0・B ”2005年7月・2”
彼女が僕の元を去ってから,半年余りが過ぎ去ろうとしていた。
気がつけば冬は終わりを告げていて。年も明けて,だらだらと過ごしているうちに季節は夏になっていた。
思えば彼女と出会ったのも夏だったように記憶している。普段は曖昧な僕の記憶だけれど,はっきりとそれは覚えていた。
それほどに,あの出会いは印象的だった。本当はそんなありふれた言葉にしてしまいたくはないほどに,僕の中ではあの出会いは綺麗な思い出として残っている。
彼女は,今,どこで,何をしているのだろう。
僕はこうして夏の暑い空気に包まれながら,窓辺で空を――抜けるように青い空を見上げている。あの日の記憶を確かめるように。
彼女は僕のことを覚えているだろうか。
僕は半年が過ぎた今でも,忘れられないでいる。こんなにも彼女を想っている……。
気がつけば,午睡の中に落ちていた。色々と懐かしい風景を見ていた気もするが,気のせいかもしれない。熱気のせいか体からは汗が噴き出し始める。
そんなごくごく普通の夏の午後。突然,夏とは思えない――まるで冬から抜け出してきたかのような,一陣の冷たい風が吹いた。
それに気づいて僕は慌てて目を覚ます。
夏にこんな風が吹くはずはない。だけれど僕は,この風を知っている。そう,それは既視感(デジャビュ)。
彼女と過ごしていたときは,いつもこんな風が吹いていた気がする。
僕はそれを認識して,そして――。
「リュウ」
懐かしい声がした。
「羽音!」
振り返ればそこには思い出と違わぬ姿があった。驚きは一瞬。その微笑みがまた見られたことが,とても嬉しい。
あれから,ずっと考えていた。あの時僕は,何を言おうとして何を言えなかったのか。今なら分かる。あの日,あの公園で言えなかった言葉を伝えようと思った。
「羽音,ごめんな。今更言える事じゃないかもしれないけど,僕はやっぱり君のことが――」
羽音が慌てた様子で駆け寄ってきて僕の口をふさぐ。
「……羽音?」
手を離した羽音は小さく首を振った。そして一言だけ。
「またね。リュウ♪」
僕が何かを言うより早く,世界から音が消えていく。景色もゆっくりと色をなくしていく。
羽音の口が動くのだけれど,その声も聞こえない。なんとか口の動きから言葉を読み取る。
あ・り・が・
0・C ”2005年7月・3”
「リュウ」
懐かしい声がした。
「咲紀!」
振り返ればそこには思い出と違わぬ姿があった。驚きは一瞬。その微笑みがまた見られたことが,とても嬉しい。
あれから,ずっと考えていた。あの時僕は,何を言おうとして何を言えなかったのか。今なら分かる。あの日,あの公園で言えなかった言葉を伝えようと思った。
「咲紀,ごめんな。今更言える事じゃないかもしれないけど,僕はやっぱり君のことが――好きだ」
”……あれ?”
今の今まで誰かに同じような事を言っていたように思う。思うのだが,それが誰だったのか分からない。
「私も……ごめんね。あんなこと言っちゃって,許してもらえるか分からないけど。独りになってみて分かったの。本当の自分の気持ち。――好きです,付き合ってください」
その言葉を聞いて僕の思考は凍結した。何も考えられなくなる。咲紀が僕の返事を待っている。とにかく答えないと――。
「僕で,よければ」
咲紀の笑顔が二倍増しくらいになったように見える。きっと僕も同じような顔をしているんだろう。
「あ,雪」
「え?」
驚いて窓の外を見る。確かに季節はずれの雪が降っていた。
「まぁ,たまにはこういうのもいいんじゃないか」
「う~ん……。うん,そうだね」
咲紀はしばらくこの奇妙な出来事について考えこんでいたが,結論が出ないと割り切ったのか僕の言葉に頷いていた。そのまま「綺麗だね」なんて言いながら真夏の雪を眺めている。
僕には分かる。僕だけには分かった。きっとこれは祝福の雪だ。彼女なりに僕たちを祝ってくれているんだ。咲紀をここに連れてきてくれたのもきっと彼女なんだと思う。
とても現実とは思えないような話かもしれない。けれど決して夢ではない。記憶が告げている。確かに彼女は存在したと。
小さく呟く。つい先程まで話していた少女へ届けと願って。
ありがとう。羽音。
真夏には不似合いな純白の雪が降り続く。風に乗って,少女の笑い声が聞こえた気がした。 <了>
※この小説はトラックバック&【BF2】企画:羽音祭・パート2参加作品です。
彼女が僕の元を去ってから,半年余りが過ぎ去ろうとしていた。
気がつけば冬は終わりを告げていて。年も明けて,だらだらと過ごしているうちに季節は夏になっていた。
思えば彼女と出会ったのも夏だったように記憶している。普段は曖昧な僕の記憶だけれど,はっきりとそれは覚えていた。
それほどに,あの出会いは印象的だった。本当はそんなありふれた言葉にしてしまいたくはないほどに,僕の中ではあの出会いは綺麗な思い出として残っている。
彼女は,今,どこで,何をしているのだろう。
僕はこうして夏の暑い空気に包まれながら,窓辺で空を――抜けるように青い空を見上げている。あの日の記憶を確かめるように。
彼女は僕のことを覚えているだろうか。
僕は半年が過ぎた今でも,忘れられないでいる。こんなにも彼女を想っている……。
気がつけば,午睡の中に落ちていた。色々と懐かしい風景を見ていた気もするが,気のせいかもしれない。熱気のせいか体からは汗が噴き出し始める。
そんなごくごく普通の夏の午後。突然,夏とは思えない――まるで冬から抜け出してきたかのような,一陣の冷たい風が吹いた。
それに気づいて僕は慌てて目を覚ます。
夏にこんな風が吹くはずはない。だけれど僕は,この風を知っている。そう,それは既視感(デジャビュ)。
彼女と過ごしていたときは,いつもこんな風が吹いていた気がする。
僕はそれを認識して,そして――。
「リュウ」
懐かしい声がした。
「羽音!」
振り返ればそこには思い出と違わぬ姿があった。驚きは一瞬。その微笑みがまた見られたことが,とても嬉しい。
あれから,ずっと考えていた。あの時僕は,何を言おうとして何を言えなかったのか。今なら分かる。あの日,あの公園で言えなかった言葉を伝えようと思った。
「羽音,ごめんな。今更言える事じゃないかもしれないけど,僕はやっぱり君のことが――」
羽音が慌てた様子で駆け寄ってきて僕の口をふさぐ。
「……羽音?」
手を離した羽音は小さく首を振った。そして一言だけ。
「またね。リュウ♪」
僕が何かを言うより早く,世界から音が消えていく。景色もゆっくりと色をなくしていく。
羽音の口が動くのだけれど,その声も聞こえない。なんとか口の動きから言葉を読み取る。
あ・り・が・
0・C ”2005年7月・3”
「リュウ」
懐かしい声がした。
「咲紀!」
振り返ればそこには思い出と違わぬ姿があった。驚きは一瞬。その微笑みがまた見られたことが,とても嬉しい。
あれから,ずっと考えていた。あの時僕は,何を言おうとして何を言えなかったのか。今なら分かる。あの日,あの公園で言えなかった言葉を伝えようと思った。
「咲紀,ごめんな。今更言える事じゃないかもしれないけど,僕はやっぱり君のことが――好きだ」
”……あれ?”
今の今まで誰かに同じような事を言っていたように思う。思うのだが,それが誰だったのか分からない。
「私も……ごめんね。あんなこと言っちゃって,許してもらえるか分からないけど。独りになってみて分かったの。本当の自分の気持ち。――好きです,付き合ってください」
その言葉を聞いて僕の思考は凍結した。何も考えられなくなる。咲紀が僕の返事を待っている。とにかく答えないと――。
「僕で,よければ」
咲紀の笑顔が二倍増しくらいになったように見える。きっと僕も同じような顔をしているんだろう。
「あ,雪」
「え?」
驚いて窓の外を見る。確かに季節はずれの雪が降っていた。
「まぁ,たまにはこういうのもいいんじゃないか」
「う~ん……。うん,そうだね」
咲紀はしばらくこの奇妙な出来事について考えこんでいたが,結論が出ないと割り切ったのか僕の言葉に頷いていた。そのまま「綺麗だね」なんて言いながら真夏の雪を眺めている。
僕には分かる。僕だけには分かった。きっとこれは祝福の雪だ。彼女なりに僕たちを祝ってくれているんだ。咲紀をここに連れてきてくれたのもきっと彼女なんだと思う。
とても現実とは思えないような話かもしれない。けれど決して夢ではない。記憶が告げている。確かに彼女は存在したと。
小さく呟く。つい先程まで話していた少女へ届けと願って。
ありがとう。羽音。
真夏には不似合いな純白の雪が降り続く。風に乗って,少女の笑い声が聞こえた気がした。 <了>
※この小説はトラックバック&【BF2】企画:羽音祭・パート2参加作品です。