。今の身分をいつまで維持できるかということです。
余暇の全てを旅に注ぎ込めるのは、独り身の居候という身分があってのことです。しかし、前者はともかく後者については、年齢的にあと何年も持続しうるものではありません。収入は何年も頭打ち、今後大きく上がる見込みはなく、だからといって余暇を削りたくもないという状況において、自活しながら現状の活動費を捻出できる可能性は低く、年々高騰する車の維持費を負担できるかどうかさえ未知数です。活動の頻度を大幅に下げたり、泣く泣く車を手放したりといった対応が、いずれ必要となってくる可能性は少なからずあるでしょう。
もっとも、世間の人々は、生活費、教育費、住宅ローンに親の介護といった問題で、日頃から頭を悩ませているかもしれません。そのような人生設計すらできないまま、非正規の低賃金でこき使われている人々も少なからずいるでしょう。このようなことで一喜一憂していられる自分は、ある意味この上ない幸せ者ではないでしょうか。その幸福に感謝しつつ、もうしばらく一人旅を続けて行きたいと思っています。
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