1月29日(土)名古屋市内のセレモニーホールで開かれた「田辺治さんのお別れの会」に行ってきました。
田辺 治さんは、昨年9月にネパールヒマラヤ タウラギリに登坂中、雪崩に巻き込まれ、消息を絶たれました。
個人的には、ある年の正月、北八ヶ岳の山小屋で一晩ご一緒し、ご自分の登山の経験を楽しく語っていただきました。
このとき、とてつもない山をいくつも登っておられるのにもかかわらず、優しく謙虚で、そして細かな気を遣われる方という印象を受けました。
また、偶然友人に従兄弟の方が居られたり、一緒に雪崩に巻き込まれた方が、友人の先輩であったり、世間の狭さを感じました。
会場は満席状態。故人を偲んで多くの人たちが集まっていました。
事故報告の時に見せていただいた雪崩の画像は、想像と全く違う物で、「雪」ではなく、「氷塊」でした。
これではさすがに、助からないと感じました。
関係された山岳会の方々からのお別れの言葉。
今後誰も達成できないような記録と、今回の事故まで一度として事故がなかったことが述べられ、慎重かつ大胆な田辺さんらしくない今回の山行でなぜ、事故に遭ってしまったのか、悔しがられるような言葉が綴られていました。
その後に献花。
全ての人が献花を終えるまで20分以上のの時間が必要でした。
最後にご両親からの謝辞で会は閉められました。
私が登っていたような国内の夏山とは違う世界で生きられた方でしたが、わずか一晩ともに過ごしただけで、山に生きる人はこうあるべきと感じられる方でした。
山とは虚飾が認められない世界です。
それでも、時にして人の生命を簡単に奪ってしまうのです。
今私たちが生きている社会も、いくら嘘で着飾っていても、いつかは暴かれ、突き落とされる物と思います。
最後の最後は、真実のみが全て。山の世界と通じるものでしょう。
心から、田辺 治さんと、同じ雪崩で亡くなられた2名の登山家の方の冥福をお祈りします。