曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・駄菓子ロッカー(12)

2014年02月02日 | 連載小説
(12)
 
週末、Fは駄菓子屋を閉めると体を暖めるためランニングで帰宅した。寒みぃ寒みぃと手を揉みながらアパートの階段を上がって、部屋に入るとすぐ暖房をつけた。
 
レンジでコーヒーを温めて何口か飲むと、ようやくひとごこちがついた。ホットカーペットが温まってきたので、そこに座り込んで、面倒にならないうちに帳簿をつけてしまう。この帳簿、売り上げがいい日は楽しい作業なのだが、悪かった日は面倒になってつい先送りにしがちだ。競馬を趣味としている友人が、プラスになっているときは収支を書き出したくなると言っていたが、感覚的には同じものなのだろうとFは思う。成績が悪かったときは目を逸らしたくなってしまうのだ。
ともかく溜めてしまうとわけが分からなくなってしまうので、帰ったらすぐに取り掛かるという鉄則は守るようにしているのだ。会社であれば上司の目があるので帳簿や日報はその日のうちにちゃんと付けることになるが、自営業は自己戒律を守らないと事業がはちゃめちゃになってしまう。
 
この晩はバンドメンバーのイチと呑む約束が入っていたので、高揚感があった。そのウキウキした気持ちを利用して、帳簿のほかにも細かな雑用を1時間ほどこなした。
イチとの待ち合わせは9時すぎで、まだ1時間以上ある。Fはギターの練習をしようと手に取ったが、考えを変えて昨日録画しておいた国会を観ることにした。
午前中は自民党同士の質問、答弁という「プロパガンダのお時間」なので、これは観ない。成果を評価する質問者に、引き続き邁進すると誓う答弁者。筋書きは決まっているので観る必要はないのだ。午後の分から、ビデオを再生した。
 
昨晩の午後、質問者は民主党のお歴々だった。
今や民主党はスター軍団だ。あれほどの逆風の中で生き残った面々なので、党の悪評もものともしない役者が揃っている。さすがに個人的な人気の高い人たち、質問口調もハキハキとしていて聞きやすい。首相の滑舌の悪さがより表面に出てしまう。
 
イチなどは、政治家だっていろいろいるんだぜといつもFに注意する。そんなに一律悪く言うなよ、と。Fだってもちろんそれは承知している。職業で一括りにしてしまうのは乱暴なことだ。でも、だれがいい、だれが悪い、だれがこういう動きをしているなどと一般市民には分かるわけがないのだ。ある程度の決め付けはしょうがない。それにどのみち、彼ら政治家は周囲のイエスマンとしか話さないのだから、お茶の間でいくら吠えてても痛くも痒くもないはずだった。
逆に一般市民は彼らの発言がお茶の間に勝手に流れてくる分、迷惑をこうむっている側だ。たとえば前総理の野田さんなど、選挙で大負けしたときに「厳しい判断を下された」と何度も言っていたが、別に選挙民は民主党に厳しいことなんか何ひとつしていない。単に投票しなかっただけなのだが、それなのに一方的に厳しいと言われてしまう。おかしな話だ。
たとえば創作料理の店。魅力的なメニューが並んで楽しみに入ったところ、材料がないだの季節限定だの、次々注文を却下されたら、これはもうがっかりというものだ。
そして、もうあの店には行かないと知り合いかなんかに話す。それを耳にした創作料理店の店主が、いやぁ厳しい客だなぁと言う。それって客としては、ひどい言われようだ。
特に糾弾したわけでもなく、単に行かないってだけ。提示してあるものができないって言うのだから、足が遠のくくらい当たり前でしょ。それなのにどうして厳しいって言われなくちゃいけないのと、誰だって怒るだろう。
民主党の3年半はこれと同じ。なにも必要以上に攻撃したわけでもないし、票を入れなかっただけなのに、厳しいなどと言われる筋合いはない。
まぁ野田さんは、議席数が減ったということを単純に表現しただけなのかもしれない。しかしそうだとすると、これ以上ない凡庸な言い回しだ。首相はそんなレベルの低い表現などしてはいけないというものだ。
 
テレビでは民主党の知った顔が次々出てくる。もっとも知った顔だからこそ議員として残っているのだ。さまざまな質問を自民党にぶつけるが、消費税引き上げのことは「同じ穴のムジナ」なので言ってくれない。Fとしては最も言ってほしいことなのに…。
 
それにしても、イチとサシで呑むのは珍しいなとFは思う。ヘタをしたら3年ぶりくらいかもしれない、と過去を思い出してみた。イチは恐妻家なのであまり時間が自由にならず、スタジオのために他の外出は極力控えているのだ。どういう風の吹き回しか分からないが、楽しみであることは確かだ。
Fはビデオを止めて、キーボードのイチが最も敬愛するニッキー・ホプキンスを聴きながら出かける支度を始めた。
 
(つづく)