とりとめのない写真ばかりです。
最後の晩餐を見た後、近くのノルド駅から、私鉄に1時間ぐらい乗り北の方にありますコモ湖畔へ行ったようです。切符を買うのはどうしたのかと聞きましたら、紙に行き先などを書いてもらっておいて、切符売り場で見せて買ったそうです。 昨日の最後の写真、派手なオブジェ、あれは針と糸を表したもので、ノルド駅前にあったそうです。ミラノの産業の一つです。マルペンサ空港からマルペンサエクスプレスに乗るとこのノルド駅が終点になるようです。
コモ湖もアルプスの氷河によってできた湖の一つで由緒あるリゾート地ということです。気候が温暖で立派な庭園のある邸宅も多くあるということです。遊覧船でも乗ってもう少し湖沿いを行く方法もあったのですが、一人ですし、コモの町を眼下に見下ろすブルナーテ山へケーブルで登ったようです。かなり急勾配の登りで、山頂は標高750m。その後、旧市街を見学しただけのようです。
レオナルド・ダ・ヴィンチが描いた「最後の晩餐」を見るのは、予約制ですので、早朝の予約をしておいてもらって見に行ったようです。それは、サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会隣にあります修道院の食堂だった場所にあるそうです。
今までもその写真を見てはいましたが、立派な教会の方とばかり思っていましたが、左側の建物の方らしいです。 最後の晩餐は言うまでもなく、キリストが弟子たちの裏切りを予言し、それに動揺する弟子たちの表情を描いた縦4m、横9mほどの壁画です。 壁画は、8/25日の分参照。
サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会も大きな建物でルネッサンス期のミラノ最大の建物らしいです。ミラノ公スフォルツァがドミニコ修道院と教会の建設を指示し、長い年月をかけて建設し1469年に完成したらしいです。
今までもその写真を見てはいましたが、立派な教会の方とばかり思っていましたが、左側の建物の方らしいです。 最後の晩餐は言うまでもなく、キリストが弟子たちの裏切りを予言し、それに動揺する弟子たちの表情を描いた縦4m、横9mほどの壁画です。 壁画は、8/25日の分参照。
サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会も大きな建物でルネッサンス期のミラノ最大の建物らしいです。ミラノ公スフォルツァがドミニコ修道院と教会の建設を指示し、長い年月をかけて建設し1469年に完成したらしいです。
インターネットで調べたミラノ中心部の地図をカラーで拡大コピーしたものを持って、名所をあちこち一人で歩いてきたようです。美術館の入口がわからなくて少しは迷ったようですが、一応予定通り歩き家族のアパートへ無事に戻ったようです。
ドゥオーモ前広場からガレリア、スカラ座、ブレラ美術館、スフォルツェスコ城と公園、アンブロジアーナ絵画館や名前のわからない教会など。有名な絵もあったようですが、キリスト教関係など大量の絵や美術品を見て、本人の記憶にどれだけ残っているか疑問です。
ブレラ美術館には、マンテーニャの「死せるキリスト」という有名な絵があります。それまで描かれたキリスト像とは構図も全く違いますし、リアルに描かれているそうです。貴重な美術品が多いですので、写真撮影も禁止、アンブロジアーナ絵画館では、係りの人が用心のためについてくるほどだったそうです。
街中は日本のように電線やケーブルは目立たなかったようです。落書きは多そうです。