曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(16)

2014年02月08日 | 連載小説
(16)
 
ストーンズとしての初来日は、ミックのソロでの来日の2年後だった。Fとイチはもちろん大喜びした。しかしすでにミックで政治的な雪解けをしていたので、まぁいずれは来られるだろうと想像ができたことから感慨は薄かった。ミックの来日前は、なにしろ生き神様のような感じだったのだ。
 
それでも、バンドとして完璧なカタチで観られると確実に決まったのは限りなくうれしいことだった。Fとイチは大学生になっていたので、少なくともミックのときよりは動きが取れた。よぉし、今度こそしっかりチケットを手に入れようと、発売日までにバイトに精を出して金をためた。当時はバブル景気がかろうじて続いていたので、働く場所はいくらでもあった。
 
ネットも携帯電話もまだないので、コンサートのチケットは新聞雑誌の発表を見逃さないようにして、チケット売り場や電話で買い求めるという方法だった。電話は簡単でいいが、人気のコンサートは発売開始と同時にかけたって繋がったためしがない。実際Fは高校3年のときにミックのソロコンサートで痛い目にあっている。今回はとにもかくにも売り場に並ぼうということで話が一致していた。
「ホント、寒かったよなぁ」
イチがしみじみと言う。Fとしてもチケット購入の思い出は寒かったという記憶がいちばんだった。ストーンズほど観客動員が大きなアーティストになると東京ドームで何日も演ることになるので、野球の行われない時期に限定される。だから当然チケットの発売も冬となるのだ。
 
発売前夜に落ち合ったFとイチは、まずファミレスの駐車場に車を止めた。そこでコーヒーを飲みながら新聞の発売を待った。
午前3時、もういいだろうということでファミレスを出て、新聞の販売店に入っていった。訝しがる配達員から一部買ったFとイチは、車に戻ってばっさりと開いた。チケット販売の宣伝広告が大きく載っていて、そうか、ストーンズはやはり本当に来てくれるんだなと目が釘付けになった。
「正直あの新聞見たときがいちばん感慨が深かったなぁ、実際にコンサートが始まったときよっかさぁ。なんでだろ」
「そうだな。おれもあの広告見たときにジーンときたんだよな」
Fとイチはどちらからともなく、グラスをカチンとぶつけ合った。ある程度酒が進んだときに深い共感があると、酔っ払いというのは乾杯したくなるものなのだ。
 
車の中で相談した結果、とある田舎のデパートに車を向けることにした。チケットは都心で取ろうが田舎で取ろうが変わりがない。売り場の窓口にいかに早く立つかという方が重要なのだ。だから並ぶライバルが少ない店舗の方がいいということで、都会でなく田舎へと車を向けたのだった。
二人はイチの実家のぼろぼろのファミリアで『Exile on main st.』を流しながら、暗い道を走っていった。
 
(つづく)