曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(13)

2014年02月04日 | 連載小説
(13)
 
イチとは、なじみにしている駅近くの「氣まぐれ」という店で会った。いつもBGMがビートルズなので、話も盛り上がりやすいだろうというFの配慮だった。
 
久方ぶりのイチからの誘いなので、深刻な話だったらという心配もあった。なにしろ極度の恐妻家だ。家庭のこととか仕事のこととかで、相談したくなるようなことだってあるだろう。深刻なのはこまるなぁと思っていたが、それ以上に怖いのはバンドを抜けると言い出すことだ。もしそれを持ち出されたらどうしようと、昔のようにサシで呑める楽しみももちろんあったが、正直心配の方が先に立っていろいろ頭を悩ませていた。
 
ところがいざ呑んでみると、深刻な話など出ず、楽しいひとときとなった。ストーンズが久しぶりに来日するので、懐かしくなったので誘ったということだった。
「なんだよ、それなら最初から言ってくれれば心配しなくてすんだのによぉ」
「まぁそりゃ家も仕事もいろいろあるけど、そんな辛気臭い話したってしょうがねぇだろ」
そこで笑い合って、さらに酒と話が進んだ。話は主に、当時の回顧だ。ある程度年齢がいくと、これがなんとも楽しいことなのだ。
 
Fとイチは高校の同級生で、ロック好きが縁で仲よくなった。当時日本に出入り禁止だったストーンズからミック・ジャガーが単独でやってきたのだが、高校3年で身動きの取れない時期ということでチケットが手に入れられなかった。
夢にうなされるほど悔やまれたが諦めざるを得ない。しかし意外な展開というのは世の中あるもので、ちょくちょく顔を出していた新宿のロックバーのご主人が、おれが手配してやるよと胸を叩いたのだった。
「なぁに、たったの2枚だろ。コンサートの当日の昼すぎ、ここでコーヒー飲んでなさいよ。そしたら持っていくから」
飛び上がってよろこんだが、なにしろご主人が酩酊状態だ。しかし騙されて元々だと、半信半疑ながら当日指名されたフルーツパーラーに行った。
そこで2人して高いコーヒーを飲んでいると、ご主人でなく、見た感じとても怖ぁいお兄さんがFたちのテーブルに一直線に近付いてきた。そしてミック・ジャガーのチケットを2枚テーブルに放り投げると、
「ホントはお前らなんかに売らねぇんだけどよ、しかも元値で」
と吐き捨てるように言って、差し出したチケット代を掴むとすぐに出て行った。風のようなすばやさに、Fたちは礼も言えなかった。
「あのときチケット本物でしょうねって確認したら、おれたちきっと、今この世にいなかっただろうなぁ」
イチが言い、2人でクックックと笑った。
 
店に、ゴールデン・スランバーのピアノのイントロが流れる。
「お、いいねぇ。でも話の内容に合わせてジ・エンドの方がよかったな」
「いやぁ、ジ・エンドから流す有線放送もないだろ」
また2人してクックと笑った。
 
(つづく)