ケ時々ハレ・2

楽しむために、「晴れ」のために「褻」を生きてます。左脚も人工股関節にしました。右人工股関節はライト、左はエルといいます。

2012年7月27日(金) とても嬉しかったこと

2013-08-11 17:41:56 | 日々雑記
「ドリーミング」の中で生まれてくる前の子どもたちが、こんな歌を歌う。

何を持って行こうか?
何を着て行こうか?
やっぱり裸で行こう
夢だけ持って行こう

生まれるから待っててね
生まれるから愛してね
生まれるからパジャマをちょうだい

この歌、なぜか泣けるんだ。
これは単なる話の枕です。

私は職場のエレベーターホールや更衣室で1人になると、いつも何かしら歌ってる。
最近は「0655」の歌が多い。
特に「レタスレタス」が気に入ってる。

歌っていてふと思い出した。
34歳の若さで(35歳の誕生日の直前だった)、新婚1年目の友達が、1年間の闘病の末に亡くなった時、るこは思ったそうだ。

「死ぬ時は何も物は持って行けない。思い出しか持って行けない」と。

その、るこの言葉を思い出した。

そして私は、生きているうちにたくさん笑って楽しい思いをして、たくさん覚えた歌を持って行こうと思った。

いずれ死ぬ時が来たらね、という話なんだが、すごくいい思いつきだと思った。

それでTwitterやfacebookに書いた。

そしたら、すぐに電話がかかって来た。
ヒデトモだ!
(最初は純さんのワークショップで知り合った。今は東京コメディストアジェイのメンバーとしてプロの舞台に立っている。息子と同い年なので、思い入れがあって可愛いと思っている)

どうしたんだろう?

出たとたん

「KENちゃん!死んだらあかん!」

と言う。

「いずれは死ぬだろうけど、まだ死なないよ」
と言うと、facebookを読んで心配になって、こら電話せないかんと思ってくれたらしい。

誤解なのだが心配してくれたのがすごく嬉しい。

「あれ、すごく前向きな意味で書いたんだよ」
と言ったら
「いや、そうは読めんからフォローしといてくれ」
と言う。

「なんでそんなに心配してくれたの?」
と聞くと、
「娘ちゃんの日記読んだら、なんかKENちゃん、いろいろつらい思いしてるみたいだから」
と言う。

娘が何か、私のことを書いたのか。

タイミングよく、というか悪くというか、
私が
「死ぬ時には笑いと歌を持って行こう」
と書いたもんだから、今にも死にそうに読めてしまったらしい。

私は、ヒデトモの気持ちが嬉しくて、ありがたくて、じわじわしみじみしあわせになった。

帰宅した娘に、いったいどんなことを書いたのか聞いたら、しぶしぶ読ませてくれた。
(私と娘はマイミクだが、私は日記を読ませてもらえない)

すると、娘が私のために怒ってくれていることがわかった。
ものすごく怒っている。

私の脚を心配し、味方をしてくれているのだ。

これでまた、どんどん嬉しくなった。

大丈夫。
負けないから。
辞めないから。

さらに、なんだか今日はやたらにチャチュケのことを考えていた。
思わず泣き出すほどに。
なんなんだろうねーと思いつつお線香をあげる。

そうか。
今日はチャチュケの49日だった。

ぼくのことを考えて~と、チャチュケが言ってたのかもしれない。

本気で心配して慌ててくれる友達。
私を心配して怒ってくれる娘。

100人力だよ。
味方がいてくれるって本当に嬉しい。
チャチュケもきっとそばにいる。

今日は、そんないい日だったの。
おまけに明日の土曜日は休みだし、ジェイライブだ!

継続は力なり。
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