曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(18)

2014年02月12日 | 連載小説
(18)
 
雪が降っている。何年か、というより何十年かに一度という大雪だ。
 
積もった雪の重みで屋根やガレージがつぶれたというニュースを多くやっているからか、「Fの店、大丈夫か?」というメールが2件来た。Fがよく口にしている「つぶれそうだよ」というのは店舗そのものではなく経営が、という意味なのだが、他人はそこまで的確に把握してはいない。店舗そのものはマンション1階のテナントなので、重みでつぶれることはまったくないのだ。Fは問題ないと返信した。
 
それにしても「大雪」や「大雨」はあるのに「大晴」がないのはなぜだろうとFは思う。曇りというのは中途半端な状態なので「大」が付かないのは分かるが、晴れには付いてもいいんじゃないかなと思う。せっかく思い付いたので、バンドの中で詩を担当しているEとカズにメールを送った。こんな非常時につまんないことを送って悪かったかな、と送信したあとに思う。しかしもう遅い。携帯から飛び出した見えない飛脚が、アンテナまで突っ走っていってしまっている。
 
店舗に心配はなかったが、問題は売り上げだ。雪が積もってしまっては、降った日だけでなくその後も商売あがったりとなる。実際今日もひどいものだ。あぁ売れないなぁ、売れない。そう言ってFは駄菓子を一つ取る。
手に取ったのは、ジュースの瓶の形をしたウエハースのお菓子。Fは先端部分を小さくかじるとストローを入れて中の白い粉を吸った。
「うーん、ラリッちゃう」
つまらない冗談を、それも一人で言いながらゲホゲホとむせる。虚しさが募る。
「咳をしても一人ってやつだなぁ」
そう呟いて、さらに虚しさが募る。
 
せめて明るい雰囲気の曲でも聴くかと、FはCD置き場からマシュー・スウィートやらジョージ・フェイムやら手に取るが、どうも聴く気が起こらない。では女性ボーカルかとクラウドベリー・ジャムを取るが、これまたイマイチだ。ということで、ダイアー・ストレイツのファーストアルバムにした。これならしんみりとはきてもズシーンとはこない。中庸、といった感じだ。マーク・ノップラーが中庸などと聞いていたら怒り心頭だろうが。
 
今週の売り上げは壊滅的だった。こんなことなら、声がかかっていた節分祭りに出店すればよかった。Fはしみじみと後悔する。
しかし、と昨年を思い出す。寒い時期は温かい物を求めるのが当然のことで、駄菓子の出店に手を伸ばす者は少なく、売り上げは悪いし風邪はひくしでさんざんだった。それで今年は見送ってしまったのだ。
一応主催者に挨拶するため、節分祭には顔を出した。今後誘ってくれなくなったら痛手だからだ。この街では秋に「どんどん祭り」というものがあって、それは「丼ぶりとうどん祭り」を縮めたものなのだが、さすが食い物をメインにしているだけあって人の出はかなりのものなのだ。Fの駄菓子屋はそっちの方には出店していて、まだ本格的な寒さの前ということでなかなかの売り上げになるのだった。
 
節分祭りには、この選挙区の自民党の議員も顔を出していた。寒いなか、コートも羽織らずにこやかに談笑しているのが印象的だった。
あの議員はどんどん祭りにも必ず顔を見せる。民主党の風に圧されて落選したときだってしっかり顔を見せて談笑していた。ああいうのを見ると、やはりこの国というのは自民党の支配で、それ以外の組織はとってもかなうはずがないと怖れを抱く。あの議員はFとほぼ同じ年齢。そんな働き盛りの男を、落選した期間泳がせていられるのだから、これはもう太刀打ちしようのない資金力とネットワークというものだ。
議員だって養わなければならない妻子もいるだろうし、年老いた親もいるだろう。落選してタダの人のまま次の選挙まで待つなんてできる相談ではない。しかし自民党は息のかかった会社に、ちゃんと押し込めてやる。当座、社員になっていれば、給料と身分が確保されて家族もひと安心だ。そして腰掛け会社の仕事はそこそこに、マメに地域の集まりに顔を出させる。そうやって捲土重来をお膳立てしてやるのだ。いやぁさすがさすが、まいりましたよ自民党さんと、Fはそつなく市の重鎮たちに相槌を打つ自民党議員を見ながら、そのとき思ったのだった。
 
民主党の落選議員たちは党の支援もなく、政治活動から足を洗った者も多いとFは聞いていた。実際民主党に自民党のようにやれと言っても無理な話だろう。たくさんの駒を捨ててしまった民主党に、もう第一党への返り咲きはないことだろう。ワン・ヒット・ワンダーだったのだ。
 
ダイアー・ストレイツのCDは進み、6曲目、「Sultans of swing」の物悲しいメロディーが流れる。邦題、「悲しきサルタン」。うまく付けたものだ。単数形にして、悲しきと付ける。それだけでなんとなくこの曲のイメージをつかませている。Fはボリュームを上げ、ガラス戸の曇りを手のひらでサッとひと拭きして、落ちる雪を眺めながら曲を聴いた。
 
(つづく)
 

最新の画像もっと見る