「Dear My Hero」
(第三回)
迎えた卒業式。私は泣くまいと心に決めていた。
――だけど最後の最後で涙は零れた。
一度零れ出した涙はいつまでも止まらなくて,まるで今まで泣かずに溜まっていた分が流れているみたいだった。
泣いているうちに最後のHRは終わってしまっていた。
気がつけば教室には,私と長野君が二人きり。
「――ゆうちゃん」
すぐ傍から長野君の声がした。
「泣かないで。ずっと傍にいるから」
「え?」
私をゆうちゃんと呼ぶのは……そして,その言葉は……
「りょう,くん?」
「――覚えててくれたんだ」
「忘れるわけ,忘れられるわけ,ないじゃない」
そう,あれは小学校に入学するほんの少し前のこと――
その頃の私は,母親が死んだショックからふさぎ込んでしまっていた。
ことあるごとに泣いていた私。
そんな私に優しく声をかけてくれたのがりょうくんだった。
「ゆうちゃん,泣かないで。ずっと傍にいるから」
そう言って,私が泣きやむまで本当にずっと傍にいてくれた。
……何で今まで気づかなかったんだろう。
でも,りょうくんは……りょうくんはあの日……
「……だってりょうくん,りょうくん私のせいで――」
あの日も私は泣いていた。
だから,目の前に車が迫っていることに気づかなかった。
……その時,何があったのか正直私にはよく分からない。
ただ,気がつくと血まみれで倒れていたのは……
りょうくんだった。
「うん。でもゆうちゃんのせいじゃないよ。気にしないで――」
「何で? どうして? どうして笑っていられるの?」
気がつけば私は,怒鳴っていた。
「だって……だってりょうくん……」
「分かってるよ。でも,過ぎてしまったことはどうにもならないんだよ」
あぁ,どうして彼はこんなにも優しいのだろう? その優しさが私には痛かった。
「――ゆうちゃん。僕は後悔はしてないんだ。少なくともあのことは,ね」
だけど――彼は言った。
「僕のことでゆうちゃんが前を向けないのなら,きっと後悔する」
あぁ,そうだ。私が冷たくなってしまったのは,向き合うことから逃げていたからなんだ。
彼は全てお見通しだった。
「だから僕は,君に会いに来たんだよ」
そう言って彼は寂しげな笑みを浮かべた。
「でも,もう行かなくちゃ」
「待って」
このままじゃいけない。
「ゆうちゃん?」
このまま彼を行かせちゃいけない。このままじゃ私も彼も何も変わらない。
「ごめんね,りょうくん。私,逃げてた。そのせいでりょうくんを後悔させてたんだね。……私,別れたくない。本当に行っちゃうの? 行かないといけないの?」
「ゆうちゃん」
彼は笑顔でこう言った。
「卒業は別れじゃないよ。思いはずっとつながってるから。願えば必ずまた会える。だって人は一人じゃない。みんなつながってるんだから」
「うん,また……また会えるんだよね?」
「絶対だ」
「絶対だよ」
私は,また泣き出していた。私ってなんて泣き虫なんだろう。せめて今ぐらい泣かずにいられないのだろうか?
「ご,ごめんね。私最後までこんな風で」
ううん――彼は首を振った。
「今ぐらい,泣いたっていいよ」
彼は最後の最後まで優しい彼だった。
――私は彼の胸で思い切り,泣いた。――(続く)
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