私が、ここ数年来、仕事の楽しさや面白さを感じつつ、仕事というものに前向きに関わってこられたのは、ひとえにKさんとの出会いがあったからこそでした。ですから、私の新職場への異動が確定した時、一つの時代の、確実で決定的な終焉をひしひしと実感したものでした。Kさんとの時間を共有できない以上、もう二度と再びKさんと過ごした時間と同質の時間を体験することは出来ないということ・心躍る煌く時間は過去のものになってしまったことを知りました。Kさんは、一見、さっぱりとしていて物事にこだわらない人に見えますが、実はナイーブで、意外に傷つきやすく、臆病でさえある一面があることを知るエピソードも、共に仕事を進める中で体験したものでした。そのKさんから、お餞別に、私のネーム入りのタオルと共に、(Kさんはタオルと石が大好きなのです。)「これからもよろしく!」の短くはないメッセージをもらった時は、その意外性にとても驚きました。クールでバリバリと仕事をこなすKさんですが、私的には、人に対して、そこまで積極的で意志的な行動を取る方ではないと思っていましたので、そんな一面があるとは考えてみたこともなかったからです。職場の異動と共に、私たちの個人的な関係も終わると思っていたからでした。けれど、その後、スッカリその気になった私が、近況報告のメールを送っても、相変わらず、仕事に追われているKさんから返事が来るのは数ヶ月も経ってからのことになるので、私は、Kさんには、私との関わりを継続させる意思は本当はないのだと考えるようになっていました。ところが、たまたまある仕事を通して再会してみると、Kさんに、他意はないことがとても良く分かりました。それが、Kさんという人の持ち味だということを理解できたのです。「私は、お返事は出せないと思うけれど、たとえ数行でもいいから、時々はメールを欲しい。」と言われました。私は、人間関係は基本的には、ギブ&テイクが最良だと思っていますので、(与えるだけや貰うだけの関係は偏った関係だと思っているからです。)本来ならば、「変な言い分!」と憤慨してしまうと思うのですが、何故か、もはや、Kさんとの関係をそういうふうには考えていませんでした。今度、私からメールを送るときは、もう返事を期待することなく、送ることが出来ると思えました。話しは変わりますが、最近、タレントの(?)山口もえさんと結婚した尾関茂雄氏が「お気楽、極楽日記」という、氏のブログの中で、「結婚することは一生ないかなと思っていたのですが、彼女はいつも私の価値観をブレークスルーしてくれます。こんな不完全で、できそこないの私を許し、認めてくれる相手とご縁があったことに感謝しております。もえさん、いつもありがとう。~中略~私自身、エゴが強く、人一倍傷つきたくないゆえに、表面的な付き合いが得意でした。深いところまで付き合うのを恐れていました。~中略~そんな小さい私に、愛の気付きを与えてくれて成長させてくれる相手がパートナーになってくれたことに感謝しております。」と、もえさんに対する素直で正直な気持ちを謙虚に、率直に書かれています。私も含め、人はいたずらに傷つくことはとても怖いので、一般的には、表面的で社交辞令的な関わりに終始しがちですが、私はそれは、もったいないことだと考えるようになりました。例え、傷ついても、相手が、私に愛をくれる人である可能性がある限りは、縁を繋ぎ止めるためにも、私の方から、相手の懐に入っていく姿勢を保持していきたいと思うようにようになったのです。だから、Kさんに対しても、表面的な見返りを求める気持ちは、あの日以来、一切持たなくなったったのです。そして、それは、Kさんに限ったことではありません。私が大事だと思うすべての人に対して、同様の思いを抱くようにもなったのです。
★「お気楽、極楽日記」

★「お気楽、極楽日記」


