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カナダ・エクスプレス

多倫多(トロント)在住の癌の基礎研究を専門にする科学者の自由時間ブログです。

リプリント・リクエスト

2013年02月20日 | サイエンス
私が始めて書いた論文に対して異国の科学者からハガキがきて、論文のコピーを送って欲しいと依頼された。その時の私の心の高鳴りを今でも忘れられない。郵送されてくるリプリントリクエストの国際郵便を毎日楽しみにしていたのは、私だけではないはずだ。中には100通を超えるハガキが届いた論文もあった。一つ一つ丁寧に別刷を郵送したのを記憶する。楽しい時代だった。のんびりした時代だった。もう三十数年も前の話である。

今はもう滅多にハガキでリプリントリクエストが来ることはなくなった。電子メールでたまにリクエストが来るが、それらはどれも開発途上国の科学者からのものだ。もちろんPDFファイルで依頼のあった論文を提供している。

米化学会誌につい最近発表した論文に対してアメリカの科学者からリプリントリクエストをメールでいただいた。何でもSupplemental Materialsが見たいのだが雑誌のサイトからダウンロードできなかったらしい。こういうことでもない限り、リプリントリクエストは本当に少なくなった。ほとんどの科学者が自分の見たい論文が瞬時に入手できるようになったからだ。図書館にもいかなくて良くなってしまった。

便利な時代になったものだ。昔は往復で最低でも2-3週間はかかっていたリプリントが、今ではワンクリックでコンピュータ上で見られるのである。

今では何でもないことだが、あの頃のことを思い出すと、時代の流れの速さにつくづくと驚かされるのである。

山中伸弥京大教授 祝ノーベル賞受賞

2012年10月08日 | サイエンス
iPS細胞の開発で著名な山中伸弥博士がノーベル賞医学生理学賞に決まりました。心からお祝い申し上げます。

該当論文が発表されてから6年ほどの最短受賞だそうです。もちろんそれ以前からの研究の積み重ねがあってのことと思います。

日本にはまだたくさん候補者がいらっしゃいます。何人か個人的にも存じ上げています。今後も期待できます。

山中教授の受賞で、若い人たちの中から科学を目指す人が増えることを願ってやみません。

Faculty Retreat

2012年05月17日 | サイエンス
私が所属するオンタリオ癌研究所のレトリートで、昨日からHuntsvilleにあるDeerhurst Resortに来ています。トロントから約3時間のドライブですが、トロントに比べると肌寒いほどの気温です。

早朝起きて、霧の中ホテルのゴルフコースを散歩しました。霧の中のグリーンがとてもきれいで、この風景をみていると私にはある音楽が流れてきます。

それはルイ・アームストロングの「What a wonderful life」です。ゴルフコースには湖があり、その岸辺でGooseの親子が楽しそうに早朝の静けさを楽しんでいました。




Steve Jobs氏逝く

2011年10月05日 | サイエンス
Appleの創業者の一人、Steve Jobs氏が亡くなった。享年56歳。膵臓がんだった。

彼の功績をたたえるメディアの文句は、Innovative, Visionaryだ。自宅のガレージでAppleという小さな会社を立ち上げてから三十数年の間に、彼は革命的なデバイスを、次々に我々の手元に届けてくれた。私もAppleの製品はこれまで多く愛用した。今は、iPAD2に夢中になっている一人である。

既存の製品にとらわれることなく、どんどん新しい製品を作り上げていく。そして、全世界が彼のアイデアに夢中になり、新しい文化を作り上げていく。インターネット時代の凄まじい進歩において、彼の功績は大きい。Appleは世界中で一番資産的価値の高い会社になった。Jobs氏の牽引力のもたらした力は計り知れない。

日本にもこういう人物がいた。ソニーの創設者の一人、井深大氏である。彼もアイデアマンであり、技術力を持った努力家であった。ソニーがトランジスタで成功して、井深氏は社長となり、よくニューヨークへ出張に出かけた。その飛行機の中で、手軽に音楽を楽しみたいという彼の発想が、初代ウォークマンを生んだというのは今では神話のようになっている。

Jobs氏にしろ、井深氏にしろ、いつも社会が何を求めているかをよく考え、即実行に移し、細部まで徹底してこだわりぬく。そういう姿勢と努力が、いいものを生むのだと思う。Appleがここ数年の間に打ち出してきた、iPOD, iPhone, iPADの製品の中に流れる画期的でかつ実用的な思想、今後、Appleがそれを継続して生み出していくことができるのか、またソニーがそれらを超える、新しいアイデアの製品を世に送り出すことができるのか、注目したい。

すべては、人である。一個人の頭の中から始まることである。そういう逸材の出現を期待したい。

最後に、Jobs氏のご冥福をお祈りする。

コンフェランスで札幌へ

2011年09月29日 | サイエンス
今、札幌に来ています。北大医学部Furate Hallで行われているコンフェランスに来ています。初日の今日は、ノーベル化学賞を昨年受賞された鈴木章先生の講演がありました。北大理学部を卒業されて、工学部で研究・教育をされました。残念ながら私は学部が違ったので、直接講義を聴いたことはありませんでした。今日、はじめて講演を拝聴しました。やはり長い研究の重みがあり、とてもいい話しでした。

明日は9時から私の講演です。今晩はレセプションのあと、また講演の準備をせねばなりません。知り合いにたくさん会えて、大変有意義でなおかつ楽しい時間を過ごしています。

何回訪れても、札幌はいい街です。北大のキャンパスも、30年以上経った今でも、色あせていません。私は、これまで世界中の大学をいろいろ訪れましたが、北大のキャンパスはどこにも見劣りがしません。素晴らしい環境です。ここで大学生活を送れたことを誇りに思います。

Muskokaで会議

2011年05月20日 | サイエンス
水曜から金曜まで開催された研究所のレトリートでMuskohaに行っていました。正確には、HuntsvilleにあるDeerhurst Resortに二泊滞在しました。ここは、昨年G8が開催されたリゾートです。

あいにくの雨模様でしたが、会議は朝から夜まであるので、特にどうということはありません。二日目の昼食後に二時間ほどフリータイムがあり、湖のまわりにあるゴルフコースを散歩しました。今朝も朝食の前に、霧の中を45分ほど歩きました。きれいな空気を一杯吸って、気持ちのいい散歩ができました。

写真は、Muskokaの中心Huntsvilleに入る手前の、休憩をかねて少し立ち寄った場所で取った写真です。このあたりは、湖と森、そして川がとてもきれいです。いたるところにプライベートコッテージがあります。トロントの富裕層の多くはMuskokaにセカンドハウスを持っていますが、Huntsvilleは中でも人気のあるエリアです。

Stem Cellの発見から50年

2011年02月01日 | サイエンス
日本では日本海側で大雪が降ったようですが、こちらトロント地方も今夜から明日にかけて、25-30cmの雪になるという予報です。また道路が混乱するでしょうから、明日は大変です。

今日は、私の所属するオンタリオ癌研究所の大先輩にあたるErnest McCullochJim Till両博士が、今脚光を浴びているStem Cell(幹細胞)の存在を骨髄細胞を使って初めて明らかにし、その第一報をRadiation Research誌に発表した日から数えて50年目にあたる記念すべき日でした。研究所では、それを記念して盛大に記念式典が行われました。

両博士の科学に対する情熱はそれはすごいものでした。医者であり研究者であったMcCulloch氏と物理学出身のTill氏の間で繰り広げられた活発な共同研究がその成果を生み出しました。今日は、60-80年代の両氏をよく知る人々がその様子を語ってくれました。私は90年以降の晩年のお二人しか知りませんが、両博士ともとても気さくで話好きな方でした。Till博士とはカーリング仲間でもありました。今はもうやっていませんが、素晴らしいショットを見せていただきました。

大変残念だったのは、出席を予定していたMcCulloch博士がこの式典を待たずして、先週1月20日に他界されたことです。享年84歳。謹んでご冥福を祈りします。

お二人の記念すべき論文発表50周年を祝って、乾杯!

帰国の途へ

2010年10月24日 | サイエンス
ソウルから南へ約2時間のところにあるCheongju(清洲)あった学会を終えて、またソウル大学のゲストハウスに戻ってきました。午前中にソウル大学でセミナーをして、夕方の便でトロントへ戻ります。

一週間の韓国滞在で、またこの国に対する理解を少しだけ深めることができました。日本人のルーツを考える上で、朝鮮半島の歴史、民族、文化を知ることは大変意味深いことです。

さあ、また長い飛行機の旅です。

スエーデンで学位審査

2010年09月10日 | サイエンス
ワルシャワの会議を終えて、今日(金曜)はスエーデンのルンド大学へやってきました。

ここの大学の旧知の友人から頼まれたのですが、博士号の学位審査の外部審査員の役目を果たしにやってきました。

スエーデンの学位審査のやり方は、カナダやアメリカの大学のやり方とかなり違って、外部審査員は大きな任務を授かります。どういうことかと、まず彼らは私のことを「Opponent(反対者)」と呼びます。英語でそのまな理解すると、ぎょっとしますが、これは歴史的な呼び方で、現在ではそれほど反対者としての発言はなされないようです。

朝10時から始まった審査は公開で、会場のレクチャールームにはPhD候補者M君の友人や家族親戚が彼の晴れ姿を見にやってきています。

そんな中で、まずOppnentである私が演台に呼ばれ、M君の研究内容の意義について約20分ほど話します。そして、今度は本人が約20分ほど自分の研究を紹介します。そして、今度はM君と私が観衆の前で机を隔てて向かいあい、質疑応答を行います。これがなんと1時間ほど続きます。

そのあと、外の審査員4名が簡単な質問を行い、最後に観衆の質問があるかどうか、Chairmanが尋ねます。すると、驚いたことに、一人の学生(M君の後輩)が手を上げて、この機会にM君に見せたいものがあるが、それをしてもいいかどうか、Chairmanに尋ねます。すぐにOKがでると、この学生外数名が演台に上がり、PowerPointの準備を始めました。そして、Movieをまじえて、M君の大学院生活の裏の一面を皆に披露して、喝采をあびます。

すべての公開行事が終了すると(すでに1時近く!)、今度は審査員は別室に移り、審査結果を議論、私がまず発言を求められます。M君は業績も著しく、大変うまく審査をこなしたので、まったく問題なくパスでした。

そして、その後昼食を含めたレセプションで50名ほどの人々が来ていました。なんと、ランチは寿司のケータリング(!)でした。外部審査委員ではるばるやってきた私への配慮もあってのことでしょう。楽しく皆さんと歓談して、すべての行事を終了しました。

準備が少し大変でしたが、無事役目を終えて、M君が卒業できてほっとしました。たのしくて、有意義な経験をさせてもらいました。各地の学位審査に呼ばれますが、このスエーデンのやり方は、とても興味深く、貴重な経験となりました。

さあ、明日は帰宅です!


コンペティション

2010年08月14日 | サイエンス
十数年会っていなかった友人が突然たずねてきてくれた。

今はワシントン大学の教授であるが、わたしと彼女(Kさん)が知り合ったのは、互いに学位をめざして奮闘していたころで、三十余年の歳月が過ぎてしまった。とはいっても、当初互いに互いの存在を知っていたのは論文上のことである。Kさんは当時オックスフォード、私は札幌で研究をしていた。

Kさんと私の学位論文のテーマは、まったく同じだったのである。どちらも、「NMRによるカルモデュリンの構造解析」というテーマで必死に論文を出そうとしていた。Kさんの論文はEJBに出版され、私の方はBiochemistryに出たが、何報も同じような結果と結論で、当時実に息をのむような壮絶な緊迫感があったのを覚えている。

80年半ばに札幌でY教授がシンポジウムを開催されたとき、Kさんも参加したので、そのとき私は初めてKさんに出会うことになった。お互いに最新データのことはあまり議論したようには記憶していないが、ススキノのラーメン横丁に他の招待者たちといった記憶がはっきりと残っている。

当時のKさんと私は当然お互いに敵対意識を持たざるをえなかったが、お互いに学位をとり、ポスドクをやって、さらにサイエンティストとして独立するころには、そういう気持ちは私には少なくともなくなっていた。むしろ話のわかるいい旧友というような気持ちを私はもっていた。

とはいうものも、その後交流する機会も少なく、長らく疎遠でいた。一度だけ20年近く前に、私はKさんのいるワシントン大に招待されてセミナーをしたことがある。それ以来になるかもしれない。

そのK教授が、私をたずねてくれた。お互いに涙がでそうなほど懐かしかった。話すことが山ほどあった。札幌のシンポジウムの話をした。カルモデュリンの話をした。「トリメチルライシンが115番で、プロトンのシフトは3.11ppm」というようなことが、お互いの口からすらすらと出てくる。そして、互いに合槌を打つ。

なんという素晴らしいことだろう。時空を超えて、30年前に二人が別々にやっていたことが、一気によみがえる。同じ言葉で語り合える。また、サイエンスを通して旧友と心を通わすことができて、ほんとうに嬉しかった。

北海道大学F教授退任祝賀会

2010年03月20日 | サイエンス
今週は札幌に来ています。昨日はA先生とK先生と一緒に、サイエンスに関する様々なデュスカッションを交換し、夕食もご一緒しました。大変楽しいひと時を過ごすことができました。

今日は、たくさんの知り合いとともに北海道大学F教授の最終講義に参加しました。F教授が三十年以上に渡って積み上げてこられた研究成果の集大成のお話を興味深く拝聴しました。

祝賀会も大変盛況で多くの参加者とともに旧交を温め、F教授の暖かい人柄がよくわかるいい会でした。

北大の定年は63歳です。大学によって若干の差はありますが、現在日本の国立大学の定年年齢は63-65歳です。

F教授のように現在もアクティブに研究されている方には63歳はちょっと早すぎる定年です。幸いグラントを確保されているF教授は今後も特任教授として同大学で研究を続けられるそうです。一昔前には考えられなかった処置で歓迎すべきです。

カナダの場合、大学の定年制はつい最近まで存在しましたが、多くの大学でその義務制を取り払う制度が発効し、トロント大学でも今は教授の定年制はありません。

しかしながら、これはグラントのサポートがあり、研究活動が顕著である場合にのみ可能なのであって、単なる定年制排除ということではありません。当然のことだと思います。

F教授のご研究の益々の発展を願っています。

グラント、そしてまたグラント

2010年03月03日 | サイエンス
このところ、ちょっとブログをさぼっていました。オリンピック観戦で忙しかった、と言いたいところですが、グラントの締め切りが次から次へとあって、四苦八苦しています。まだ、二つ残っています。今週中に仕上げなければなりません。

バンクーバーオリンピックですが、カナダではご存知の通り大変盛り上がっていました。最終日にアイスホッケーで金メダルを取った時が、絶頂だったとおもいます。そして閉会式。これも盛り上がったようです。

私は男子カーリングのケビン・マーチンの最終ゲームを観戦したぐらいです。見事な勝利でした。安心感がありました。

あっとそれから、女子のフィギュアスケートは見ました。ユナちゃんと真央ちゃん、この二人は抜きん出ていました。素晴らしい演技でした。

さあ、グラントを仕上げないとなりません。ブログで一息つけることが、私の何よりの息抜きです。さあ、がんばるぞ!

分子生物学から人類学へ

2010年01月09日 | サイエンス
最近読んだ本にSpencer Wellsの「Deep Ancestry - in side the genographic project」というのがある。高速DNAシークエンシングの技術を用いて、人類がどのように多種多様な「民族」に分かれていったのかを解明しようというプロジェクトのお話しである。

私は以前から、分子生物学が生物の起源、さらには人類の進化、さらには各民族の歴史や文化の背景にまでつながっていると信じている。それを解き明かすことができたら、どんなに面白いかと考えている。そういうわけで、DNAの配列から人類の系統樹を作ろうとするこの膨大なプロジェクトには、私も大いに興味を持っている。

まだまだデータの蓄積が必要なようではあるが、いつかきっと意外な真事実が科学的根拠を持って明らかにされる時が来ると思う。

同様に、DNAシークエンシング技術の目ざましい高速化によって、癌をはじめとする遺伝子病の発現形態と多数の遺伝子変異のコンビネーションの関係が、ある程度説明がつく日が遠からず来るようだ。そして、診断にも応用される日がいつか来ることだろう。

そんなエキサイティングな時代に我々は生かされているのである。科学をやりながら、つくづく自然の不思議、素晴らしさ、面白さに感動するのである。

京都国際会館にて

2009年09月23日 | サイエンス
月曜日から始まった国際会議出席のため、京都宝ヶ池にある国際会議場に来ています。ここは北山に近く緑が多くて、京都市内にくらべてちょっと気温が低いような気がします。

一日中興味深い講演や活発なディスカッションに参加できて、大変楽しい有意義な時間を過ごしています。細胞生物学の学会ですので、私の専門とは少し離れますが、異分野の最先端の仕事を勉強することは大変参考になりますし、刺激になります。また、新しいアイデアや研究方針を決めていくのに、きわめて重要です。

会議場の隣にあるホテルでの滞在も快適です。毎朝、朝食バイキングを食べ過ぎてしまうのが、気がかりです。時差ぼけの朝は、お腹がすいています。明日の朝は、ちょっとひかえよ~、っと!

またもやグラントシーズン!

2009年09月03日 | サイエンス
短かった夏が終焉を向かえ、9月になってしまいました。バックヤードから見えるカナディアンメープルの木々に少しだけ赤みがかかった部分が見え始めました。

秋ももうすぐそこという感じですが、グラントのシーズンが始まります。昨日一つを書き終え無事投稿しました。9月15日がデッドラインのグラントがあります。そして、10月15日までにもう一つ。何とかせねばなりません。

と同時に、論文も投稿しないと実績を証明できないので、そちらも早く片付けなければなりません。こういうあくせくとした状況は私だけではないとは思いますが、サイエンスも競争の世界で、それに何とか勝ち残っていかないと仕事が前に進みません。

予算がなければ、研究ができない。研究成果を出さなければ予算をとれない。サイエンスの世界も現実は厳しいのです。なすべきは、前進あるのみ!毎日の努力の積み重ねしか他に回答はありません。少なくとも私がこれまでやってきて出した答えです。

前進しても、前進してもやることはまだまだたくさんあります。だから面白い!私は将棋の升田幸三名人の言葉が好きです。

「たどりきていまだ山麓。」

名人になっても、まだまだ修行が足りない、学ぶべきこと、磨くべきことが山ほどあると思われての言葉だと思います。当時向かうところに敵なしだった升田名人をして言わしめたこの言葉には、実に感銘深いものがあります。