曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(19)

2014年02月14日 | 連載小説
(19)
 
ボーカルのEは何故「E」かというと、飯田だからだ。結成5年を迎えたとき、やっぱりバンドなんだからそれっぽい呼び方を決めようとなった。メンバー紹介のときに映えるというのだ。グループサウンズみたいでイヤだなぁとドラムのタクちゃんが言ったが、結局全員の呼び方を作った。
 
FはEに倣ってFとした。Fがギターで、位置付けとしてボーカルの次のポジションだからというのもあったし、彼の本名が笛田で、イニシャルがFというだけでなく笛の字を逆に読むとエフだからというのにも掛けたのだった。
「そうそう、逆さにするとギョーカイっぽくていいじゃないか」
「じゃあF田でいいじゃんか?」
と、F言う。
「いやいや、それだとおれもE田にしなきゃ揃わないじゃんか」
と、今度はEが反論する。
「ダメなのか?」
「だって文字ならいいけど、言われたときは名前と響きが一緒じゃんか。やっぱりここはフロントマンとして短くEとFにしようぜ」
「うーん……」
「そうだよ。おれメンバー紹介で、リードギター、Fコードが苦手だけど、エフ~! って紹介してやるよ。だから、な!」
と、カズが言う。通常、「な!」を付けて勧めるのはほめ言葉に続けるものだがなぁとFは思う。それにこのバンドがメンバー紹介するのはいつもボーカルであってベースではない。
しかしEの言う、短くビシッと、という意見は説得力があり、結局「F」ということで落ち着いたのだった。
 
EとFがいるんじゃ、Gも作るかという意見も出たが、まぁおれたちみんな爺だからなとイチが言い、ハハハと盛り上がらない笑いが起こる。好むと好まざるとに関わらず、おやじバンドの会話には、この盛り上がらない笑いが挿入される。
とはいえ、イチの腕は絶品だ。この中では唯一、どこに行っても通用するウデを持っている。
キーボードがしっかりしているバンド。これは「ひねくれたポップセンスを拡大しよう」を合言葉に結成されたバンドにとっては、ひじょうに強みだった。わりとキーボードの旋律と音色でしっかり聞こえてしまうからだ。
このバンドが初めてスタジオに入ったとき、合わせたのがロキシー・ミュージックの「トラッシュ」だった。キーボードさえしっかりしていれば、ちゃんとそう聞こえる曲。
 
分かる人は分かる。分からない人は分からない。そういうバンドなのだ。人間でもバンドでもフォローできる領域というものがあるから、分からない人にも分かっていただきたいという気持ちを完全に捨ててはいないものの、あえて狙ってはいかない。広く分かってもらおうとすると、今度、とても分かってくれている人を失うことになりかねない。領域というものは、大抵、広がることはなくて、ずれるだけなのだ。
 
プロ志向ではないので、まぁ自分たちの好きなコピーをやって、そのコピーに近いオリジナルをときおり作って、そういうのを好きなそこそこの客に観てもらえばOK。音楽的志向の拡大はいいが、活動の拡大主義は解散に繋がると5人で一致していた。今までそんな経験をいろいろとしてきている5人なのだ。
 
冬季オリンピックを観て寝不足のFは、その朝、目覚めても布団の中でもぞもぞとしていた。しかしはたと気づく。今晩はバンドの練習で、当然呑みに流れるから仕入れを今日のうちにしておかなければならない。Fは布団から抜け出ると暖房を付け、そしてバンドのコンセプト、「ひねくれたポップセンスの拡大」に合わせてベルベット・アンダーグラウンドを流す。練習のある日は、寝起きは決まってこれだった。
オルゴール調の一曲目が、部屋に響き渡ったのだった。
 
(つづく)