何となく奈伽塚ミント・純情派

不覚にも連続更新ストップ。
少々夏バテ気味だったし
定期更新に切り替えかも?

そんなこんなで奈伽塚ミント

『短期連載小説』始めました!(4)

2004-06-23 16:17:37 | 『短期連載小説』
     「Dear My Hero」
              (第四回)

 目が覚めると,夕陽が沈もうとしていた。
 どうやら泣き疲れて眠ってしまったらしい。
 教室に一人きり……彼は行ってしまったみたい。
 私はそっと胸の上で両手を重ねた。
 目を閉じる――。
 再び開いた時,何かが変わっていた――なんてことはない。
 それでも時は流れていく。

 私のヒーローは行ってしまったけれど,魔法使いは消えてしまったけれど,彼はここにいないけれど,私は今,ここにいる。
 人に話しても,到底信じてもらえないだろうけど私は知っている。確かにこの三年間が現実だったことを。
「……また,言えなかった」
 次に会う時には,ちゃんと彼に伝えられるように私は向き合って生きていこうと思う。
 私は彼の代わりになることなんてできないけれど,彼の思いを誰かにつなげることはできる。
 私が誰かのヒーローに,誰かの魔法使いに,私が私にとっての彼になれるように――。
 すぐには変わることなんてできないかもしれない。だから一歩ずつ踏みしめて歩いていこう。後悔しないように,彼が後悔しなくていいように。
「……よしっ」
 扉を開けて私は新しい一歩を踏み出した。
「りょうくん……ありがとう」
                                                  (fin)

『短期連載小説』始めました!(3)

2004-06-19 00:40:48 | 『短期連載小説』
    「Dear My Hero」
              (第三回)

 迎えた卒業式。私は泣くまいと心に決めていた。
 ――だけど最後の最後で涙は零れた。

 一度零れ出した涙はいつまでも止まらなくて,まるで今まで泣かずに溜まっていた分が流れているみたいだった。

 泣いているうちに最後のHRは終わってしまっていた。
 気がつけば教室には,私と長野君が二人きり。
「――ゆうちゃん」
 すぐ傍から長野君の声がした。
「泣かないで。ずっと傍にいるから」
「え?」
 私をゆうちゃんと呼ぶのは……そして,その言葉は……
「りょう,くん?」
「――覚えててくれたんだ」
「忘れるわけ,忘れられるわけ,ないじゃない」
 そう,あれは小学校に入学するほんの少し前のこと――

 その頃の私は,母親が死んだショックからふさぎ込んでしまっていた。
 ことあるごとに泣いていた私。
 そんな私に優しく声をかけてくれたのがりょうくんだった。
「ゆうちゃん,泣かないで。ずっと傍にいるから」
 そう言って,私が泣きやむまで本当にずっと傍にいてくれた。

 ……何で今まで気づかなかったんだろう。
 でも,りょうくんは……りょうくんはあの日……

「……だってりょうくん,りょうくん私のせいで――」

 あの日も私は泣いていた。
 だから,目の前に車が迫っていることに気づかなかった。
 ……その時,何があったのか正直私にはよく分からない。
ただ,気がつくと血まみれで倒れていたのは……
        りょうくんだった。

「うん。でもゆうちゃんのせいじゃないよ。気にしないで――」
「何で? どうして? どうして笑っていられるの?」
 気がつけば私は,怒鳴っていた。
「だって……だってりょうくん……」
「分かってるよ。でも,過ぎてしまったことはどうにもならないんだよ」
 あぁ,どうして彼はこんなにも優しいのだろう? その優しさが私には痛かった。
「――ゆうちゃん。僕は後悔はしてないんだ。少なくともあのことは,ね」
 だけど――彼は言った。
「僕のことでゆうちゃんが前を向けないのなら,きっと後悔する」
 あぁ,そうだ。私が冷たくなってしまったのは,向き合うことから逃げていたからなんだ。
 彼は全てお見通しだった。
「だから僕は,君に会いに来たんだよ」
 そう言って彼は寂しげな笑みを浮かべた。
「でも,もう行かなくちゃ」
「待って」
 このままじゃいけない。
「ゆうちゃん?」
 このまま彼を行かせちゃいけない。このままじゃ私も彼も何も変わらない。
「ごめんね,りょうくん。私,逃げてた。そのせいでりょうくんを後悔させてたんだね。……私,別れたくない。本当に行っちゃうの? 行かないといけないの?」
「ゆうちゃん」
 彼は笑顔でこう言った。
「卒業は別れじゃないよ。思いはずっとつながってるから。願えば必ずまた会える。だって人は一人じゃない。みんなつながってるんだから」
「うん,また……また会えるんだよね?」
「絶対だ」
「絶対だよ」
 私は,また泣き出していた。私ってなんて泣き虫なんだろう。せめて今ぐらい泣かずにいられないのだろうか?
「ご,ごめんね。私最後までこんな風で」
 ううん――彼は首を振った。
「今ぐらい,泣いたっていいよ」
 彼は最後の最後まで優しい彼だった。
 ――私は彼の胸で思い切り,泣いた。――(続く)

(4)へ

『短期連載小説』始めました!(2)

2004-06-18 02:24:26 | 『短期連載小説』
    「Dear My Hero」
              (第ニ回)

 その日私は,彼を待っていた。
 自分から行動する勇気は持てなかったけど,彼を待つことぐらいならできた。
「おはよう,瀬戸さん。……あれ。今日は本読んでないんだね」
「……おはよう」
 私が初めて彼に言った言葉は,とても小さくて,平凡で,ほんの些細なものだったけれど,
「うん,おはよう」
 彼は笑って答えてくれた。

 それから私は少しずつ彼と話をするようになった。
 ……と,いっても今までロクに人付き合いもしてこなかった私。何を話せばいいのか――なんてことすら分からなくて,それは本当に少しずつだった。だけど自分でも何かが変わってきていると思い始めていた。

 彼と過ごす時間が増えていくにつれて,私は一生懸命に物事に取り組むようになっていった。
 クラスメートとも話をするようになっていって――
 気がつけば私は,クラスに溶け込めていた。

 あまりにも長いと思えていた中学校生活も,彼やみんなと過ごすならあっという間に過ぎてしまうのかな。
 そんなことすら思えるようになっていた。
 全部彼のおかげ。彼がいたから。
             彼は私のヒーローだった。

 “ありがとう”そう伝えたかった。
 だけど,気がつけばヒーローはどこにもいなかった。
 私の前から彼は消えた……。

 私は彼を探した。
 クラスメートに,先生に,手当たり次第に彼のことを訊いた。
 ……誰も“長野 遼”という人物を知らなかった。

 私はまた,以前のような冷たい人間に戻っていった。
 そして,進級した。

 そこで私は,また長野君と出会った。
 彼は,また私を変えてくれた。
 ――きっと彼は魔法使いなんだ。
 そんなことを本気で思ってしまうぐらいに彼は不思議だった。

 だけど魔法はとけてしまった。
 彼は一年前と同じように,誰の中からも消えた。私以外の……。

 私は三年生になった。
 ヒーローは,魔法使いは帰ってきた。
 私は三度,長野君に巡り合った。

 私は,また変わっていくにつれて,長野君がまた消えてしまうと思った。そして今度は,もう会えないとそんな確信めいた気持ちがあった。
 だから私は彼に言った。
「ねぇ,もう消えたりしないで。私と一緒に卒業して」
 彼は寂しげな笑みを浮かべた。それはなんだか,いつもの彼とは違って儚げで今にも消えてしまいそうだった。
「分かった。一緒に卒業しよう」
 でも彼はそう言った。そう言ってくれた。

 それからの一年は本当にあっという間だった。
 卒業が一日,一日と近づいてきて――私には何となく分かっていた。彼との別れも一日,一日近づいていることが。――(続く)
(3)へ

『短期連載小説』始めました!

2004-06-16 14:31:45 | 『短期連載小説』
    「Dear My Hero」
              (第一回)

 長いようで短い――誰もがそういう中学生活。
 私の周りでも皆そう言っていた。
「三年間なんて,あっと言う間に過ぎちゃうよね」
「そうそう,そんなもんだよな」
「うん。そうだね」
 皆にはそう相槌を打っておいたが,私はそうは思っていなかった。――そう,今日という日を……卒業を迎えるまでは……。

「――卒業生退場」
 その言葉にそれまで出てこなかった涙がせきを切ったように,流れ出した。
 ――私も,こんな風に,泣けたんだ
 “私”を冷静に見つめている自分がいた……。

 私は昔から,どことなく冷めた人間だった。
 上辺だけで人付き合いをして勉強も運動も何をするにも一生懸命になんてなれなかった。
 そんな生活をしていた私は,友達も思い出も作らないままに小学校生活を送り,当然一滴の涙も流すこともなく卒業式を終えた。
 皆が涙を流している中で,一人浮いていた私。
 それでも何の感慨も抱かなかった私。
 ――何でこうなんだろ……? そんな風に“私”を見つめる自分に気づいていた。だけど……
             ドッチガホントノワタシ?

 私の中で何かが変わり始めたのはきっと,中学生活がスタートしてから。

 新しい学校。
 新しい先生。
 新しい教室。
 新しいクラスメート。
 変わらない私……。

 数週間と経たないうちに,私はクラスから浮き始めていた。
 初めのうちは話しかけてくる子もいたけれど,私の冷めた態度に今ではせいぜい挨拶程度。
 でも一人だけ……たった一人だけ――
「おはよう,瀬戸さん。今日はどんな本読んでるの?」
 そう言って,毎日話しかけてくる子がいた。
 私が相手にしなくても,毎日毎日話しかけてきて,
「遼,いい加減止めとけよ。それよりこっちこいって」
「そうそう,放っておけばいいのよ」
 周りから何を言われたって気にする素振りもなく,
「ああ。でも今,瀬戸さんと話してるからもう少し待ってくれ」
 ――私はそんな彼に何も言えなかった……。

 彼は――長野君というのだけれど――いたって平凡な中学生だった。
 勉強も運動も目立ってできるわけじゃなくて,これといってずば抜けた特技なんかがあるわけじゃなくて,クラスとかで中心にいるわけじゃなくて……。
 でも彼は私と違って何にでも一生懸命だった。みんなからも好かれていた。
 だから私は,そんな彼が毎日話しかけてくることが不思議でならなかった。――(続く)(2へ)

 ――ということで『短期連載小説』です。なんかこの記事のタイトルって,冷やし中華始めましたを思い出すなぁ。……それはいいとして,とりあえずこの長さで切ってみたのですが,どうでしょう? ちなみに下の記事の『連載シナリオ』過去三回分のまとめとほぼ同じ長さです。そこでも書いているんですが,やはりこれぐらいの長さがちょうどいいんでしょうかね? その辺りについてコメントいただきたいと思います(長いとか短いとかこれでいいとか)。それによって今後のシナリオの一回の公開の長さを決めたいと思いますので,よろしくお願いします。
 この小説はこの長さで行くと,後2~3回続く予定です。よければお付き合い願います。それでは。