曠野すぐりBLOG 「小説旅日記」

「途中から読んでも内容の分かる連載小説」をいくつか、あと日記を、のんびりと載せていきます。
 

小説・はむ駅長(20)

2014年02月13日 | ハムスター小説
 
ディーゼル音は羽祐の心を安らいだものにさせる、一種の安定剤だった。
ガラガラという、本来なら耳障りなはずの音なのに、それは不思議な化学反応を起こさせる。気持ちがさざ波立っているときでも、聞けばすぐに凪となってくれるのだった。
 
しかしこの日は、そうはいかなかった。姉の夕子が立ちふさがっているので、ディーゼル音に神経を集中できなかったからだ。
「姉さん、ちょっとだけ待ってくれるかな、仕事だけしちゃうから」
そう言って夕子の横を通り抜けて窓を開け、改札業務をこなす体勢になる。これから降車客が改札を通るので、本当なら小部屋に無関係な人間などいない方がいい。だけど腕組みをして羽祐の横顔を睨みつけている夕子に、とても出て行ってと言える雰囲気ではなかった。改札業務を許してくれただけでもよしとしなければならない。
 
夕方というにはまだちょっと早い時間。病院帰りの老人と高校生で、丸花鉄道では乗降の多い一本だ。当然谷平駅にも降車客がある。羽祐は定期券を確認したり、切符を受け取ったりと業務をこなした。なかには言葉を交わす顔見知りの客もいて、夕子にちょっとだけ待ってと伝えたわりにはなかなか終わらなかった。
 
ようやく客が捌け、夕子に体を向けた。気分的には反対側に向けたかったが、いっときはいいが余計にこじれるだけだ。それで覚悟を決めて、面と向かい合ったのだった。
「どう見てもちょっとしたアルバイトって感じじゃないの。いつまでこんなことやってるつもりなのよ。とにかく戻ってきなさい」
いつもの如く断定的な言い方だなぁと思いながら、羽祐は黙り込む。さて、どう切り返すか。仕事はこれだけじゃないと、こまかく説明しても聞く耳持たないだろう。かといって単純にイヤだと突っぱねれば、とても引き下がりそうにない。元々強引なところにもってきて、今回は家族代表という大義名分も持っている。もしかしたら先ほどの男を使って強制的に連れて帰られるかもしれない。あの体格のわりには、いやに謙ってオドオドしていた。もしかしたら実力行使を控えている後ろめたさがそうしているのかもしれないと、羽祐は勘ぐった。しかしあの男が相手だとしたら、勝ち目はまったくない。
 
ホームの砂利を踏む足音が聞こえた。遅れて改札に向かう降車客だと羽祐は思った。列車が去ってからかなりの時間が経っていたが、ときおり、写真を撮っていたり、駅の雰囲気を味わっていたりと、ホームに残ってしばらくすごす客がいた。
客の気配に、ちょっと待ってと夕子を手で制して再び窓口に体を向けた。
改札にゆっくり向かって来たのはリスさんで、彼女だとまったく考えていなかった羽祐はなんで、どうして、とまずはクエスチョンマークが頭の中を飛び交った。そして次に、これはなんとなく面倒なことになりそうだぞと顔がこわばった。この重大な場面にまたややこしいのが、と。
 
酒飲み女の登場に、羽祐は腹の中に鉛を詰め込まれた気分になった。