何となく奈伽塚ミント・純情派

不覚にも連続更新ストップ。
少々夏バテ気味だったし
定期更新に切り替えかも?

そんなこんなで奈伽塚ミント

雪恋・6

2005-02-03 22:55:38 | 雑文
   0・B   ”2005年7月・2”

 彼女が僕の元を去ってから,半年余りが過ぎ去ろうとしていた。
 気がつけば冬は終わりを告げていて。年も明けて,だらだらと過ごしているうちに季節は夏になっていた。
 思えば彼女と出会ったのも夏だったように記憶している。普段は曖昧な僕の記憶だけれど,はっきりとそれは覚えていた。
 それほどに,あの出会いは印象的だった。本当はそんなありふれた言葉にしてしまいたくはないほどに,僕の中ではあの出会いは綺麗な思い出として残っている。
 彼女は,今,どこで,何をしているのだろう。
 僕はこうして夏の暑い空気に包まれながら,窓辺で空を――抜けるように青い空を見上げている。あの日の記憶を確かめるように。
 彼女は僕のことを覚えているだろうか。
 僕は半年が過ぎた今でも,忘れられないでいる。こんなにも彼女を想っている……。

 気がつけば,午睡の中に落ちていた。色々と懐かしい風景を見ていた気もするが,気のせいかもしれない。熱気のせいか体からは汗が噴き出し始める。
 そんなごくごく普通の夏の午後。突然,夏とは思えない――まるで冬から抜け出してきたかのような,一陣の冷たい風が吹いた。
 それに気づいて僕は慌てて目を覚ます。
 夏にこんな風が吹くはずはない。だけれど僕は,この風を知っている。そう,それは既視感(デジャビュ)。
 彼女と過ごしていたときは,いつもこんな風が吹いていた気がする。
 僕はそれを認識して,そして――。

「リュウ」

 懐かしい声がした。
「羽音!」
 振り返ればそこには思い出と違わぬ姿があった。驚きは一瞬。その微笑みがまた見られたことが,とても嬉しい。
 
 あれから,ずっと考えていた。あの時僕は,何を言おうとして何を言えなかったのか。今なら分かる。あの日,あの公園で言えなかった言葉を伝えようと思った。
「羽音,ごめんな。今更言える事じゃないかもしれないけど,僕はやっぱり君のことが――」
 羽音が慌てた様子で駆け寄ってきて僕の口をふさぐ。
「……羽音?」
 手を離した羽音は小さく首を振った。そして一言だけ。
「またね。リュウ♪」
 僕が何かを言うより早く,世界から音が消えていく。景色もゆっくりと色をなくしていく。
 羽音の口が動くのだけれど,その声も聞こえない。なんとか口の動きから言葉を読み取る。

 あ・り・が・


   0・C   ”2005年7月・3” 

「リュウ」

 懐かしい声がした。
「咲紀!」
 振り返ればそこには思い出と違わぬ姿があった。驚きは一瞬。その微笑みがまた見られたことが,とても嬉しい。
 
 あれから,ずっと考えていた。あの時僕は,何を言おうとして何を言えなかったのか。今なら分かる。あの日,あの公園で言えなかった言葉を伝えようと思った。
「咲紀,ごめんな。今更言える事じゃないかもしれないけど,僕はやっぱり君のことが――好きだ」

 ”……あれ?”
 今の今まで誰かに同じような事を言っていたように思う。思うのだが,それが誰だったのか分からない。

「私も……ごめんね。あんなこと言っちゃって,許してもらえるか分からないけど。独りになってみて分かったの。本当の自分の気持ち。――好きです,付き合ってください」
 その言葉を聞いて僕の思考は凍結した。何も考えられなくなる。咲紀が僕の返事を待っている。とにかく答えないと――。
「僕で,よければ」
 咲紀の笑顔が二倍増しくらいになったように見える。きっと僕も同じような顔をしているんだろう。

「あ,雪」
「え?」
 驚いて窓の外を見る。確かに季節はずれの雪が降っていた。
「まぁ,たまにはこういうのもいいんじゃないか」
「う~ん……。うん,そうだね」
 咲紀はしばらくこの奇妙な出来事について考えこんでいたが,結論が出ないと割り切ったのか僕の言葉に頷いていた。そのまま「綺麗だね」なんて言いながら真夏の雪を眺めている。

 僕には分かる。僕だけには分かった。きっとこれは祝福の雪だ。彼女なりに僕たちを祝ってくれているんだ。咲紀をここに連れてきてくれたのもきっと彼女なんだと思う。
 とても現実とは思えないような話かもしれない。けれど決して夢ではない。記憶が告げている。確かに彼女は存在したと。

 小さく呟く。つい先程まで話していた少女へ届けと願って。
 ありがとう。羽音。

 
 真夏には不似合いな純白の雪が降り続く。風に乗って,少女の笑い声が聞こえた気がした。 <了>


 ※この小説はトラックバック&【BF2】企画:羽音祭・パート2参加作品です。

雪恋・5

2005-02-03 22:53:40 | 雑文
   7   ”2004年12月・3”

 僕と羽音はいつか秋の日にしたように,二人並んでベンチに座った。
 ちらりと隣に目をやる。そこに咲紀がいるような錯覚がして慌てて目をそらした。
 一度はっきりと意識してしまうと,それはもう僕の意志では変えられそうもないように思えて。だから僕は正直な気持ちを羽音に告げることにした。
「羽音」
 正面を見たままに呼びかける。羽音がこちらを向く気配がした。
「今から話すこと,よく聞いてくれ」
 少し空気に戸惑いの色が混じる。見えないので分からないが,羽音の表情にも戸惑いが表れている気がした。
「僕は羽音のことが好きだ。好きなんだと思う。だからちゃんと言うよ。好きだから,言うんだ……」
 そこで一度言葉を切った。すぅ――。深く息を吸う。

 たった一言なのだけれど。この先はたった一言だけなのだけれど,その言葉を口にすることは出来ることなら避けたい。僕を好いてくれている隣の少女に,この言葉をかけることは残酷としか思えない。
 けれど僕にはその言葉しか思いつけなかったし,別の方法も思いつかなかった。
 だから,結局のところ,僕はそれを,告げるしかなかった。

「今日で最後にしよう」

 その言葉に羽音は何を思っただろう。相変わらず正面を見たままの僕には,羽音の表情を知ることは出来ない。けれど今はそれでいい。羽音の顔を見てしまったら咲紀を重ねてしまうだろうし,気持ちが揺れてしまうだろうから。

 僕の顔をのぞき込もうとした羽音に気づき顔を背ける。痛む心を無視して矢継ぎ早に言葉をつなぐ。
「羽音。僕は君が好きだけど,他にも好きな人がいるんだ。いた,と言った方がいいかな……。君とよく似てる人で,今も忘れる事なんて出来ない。嫌われてしまったのかもしれないけど,僕はまだ好きなんだ。君を見るたびに君にその人の姿を重ねてしまう。君のことを見てあげたいけれど,僕にはそれが出来ないんだ。それが……それが辛いんだ」
 言いながらまた瞳に涙がにじんでくるのが分かった。それを羽音には見せたくなくて。涙をこぼしたくなくて,空を見上げる。

 降り続く雪が視界いっぱいに映る。真っ白な雪。やむ気配をみせない雪のように僕の言葉も止まらない。止まっては,くれない。
「本当は何度でも会いたい。出来ることなら何度でも,何度でも会いたい。けど僕は……僕はもう君とは会えないよ……。身勝手だって分かってる。だけどだめなんだ。僕は――羽音,君じゃなくて咲紀じゃないと,だめなんだよ……」
 最後の方はもう,羽音に語りかけていると言うよりも独り言を呟いているかのようでしかなかった。

 しばらく沈黙が場を支配していた。羽音は何も言わなかったし,僕は何も言えなかった。
 突然ふ――っ,と。隣から気配が消えた。
 驚きはなかった。嫌われて当然だし,そうなるようにしたのは僕自身だ。けれど――。何だろう,この胸にぽっかりと穴が空いてしまったような感覚は。その空洞いっぱいの,この感情は。
 宙をさまよっていた視線を下へと落とす。白一色の中に僕の影だけが黒く浮かんでいる。こころなしかその影は泣いているようだった。
 ”僕の心が泣いてるのかもな”
 自嘲気味の笑みがこぼれる。

 そうして見つめていた影に誰かの影が重なった。それに気づくのが先だったかどうか。振り向く暇もなく,僕の首にその誰かの両手が回されていた。
 ”どうして……?”
 振り向かなくても分かる。羽音だ。だからこそ分からなかった。僕を嫌いになったのではなかったのか。僕から去っていったのではなかったのか。
 僕は何かを言おうとして。けれどそれは言葉にならなくて。先に,羽音の声がした。
 
「またね。リュウ♪」

 今までと変わらぬ,声だった。今まで以上に親しみが込められていたかもしれない。それと同時に。何を思ってだろう。その声には決意のようなものがこもっている気がした。

 首から手が離れる。気配が遠ざかっていく。
 何かを言わないといけない。振り返って何かを言わなければいけない。

 ”何を……言えっていうんだ……”

 僕は,振り返ることが出来なかった。
 堪えていた涙がせきを切ったように溢れ出す。
 ”羽音は,羽音じゃないか”
           ”どうしてあんなことを言ったんだ”
      ”一時の感情にまかせて……”
 想いが,頭をよぎる。
「僕は……馬鹿だ……。これじゃあ――」

 何も,変わらないじゃないか。
 その声は風に溶けていった。

 僕は咲紀を失ったときと何も変わっていない。だから今,こうして羽音までも失ってしまった。
 独りになってその大きさに気づく。独りになるまでその大きさに気づけない。鈍感な,僕。
 どうすることも出来なくて,一人きりになった公園でただ涙を流した。
 雪は,やんでいた。 <続>

雪恋・4

2005-02-03 22:52:34 | 雑文
   5   ”2004年12月”

 咲紀と別れて丸一年。再び年の瀬を迎えた今年の僕が考えるのは,夏に出会った少女,羽音のことだった。

 二度目の出会いを果たした後。あれから僕は何度か羽音に会う機会があった。つい一週間ほど前にも会ったばかりだ。
 僕の緊張は数を重ねるごとになくなっていったが,羽音の性格というかおとなしい面は相変わらずで,語り合うようなことはなかった。
 それでもどんどん親しさを増してきているのは実感しているし,羽音もそうだと思う。
 ただ,一つだけ。一つだけ気がかりがあった。羽音と会っていると時々分からなくなるのだ。僕の目は羽音を見ているのか,それとも……それとも僕は咲紀を見ているのではないか,と
 あまりにも似すぎている二人だからこそ分からなくなる。僕が羽音に会いたいと思うのは純粋な好意からではないのだろうか。僕はただ失った恋人の幻影を追い求めているだけなのか。
 僕はともすれば,自分を見失ってしまいそうだった。

 コンコン。
 思考の迷路に捕われかけた僕の耳に,遠慮がちに,しかしはっきりとその音は届いた。
 ”窓の方をノックするなんて誰だろう”
 いぶかしむ僕だったが,よく咲紀がこうして訪れていたことを思い出す。
 まさかと思いながらも慌ててカーテンを開けるとそこには――。
「リュウ♪」
「羽音」
 その声ににじんでいたのは喜びの色か,落胆の色か。知らない間に外は雪景色に変わっていた。その白い絨毯の上に羽音の笑顔があった。
「どうしたんだ。家に来るなんて初めてじゃないか」
 窓を開けて声をかけた。冷えた空気と雪が舞い込んできて思わず身震いしてしまう。
 僕のその問いには答えずに羽音は手招きをする。
 ”何だろう?”
 ぼんやりとそんなことを思いながら,ただただ羽音を見つめたままでいた。

 動こうとしない僕を羽音はどんな風に思ったのだろう。気づいた時には羽音は駆け出していた。
「ちょ,ちょっと待って!」
 はっとなって去りゆく後ろ姿に呼びかける。
 自分の鈍さに舌打ちしながらもコートを羽織り家を飛び出した。

 外に出たときには既に,羽音の姿は影も形もなくなっていた。
 ”くそっ。何してるんだ,僕は!”
 腹立たしくなって家の壁を力任せに殴りつける。屋根に積もっていたのだろう。大量の雪がどさどさと音をたてて落ちてくる。自然にその様子を目で追っていた。地面へ――といっても雪で真っ白なのだが――目を向けて僕は足跡を見つけた。
 ”羽音!”
 足跡は一組。道路に面した窓の前から続いている。間違いなく羽音のものだ。
 雪は降り続いている。時間が経てば足跡は消えてしまうだろう。そうでなくとも,誰かの足跡が混じれば見分けもつかなくなる。
 僕は急いで足跡を辿り始めた。


   6   ”2004年12月・2”

「はぁはぁ……」
 白い息がこぼれる。できすぎた結果に苦笑ももれる。
 ”幸運すぎる偶然は運命,なんてな”
 走りながら足跡がいつ途切れるか,いつ辿れなくなるかと思っていたのだが,そんな思いは杞憂だったのだろうか。運命なんてものは信じる質ではないけれど,ここまで上手く事が運ぶと今だけは信じてもいいような気さえしてくる。
 羽音の足跡を辿って僕が行き着いた先は,いつも咲紀と待ち合わせをしたあの公園だった。

 公園のほぼ中央に羽音の姿が見えた。怒っているものとばかり思っていたのだけれど,遠目にも羽音が笑っているのが分かった。
 ”もしかして,からかわれてるのかな”
 再びの苦笑いをもらしながらも羽音の方へと近づいていく。

 ”別れよう?”

「っ――!」
 唐突によみがえってきた言葉に足を止める。

 降りしきる雪。
 眼前に広がる一面の雪景色。
 目に鮮やかな白と黒のコントラスト。
 公園の中央に待っている。
 黒い少女の雪のような白い肌。
 僕は知っている。
 そう,僕はこの景色を知っている――。

 ”忘れていたのは,会話の内容だけじゃなかったんだ”
 今この景色を見なければ,忘れていたということさえ気づかぬままにいたに違いない。どうして忘れてしまっていたのだろう。いや,意図的に忘れようとしていたのだろうか。
 一年前。咲紀と最後にあった場所。咲紀に別れ話をされたのがこの場所だった。

 独り,うつむく。なぜだか顔を上げることが出来ない。視界がぐにゃぐにゃとゆがんでいる。
 ほおを何かが伝い落ちる。伝っては落ち,また伝っては落ちていく。段々とその間隔が短くなっていき,流れへと変わり――温かな誰かの手がほおをなでた。
「は,おん」
 僕の声は少しかすれていた。
 いつの間にこちらに来たのだろう。僕のほおに触れている手は,少し背伸びをするようにした羽音のものだった。その顔が少し悲しそうに見える。
 ”どうしたんだろう”
 思う僕のほおから羽音の手が離れる。ちらりと見えたその手のひらはしっとりと濡れていた。それでようやく理解する。
 ”泣いて……たのか”
 羽音が心配そうに僕の顔を見つめている。
「大丈夫だよ。ありがとう」
 少しずつだけれど,心が落ち着いていくのが分かった。僕の言葉で羽音も笑顔に戻る。
 
 今は,はっきりと分かる。その笑顔に僕は確かに咲紀の姿を重ねている,と。 <続>

雪恋・3

2005-02-03 22:50:14 | 雑文
   3   ”2004年9月”

 残暑もようやく終わりを告げたのか,ここ数日過ごしやすい日が続いていた。山の木々も色づき始め,街はすっかり秋らしくなってきている。
 そんな街の様子を眺めながら,僕は大通りに面した並木道を一人歩いていた。
 大型のショッピングセンターや,各種娯楽施設が建ち並ぶこの通り。週末ということもあってか道行く人々は若者中心だった。中にはカップルと思しき姿もありそれを見ていると咲紀との思い出が呼び起こされた。
 ”そういえばあそこにも,しばらく行ってなかったな……”
 思考に呼応するように足は大通りから住宅街の方へと向かう。記憶を辿るようにしながら僕は,先へ先へと歩を進めていった。

 行き着いた先はさほど大きくもない公園。これといった特徴のない場所ではあったが,僕にとっては咲紀との思い出の一つになっていた。
 僕と咲紀の家。そのちょうど中間地点くらいに位置するここは,いつも待ち合わせの場所だった。
 会うのが楽しみで楽しみで,早く着きすぎて約束の時間を待ちわびたこと。デートプランを夜遅くまで練っていて,寝坊して慌てて走ってきたこと。ずいぶんと遠い日のことになってしまった気もするが,決して忘れはしない大切な思い出。
 そんな思い出をかみ締めながら公園に足を踏み入れる――と,そこに来てようやく先客の存在に気づく。公園内に一つだけぽつんと佇むベンチ。その先客はそこに座って,どこから飛んできたものか野鳥と戯れているようだった。
 無邪気なその姿を見ていると自然に笑みがこぼれた。そのまましばしその姿に見入っていた僕は,それがどこかで会ったことのある人物だということに気づいた。それも,再会を望んでいた人物。
「……羽音?」
 その声にその人物が僕に目を向ける。その少女――咲紀によく似たその少女は,間違いなく羽音だった。
「あ――」
 羽音が小さく呟きを漏らす。僕の姿を認めたせいか,羽音の膝で休んでいた野鳥が大きな羽音を立てて飛び去ってしまった。
「ご,ごめん。つい」
 慌てて謝る僕を気遣うように羽音は笑って首を振った。
「隣,いいかな?」
 大きく頷きが返ってきたのを確認して,僕はゆっくりと歩を進めた。

「齋藤竜太。友達とかはリュウって呼んでるんだけどね」
 いざ羽音の隣に座ってみると,あれほど再会したいと思っていたはずなのに話題の一つも出てこなかった。
 漂い始める沈黙の空気を振り払いたくて――まだ自己紹介すらしていなかったことに思い当たり,とりあえず僕は名前を名乗ってみた。
「リュウ?」
「うん,そう。まぁ羽音の好きなように呼んでくれていいけど」
 その答えに羽音は急にうつむいてしまった。何事かと不安に思う僕の耳に数度,聞き取れないほど小さく「リュウ……。リュウ……。リュウ――」と繰り返す声が届いた。それは響きを確かめているような,そんな風に映った。
 やがて顔を上げた羽音は満足げな笑みをして言う。
「リュウ♪」
 その響きには確かな親しみが込められているのを感じた。


   4   ”2004年9月・2”

 ゆっくりと日が傾いていく。オレンジ色に染まり始めた公園のベンチ。
 ほんの一年ほど前までは何度も咲紀と見た夕焼け色の空が見える。今隣にいるのは咲紀ではなく羽音。ただその違いは太陽には関係もなかったようで,夕日の色は過去も今も変わりはなかった。
 羽音はというと,そんな思考など知るはずもなく,僕の体にもたれかかるようにしてすぅすぅと穏やかな寝息を立てている。

 あの後――僕が自己紹介を終えた後の会話は全くと言っていいほど弾まなかった。色々と話したいことが浮かんでは消え,また浮かんでは消える。少なからず緊張があったのかもしれない。
 それでもどうにか二言三言は口にしたのだけれど,羽音はおとなしいというか寡黙というかあまり多くを語ろうとはしなかった。ただ表情や身振り手振りで一生懸命に感情を伝えようとしてくれたので,少なくとも嫌われているとかいうことではないらしいのは分かった。
 そうしているうちに,疲れていたのか段々と羽音がうつらうつらし始め,ついには眠ってしまったというわけだった。

 しばらくの間僕は羽音に体を預けられるままにして,少しずつ落ちていく日を眺めたり幸せそうな羽音の寝顔を見つめたりしていたのだが,いつの間にか眠気が体を満たしていた。
 ”羽音が起きるまではどうにか――”
 そうは思ってみたが抗いがたい眠気に誘われるように目蓋はゆっくりと閉じていく。一度はぶんぶんと頭を振って意識を覚醒させようとしたのだが,再び目蓋は落ちていき無駄な努力と化してしまう。
 ”まぁ,少しくらい,なら,いい,か……”
 そう結論づけた時にはもう僕は眠りについていた。

「ん……っ」
 感じる肌寒さのせいなのかどうか。僕は目を覚ましゆっくりと覚醒していく。
 どれくらい眠ったのだろう。辺りがまだ暗闇に沈んでいないところをみると,そう長い時間だったわけではないようだ。とはいえオレンジは濃厚になり確かな時間の経過を思わせる。
 ”あれ?”
 眠ってしまう前までは感じていた重さがなくなっているのに気づく。隣に目を移すとやはり羽音の姿は消えていた。
 ”帰っちゃったか”
 諦め半分に周りを見回す――思いの外あっさりと羽音の姿は見つかった。
「羽音。起きたんだ」
 呼びかけてみたが,聞こえていないのか反応がない。もう一度呼びかけてみようとして,上空を見つめる羽音の姿に出かかった言葉を飲み込んだ。
 その姿には見覚えがあった。初めて出会った時。あの時も羽音はあんな風に空を見上げて――。

 秋の夕暮れには不似合いな,雪が舞い始めた。

 しばし呆然とする。その現象が不思議だったからではなく,その光景があまりにも綺麗だったから。降る雪の中で笑う羽音が素適すぎて。僕は目を奪われていた。多分目だけではなく,心も。
 たっぷり数分間はそうしていただろうか。ようやく僕は冷静にその状況を考えることができるようになった。
 ”不自然な季節に降る雪。居合わせるのは羽音……”
「羽音。君は一体――」
 その呟きが届いたのだろう。羽音がこちらに顔を向ける。そしてにこりと微笑みを浮かべたかと思うと,くるりと後ろを向いて走り出し――この間とは違って,立ち止まった。
「またね。リュウ♪」
 それだけ言うと,用は済んだと言わんばかりにまた走り出してしまった。

 ”またね,か”
 今日の僕は後を追うような真似はしなかった。最後の一言が,羽音も僕に会いたいと思ってくれていたように思えて。必ずまた会えると信じられたから。

 ゆっくりと公園を後にする。羽音が走り去った方とは逆方向へ進みながら僕はふと立ち止まった。
 ”そういえばあのリュウって響き……”
 羽音が「リュウ」と言うのが僕には舌足らずな感じに「リュー」と聞こえるのだった。僕はその響きで僕を呼ぶ人物をもう一人だけ知っている。
 ”咲紀,か”
 しばらく会っていない元の恋人を思い出す。顔もよく似た咲紀と羽音。
 ”けど咲紀には姉妹はいなかったはずだし”
 振り返る。羽音の姿はもう見えもしない。
「……まぁ,いっか」
 自分に言い聞かせるようにして考えるのを止めた。考えたところで何が分かるとも思えなかったし,自分が答えを求めていないことに気づいたから。

 夕暮れが薄闇へと変わっていく中,再び帰路を歩き始める。次に羽音と会う日を思い描きながら――夕飯の買い物に出てきていたことを思い出し,慌てて街へと引き返す僕がいた。 <続>

雪恋・2

2005-02-03 22:47:59 | 雑文
   1   ”2003年12月”

 年の瀬のこの時期になると,毎年のように”色々あったなぁ”なんて事を思う。
 色々に含まれること。例えば,父親が昇進して家族で祝い合ったこととか。弟の受験でどたばたしたこととか。
 いつも僕が思うのは,僕から見れば大きな,けれど世界から見ればちっぽけでしかない,そんなこと。
 友人知人は僕のことを,「どっかのおじさんみたい」なんて笑って評すけれど,僕自身が”確かにそうかもなぁ”と思っているのでそれはそれでいいだろう。
 そんな風に日常のちょっとしたことで一喜一憂したことを振り返ること。それは僕にとってはもう,当たり前とも言えることで。そうできることが素適なことだと感じている自分がいるのだから。

 ただ,今年はいつもとは違った。

 ”別れよう?”
 僕は,もう何度も繰り返されたその台詞がまた浮かんでくるのを感じて,目を閉じる。
 ほんの数日前。咲紀から聞かされたその言葉。その時は,まさか別れ話をされるなんて思ってもいなかった。
 僕はどんな受け答えをしたのだろう。……よく,覚えていない。頭が真っ白になったことまでが,はっきりとした記憶。とても大事な話をされていたはずなのに,咲紀の言葉も僕の言葉も抜け落ちてしまっている。
 そんな自分に無性に嫌気がさした。こんなことだから別れ話をされることになったのかもしれない,と思う。と同時に,だけど――とも思う。
 
 咲紀との出会いは中学に入学した時。いつの間にか親しくなって,同じ高校に進学して,気がつけばお互いがお互いを好きになって――。
 そこにはドラマや映画にあるような展開なんて全くなくて。けれど僕はそれで良かった。劇的な恋愛なんてよっぽどのことでもなければ起こらないことを知っているつもりだったし,咲紀と一緒に居られるだけで幸せだったから。
 咲紀も,同じだと思っていた。笑いあったり,ふざけあったり,時にはけんかしたりするけれど結局また笑いあったり。そんな二人の日々を幸せに感じていると思っていた。それは,僕の勝手な思いこみだったのだろうか。
 今となってはもう分からないことだ。連絡が取れるかどうかも定かではないし,もし取れたところでそんなことを訊く気にはなれないだろうから。

 ――目を開けば,一人きり。外は薄闇に包まれて,電気を消したままの部屋からは夜景が綺麗に映る。咲紀と見た時には輝いて見えたそれが,今の僕には色褪せて見えた。
 ”隣に咲紀がいないから……”
 そう訴えかけてくる感情に蓋をして,目の錯覚だと言い聞かせた。
 時刻は夕飯時。夕飯でも作ろうかと体を起こし,とりあえず電気を点けようとして――どうしようもなく無気力な自分に気づかされる。そのまま体をベッドに投げ出した。
 虚空の闇を見つめていても,頭に浮かんでくるのは咲紀のことばかり。何か別なことを考えようとするのだが,どうしてもそれしか考えられなかった。
 ”咲紀,こんなにも僕は君を想っているんだ。それなのにどうして……。咲紀――”
 精神的に疲れていたのかもしれない。いつしか僕は深い眠りに落ちていた。

 そうしてその冬は,咲紀のことばかり考えながら過ぎていった。


   2   ”2004年8月”

 咲紀と会わなくなって半年余りが過ぎた。僕がどれだけ咲紀のことを考えようとしても,いつまでもそれだけに浸るわけにはいかない。時間は容赦なく過ぎ去っていく。日々の生活に忙殺されるようにして,僕は咲紀のことから離れようとしていた。
 それは残酷なことなのかもしれない。僕は無情な人間なのかもしれない。
 僕だって,できることならば思い出と過ごしていたい。だけれどそんなことはできない。日常に生きるのなら,思い出に生きることはできないから。

 その日は猛暑だった。まだ午前中だというのに気温は30度を超え,体中汗が噴き出してくる。家で冷房の効いた部屋にでも居たいところだったが,僕は外にいた。冷蔵庫の中がほとんど空に近い状態になっていたんだから仕方がない。
 うだるような暑さに耐えながら,アスファルトの上を歩いていく。日光で熱せられているだろうアスファルトからは,煙が立ち上ってくるような気がしてくる。
 向かう先は近所のスーパー。早くほどよく冷房の効いた店内に入ってしまいたくて,少し足を速める。

 そんな時だった。僕がその姿を見つけたのは。

 肩にかかる茶色がかった髪に,雪のように白い肌。両の瞳も色素が薄いのか茶色っぽく見える。
 初めは,その少女のことを咲紀かと思った。だけれど違う。
 黒い毛糸の帽子にコートにブーツ。白いマフラーと手袋。どこからどう見ても冬服としか思えない格好をしたその少女。この暑さの中,その少女は不思議と汗一つかいていなかった。
 顔はよく似ているが咲紀ではない。僕はそう判断した。咲紀であるはずがないと思った。
 当初の目的を思い出し,足を進めようとして――その少女から目が離せなくなっている自分がいた。なぜだか分からないが,その少女を見つめ続けていた。
 
 どれくらいそうしていただろう。僕の視線に気づいたのか少女がこちらを向いた。視線と視線が交錯する。
 何か口に出そうとするのだが,上手く言葉にならない。少女も僕を見たまま何も言わない――突然その視線が上へと動く。つられるようにして僕も上を向いた。天を仰ぐような格好になる。
「……え?」
 何が起きているのか,よく分からなかった。見上げた空から降り注ぐ白い小さな物体。ゆっくりと落ちてくるそれが,僕の頬に触れた。一瞬遅れてひんやりとする。
 ”もしかして……雪?”
 明らかに雨ではないし,雹でもない。この季節にまさか,と思ったがそれ以外考えられなかった。
 ”けど,どうして――?”
 僕の視線が再び少女へと注がれる。この少女なら疑問の答えを知っているという,確信めいた思いがあった。
「……はおん」
 透明感のある澄んだ声がした。綺麗な,声だった。
「私,羽音」
 僕を見て少女は一言。急なことで,どう返したらいいか分からない。戸惑いを隠せずにいる僕を,しかし少女は気にする風もなかった。にこりと微笑みを浮かべたかと思うと,くるりと後ろを向いて走り出してしまった。
「あ,おい」
 慌てて追いかけるが,少女の足は予想外に速くなかなか距離は詰まらない。少し行くとT字路になっていて少女はそこを左へと曲がっていった。僕も数秒と間を空けずにそれに続く。が,しかし。
「あれ,いない」
 曲がった先に少女の姿はなかった。

 ”羽音……か”
 全力で走ったせいで上がった息を整えながら,羽音と名乗った少女のことを考える。何もかもが不思議で忘れられるとも思えない出来事だったが,最後の笑顔が特に強く印象に残っていた。
「また会えるかな」
 口に出して初めて,自分がまた羽音に会いたいのだと気づいた。理由はよく分からない。単なる好奇心なのかもしれないし,そうでないかもしれない。
 また会えるかどうかなんてことが今の僕に分かるはずもない。ただ,確信めいた予感があった。

 そして僕は,それが気のせいではなかったことを知ることになる。


 夏のある暑い日。僕と羽音はこうして出会った。 <続>

雪恋

2005-02-03 22:43:00 | 雑文
   0・A   ”2005年7月”

 彼女が僕の元を去ってから,半年余りが過ぎ去ろうとしていた。
 気がつけば冬は終わりを告げていて。年も明けて,だらだらと過ごしているうちに季節は夏になっていた。
 思えば彼女と出会ったのも夏だったように記憶している。普段は曖昧な僕の記憶だけれど,はっきりとそれは覚えていた。
 それほどに,あの出会いは印象的だった。本当はそんなありふれた言葉にしてしまいたくはないほどに,僕の中ではあの出会いは綺麗な思い出として残っている。
 彼女は,今,どこで,何をしているのだろう。
 僕はこうして夏の暑い空気に包まれながら,窓辺で空を――抜けるように青い空を見上げている。あの日の記憶を確かめるように。
 彼女は僕のことを覚えているだろうか。
 僕は半年が過ぎた今でも,忘れられないでいる。こんなにも彼女を想っている……。

 気がつけば,午睡の中に落ちていた。熱気のせいか体からは汗が噴き出し始める。
 そんなごくごく普通の夏の午後。突然,夏とは思えない――まるで冬から抜け出してきたかのような,一陣の冷たい風が吹いた。
 それに気づいて僕は慌てて目を覚ます。
 夏にこんな風が吹くはずはない。だけれど僕は,この風を知っている。そう,それは既視感(デジャビュ)。
 彼女と過ごしていたときは,いつもこんな風が吹いていた気がする。
 僕はそれを認識して,そして――。 <続>

暇×暇 前編

2005-01-28 00:28:54 | 雑文
※ この短編は,前に上げた無個性な個性の元となった物です。そのため一部の文章が同じになっていますが,その辺りは気にせず読み進めることをお勧めします。


   0

 ――暇だった。ただ,暇だった。


   1

 サー,というノイズに重なるようにして,耳元では会話が流れ続けている。別にテレビを見ているわけではなく。ラジオを聞いているわけではなく。
 通信という概念一つとっても,世の中進歩した物だと思う。たかだか十数年しか生きていない俺が,そんな分かったような口を叩くのはおかしいのかもしれないが。
 俺は今,パソコンを通してチャット――会話という方がいいだろうか――している。一方的に二人の会話を聞いているという方が正しいか? 
 その証拠に俺の発言頻度はごくごく少ない。半ば盗聴している――させられている?――ような気分になる。もちろん意図的ではないが。

 この何とかというアプリケーション――名前にはさほど興味がない――の存在を知ったのは,つい先日のこと。何やらマイクを使った通信機能で,言ってしまえば電話のようなものだ。
 ただ電話と違うのは,いくら話をしたところで通話料として料金が加算されるわけではないこと。まぁそれも,一度電話料金が請求されてみるまでは何とも言えない話なのだけれど。
 ――っと話が逸れた。とにかく俺はアプリケーションの存在を知った。”掛井”を通して。
 
 ”掛井”。現在の会話相手の一人。俺のネットでの知人。初めて会って(?)からはもう半年以上が経つ。その彼が俺にアプリケーションを勧めてきたというわけだ。
 もう一人の会話相手は”叶”。俺のリアルでの知人。中学時代の先輩で,今までも時々ネットを通して話はしていた。
 その二人が今,会話をしている。会話相手とは言ったものの,俺はやはり傍観者然としている。
 話には興味はあった。俺は最近引きこもりがちで,高校生という身分ながら学校にも行っていない。そのせいか人と会話をする機会は皆無と言っていいほどで――ネットでチャットなどをすることはあったわけだが――こうして音声を伴う会話には,どこか新鮮さがあった。
 話題にも興味はあった。だが俺の意識はその話題に向けられてはいなかった。
 ”どうして俺は――?”

 思えばこれは,掛井の紹介を受けた時点から始まっていたのかもしれない。そうでないのかもしれない。
 このシナリオはまさに,神のみぞ知る。だから俺が今更何を考えてみたところで展開は揺るぐはずもない。
 そうは思いつつも俺はやはり考える。人というものは,考えることで動いているのだから。
 俺は考える。”どうして俺は,マイクを買ったのだろう?”

 掛井と叶。二人の会話を初めて聞いたのも,もちろんつい先日のこと。
 掛井に勧められるままにアプリケーションをセットアップしたその日の夜。俺は二人の会話を聞いた。
 正直なところ。二人が何を話していたのか詳しくは覚えていない。多分,覚えようともしていなかったのだろう。どうにか概要が浮かぶか浮かばないか。そんな感じ。
 家にマイクのない俺は,その会話をただただ聞いていた。それはもう,半ばどころではなく盗聴者そのものだったようにも思う。
 ただ悪意はなかったし,良心が痛むようなこともなかった。
 その会話で俺は何を思い,何を感じ取ったのだろう。
 確たる事実として残ったのは,その翌日俺がマイクを買いに走ったというそれだけだ。

 ”どうして俺は?”
 その問いに俺自身が理由をつけるとしよう。
 簡潔に。かつ明確に。その問いに答えられる言葉を,俺は今一つしか知らない。
 ”暇だから”
 ただ,それだけのこと。


   2
 
 ――そして。それは。唐突に起きる。

「掛井,掛井。呪いのHPって知ってる?」
「呪いのHP? え,何それ」
 ”呪いのHP”という単語に興味を引かれたのだろうか。俺の意識は急速に二人の会話へと飛んだ。
「何か,そこの音楽があって,相当気味悪いらしいんだけど,三分間聞き続けると死ぬんだって」
 よくある都市伝説というやつか。何しろここはネットの上。そんな話がいくら飛び交っていようが,別に不思議でも何でもない。むしろそういう話が全くないと聞かされる方が,不思議でたまらなくなるだろう。
「とりあえずさ,見てみるから。どこ,それ?」
「確か,呪いのHPで検索すれば出るはず」
 掛井は別に信じてはいないのだろう。もちろん俺も信じようとも思わない。そんな現象が起きると言うこと自体あり得ないと思うし,出所も怪しい。
 初めに聞いた本人が死んだのだとすれば,誰がその話を伝えるというのだろう。もし初めの一人が死んでいなかったとしても,それはすなわち話が嘘であるということの証明にしかならない。
「なんか,出ないんだけど」
 俺がどうでもいいことを考えているうちに,掛井は検索作業を終えたようだ。出ないということは存在自体が嘘だったのか。まぁそういうことも珍しくないと思う。
 だが叶は言う。
「え,嘘。出るって。今検索したけど出てるし」
「何でだろ。じゃあいいや。アドレス出して」
 沈黙。そして数秒の間をおいて音声が戻る。
「……何か怖いし嫌なんだけど」
 あぁ,なるほど。つまり叶は,その話を鵜呑みとまでは行かないにせよ信じているわけだ。一度見てそれで渋っているのかもしれない。
「けど,叶。それだと俺見れない」
 掛井は見たいらしい。それはそうだ。相手から振られた話。見る手段も目の前にある。となれば,一度興味を持ってしまった以上引き下がるのは惜しいだろう。

「――じゃあ俺が検索する。それで出たらアドレス出すって事で」
 気がつけば俺はそう口に出していた。
 理由? そんなものは皆無に限りなく等しい。あえて言うならば,
 ”暇だから”
 俺にとって行動理由なんてものはそれ以上でもそれ以下でもない。だってそれで十分だろう?

「あ,じゃあコウお願い」
 俺――湯月コウ――の思いなど知る由もなく。掛井が依頼の言葉を放つ。
 思えば。ここが臨界点。限界点。引き返せる最終地点だったのかもしれない。
 だけれど,このときの俺はそれを知らない。仕方がないことだ。シナリオを先読みすることは禁忌なのだから。
 意志のようで流れるまま。偶然のようで流されるまま。そうやって終焉への道筋を歩む。
 
 ……そこまで俺は知っている。理解している。
 それでも結末を変えようとは思わないし,その結末がそれほど悪いものだとも思わない。
 何せ”暇”なのだ。悲観するよりも,暇つぶしを与えてくれた誰かに感謝するべきだろう。そう思う。
 いや,まぁ,そう思うこと自体が,シナリオ通りなのだとしても。 <続>

無個性な個性:後編

2005-01-26 00:19:59 | 雑文
   9

 笑顔には笑顔。そのことを彼女から学んだその日から。僕は笑うようになった。
 そして愕然と気づく。無個性であろうとするがために,感情すら摩耗していたというそのことに。
 初めの笑顔はぎこちなく。その感情の向かう先は彼女だけ。それでも僕は笑えたのだ。その瞬間は。確かに。

 少しずつ,彼女と接する時間だけが多くなった。僕は相変わらず無個性だったけれど,彼女と接する間だけは何かを感じ取れるような。そんな気がしていた。
 そしてそれは決して錯覚ではないと。それを教えてくれたのも彼女だった。
 あの日彼女が言った一言。
 ”あなたは違う”
 それは,ある種の衝撃だった。
 何が? と。彼女の言いたいことは半ば理解しつつも聞き返す僕に,笑顔を向けて。
 ”あなたはあなた。あなたは一人だけ。そうでしょう?”
 彼女は全て悟っていたのだろうか。俺の心の奥底を。
 俺にはよく分からないし,分からなくてもいいと思った。
 とにかく俺はその言葉に救われたんだ。その事実だけでいい。


 ――なんて。そんな美談じみた回想を終える。
 実際にはもっとこう……何と言っていいか分からないけれど,違った,気がする。何せ当時の俺たちは,まだまだ世界の汚さとか。醜さとか。そういった裏側を何も知らない子供であって。
 俺は自分が事実だけを見る人間だと思うし,これからもそうあると思う。
 それでも,いやそんな俺だからこそこの話くらいは美談として残しておいてもいいと思う。そうするべきなのだと思う。


10

 暖かい空気を感じた
 ふんわりした風が鼻をくすぐった。
 ドアは閉めたはずなのに──俺はドアの方にちらっと目をやったが確かにドアは閉まっていた。
 窓の外から誰かが呼んでいるような気がしたが,窓に目を向けるのも恐ろしくなってきた。

 彼女と手を繋いで帰った時の,あの夕焼けの匂いに似ていた。
 ピンク色の,オレンジ色の,紫色の,灰色の暖かいグラデーションだった。
 遠くの空が,何かを語りそうで語らなかった。
 そして僕たちも何かを語りそうで語らなかった。
 ギュッと握った手が,彼女をしっかり伝えていたからきっと僕らには何の言葉も要らなかった。
 そんな気がする。
 彼女の黒い瞳に僕が映り込んで,僕の瞳に彼女が映り込んで,遙か彼方の上空から流れてくる空気の全てが,僕らの心を映し出していたから,それが世界の全てだった。
 だから僕は永遠を夢見ていれば良かったし
 夢見る僕らこそが人間だった。


   11

 ――耳元での会話はまだ続いている。終わる気配は見えないようでいて,それでいて一瞬先には終わっていそうな気もする。どちらにせよ今の俺にはどうでもいい。
 俺は,アプリケーションを終了させた。
 窓の外は明るみ始めていて,やがて日が昇るという現実を告げてくる。

 今日,俺は忘れかけていたものを見つけた。
 それは,もとを辿ってしまうと今閉じたアプリケーションであり。そして俺に思考させた二人の会話であり。
 けれどいくら事実だけを見る俺でも,それは忘れようと思った。現実主義者というほどではないから
時には夢も見るし,事実も改竄する。
 それで,いいんだと思う。それも今日見つけたことだと,そういうことにしよう。

 日が昇り,サーチライトは次の夜まで役目を終える。探し物は見つかったのだろうか? 俺は見つかった,と語りかけるように呟く。
 とりあえず眠かった。こんな事を言わなければこの話もまた美談で終わるのかもしれないけれど。とにかく眠かった。
 だから俺は眠る。不思議と,となりに彼女がいるような気がする。その日の夢は予想通りというか何というか,彼女の,夢だった――。 <了>

無個性な個性:中編

2005-01-26 00:17:40 | 雑文
  6

 手探りでドアの側まで近寄り,ノブを握ってバタンと閉める。
 さっきの声はなんだったのか,よくわからないまま思い出そうとする。
 ”あなたは違う”
 と確かに聞こえた。
 言葉はハッキリ憶えているがどんな声だったのかよく思い出せない。
 だけど,昔聞いた事がある声だと思う。
 それはすごく懐かしい声だった気がする。

 瞼を開いて自分の手を握ったり開いたりする。
 そして再び瞼を閉じる。
 マイク先の二人の声は濁ったりクリアになったりする。
 二人が同時にしゃべると声は濁り,どちらかが譲ればクリアに聞こえる。
 だがどちらにせよ,二人には俺の声は届かないだろう。
 届くのは言葉と音の波形情報だけだ。
 声は決して届かない。

 ”あなたは違う”

 その意味を,もう一度考え直す。
 あなたはとは本当に俺の事なんだろうか?
 俺の事だと思う。それだけは何故かハッキリとわかる。
 心の中で何度も何度もこの言葉をリピートする。
 この声を,決して忘れてはいけないような気がする。

 曖昧だった声を何度も何度もリピートしていると,ポタポタと机の上に雫がこぼれている。
 透明な液体を舌先で舐めると,少しだけしょっぱい。


   7

 論理的思考の帰結する先として。机が塩味だなんていうことはあり得ない。非常にナンセンスであるとしか言えない。
 だからこれは液体がしょっぱいのだと。そう結論づけるのが当然だ。
 今は冬。一応部屋に暖房はつけているが,それはもちろん適温に設定しているわけで。運動をしているわけでもないので,この液体は汗ではない。
 とすればこの液体は――。
 目元に手をやると,予想通りというか濡れていた。
 あぁ,そうか,と。俺は納得しながら思いをはせる。過去へ。過去へ。過去へ――。

 思えば俺は,個性を探していたのだろう。
 本当に無個性なのは俺自身。周りの個性が目に眩しく。俺は無個性であることを,個性であると認識することにした。そうでもしないとやっていられなかった。
 誰だってそうだと思う。周りには何かしら才能だとか取り柄だとかがあって,それが自分だけに見つからない。そんな環境に放り込まれたら,周りの方が異常なのだと認識したくなるはずだ。
 空気の共有? 空気は俺だ。ただあるだけ。存在するだけの俺。存在するために俺はあるのか? そんな存在は自分自身認めたくない。うんざりだ。
 いっそこんな存在は,消え去るのが当然の終焉なのだと。そう考えるのが珍しくなくなり始めた頃。
そんな終わりきった――終わりきりかけたときの話。

 僕は,彼女に,出会う。




 彼女は最初,僕の中で特別な人ではなかった。
 ただのクラスメートの一人だった。
 初めて知った時の印象は声の綺麗な人だった。
 ただ,それだけでしかなかった,そんな気がする。
 だけど彼女がときおり見せる爽やかな笑顔だけは最初から特別だったのかもしれない。
 僕は学校という四角い整理された部屋の中で無個性な一つの生徒番号にしか過ぎなかったけれど,彼女を通して自分を見た時だけ,何故か僕は俺だった。
 単にカッコツケだったのかもしれないし,新しい何かが生まれたのかもしれなかった。
 いつだって無機質に教室を観測していた機械で出来た物体も彼女が見ている時だけは人間に近かった。
 あるいは人間だったのか。
 そして人間に憧れた。
 笑顔に答えられる表情は,笑顔しかなかったのかもしれない。 <続>

無個性な個性:前編

2005-01-24 12:05:15 | 雑文
※ この短編(?)は,私と某はにゃん氏によるリレー小説です。どちらがどの部分を書いたのか? など想像しながら,楽しんで読んでいただければ幸いです。
 なおタイトルは,たった今私が独自につけたということを付け加えておきます。

   
   1

 サー,というノイズに重なるようにして,耳元では会話が流れ続けている。別にテレビを見ているわけではなく。ラジオを聞いているわけではなく。
 通信という概念一つとっても,世の中進歩した物だと思う。たかだか十数年しか生きていない俺が,そんな分かったような口を叩くのはおかしいのかもしれないが。
 俺は今,パソコンを通してチャット――会話という方がいいだろうか――している。一方的に二人の会話を聞いているという方が正しいか? 
 その証拠に俺の発言頻度はごくごく少ない。半ば盗聴している――させられている?――ような気分になる。もちろん意図的ではないが。

 この何とかというアプリケーション――名前にはさほど興味がない――の存在を知ったのは,つい先日のこと。




 この何とかというアプリケーション──どうやら海外で作られたもののようだが確かに便利は便利だと言える。
 だが,これは同時に人々から無理に会話を引き出す恐ろしいソフトとも言える。
 通信の概念は個性を次々と剥奪し今や巨大なネットワークを創造する。
 俺は話したいから会話をしているのか,俺は誰かと会話しているのか?
 俺はコンピューターと会話しているのか,あるいは──。
 このソフトの存在が俺を会話空間へと引き寄せる。

「はーっきゅしょい!」

 肉体がクシャミしてフッっと俺は現実に引き戻される。
 会話をしているんじゃない,空気を共有しているんだ。
 そんな気がして窓の外を見れば,静かにサーチライトが夜の街から何かを探していた。


   3

 空気の共有――。そう俺が極力無言で通しているのは,会話をしていないからなのだろう。
 昔からそうだ。他者の会話に意味は生じず。感じず。無個性な,集団に埋没しようとしているかのような。そんな相手と会話をしたところでそれは,俺の個性をも埋没させようとする集団の策略に自ら飛び込んでいくような。そんなものでしかない。
 だから俺は誰かと会話をしたことはなく,その必要性も感じない。
 俺が他者と行うのはただ一つ。それが,空気の共有。

 ヘッドフォンを通した向こう側では未だに会話が続いている。この二人はどうなのだろう? と。ふとそんなことを思った。
 今まではどうせいつものように無個性な会話が流れていくのだろう。そう思っていた。だがよくよく聞いてみると,この二人の会話には確かに個性が存在する。
 これは何だろう――? 個性に見せかけた無個性でしかないのか。それとも――?

 まだ夜は深い。サーチライトは未だ何かを探す。




 空気は静かに流れていた。
 俺がこの部屋で暴れ出せば空気は澱み,新しい小さな風を起こすだろう。
 その小さな風は100年もすれば海の向こうで竜巻になるかもしれない。
 あるいは──3日後に砂漠に雨雲を運ぶかもしれない。
 だけど俺はジッっと息を潜めていた。
 俺の中には新しい個性など,何もなかった。
 与えられた情報から,目に見えない何かを見つけようとしていた。
 嘘だけを,俺は嘘だけを見ようとしていた。
 頭の中にあるギュウギュウ詰めの人混みで視線の台風が発生しているような気がした。
 時空に穴を開けて十数年の時間を100年にしたり1秒にしたり色々こねてみた。
 歪みはあるような気がしたが,個性と呼べるかどうかは謎だった。

 ドアが突然「バタン!」と開いた。
 冷たい空気が流れ込んできた。
 この風は,誰かの個性から──?
 ドアの向こうから、夜の光が薄ぼんやりと漏れていた。


   5

 冷たい空気が俺の肌をなで,部屋の奥へ奥へと抜けていく。
 ドアの向こうには来訪者がいるかもしれないというのに。だというのに俺は瞼を閉じている。
 視覚情報が全く失われているにもかかわらず,俺はドアの方向を注視する。見えないのに注視というのも妙な話ではあるのだが。
 俺は何かを感じる。感じようとする。
 それは吹き抜けた風の流れであり。それはドアの向こうにいる誰かの存在であり。それは俺の奥底に潜む何かであり――。
 ”あなたは違う”
 それはドアの向こうからか。ただの幻聴なのか。はたまた未だ続く耳元での会話なのか。
 とにかくその声が,やけにはっきりと俺には聞こえた。
「何が違う?」
 俺は問い返す。ドアの向こうに。マイクの向こうに。あるいはどこでもないどこかへ。

 返事は――来ない。それを少なからず落胆する俺がいる。
 何を期待していたのだろう? 俺は何が聞きたかったのだろう?
 とりあえず,マイクの先の二人は会話に熱中しすぎているのか,意図的に無視しているのかは知らないが何も返しては来ない。それだけは厳然たる事実。

「ふぅ――」
 瞼は閉じたまま。耳元の会話を聞き続けながら。俺は一つ,深く息を吐く。
 そして瞬間,ドアの向こうからもう一度空気が吹き抜けた。 <続>

早,三回目の雑文<待ち人>

2004-06-15 14:27:37 | 雑文
「待ち人」
              奈伽塚ミント

 その日,僕はずっと待っていた。
 時は速く流れていたのか緩やかだったのか?
 気がつくと既に日は暮れていた。
 それでも僕は待ち続けていた。
 いつしか雨が降り出した。
 体が濡れることも気にならず,僕は君を待った。

 ――結局君は現れなかった。
 長時間雨にあたっていたことが祟ったのか,僕は風邪をこじらせてしまった。
 症状は思った以上に悪く,また元から体が丈夫でなかったことも災いしたのか,僕は還らぬ人となった……。

 次に僕が見た景色。
 それはとても風景と呼べるはずもない,ただただ何もない世界。
 けれど,僕には楽園に見えた。
 そこには待っていた君がいた。
 君は言った。
「ごめんね,行けなくて。私,あの日あんまり急いでいたから車に……」
 あぁ。そうだったのか。
「だけど私,あなたがここにいつか来てくれるって。そう思って,ずっと待ってた」
 よかった。君も僕を待っていてくれたんだね。
 二人は強く抱きしめあった。
 こうして,待ち人は共に相手に巡り合った。

 そこは,何もない空間。何もない世界。
 だけど今,そこには愛が満ちていた――。

自己評価(独り言)

 これは友人の家に遊びに行った時に,チャイムを鳴らしても誰も出ず,電話も誰も出ず……。といった状況になった時に,連絡がつくのを待ちながら近くの文化センターで書いた作品です。自分も待っていたためにこの題材を思いついたのですが――。結構すらすら書けた作品です。
 ちなみにどうでもいいですが,友人とはそれから30分後連絡がつきました。本当によかった。あのまま連絡がつかなかったら私も――なんてそんなことはないですけどね。

 雑文も早,三回目となりました。本当はシナリオの三回目アップするはずだったのですが,まだ容量不足のため急遽雑文に変更です。夜にはアップしたいと思いますので。では。

雑文Part2<life――それは散らない桜――>

2004-06-14 00:56:18 | 雑文
テーマ「夜桜」
              奈伽塚ミント

「――別れて……ほしいの」
突然の,ことだった。

 仕事が終わってすぐ,僕は彼女に電話で呼び出された。
「あの桜の下で待ってるから」
 あの桜――僕と彼女の出会いの場所。
 僕はすぐに彼女のもとに向かった。
 そして彼女は,そう切り出してきた……。

 ――突風が吹いた。花びらがハラハラと散っていく。
「どう……してだ?」
 僕は,そんな言葉しか言えなかった。何しろ,彼女とは上手くいっていた。そう思っていた。
 今日だって,『結婚しよう』なんて言葉を期待していたぐらいだ。
 それがどうして――。
「……私ね,……もうすぐ死ぬの」
「……は?」
「……ガン,なの」
 一瞬,理解できなかった。
 そんな話――そう思った。
 だけど,彼女が瞳に涙を浮かべているのを目の当たりにしては信じるより,ほかなかった。
「だから,別れて。あなたを,悲しませたくないの」
「……ふ。ははははは」
 僕は笑った。
 桜の花吹雪の中。思い切り笑ってやった。
「――な,何がおかしいのよっ!」
「何って……,だってまだ生きてるじゃん」
「えっ!?」
「だって,お前まだ生きてるじゃん。――見ろよ,この桜。散っていくんだぜ?咲いていたくとも,もう散っていくんだ……。でも,さ。お前の『命』って花は,まだ咲いてるだろ?」
「――っ!」
彼女は驚いたように,顔をおおった。
「だったら,思い切り咲き誇ろうぜ?散るその一瞬,最後の一秒まで。僕はそれを見ていたい。
 ……ダメ,かな?」
「……バカ」
彼女は僕の胸に飛び込んできた。
僕は彼女の小さな体を,折れてしまわないように,花が散ってしまわないように精一杯抱きしめた。
彼女は泣いた。思い切り……。
「思い切り,泣いとけ。僕が受け止めてあげるから――」
 ポツリと,そう呟いた。

 ――そうして,そのまま一晩そこで散りゆく桜を見つめていた。

 ――それから数ヶ月。
   あの桜は散った。
   だけど……。
「――ねぇ,ここなんてどう?」
「ん,どれどれ」
 『命』って桜は散らずに残った。
 ――人なんて,もろい物だけど,僕たちは一ひらでも花びらが残されている限り,精一杯咲き誇っていこうと思う。
                彼女とならそれができると
                               そう思う――。


自己評価(独り言)

 何と言うか,テーマは「夜桜」であるのに,実際は単に桜がでてきてるだけになってます。別に「夜桜」の話が書きたかったわけじゃないから,まあいいんですけど……。
 比較的明るめの結末で終わってよかった気がする。当初の構想では,彼女は当然死亡してしまい,『僕』が感傷に浸る……みたいなお話になる予定でした。――そんな話ばっかりじゃなぁ。そう思って急遽変更されてよかったです(いや,ほんとに)。
 それにしても,現実でこんな話があったら感動というより爆笑で終わってしまうのではないでしょうか?こんな『彼女』はいるかもしれませんが,『僕』はいないでしょう。いたら見てみたい気はしますけど……。
 ちなみにこの二人,この後結婚しました。最期の会話は式場探しの話です。一応……。

 ――ということで雑文Part2です。確か2ヶ月,早くて1ヶ月くらい前に書いたものです。その頃は先にテーマを決めてそれにあった文を即興で書くということをやってました。その時の一つがこれです。とりあえず読んでみて下さい。
 『連載シナリオ』/prologue第二回は今日の夜くらいには(今も一応深夜だが)公開する予定です。
 ご意見,ご感想相変わらず待ってますので,どんどんコメントしてやって下さい。ホント些細なことでもいいので。よろしくお願いします。

雑文一発目!「死の体感」

2004-06-11 14:57:50 | 雑文
……と,初の雑文公開です。何やら拙い文章ではあるのですが,どうか寛容な気持ちで読んで下さい。感想,批評などお待ちしてます。

「死の体感」

                   奈伽塚ミント

「――何?苦しまずに死を体感したい?」
 彼は驚いたような声を発した。
 まあ,当然といえば当然の反応だろう。
 誰だって,こんな相談をされれば驚くに決まっている。
「う~ん?そうだな……」
 しかし,彼の違うところはそこで真面目に相談に乗ってくれるところだ。
「お前,自殺したいの?それなら例えば,睡眠薬を過剰摂取すると案外楽に逝けるとかっていうけど……」
 確かにそんな話は聞いたことがある。だけどそんな答えを求めてるんじゃない。
 彼も私の表情から,それを察したのだろう。
 いつものようにニヤリと笑って,
「分かってるよ。こんな普通の答えじゃ納得できないって言うんだろ?」
 頷き返す。
 それじゃあ,と言って彼は答えを返してきた。
「それならやっぱりこれしかないだろ。
        ……誰かを殺す。違うか?」
 ああ,それだ。それこそ私の求めていた答えだったのだ。
 私は歓喜に身が震えるのを感じた。
「どうだ?納得したか――っ!」
 彼が驚いたように私を見つめる。
 そして自分の腹部に手を当てる。
 彼の手は一瞬のうちに真っ赤な血で染まった。

 それもそのはず。彼の腹部には深々とナイフが私の手で衝きたてられていた。

「――な。ど,どうして?」
 どうして?って,アナタが教えてくれたんでしょう?『苦しまずに死を体感する方法』。
 彼は怒るでもなく,恐れるでもなく,不思議そうな顔で倒れ伏した。
「――きゃあ~っ!」
 誰かの叫ぶ声が聞こえる。
 今の私には,それが近くで響いたのかそれとも遠くだったのか?そんなことすら分からない。
 そんなことよりも,目の前の『死』を感じることが楽しくてたまらなかった。
 アナタもそれほど機転がきくのならば,私の性格を知っているのならば,よく考えればどうなるかぐらい分かりそうなものだったのに。
 残念。機転はきいても,頭はそれほどよくなかったみたい……。

自己評価(独り言)

 はい,即興で書きました。考えて,打ち込むまで30分とかからずに終わりました。
 何と言うか文章が降って湧いたという感じです。
 ……まあ,こんな文章が即座に降って湧くというのも考え物だとは思いますが。
 この後この女性(いや男性?)は一体どうなるんでしょう。小説というものはえてして,結末以降が気になってしまうものでもあると思います。このお話も,そんな終わり方ですね。
 それにしても,本当に最近意識しないとこんな文章ばかりです。もっと明るいお話は書けない物なのでしょうか?……はぁ。