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南英世の 「くろねこ日記」

財政政策に対する考え方の変化


 白川方明前日銀総裁(任期2008年~2013年)の著書『中央銀行』を読んだ。自身の軌跡をたどり、中央銀行の本質を再考した全758ページにおよぶ大作である。日銀の独立性の問題、統合政府という概念、非伝統的な金融政策の評価など、慎重な言い回しながら有益な記述が随所に見られた。

興味深かったのは、財政政策に対する考え方が、この30年ほどの間に変化してきたというくだりである。
バブルが崩壊して29年。
崩壊直後は伝統的なケインズ的財政政策が採用された。
しかし、2000年代以降はケインズ的な財政政策を本格的に採用することは少なくなっていったという。
理由は二つある。
第一に、財政赤字が巨額に上り、ケインズ的な財政政策を許さないほど厳しくなったことである。
第二に、財政政策の乗数効果が小さいという実証研究などから、経済学界の考え方が変化したことである。

その結果、マクロ経済の安定化はもっぱら金融政策の役割とされるようになった。
とくに安倍政権が誕生した2012年以降は、日銀総裁を白から黒にすげ替え、金融緩和政策を実行し、ついには非伝統的な金融政策を推し進めるまでになった。

では、非伝統的な金融政策の効果はどうだったのだろうか?
白川は、「非伝統的金融政策が実体経済に与えた効果はかなり限定的であった」と述べる(p606)。
さらに、「非伝統的金融政策の効果とコストのうち、コストや副作用は時間をかけて顕在化する」とも述べている。

黒田総裁をはじめリフレ派と呼ばれる人たちは、2%のインフレを引き起こし、現金を持っていると損をする状況を作り出し、それにより消費と投資を増加させようとした。ところが、インフレは生ぜず、いくら買いオペをやっても日銀の当座預金に「ブタ積み」されるばかりで、その金額は427兆円(2020年6月)に達している。

業を煮やしてマイナス金利という課徴金を課してみたものの、銀行の収益を圧迫するばかりで、ブタ積みされた預金は一向に減らない。日銀はマネタリーベース(現金+日銀当座預金)は操作できても、マネー・ストックまでは操作できないことをくしくも実証した形である。

白川はこの後副作用がどういう形で表れてくるのかまでは言及していない。日本経済はフロントガラスが曇ったまま自動車が前に突き進んでいく姿に似ている。さて、この後どうなるのか。経済は最高に面白いドラマである。
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