ストロングビルで語りあう。

2007-09-02 13:31:49 | ・お気に入り空間・街並み
玄関正面アーチの両側にニッチ(壁龕・へきがん)と呼ばれる凹状の窪みがあるのですが、ここをアーチではなく直線的なデザインにアレンジしているのは窓との調和や全体のリズム、バランスなどを矢部さんは考慮したのではないかと思います。三連アーチにしてしまうとうるさすぎます。外観ではここがまず一番の顔ですからスマートでないと。

私がメジャーでニッチの寸法を測ろうとしていたら、隣から女性が声をかけてくださった。私も「ここちょっと奥にすぼまってますよね」などと言って、お話しながらその後もご一緒して内部の至る所を見て回りました。途中でもうひとり女性も加わって三人でアレコレ話しながら楽しく見学しました。一人では気づかなかったり見逃してしまいがちなことも、三人寄れば文殊の知恵のごとくひらめき冴えて何かに気づきます。それがその場の見学の楽しいところです。美術館内ではそういうわけにはいかないので、建築系特典のお楽しみだといえます。

別れ際に今日はどちらから来たかという話になって、おひとりの方は地元横浜だと、私は東京ですと答えました。そして、最初に声をかけてくださったもうおひとりの方は、なんと栃木からとおっしゃるので、「ええっーとちぎぃですかー」と感嘆の声をあげてしまいました。わざわざこのストロングビルをみるために遠くから足を運んでいらしたとはビックリしましたが、その情熱はもちろん理解できます。ご一緒にストロングビルの最後を味わうことができて、とても有意義で楽しかったです。これも矢部又吉さんが仕組んでくださったのかな、なんて思ったりもします。

ストロングビル

2007-09-02 00:55:41 | ・大好き☆建築あれこれ
大桟橋通り側のストロングビのファサードは窓がリズミカルに並んで、ほとんどシンメトリーです。縦長の上げ下げ窓はアルミではなくスチールサッシがシャープでエレガントに感じます。

ストロングビルのお別れ見学会にはたくさんの方が詰めかけていて少々驚きました。短時間ではありましたが横浜国立大学教授の吉田鋼市先生の解説も伺えました。私も矢部又吉さんについては最近少しお近づきになれた気がしていて喜んでいます。この建物は設計者の矢部さんが亡くなる3年前という最晩年のもので、みなぎる情熱と言うよりは、もしかしたら静かな心境で取り組んだのかもしれません。ビル全体はどちらかというとクラシカルな感じにシンプルに仕上げているふうです。

矢部さんは横浜で育ち、工学院大学を出て私費でドイツ留学したそうです。吉田先生に質問して伺ったら、妻木頼黄にはかわいがられていたそうです。追っかけてドイツに行ったのかなぁ。なんて想像します。ふたりを結びつける接点をもっと知りたいです。旧横浜正金銀行と旧川崎銀行横浜支店、ふたりの建物がどんな形であれ現在も並んでいるのを眼にするのはやはりうれしいことです。

五年前に亡くなった建築家の内井昭蔵氏の父上は矢部又吉の事務所でお勤めされていたということを知りました。内井さんの奥様がお見えになっていました。同じくご自身も早稲田大学の建築科のご出身だそうです。先日、内井さん設計の世田谷美術館に訪れたばかりなのでこれまたタイミングの良さに心が弾みました。

建築に関して学び味わうことのおもしろさは建物そのもののデザインや空間の美しさだけでなく、そこに関わる人々の魂を感じて、またそれが何かつながっていくような新しい発見にもあります。建物は突如そこに出来上がった単なる箱ではありません。そこにはいわば人間の浪漫があるのです。こちらからどんどん近づいていくと今まで知リ得なかった設計者である人物像も浮き彫りになって、ぐっと身近に感じられます。会えたような気持ちになります。胸がときめいて実に楽しいです。今回もこの見学会に参加できて本当によかったです。矢部又吉さんのこのストロングビルは壊されてしまい残念ですが、あなたのことをまたひとつ知ることができました。これからもよろしくお願いします、またお会いしましょうね。ありがとうございましたと伝えたいです。たぶん伝わっていると思います。

ストロングビル

2007-09-02 00:45:01 | ・大好き☆建築あれこれ
カメラ片手に大勢の方が別れを惜しんでいました。
この写真には、実は設計者である矢部又吉さんお孫さんも写っていらっしゃいます。私はその方のお姿をみてカンゲキしてしまいました。機会があればおじいさまのこと、何かエピソードをぜひお聞かせいただけたらと思います。私は又吉さんご夫妻のお若い頃の写真を見たことがあるのですが、とってもステキな雰囲気のお上品なお似合いのカップルでした。

横浜スタジアム

2007-09-02 00:33:58 | ・お気に入り空間・街並み
ストロングビルの屋上からちょっとおまけ、
向かいの横浜スタジアム試合中。
→試合結果→ 横浜×巨人戦=8対7 ベイスターズ勝利オメデトウ。

横浜公園内のこちらはもともと港崎町(みよさきちょう)と呼ばれ、
開国後、遊郭ができました。
外国人相手の゛岩鬼楼゛では、
喜遊さんという遊女の悲しいお話が伝えられています。
辞世の句まで残されているとか・・・。

屋上

2007-09-02 00:29:03 | ・大好き☆建築あれこれ
陸屋根です。フラットです。
屋上はもしかしたら何か活用していたのか、
一段高く舞台のようになっていました。

建物内に暖炉はないのですが煙突はあります。
地下にボイラーがあるらしいから、その関係なのかな。
煙突には目地を入れてわざと石造りに見せていたようです。

3階空間

2007-09-02 00:24:45 | ・お気に入り空間・街並み
3階の空間はこんな感じです。広々しています。
間取りは、壁を設けず融通性に富んだもの、
戦後に盛んに用いられる「コアプラン」の発想を
先取りしたものとみられる。
天井に高さがあります。
プロペラファンがありますが、これは後からつけたのでしょうか。

壁面には、ここに建てられるホテルの新しいビルと、
解体されてからその足下に復元されるストロングビルの
完成図パネルが貼られていました。

でもやはり、イメージだけ残すといった感じになるのではないでしょうか。

階段

2007-09-02 00:16:32 | ・お気に入り空間・街並み
美しい階段まわりです。
アーチのなかに小さなアーチがふたつ。
大きなアーチの隅の処理、凝ってます。
ここは内部では見所のひとつだと感じます。

ガラスの電灯はおそらく現代のものです。
かなり長い時間を重ねてきた建築物だから、
改装されていたり、手を加えられていたり、
当初のもともとのオリジナルかどうかを見極めるのはムズカシイです。