何となく奈伽塚ミント・純情派

不覚にも連続更新ストップ。
少々夏バテ気味だったし
定期更新に切り替えかも?

そんなこんなで奈伽塚ミント

とある雑談から生まれた企画(9)

2004-07-05 23:25:48 | 『テーマ小説』
「……帰ろっか」
「……うん」
 いくらかの時が過ぎて,僕たちはもときた道を引き返し始めた。
 互いに言葉はなく。けれど握った手の温もりがあった。

「……あ。雪」
 麗奈の呟き。見上げれば満天の星。月が輝く冬の夜空からは,確かに白い粒が舞いおり出していた。そんな光景を目にしながら,歩を進める。
「……ねぇ。恭一」
「ん?」
「旅行,楽しみにしてるから」
「あぁ」
 その言葉に頷きで返す。

 ――そうして夜は深けていく。僕らの事情なんてお構いなしに世界は流れていく。いつしか雪も止むだろう。
 今日の僕らの出来事なんて,世界にとってはほんの瑣末なものでしかない。けれど僕にとって,今日という日は忘れられない思い出の一つとしてこの先ずっと心に残るだろう。麗奈もそう感じていてくれるといいと思う。
「――走ろう」
「え? ちょ……ちょっと,恭一?」
 麗奈の手を引き走り出す。そこに明確な意味なんてない。それでも麗奈は僕の手を離さずついてきてくれる。

 先のことなんて何も分からない。未来はとても不確定。またすれ違うこともあるかもしれない。迷い,悩み,立ち止まることもあるかもしれない。だから今はただこうして走り続けよう。
 繊細で,鈍感で,そして不器用な僕ら。だからこの先は,決してスムーズにはいかないだろう。けど麗奈となら大丈夫。何度間違っても必ずやっていける。

 今日という日のことを。今こうしてつなぐ手の温もりを。二人で共に過ごした時間を。かけがえのない今を感じながら,僕らはまた一歩先へと進む。
 二人駆け抜ける冬の街が。満天の星が。降る雪が。僕らを祝福してくれているような,そんな気がする。
 麗奈が傍にいるという幸せ。それをかみ締めて,笑みがこぼれる。

 降り積もる雪の中。白く吐く息がとけて消えていく――。そんな冬のある一日が,終わりを告げようとしていた。 (Fin)

とある雑談から生まれた企画(8)

2004-07-02 21:47:28 | 『テーマ小説』
「――麗奈!」
 僕はその後ろ姿に呼びかけた。
 振り返った麗奈の顔は涙に濡れていた。驚いたような,何が起きているのか理解できていないような。そんな表情が,僕の瞳に映った。

「――好きだっ!」

 荒れる呼吸を整えることも忘れて,僕は力の限りにその言葉を口にした。
 あまりにも単純で簡潔な言葉。だけどそれこそが僕の伝えたかった想いで。僕が麗奈に伝えなくちゃいけなかった想いで。だからただ素直にそれを言葉に乗せた。みせかけの飾りなんて必要なかった。

 そのときの僕は,自分が少しばかり高揚していると思っていた。けれどそういった考えができていたということは,冷静だったんだろう。高ぶった気持ちからくるものではないもの。それを感じながら,僕は麗奈を抱きしめていた――。

 寒空の下を歩いていたせいだろうか? 抱きしめた体はとても冷たくて――。
 けれど僕はそのこと以上に驚くべき事実に気づいた。どうして今まで気づかなかったのだろう?

 麗奈は僕が思っていた以上に小さくて――。

 何だか離してしまったらどこかに消えてしまうような錯覚におそわれて,僕はより強く麗奈を抱きしめた。
「……恭一? 痛いよ」
 麗奈がそう言うのにもかまわず,強く強く抱きしめた。もう一人にはしない――決して麗奈を一人にはしない。その思いを心に強く刻みこんだ。

「――麗奈」
 僕はそっと麗奈に語りかける。
「誰よりも君が好きだ。ようやくそれに気づいたんだ」
 先ほどの告白とは違い,今度は優しく静かに。
 その言葉に答えはなく。ただ,コクリと。小さく頷きが返ってきた。
 それで十分だった。それ以上何も必要なかった。――(続く)(9)へ

とある雑談から生まれた企画(7)

2004-07-02 00:00:56 | 『テーマ小説』
 気がつけば私は歩みを止めていた。まるでそうしていれば恭一がやってくるんだと言わんばかりに。

 ――どれくらいそうしていただろうか? あまりにも短かったようで,それでいてとてつもなく長かったようで。
 立ち止まっていたせいか,体が冷えきってしまっていた。
「……来るはず,ないよね」
 その呟きは私の耳にしか聞こえないほどに小さかった。
 いい加減に諦めよう。もう過ぎてしまったことなんだ。そう言い聞かせて,私は再び歩き出した。

 ――その瞬間,待ち望んでいた声が耳に届いた気がした。半信半疑のままに,私は振り返っていた。

 そこには,いつもと変わらぬ,笑顔の恭一が,いた。

 恭一は肩で息をしていた。走ってきたのだろうか? 熱を持った全身から,白く立ち上るものが見える。
 ――どうして恭一がここにいるんだろう? 今頃車で家路についているはずなのに。これは,夢? 幻?
 本当は嬉しくてたまらないはずなのに,私はまだこれが現実なのだと信じられずにいた。

 頭の整理もつかぬまま,それでも何か口に出そうとした。けれど恭一が先に叫んでいた。荒い息はそのままに,力の限り叫んでいた。
 その言葉は冬の空気を震わせて,私の心に染み入った。恭一の。恭一の想いと共に。

 私がその想いをしっかりと受け止めきる間はなかった。冷えきった体が温まるような感覚に気づいたときには,私の体は恭一の腕の中にあった――。――(続く)
(8)へ

とある雑談から生まれた企画(6)

2004-06-23 22:58:36 | 『テーマ小説』
 私は一人,街を歩いていた。
 冬空の下。外気は凍えるほど冷たい。唯一温かさを感じるのは頬を伝うもの。
 この時間,人の往来は決して少ないわけではなく普通ならば視線が気になっているだろう。けれど今の私にすれば,そんなものはどうだってよかった。

 緩慢な動きで,しかし一歩ずつ進んでいく。その分だけ私は恭一から遠くなっていく。体だけじゃなく,心までも離れていく気がした。何度引き返そうかと思ったけれど,その度に自分に言い聞かせた。

 ――もう取り返しがつかないんだ,って。

 恭一と私は所詮ただの同級生なんだ。最後の最後,その一瞬まで。私の言葉を否定してくれるんじゃないか。「違うよ」って言ってくれるんじゃないか。私のことを引き止めてくれるんじゃないか。そんな淡い期待が胸にあった。けれどもそもそもそんなはずはないんだ。私が勝手に恭一を好きになって,勝手に付き合ってるような気になって……ただそれだけの話。今更そんなこと言えない。

 ――私は。私は恭一と,これ以上離れたくなかった。友達でかまわない。そう思った。

 だけど涙は止まらない。寂しいのか? 苦しいのか? 悲しいのか? 痛いのか?
 ――多分全部だ。
 恭一がいなくて一人きりで寂しい。
 私の思いが恭一に伝えられないことが苦しい。
 恭一とこんなことになってしまって悲しい。
 胸が――だから胸が張り裂けそうなほどに痛い。

 そんな弱い私。弱いから,強く見えるように振る舞うことしかできない。
 あの時も,私自身のポリシーなんかより大切なものがあったはずなのに……。――(続く)
(7)へ

とある雑談から生まれた企画(5)

2004-06-19 01:31:20 | 『テーマ小説』
 僕たちはどこで間違ってしまったのだろう? 麗奈の去った店内で一人。そんなことを考えていた。

 選択肢はきっと無数にあって,その中の一つの道を僕らは進んできた。もし他の道を進んでいたら――。そうしていたらきっと今頃は――。

 そこでふと,テーブルの向かい側を見やる。
 ――当然のように無人のその席。つい先程までは麗奈がいたその席。今では誰もいないその空間を眺めていると,何故だか寂しさを覚えた。その寂しさという想いは,僕の胸の奥底。僕という一人の人間の根底を強烈に,猛烈に,痛烈に揺さぶった。僕の中で一番大切な,欠けることの許されないネジが外れかかっているようだった。

「あぁ,そうか」

 その瞬間に。その瞬間になってようやく。僕は外れ落ちそうなネジに気づいた。今,自分が失いかけているものの大切さを知った。

 ――そう。いつの間にか僕は,麗奈をこんなにも必要としていたんだ。

 どうすればいい? なんてこと,考えるまでもなく分かっていた。
 麗奈が店を出てからどれくらい経ったのだろう? 急がないと今度こそ手遅れになる。
 一本のネジが抜け落ちてしまったなら,拾い上げてはめ直してやればいい。たとえすぐに見つからなくて,拾い上げられなくても。その時にはゆっくり時間をかけて探せばいい。
 ――だけどこればかりはそうはいかない。失くしたら二度と見つけられない。一度抜け落ちてしまったら,はめ直すこともできずに全てが崩壊してしまう。

 言葉ってものはあまりにも脆く,儚く,曖昧で。突然天空より現れては天空の彼方に消えていく。消えた後には当然影も形もなく,その存在そのものがあやふやで。
 だけど今。僕は麗奈にその言葉で伝えたい。伝えなくちゃいけない。そのあやふやな存在に『想い』という形を乗せて。

 僕は街に飛び出した。麗奈のもとへと駆け出した――。――(続く)(6)へ

とある雑談から生まれた企画(4)

2004-06-18 10:58:13 | 『テーマ小説』
 <今>
「――もともと考え方が違ってたんだわ,きっと。今までこういうことがなかった方が偶然だったのね」

 麗奈の声が耳に届き,思考から現実へと引き戻された。ずいぶん長く思考していたようだが,実際には会話と会話の間。その一瞬にすぎなかったのだろう。
 麗奈は僕の返事を待っているように見えた。半ば冷めてしまっているだろう紅茶に口をつけながら,こちらの様子をうかがっている。

「――そう……だな」
 どれくらい時が流れたのだろうか? 一瞬だったのか,それとも永遠だったのか? とにかく僕が口にしたのは,そんな一言だった。

 ――それは気のせいだったろうか? 僕には麗奈が,その言葉でひどく傷ついたように見えた。

「そうよ。だからこれは出会った時から決まっていた運命。仕方のない結論よ。……別れましょう」
 一瞬の後。麗奈は笑ってそう言った。
 半ば予測していたものだったからだろうか? 僕は妙に落ち着いていられて。

 だから,それに気づいてしまった。麗奈の笑顔がどこか悲しさを秘めていることに。――そう。それはまるで,涙をこらえて無理に笑っているようだった……。

「――ううん,違うわ。別に私たち付き合っていたわけじゃないものね。別れるもなにも,もともとただの同級生。……そう。ただ少し他よりも親しかった。ただそれだけ」

 麗奈の言葉には自嘲の色が含まれているようだった。

「大分時間喰っちゃったわね」
 窓の外はいつの間にか,漆黒の闇に包まれていた。
「買ったものは全部持って帰っていいわ。恭一が全部払ったんだし。代わりにここのお金は私が払っておくから」
 そう言うと麗奈はおもむろに席を立った。
「帰るのか? 家まで送るよ」
「別にいいわ。歩いて帰れるから」
「そう……か」
 それきり顔を背けると,会計へと向かっていく。
 ――と,何か思い出したかのように立ち止まると決して振り返ることはなく一言。
「……また来年,キャンパスで会いましょう」
「あぁ」
 僕はその後ろ姿に気の利いた言葉をかけることさえできなかった。

 それきり麗奈は何も言わなかった。そのまま会計を済まし,この場から去っていった。
 僕はただ,その姿を見つめるだけだった。
「――ありがとうございました」
 店員のいやに明るい声が響く。

 そんな中,扉から出る最後の瞬間。微かに見えた麗奈の横顔は,なんだか泣いているようだった……。――(続く)
(5)へ

とある雑談から生まれた企画(3)

2004-06-18 00:40:33 | 『テーマ小説』
「じゃあ……。これ,これ。これにしなよ。うん。これがいいって」

 僕は『メロンあんパン』を棚に戻すと,再びパンの山に目を走らせた。そしてすぐにまた,一つの袋を選び出した。――不自然なまでに明るさを前面に押し出して。
 とにかく早く,穏やかでなくなりかけた空気を元に戻したかった。

「……ねぇ。私はメロンパンを探してるんだけど?」
 僕が手にした袋を一瞥。麗奈は怪訝そうな表情になる。
「何,言ってるんだよ? ――ほら,ここにちゃんとメロンパンって書いてあるだろ?」
 確かにこの袋には『メロン果汁入りメロンパン』と印されている。まさか見えていないわけではないだろう。
「それじゃあだめなの」
「どうしてだよ? 別にどれだって大して変わらないだろ? いい加減にしないと本当に暗くなるしさ。帰ろう」

 ――緩やかに,しかし確実に進んでいったズレ。その瞬間に,ネジは外れて落ちていった。ついに歪みが表面化した。

「……変わるわよ!」
 突如として麗奈は声を荒げた。傍目にも怒っているのは明白だった。
「いい? メロンパンってあの網目があるからメロンなのよ! 果汁入りなんてナンセンス! そんなものメロンパンとは呼べないわ!」
「……何だよ。そんなことか」
 僕は思わず笑い出してしまいそうになった。笑いをこらえて口にしたその言葉。それに麗奈は過敏ともとれるほどに反応した。
「そんなこと!? えぇ,確かに恭一にすればそんなことなんでしょ。けどね,私にとっては大事なの! ポリシーなのよ!」
 その怒り烈火のごとく。その怒り鬼神のごとく。それは気圧されるくらいに気迫に満ちていた。
 穏やかにことを済まそうと思っていた。けれど気がつけば僕も声を荒げていた。
「そんなこと……そんなこと分かるわけないだろう!? 何だよ,それ!? それならそうと初めに言ってくれればよかっただろ!?」
「最初に,『分かった』って言ったじゃない! 言わなくても分かってると思ってたわよ!」
「「……」」
 一転して互いに無言。視線のみがぶつかり合う。

 ――それから数瞬。
「ねぇ?どこかでゆっくり話し合いましょう」
「それがいい。喫茶店にでも入ろうか」

 そうして今,僕らはここにいる……。――(続く)
(4)へ

とある雑談から生まれた企画(2)

2004-06-17 12:16:05 | 『テーマ小説』
「じゃあ,暗くなっても困るしそろそろ帰ろうか」
 僕は時計を確認して言った。

 免許を取ってまだ日の浅い僕は,夜道の運転には慣れていない。ましてやこの時期。路面の凍結なんかになった日には,とてもじゃないが運転したくない。それでも一人ならまだいい。麗奈が一緒の今日,事故なんて起こしたらどうなることか……。
 そう思うと,早いところ引き上げたかった。

「うん,そうね。帰りましょ」
 ほっと一息。胸をなで下ろしたのも束の間。
「あっ!」
 そう声を上げると,タタタタッと無数に並ぶ棚の一つの陰へと消える。
「お,おい!? どうしたんだよ,突然!?」
 僕も慌てて麗奈の後を追った。

 麗奈のいた棚は菓子パンが並べられた一角だった。
「ちょっと待ってて」
 僕にそういうと,麗奈は菓子パンの間を歩きまわる。
 何やら長くなりそうな気がして,僕は声をかけた。
「何,探してるんだ? 僕も手伝うよ」
「えっとね,メロンパンなんだけど……」
「分かった」
 それを聞いて僕も棚を見まわす。

「――おっ! これなんてどう?」
 たくさんの菓子パンの中から僕は一つの袋をつまみ上げる。
「えっと……新発売! ありそうでなかったコラボレーション!! 『メロンあんパン』。だってさ」

 ――ふと顔を上げると麗奈が僕のことを,何か奇妙なものでも見るようにしていた。そして一言,
「……それのどこがメロンパンなの?」
「――そ,そうだよな。新しければいいってものじゃないな」
 僕は慌てて取り繕おうとした。変に焦っている自分がいた。

 思えばこの時,既にネジは外れかかっていたんだ。僕はそれに気づかなかった。
 たった一本のネジ。ほんの少しの歪み。
 人と人との関係ってものがあまりにも不安定で,不明瞭で,不確定で。ささいなずれでも致命傷になりかねないということを知っていたというのに――。
 鈍感な僕らは,緩んだネジを締め直すことができなかった……。――(続く)
(3)へ

とある雑談から生まれた企画

2004-06-17 01:48:54 | 『テーマ小説』
テーマ 「ネジ,メロンパン,天空より現れ天空の彼方に消える,喰う」

「――ねぇ,私たち初めからどこかずれてたのよ」
「――あぁ,そうかもね」

 その言葉は僕の本音だったのだろうか?

 駅前のとある喫茶店。窓際の一角で僕たちは話しこんでいた。

(どうしてこんな話になったんだろう?)

 僕は思った。 きっかけは30分ほど前。ショッピングセンターで買い物を楽しんでいた時のこと。
 ――それはネジが一本抜けてしまっただけのような,ほんのささいなずれだった。けど,繊細な僕らにとっては,あまりにも大きすぎるものだった……。

 <三十分前>
「――そろそろいいんじゃないか?」
「――ん? そうね。これだけあれば十分かな?」

 夕暮れ時のショッピングセンター。その喧騒の中に僕たちはいた。

 僕と麗奈が,こうして同じ時を重ねるようになって半年が過ぎた。僕は麗奈のことが好きだし,麗奈のほうも僕のことをまんざらでもない,くらいには想ってくれていると思う。この半年で親密になってきていると思う。
 僕は麗奈を旅行に誘った。ちょうど大学も冬期休暇に入る。――この旅行でちゃんと告白しようと思った。
 麗奈は快くOKしてくれた。

 ――そうして僕らは,その旅行のための買い出しにやってきていたのだった。――(続く)(2)へ