水谷啓二著「あるがままに生きる」より
『こうした症状が、半年ばかりも続いて、どうしても治らないものですから、水谷先生の門を叩き、啓心寮に、一ヶ月ばかりご厄介になった次第です。最初の絶対臥褥(しずかにねていること)の期間が終わり、起床が許されると同時に、大学まで行かなければならない用事があって、先生からいきなりひとりで勤めに出かけることを命ぜられたのですが、そのとき電車の中での不安感は、ほんとうに体験された方でないとわかるまいと思います。
心臓はドキドキと鳴り、冷汗はたらたらと流れ、居ても立ってもいられない状況でした。もし、自宅にいたならば、こうした場合、一目散に逃げ帰ったでしょうが、そのときは先生から厳重に出勤を命ぜられていたものですから、逃げ帰るわけにもゆきません。
本当に苦しくて、いつおかしくなってしまうかわからない、という不安感に襲われながらも、しかし心臓は止まることなく、一日の勤めを無事に終えて帰寮することができました。結局体験的に、やればやれるということがわかったのですが、自宅にいたのでは、どうしても家族に対する甘えが出てしまって、不安のカベを突き破ることができないのです。しかしいったんこの心理的なカベが突き破れれば、あとはもう目に見えて予期恐怖はなくなり、平気で電車にも乗れるようになりました。だからこの、最初のカベを突き破ることができるかどうかが、鍵だと思います。
私の症状はこうして克服されましたが、この経験は単にノイローゼの治療ということにとどまらず、人生に対する新しい態度、少し大げさにいえば、人生に対する新しい眼を開いてくれました。一言でいえば、人生の対する態度や姿勢が、いままでの後ろ向きから前向きへと、方向転換することができたのであります。」』
(p.119)
水谷先生の本には、こうした体験談がたくさん載せられているので、とても参考になります。でもつい最近知ったのですが、水谷先生の本は今は絶版となっているみたいですね。とっても残念!私は水谷先生の本が大好きで、特に森田を学び始めた時は、水谷先生の本ばかり読んでいました。再び出版されるといいのになあと思います。
「自宅にいたのでは、どうしても家族に対する甘えが出てしまって」というのが課題ではありますよね。私の場合は大学の時に親と喧嘩別れして家を出てしまったので、その後は自分で稼がねばならないという状況になり、バイトはずっと続けていました。今思うと、これが良かったのかもしれません。
『こうした症状が、半年ばかりも続いて、どうしても治らないものですから、水谷先生の門を叩き、啓心寮に、一ヶ月ばかりご厄介になった次第です。最初の絶対臥褥(しずかにねていること)の期間が終わり、起床が許されると同時に、大学まで行かなければならない用事があって、先生からいきなりひとりで勤めに出かけることを命ぜられたのですが、そのとき電車の中での不安感は、ほんとうに体験された方でないとわかるまいと思います。
心臓はドキドキと鳴り、冷汗はたらたらと流れ、居ても立ってもいられない状況でした。もし、自宅にいたならば、こうした場合、一目散に逃げ帰ったでしょうが、そのときは先生から厳重に出勤を命ぜられていたものですから、逃げ帰るわけにもゆきません。
本当に苦しくて、いつおかしくなってしまうかわからない、という不安感に襲われながらも、しかし心臓は止まることなく、一日の勤めを無事に終えて帰寮することができました。結局体験的に、やればやれるということがわかったのですが、自宅にいたのでは、どうしても家族に対する甘えが出てしまって、不安のカベを突き破ることができないのです。しかしいったんこの心理的なカベが突き破れれば、あとはもう目に見えて予期恐怖はなくなり、平気で電車にも乗れるようになりました。だからこの、最初のカベを突き破ることができるかどうかが、鍵だと思います。
私の症状はこうして克服されましたが、この経験は単にノイローゼの治療ということにとどまらず、人生に対する新しい態度、少し大げさにいえば、人生に対する新しい眼を開いてくれました。一言でいえば、人生の対する態度や姿勢が、いままでの後ろ向きから前向きへと、方向転換することができたのであります。」』
(p.119)
水谷先生の本には、こうした体験談がたくさん載せられているので、とても参考になります。でもつい最近知ったのですが、水谷先生の本は今は絶版となっているみたいですね。とっても残念!私は水谷先生の本が大好きで、特に森田を学び始めた時は、水谷先生の本ばかり読んでいました。再び出版されるといいのになあと思います。
「自宅にいたのでは、どうしても家族に対する甘えが出てしまって」というのが課題ではありますよね。私の場合は大学の時に親と喧嘩別れして家を出てしまったので、その後は自分で稼がねばならないという状況になり、バイトはずっと続けていました。今思うと、これが良かったのかもしれません。