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南英世の 「くろねこ日記」

法服の王国


 毎年、夏休み前になると「今年の夏休みには何をしよう」と計画を立てる。今年は、第一に心臓の手術、第二に今年度末までのテスト問題を作る(6種類)、第三に、これまで書き溜めたブログのうちめぼしいものをホームページの「私のエッセー」にアップする、の三つを掲げた。そのほか、目標ではなかったものの『法服の王国』を読んだことも、今年の夏休みの大きな収穫となったような気がする。

『報復の王国』は1960年代から2011年(東日本大震災)までの裁判所の内部事情を描いた作品である。小説という形式をとっているが、実名部分はすべて、仮名部分も8~9割が事実に基づいて書かれているといわれる。登場する訴訟は、長沼ナイキ基地訴訟、尊属殺人事件、津地鎮祭訴訟、イタイイタイ病訴訟、伊方原発訴訟、白鳥決定、ロッキード事件、鬼頭四郎偽電話事件、スリーマイル島事故、安川輝夫事件、谷合克之事件、大東水害訴訟、大阪空港公害訴訟、チェルノブイリ、有責配偶者からの離婚請求、スモン訴訟、御巣鷹山日航ジャンボ事件、住基ネット訴訟、北陸電力志賀原発訴訟などなど、戦後50年間に起きたさまざまな訴訟である。

物語は4人の登場人物を中心に展開される。「人権派弁護士」「現場一筋で歩む裁判官」「司法官僚として出世する裁判官」そして、戦後の司法行政に大きな足跡を残した「矢口洪一元最高裁長官(小説では弓削晃太郎となっている)」の4人である。



今まで、授業をやりながら「裁判所というのは、なぜ上級審になるほど行政寄りになるのか?」という疑問を持っていた。それが、この小説の中では弓削晃太郎などの言葉を通して見事に描き出されている。

「大審院時代から裁判官をやっている人は、行政権力に対する従属意識が強い。大審院は、現在の最高裁判所に比べると、地位は格段に低く、違憲立法審査権、司法行政監督権、規則制定権なども持っておらず、行政に従属していた。平賀所長のように、この時代から裁判官をやっている人々は、考え方が行政よりである」

「裁判所の職員数は全国で2万5千人」「三権分立で、国会や政府と対等だといっても、しょせん我々は小さい役所にすぎん」「原発は自衛隊に匹敵する国策で、負けると大変なことになる」「最高裁としては、国策に反する判決が出て、自民党から風圧を受けるようなことは避けたい」

「最高裁は下級審と違って、単なる法律解釈をやっておればすむ場所ではない。最高裁が扱う憲法というのは政治的な法であり、憲法事件を扱う以上、政治問題との対峙は避けられない。その判断が一定の政策形成機能を持つことも当然である」「事実認定と条文解釈をして、判決を書いて、『ここまでが俺の仕事だ。あとは知らん』でいいはずがない。自民党との関係もある」

「日米安保条約や自衛隊の違憲判決を出せば、自民党だけではなく、アメリカも敵に回すことになる」「戦後、三権分立になったとはいっても、裁判所にそこまでの力はない」

「三権分立は、憲法の条文に書かれただけで実現するような生易しいものじゃなく、行政府、立法府との権力闘争で勝ち取っていかなくてはならない」


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 現在の司法人事は、最高裁長官の指名権は内閣にある。そして、最高裁長官が実質的に14人の最高裁の裁判官を指名し、内閣が任命する。実際、このシステムの下で最高裁判事の顔ぶれは、「佐藤栄作首相と石田和外最高裁長官のコンビの策動で次々とタカ派ないしは保守派の人物に入れ替えられていった」。その結果として、青法協会員などの弾圧、宮本康昭裁判官の再任拒否、阪口徳雄修習生の罷免、などが起きた。また、国策に反する判決文を書いた裁判官は左遷され、最高裁の意向を忖度した裁判官は出世した。裁判官の多くは権力に弱い役人であり、最高裁は人事をてこに下級裁判所を強力に指導したのである。『法服の王国』は『報復の王国』でもあったのだ。

この作品はもともとは産経新聞に連載されたというからちょっと意外である。産経新聞もなかなかやるではないか。小説としては決して面白い読み物ではないが、内容的にはすっごく勉強になった。

小説を読んでいて唯一の救いだったのは、平成の司法制度改革(会長は佐藤幸治京都大学教授)によって、下級裁判所の裁判官に対する人事評価の透明性と客観性が提言されたことである。とはいっても、裁判官にはいまだにかつての弾圧のトラウマが残っているようにも思われる。
安倍総理は以前「私は立法府の長でもあります」という失言(本音?)をいったことがある。今度は、「内閣は司法権の長を指名する権限を憲法で認められており、したがって私は司法権の長でもあります」などと言い出さないかと心配している。
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