曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

『駅は物語る』 18話

2012年11月06日 | 鉄道連載小説
 
 
《主人公の千路が、さまざまな駅を巡る話》
 
 
東京駅
 
 
改装が終わって話題になった東京駅。しばらくはイルミネーションが灯され、赤レンガとの淡いマッチングがニュース番組などで流れていた。
駅の変化にはできるだけ駆けつけたい千路だが、あまりに話題になりすぎていると気分的にそっぽを向きたくなる。どうにもブームの真っ只中に突っ込んでいく気がしないのだ。
 
もうそろそろ静まっただろうと、ある秋晴れの休日、千路は東京駅に向かった。
中央線の長いエスカレーターを降りて、改札を出る。すると、広い駅前ロータリーがかなり混雑している。特に中央付近は群衆と言ってもおかしくないほどの人混みだ。
一瞬なにかの催しかと思った。しかし祭りやイベントの気配はまったくなく、近くに行ってみると、皆思い思いの場所に立って携帯電話やカメラを駅舎に向けている。向けていない者も、駅舎に目を向けながら同行者と立ち話をしていたり、腕組みをしてじっと見つめている。
 
つまり、千路の目論みは大きく外れたということだ。東京駅見物は、今も盛りなのだ。
それにしても改装が終わって1ヵ月経つというのに、これほどの混みようとは。もっとも日曜日だからということもあるのかもしれないが、しかしすごいものだと、千路は駅舎ではなく人混みをじっと見つめた。
 
子どもの頃は、正直中央線ホームから見る赤レンガが不気味だった。小さい頃というのは古めかしいものに対して漠然とした恐怖感を持つものだ。近所の蔵や蔦の這う家、部屋に飾られた水墨画など。それらに目がいくたびに、なんとも表現のしづらい怖さを覚えた。
それが年齢を重ねて、今ではすっかり逆になっている。時代を感じさせるものを見ると、怖いどころか心が安らぐ。
 
千路は手でひさしを作って、東京駅を眺めた。ホームを隠すくらい長い赤レンガの建物は、千路の気持ちをじんわり和らげるのだった。
 
 
(東京駅 おわり)
 
 

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