※ この短編は,前に上げた無個性な個性の元となった物です。そのため一部の文章が同じになっていますが,その辺りは気にせず読み進めることをお勧めします。
0
――暇だった。ただ,暇だった。
1
サー,というノイズに重なるようにして,耳元では会話が流れ続けている。別にテレビを見ているわけではなく。ラジオを聞いているわけではなく。
通信という概念一つとっても,世の中進歩した物だと思う。たかだか十数年しか生きていない俺が,そんな分かったような口を叩くのはおかしいのかもしれないが。
俺は今,パソコンを通してチャット――会話という方がいいだろうか――している。一方的に二人の会話を聞いているという方が正しいか?
その証拠に俺の発言頻度はごくごく少ない。半ば盗聴している――させられている?――ような気分になる。もちろん意図的ではないが。
この何とかというアプリケーション――名前にはさほど興味がない――の存在を知ったのは,つい先日のこと。何やらマイクを使った通信機能で,言ってしまえば電話のようなものだ。
ただ電話と違うのは,いくら話をしたところで通話料として料金が加算されるわけではないこと。まぁそれも,一度電話料金が請求されてみるまでは何とも言えない話なのだけれど。
――っと話が逸れた。とにかく俺はアプリケーションの存在を知った。”掛井”を通して。
”掛井”。現在の会話相手の一人。俺のネットでの知人。初めて会って(?)からはもう半年以上が経つ。その彼が俺にアプリケーションを勧めてきたというわけだ。
もう一人の会話相手は”叶”。俺のリアルでの知人。中学時代の先輩で,今までも時々ネットを通して話はしていた。
その二人が今,会話をしている。会話相手とは言ったものの,俺はやはり傍観者然としている。
話には興味はあった。俺は最近引きこもりがちで,高校生という身分ながら学校にも行っていない。そのせいか人と会話をする機会は皆無と言っていいほどで――ネットでチャットなどをすることはあったわけだが――こうして音声を伴う会話には,どこか新鮮さがあった。
話題にも興味はあった。だが俺の意識はその話題に向けられてはいなかった。
”どうして俺は――?”
思えばこれは,掛井の紹介を受けた時点から始まっていたのかもしれない。そうでないのかもしれない。
このシナリオはまさに,神のみぞ知る。だから俺が今更何を考えてみたところで展開は揺るぐはずもない。
そうは思いつつも俺はやはり考える。人というものは,考えることで動いているのだから。
俺は考える。”どうして俺は,マイクを買ったのだろう?”
掛井と叶。二人の会話を初めて聞いたのも,もちろんつい先日のこと。
掛井に勧められるままにアプリケーションをセットアップしたその日の夜。俺は二人の会話を聞いた。
正直なところ。二人が何を話していたのか詳しくは覚えていない。多分,覚えようともしていなかったのだろう。どうにか概要が浮かぶか浮かばないか。そんな感じ。
家にマイクのない俺は,その会話をただただ聞いていた。それはもう,半ばどころではなく盗聴者そのものだったようにも思う。
ただ悪意はなかったし,良心が痛むようなこともなかった。
その会話で俺は何を思い,何を感じ取ったのだろう。
確たる事実として残ったのは,その翌日俺がマイクを買いに走ったというそれだけだ。
”どうして俺は?”
その問いに俺自身が理由をつけるとしよう。
簡潔に。かつ明確に。その問いに答えられる言葉を,俺は今一つしか知らない。
”暇だから”
ただ,それだけのこと。
2
――そして。それは。唐突に起きる。
「掛井,掛井。呪いのHPって知ってる?」
「呪いのHP? え,何それ」
”呪いのHP”という単語に興味を引かれたのだろうか。俺の意識は急速に二人の会話へと飛んだ。
「何か,そこの音楽があって,相当気味悪いらしいんだけど,三分間聞き続けると死ぬんだって」
よくある都市伝説というやつか。何しろここはネットの上。そんな話がいくら飛び交っていようが,別に不思議でも何でもない。むしろそういう話が全くないと聞かされる方が,不思議でたまらなくなるだろう。
「とりあえずさ,見てみるから。どこ,それ?」
「確か,呪いのHPで検索すれば出るはず」
掛井は別に信じてはいないのだろう。もちろん俺も信じようとも思わない。そんな現象が起きると言うこと自体あり得ないと思うし,出所も怪しい。
初めに聞いた本人が死んだのだとすれば,誰がその話を伝えるというのだろう。もし初めの一人が死んでいなかったとしても,それはすなわち話が嘘であるということの証明にしかならない。
「なんか,出ないんだけど」
俺がどうでもいいことを考えているうちに,掛井は検索作業を終えたようだ。出ないということは存在自体が嘘だったのか。まぁそういうことも珍しくないと思う。
だが叶は言う。
「え,嘘。出るって。今検索したけど出てるし」
「何でだろ。じゃあいいや。アドレス出して」
沈黙。そして数秒の間をおいて音声が戻る。
「……何か怖いし嫌なんだけど」
あぁ,なるほど。つまり叶は,その話を鵜呑みとまでは行かないにせよ信じているわけだ。一度見てそれで渋っているのかもしれない。
「けど,叶。それだと俺見れない」
掛井は見たいらしい。それはそうだ。相手から振られた話。見る手段も目の前にある。となれば,一度興味を持ってしまった以上引き下がるのは惜しいだろう。
「――じゃあ俺が検索する。それで出たらアドレス出すって事で」
気がつけば俺はそう口に出していた。
理由? そんなものは皆無に限りなく等しい。あえて言うならば,
”暇だから”
俺にとって行動理由なんてものはそれ以上でもそれ以下でもない。だってそれで十分だろう?
「あ,じゃあコウお願い」
俺――湯月コウ――の思いなど知る由もなく。掛井が依頼の言葉を放つ。
思えば。ここが臨界点。限界点。引き返せる最終地点だったのかもしれない。
だけれど,このときの俺はそれを知らない。仕方がないことだ。シナリオを先読みすることは禁忌なのだから。
意志のようで流れるまま。偶然のようで流されるまま。そうやって終焉への道筋を歩む。
……そこまで俺は知っている。理解している。
それでも結末を変えようとは思わないし,その結末がそれほど悪いものだとも思わない。
何せ”暇”なのだ。悲観するよりも,暇つぶしを与えてくれた誰かに感謝するべきだろう。そう思う。
いや,まぁ,そう思うこと自体が,シナリオ通りなのだとしても。 <続>
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――暇だった。ただ,暇だった。
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サー,というノイズに重なるようにして,耳元では会話が流れ続けている。別にテレビを見ているわけではなく。ラジオを聞いているわけではなく。
通信という概念一つとっても,世の中進歩した物だと思う。たかだか十数年しか生きていない俺が,そんな分かったような口を叩くのはおかしいのかもしれないが。
俺は今,パソコンを通してチャット――会話という方がいいだろうか――している。一方的に二人の会話を聞いているという方が正しいか?
その証拠に俺の発言頻度はごくごく少ない。半ば盗聴している――させられている?――ような気分になる。もちろん意図的ではないが。
この何とかというアプリケーション――名前にはさほど興味がない――の存在を知ったのは,つい先日のこと。何やらマイクを使った通信機能で,言ってしまえば電話のようなものだ。
ただ電話と違うのは,いくら話をしたところで通話料として料金が加算されるわけではないこと。まぁそれも,一度電話料金が請求されてみるまでは何とも言えない話なのだけれど。
――っと話が逸れた。とにかく俺はアプリケーションの存在を知った。”掛井”を通して。
”掛井”。現在の会話相手の一人。俺のネットでの知人。初めて会って(?)からはもう半年以上が経つ。その彼が俺にアプリケーションを勧めてきたというわけだ。
もう一人の会話相手は”叶”。俺のリアルでの知人。中学時代の先輩で,今までも時々ネットを通して話はしていた。
その二人が今,会話をしている。会話相手とは言ったものの,俺はやはり傍観者然としている。
話には興味はあった。俺は最近引きこもりがちで,高校生という身分ながら学校にも行っていない。そのせいか人と会話をする機会は皆無と言っていいほどで――ネットでチャットなどをすることはあったわけだが――こうして音声を伴う会話には,どこか新鮮さがあった。
話題にも興味はあった。だが俺の意識はその話題に向けられてはいなかった。
”どうして俺は――?”
思えばこれは,掛井の紹介を受けた時点から始まっていたのかもしれない。そうでないのかもしれない。
このシナリオはまさに,神のみぞ知る。だから俺が今更何を考えてみたところで展開は揺るぐはずもない。
そうは思いつつも俺はやはり考える。人というものは,考えることで動いているのだから。
俺は考える。”どうして俺は,マイクを買ったのだろう?”
掛井と叶。二人の会話を初めて聞いたのも,もちろんつい先日のこと。
掛井に勧められるままにアプリケーションをセットアップしたその日の夜。俺は二人の会話を聞いた。
正直なところ。二人が何を話していたのか詳しくは覚えていない。多分,覚えようともしていなかったのだろう。どうにか概要が浮かぶか浮かばないか。そんな感じ。
家にマイクのない俺は,その会話をただただ聞いていた。それはもう,半ばどころではなく盗聴者そのものだったようにも思う。
ただ悪意はなかったし,良心が痛むようなこともなかった。
その会話で俺は何を思い,何を感じ取ったのだろう。
確たる事実として残ったのは,その翌日俺がマイクを買いに走ったというそれだけだ。
”どうして俺は?”
その問いに俺自身が理由をつけるとしよう。
簡潔に。かつ明確に。その問いに答えられる言葉を,俺は今一つしか知らない。
”暇だから”
ただ,それだけのこと。
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――そして。それは。唐突に起きる。
「掛井,掛井。呪いのHPって知ってる?」
「呪いのHP? え,何それ」
”呪いのHP”という単語に興味を引かれたのだろうか。俺の意識は急速に二人の会話へと飛んだ。
「何か,そこの音楽があって,相当気味悪いらしいんだけど,三分間聞き続けると死ぬんだって」
よくある都市伝説というやつか。何しろここはネットの上。そんな話がいくら飛び交っていようが,別に不思議でも何でもない。むしろそういう話が全くないと聞かされる方が,不思議でたまらなくなるだろう。
「とりあえずさ,見てみるから。どこ,それ?」
「確か,呪いのHPで検索すれば出るはず」
掛井は別に信じてはいないのだろう。もちろん俺も信じようとも思わない。そんな現象が起きると言うこと自体あり得ないと思うし,出所も怪しい。
初めに聞いた本人が死んだのだとすれば,誰がその話を伝えるというのだろう。もし初めの一人が死んでいなかったとしても,それはすなわち話が嘘であるということの証明にしかならない。
「なんか,出ないんだけど」
俺がどうでもいいことを考えているうちに,掛井は検索作業を終えたようだ。出ないということは存在自体が嘘だったのか。まぁそういうことも珍しくないと思う。
だが叶は言う。
「え,嘘。出るって。今検索したけど出てるし」
「何でだろ。じゃあいいや。アドレス出して」
沈黙。そして数秒の間をおいて音声が戻る。
「……何か怖いし嫌なんだけど」
あぁ,なるほど。つまり叶は,その話を鵜呑みとまでは行かないにせよ信じているわけだ。一度見てそれで渋っているのかもしれない。
「けど,叶。それだと俺見れない」
掛井は見たいらしい。それはそうだ。相手から振られた話。見る手段も目の前にある。となれば,一度興味を持ってしまった以上引き下がるのは惜しいだろう。
「――じゃあ俺が検索する。それで出たらアドレス出すって事で」
気がつけば俺はそう口に出していた。
理由? そんなものは皆無に限りなく等しい。あえて言うならば,
”暇だから”
俺にとって行動理由なんてものはそれ以上でもそれ以下でもない。だってそれで十分だろう?
「あ,じゃあコウお願い」
俺――湯月コウ――の思いなど知る由もなく。掛井が依頼の言葉を放つ。
思えば。ここが臨界点。限界点。引き返せる最終地点だったのかもしれない。
だけれど,このときの俺はそれを知らない。仕方がないことだ。シナリオを先読みすることは禁忌なのだから。
意志のようで流れるまま。偶然のようで流されるまま。そうやって終焉への道筋を歩む。
……そこまで俺は知っている。理解している。
それでも結末を変えようとは思わないし,その結末がそれほど悪いものだとも思わない。
何せ”暇”なのだ。悲観するよりも,暇つぶしを与えてくれた誰かに感謝するべきだろう。そう思う。
いや,まぁ,そう思うこと自体が,シナリオ通りなのだとしても。 <続>