わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

英国で老いる日本人=町田幸彦

2008-03-17 | Weblog

 時折、英国で余生を送る日本人の方々にお会いすることがある。留学や仕事で英国に来て、そのまま生活の基盤がこの国にできた人たちだ。そして老いの現実も異郷でやってくる。

 1979年からロンドンで暮らす映画プロデューサー、吉崎道代さん(58)は昨年、在英高齢日本人支援組織を発足させた。団体名は、JCE(Japan Care for the Elderly)。現在、地元の老人ホームにいるか1人暮らしのお年寄りの日本人に和食弁当を持って訪れたり、1カ月ごとに日本語で気楽に話し合える小集会を開いている。

 「英国生活が長くても、英語を忘れていく人がいる。地元施設の中でなじもうとしてもままならない場合がある」。吉崎さんは、英国生活を続けながら健康問題だけでなく孤独感にさいなまれる日本人を癒やす場をつくろうとしている。JCE委員会のメンバー7人が中心になって日本人学生らボランティアの協力の輪を広げてきた。将来の目標は寄付金を集め、在英日本人のケアホーム(介護施設)を設立することだ。

 在英日本人は6万人に達した(在英日本大使館調べ)。そのうち約1万人が50歳以上とみられる。この地で英国籍を取得して暮らし続ける人もいる。

 かつては海外生活を夢見て渡航した若者たちが老齢を迎えるようになった。彼らに日本人の気分のままでくつろげる「終(つい)のすみか」があってもいい。

 JCEの問い合わせ先は、japancarefortheelderly@googlemail.com(欧州総局)




毎日新聞 2008年3月17日 東京朝刊


米国と北朝鮮の願望=町田幸彦

2008-03-17 | Weblog

 英国は北朝鮮と国交がある。北朝鮮の李容浩(リヨンホ)初代駐英大使は03年12月、英上院委員会室で演説し、英国の外交的役割について次のように期待を強調した。

 「我々は直接のチャンネルをもたない米国との意思疎通のために英国が橋渡し役になり得るとみている」

 この会合の参加者によると、発言内容をオフレコにしなくてもいいと李氏は応じ、彼の滑らかな英語もあって新鮮な印象を与えた。

 昨年赴任した後任の慈成男(チャソンナム)現駐英大使も含め、北朝鮮は米国との交渉経験者をロンドンに送り込んでいる。英国側も米朝間のパイプ役を務めていることを認めている。

 慈大使は4日、英上院での英朝議員交流組織の会合で演説し、質問に答えた。一部の報道で慈大使は文化交流促進を力説したと伝えられた。傍聴した筆者には別のことが通奏低音のように響いていると思えた。それは米朝関係正常化への切望と要約できる。

 北朝鮮の核問題に関する議論の中で、慈大使は「もっと重要なのは北朝鮮に対するテロ支援国家指定など敵国規定の撤廃だ」と述べた。「我々は米国と外交関係がない。信頼構築が第一の課題だ」

 それでは、米国の胸の内はどうなのだろう? 英外交関係者はこう指摘する。

 「米国は本気で北朝鮮との関係正常化を考えている。特にブッシュ米大統領は自分の任期中(来年1月まで)に外交で功績を上げたいはず」

 杞憂(きゆう)であればいいけれど、東アジア外交で日本が十分関与できない悪弊再来の恐れを感じた。70年代の日本頭越しの米中接近のように。(欧州総局)




毎日新聞 2008年3月10日 東京朝刊


世界へ笑いを=松井宏員

2008-03-17 | Weblog

 大阪の落語家らが6月末からブラジルを訪問する。移民100年に合わせて、日系人を慰労するためだ。NPO法人「国境なき芸能団」がボランティアで企画した。代表は落語家の笑福亭鶴笑さん(47)。ロンドンなどに計8年滞在し、アパルトヘイト撤廃後の南アフリカのエイズの子どもたちや、トルコ大地震の被災者らを笑いで励ましてきた経験から、「笑いに国境はない」と一昨年設立した。

 鶴笑さんには、ブラジル訪問のもう一つの目的がある。世界で60人に1人といわれるストリートチルドレン。飢餓や戦争、性的被害におびえる子どもたちに思いをはせようと、「ストリートチルドレンカレンダー」が日本で作られている。世界の子どもたちが希望を託して描いた絵を収めており、今年のカレンダーにはブラジルの11歳の少女シウバちゃんの絵が入っている。選者としてこの絵を選んだ鶴笑さんは、物ごいをしないで済むよう、彼女に何か芸を教えたいのだ。

 ワールドワイドな活動を展開する芸能団の事務局は、大阪・十三の古ぼけた民家にある。社会派の創作落語を全国に出前する「笑工房(しょうこうぼう)」の事務所で、社長の小林康二さん(68)が鶴笑さんに賛同し、事務局長を務めるからだ。

 4~6月、ブラジルの渡航費に充てるため、天満天神繁昌亭で笑工房の「旬作落語会」が開かれる。憲法漫談に学級崩壊や振り込め詐欺防止落語など、ここでしか聴けない旬の落語が目白押し。ぜひお運びを。街の片隅で生まれた文化を育てていくのは市民なのです。問い合わせは笑工房(06・6308・1780)へ。(社会部)



毎日新聞 2008年3月9日 大阪朝刊


なんとかしてよ=野沢和弘

2008-03-17 | Weblog

 「写真で決めてね」「貴方(あなた)様も該当しています」。これには引っかからない。「見てくれていますか」「私も参加します」 ? 一瞬、クリックしそうになって、あわてて指を止める。

 出勤してからパソコンを開き、迷惑メールを削除するのが日課になった。便利さの副作用と割り切ってはいるが、知人や取材先からのメールも間違えて消しそうになる。手口が巧妙になり、まぎらわしい件名が増えているためだ。たとえば次の中に取材先からのメールが1件だけある。

 「朝からなんですが」

 「週末の予定ですが」

 「突然すみません」

 「よろしくお願いします」 「確認をお願いします」

 答えは「朝から……」だが、差出人名と照合しながら削除しているとさすがにいらだってくる。

 いったい誰がと思っていたら、東京都内の男(25)がアドレス80万件を10万円で購入し、出会い系サイトの広告を一方的に送っていた疑いで逮捕された。相手が登録すれば、男は1件1500~2000円がもらえる。1年半で約22億通を送り、2000万円を稼いでいたそうだ。その金で海外旅行もしていたという。

 こういうやからがどれだけいることだろう。男が逮捕された後も、私に送りつけられる迷惑メールは減らない。

 受信者の事前同意を得ていない広告・宣伝メールの送信を全面的に禁止する「迷惑メール法」改正案では、罰金は100万円から3000万円へ引き上げられるが、どのくらい効果があるだろう。

 朝のいらだちが解消されることを祈る。(夕刊編集部)



毎日新聞 2008年3月9日 東京朝刊


日本は痛いのか=中村秀明

2008-03-17 | Weblog

 ねじれ国会のせい、とは言わせない。中央銀行のトップ人事を振り回し、もてあそぶ与野党の感覚はおかしい。

 たとえて言えば、一般企業の株主総会が取引銀行の頭取人事を左右したり、町内会が派出所の後任選びに文句を言ったり、PTAが学校長人事に抗議するようなもの。確かに日銀総裁人事は国会同意が必要で、制度上は口出しできる。しかし、やれるということと、許してしまう、やってしまうのはまるで違う。

 ブッシュ米大統領だって、05年の米連邦準備制度理事会(FRB)議長の後任人事で「FRBの独立性は米国だけでなく世界から信頼を得るために重要だ」と語り、さっさとバーナンキ氏を選んだ。中央銀行総裁は国の信用と威信の一端を担うからだ。こんな状態で、だれが日銀総裁になっても、G7(先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議)のメンバーから「この男は政治家の顔色をうかがわずに判断し、行動できるのか」と疑いの目を向けられる。

 英エコノミスト誌は2月末、「JAPAiN」と題する日本特集を掲載した。副題は「世界第2位の経済がいまだにおびえている-政治が問題なのだ」。日本にとって頭が「痛い」(pain)だろうし、世界から見ても痛い存在という意味である。

 記事は「政治の混迷で、自民党内の古い勢力の影響力が増し、民主党の小沢一郎代表はかつては改革派とみられていたが、今は古いタイプの自民党のボスのようだ」と書いた。よその国の雑誌に「痛いなあ、あんたら」と指摘され、ヘラヘラしていられるようなお人よしではいたくない。(経済部)




毎日新聞 2008年3月7日 東京朝刊


感情労働=大島秀利

2008-03-17 | Weblog

 最近、コーヒーのチェーン店やレストランに行くと、店員の笑顔が目立つ。ぶっきらぼうよりも、悪い気はしない。ほかのお客さんにも同様に接するのを横で見ると、「一生懸命働いているんだな」と思えて、さらに好感を持つ。

 でも、「感情労働」と呼ばれる同様の仕事をする人たちの間で、ストレスがたまり、病気になりやすくなっているとの警告が発せられている。

 「肉体労働や頭脳労働ではなく、職業上、適切な感情的対応がマニュアル化されていて、笑顔、優しさ、気遣いを保つように感情コントロールを強制される」のが感情労働だそうだ。

 この言葉は80年代、米国航空会社の客室乗務員たちの労働と関係して提起され、ちょうど飛行機旅行が大衆化した時期と一致するらしい。行儀のいい客ばかりではなくなり、感情を押し殺し続け、ストレスがたまるというわけだ。

 感情労働は、職業としては、介護、看護などのサービス業に多い。役所の窓口業務もその一つだ。神奈川県勤労者医療生協理事長の天明佳臣(てんみょうよしおみ)医師によると、ある県の職員労働組合のアンケート結果を見ると、
「イライラする」が77%、
「不安だ」が70%などで、
総合判断から4割以上の職員が、ストレスが蓄積した慢性疲労の兆候を示していた。天明さんは「クレームを自分だけで背負わず、係長や課長にふってはどうか」とアドバイスしたという。

大切なのは、befriending(友として力を貸すこと)で、孤立化させないことだそうだ。行き付けのコーヒーショップも困ったときはbefriendingしているだろうか。(科学環境部)



毎日新聞 2008年3月8日 大阪朝刊


白熱灯=青野由利

2008-03-17 | Weblog

 夜、窓から蛍光灯の光が漏れていたら、それは日本人か中国人の家だ。一昔前、米国でそんな言葉を聞いたことがある。

 欧米人が蛍光灯を使うのは主にオフィス。家では温かみのある白熱灯の光や間接照明を好む。その方が「文化的」というニュアンスがあったように思う。

 日本電球工業会の調査によると日本の蛍光灯の割合は照明全体の6割強。2割の欧州に比べ確かに多い。それで文化度を測られても困るが、白熱灯や間接照明の良さはもちろんある。だから家では白熱電球もけっこう使ってきた。

 しかし、そんな好みは言っていられなくなりそうだ。白熱灯は蛍光灯に比べ電力消費量が大きい。温暖化防止にとってはやっかいものだ。欧州では、英国に加え、フランスも白熱灯廃止の方向性を打ち出している。米国からも同様の声が上がっている。

 温暖化対策とは、省エネや自然エネルギー開発を求めるだけではない。ライフスタイルはもちろん、文化の転換まで迫るのだと思い知らされる。欧州の夜の景観が変わっていくのかと思うと、化石燃料を急速に消費してきたしっぺ返しを感じる。

 白熱電球の実用化はいうまでもなくエジソンの業績だ。そこには日本も深く関係していた。長寿命のフィラメントを世界中で探していたエジソンが行き着いたのが、京都の竹だったからだ。

 蛍光灯より消費電力の少ない発光ダイオードの開発でも日本の貢献は大きい。その技術力で照明文化も保つことはできないか。蛍光灯のまぶしいオフィスでふと考える。(論説室)




毎日新聞 2008年3月8日 東京朝刊


「大人」教育=与良正男

2008-03-17 | Weblog

 先日の毎日新聞世論調査では、成人年齢を20歳から引き下げることに反対と答えた人は60%で、賛成の36%を大きく上回った。反対の理由で最も多かったのが、「精神的に未熟だから」である。

 精神科医の斎藤環氏によれば、精神的に成熟したと言える年齢は年々遅くなっていて「若者全体だと成熟年齢は30代後半から40代というのが実感」(2日朝刊)という。確かにそうかもなあと思う。

 「若い人の中には投票に行かないどころか、選挙前に選挙管理委員会から通知が届くのも知らない人がいる」と私も昨春、本欄で書いた。その後の参院選では、転居届を出し忘れたとかで、投票できないことを投票所で知った若い候補者までいて驚いたものだ。実際、若い人と話をしていても「早く投票権を」という人は少ない気がする。

 でも、「未熟だ」「常識がない」と嘆いていても何も変わらない。米大統領選で民主党の指名争いを続けるオバマ氏は46歳。ロシア大統領に決まったメドベージェフ氏は42歳だ。今回の成人年齢の引き下げ論議は、大人になるための教育をどうするかを考え直す好機だと思うのだ。

 少なくとも通常の選挙の投票権は18歳以上に引き下げるべきではなかろうか。それに伴い、教育の現場で現実の政治を学ぶ。いや、そんな難しいことを言わず、なぜ私たちは投票に行った方がいいのか、そして投票は具体的にどうするかといった話を学ぶ機会を増やすべきである。

 学校であれ、家庭であれ、格好の教材は新聞だと私は信じていますが、手前ミソだとしかられますかね。(論説室)




毎日新聞 2008年3月6日 東京朝刊


集団幻視の海=玉木研二

2008-03-17 | Weblog

 情報を冷静かつ迅速に掌握、整理できない。今の防衛省に始まったことではない。旧軍に苦い教訓がある。最たるものは1944年10月の台湾沖航空戦だろう。米軍大艦隊を航空部隊が襲い、空母19隻など轟撃(ごうげき)沈破57隻の大勝利を収めたと発表した。実際は一隻も沈んでいなかった。

 この「日本海海戦以来の大勝利」という幻を大本営は初めから創作したのか。そうではないところに、より深刻な問題がある。夜だったり、雲でよく見えないのに敵味方区別なく火柱を命中と報告したり、同じものを見た複数の報告を別個に扱って数えたり、と正確さを著しく欠いた。

 さらに「はっきり分からない」とか「この報告はおかしい」などと、勝ちムードに水差すような発言ができない空気が指揮官や参謀を圧した。未帰還機の勲功にすべく、あやふやな情報を戦果に加えた例もあったらしい。前線-基地-司令部-大本営と情報が上がるほど誇大になった。

 新聞は連日見出しを躍らせた。軍の発表通りに書かざるを得なかったという域は超えた、手放しの万歳紙面だ。東京で「国民大会」が開かれ、興奮は絶頂に達した。

 戦局が絶望的な時期だった。大本営は台湾沖戦の実態を掌握しながらウソをついたのではなく、目をそらし、検証を忌避し、「勝った、勝った」の集団催眠に逃避したのである。洋上に無事な敵の大艦隊が確認されても「敗走の残存部隊」と強弁した。

 今防衛省内を「おかしい」と言えぬ空気が圧していないか。とことん突き詰めるスタッフが忌避されていないか。思い過ごしなら幸いだ。(論説室)




毎日新聞 2008年3月4日 東京朝刊


さぬきの夢=磯崎由美

2008-03-17 | Weblog

 路地を迷い続けてやっと見つけたら、閉まっていた。「今日はもう売り切れで」。店主の彦江俊紀さん(68)が申し訳なさそうに言った。

 香川県坂出市の彦江製麺(せいめん)所は、彦江さんで2代目。コシの強さに定評があり、かけうどん1杯130円の安さで地域の食を支える。輸入小麦価格が24年ぶりに上がった昨年も据え置いたが、来月さらに30%上がるため、ついに値上げせざるを得ないという。

 戦後、県内産小麦の作付面積は62年の1万8000ヘクタールをピークに、農業人口の流出や長雨の影響で減った。代わって輸入された豪州産は低価格で味も良く、一気に広がる。やがて「特産品の原材料が外国産でいいのか」との声が高まり、県は新品種「さぬきの夢2000」を開発、300ヘクタールまで落ちた作付面積を1500ヘクタールに広げた。

 豪州産品種「ASW」は日本人の味覚に合わせ改良を重ねてきた。さぬきの夢は麺が切れやすく供給も不安定なため、彦江さんのように使用に踏み切れない店主も多い。それでも「懐かしい香りがする」と徐々に人気が高まり、県産うどんに使う小麦の5%を占めるまでになった。4月以降は価格が逆転し、ASWの方が高くなる見通しだ。

 だが、県担当者は「今後の増産は厳しい」と漏らす。農業の大規模化を進める国は昨年、経営拡大できない零細農家への助成をカットした。今ある畑で小麦を増やしたくても、助成金がないと収益が少なすぎて成り立たない。

 「安くてうまい」を守りたい。自給率を高めたい。食への理想は高まるのに、実現は難しくなるばかりだ。(生活報道センター)




毎日新聞 2008年3月5日 東京朝刊


権威主義の雑食性=町田幸彦

2008-03-17 | Weblog

 偏食することなくなんでもかんでもむしゃぶりつく傾向。これを「雑食性」とロシアの政治学者リリヤ・シェフツォーワさんは形容し、プーチン大統領と強権体制の文化面の言動にあてはまると指摘した。したたかな権力の一端を言い表している。

 すぐに思い出すのは、03年5月モスクワの「赤の広場」で開かれたポール・マッカートニーのコンサートだ。元ビートルズ・メンバーの公演に約5万人が集まった会場にはプーチン大統領も現れ、「開明君主」ぶりを演出した。入場券の一部を大統領派組織が支持者に無料配布したと地元紙は報じた。明らかに大統領肝いりの企画だった。

 2日の大統領選挙で後継者に決まるはずのメドベージェフ第1副首相は英国ハードロック・グループ、ディープ・パープルのファンだ。そう公言した背景には、プーチン直系の暗いイメージを和らげる効果があった。

 権威否定が信条だったロック音楽は、強権や独裁が横行する権威主義の国々で支配者たちの牙を覆い隠すのに使われている。北朝鮮は英ロックギタリスト歌手、エリック・クラプトンに来年平壌で公演するよう招請した。クラプトン事務所に訪朝の可能性について聞くと、「何もコメントしない」と言う。政治が絡むので微妙な判断になるのだろう。

 でも、本当に平壌公演が実現したら、往年のヒット曲「アイ・ショット・ザ・シェリフ(おれはおまわりを撃った)」という権力嫌いの歌を彼は演奏するのかどうか。北朝鮮当局にとってはまだ食いつけない、まゆをひそめる一曲に思える。(欧州総局)




毎日新聞 2008年3月3日 東京朝刊


発信箱:液晶メーカーの合従連衡=近藤伸二

2008-03-17 | Weblog

 「合従連衡(がっしょうれんこう)」という言葉が今、一番ぴったりあてはまるのは液晶パネル業界だ。

 ソニーとシャープは2月末、テレビ用の液晶パネルを大阪府の堺工場で共同生産することで合意した。両社は液晶テレビの販売で競い合うが、その主要部品であるパネル製造では手を結ぶ。シャープは東芝とパイオニアにもパネルを供給する。

 松下電器産業も日立製作所やキヤノンと提携して、兵庫県姫路市に液晶パネル工場を建設する計画を発表した。

 ライバルがパートナーにもなる液晶メーカーの関係は、国や地域を超えて広がる。ソニーは韓国のサムスン電子と組み、台湾企業と日本企業の連携も目白押しだ。中国に合弁工場を持つ企業も多い。

 昨年の世界のテレビ用液晶パネルの出荷台数では、台湾勢と韓国勢がともにほぼ40%を占め、激しいシェア争いを演じている。日韓台中は競争と協力を繰り返しながら、東アジアを液晶パネルの一大生産地帯に変貌(へんぼう)させた。

 こうした民間企業の合理性追求の姿勢こそが、東アジアの真骨頂だ。制度化が先行する欧州連合(EU)に対し、東アジアは市場がリードして経済統合が進んできた。

 そして今、将来の目標として、東アジア共同体が浮上する。液晶パネル業界の現状を見ていると、東アジアを統括する機構を設立するのも夢ではないように思える。

 だが、現実には、東アジアは極めて多様性に富む。共同体を実現するには、各国が政治力と外交力を結集して、民族や文化、宗教などの違いという厚い壁を取り除けるかどうかにかかっている。(論説室)




毎日新聞 2008年3月2日 大阪朝刊


安ければいいのか=大島透

2008-03-17 | Weblog

 頭の片隅では分かっていても、直視を避けたい現実というものがある。地球上の穀物市場の相場を左右できる米国や、反日感情と政治的摩擦の絶えない中国に、私たちの食卓は依存している。これでは両国との交渉ごとでも前へは出にくい。中国製冷凍ギョーザ中毒事件で一気に噴き出したのは、食料という人間の生命線を他国に預けてきたことへの潜在的な不安だろう。

 戦後、工業化で大成功した日本人は、食べ物まで工業製品と見なす傾向が強いのだろうか。野菜にさえ色や形の規格を無理やり当てはめ、規格外の野菜を嫌い、捨ててしまう。見た目が一番で、安全性や味わいは二の次になった。農産物は「商品」となり、安いほどいい商品だという「戦後の神話」が行き渡った。

 中国食材が安いのは、日本との経済格差が存在する期間だけだ。中国が経済力をつけたら、もっと貧しい国に輸入先を求めるのだろう。しかし遠い海外から運ぶ野菜には、殺菌剤や防かび剤などのポストハーベスト農薬の負担がかかる。一方、当日の朝、近くの畑で取れた野菜ほど新鮮なものはない。「安ければいい」が唯一の価値観なら、日本の農業は永久に勝てない。

 安い物にも高い物にも、それぞれ理由があるのではないか。「私たちは安さより地元の農家を支持する」とどうして言えないのか。多くの農家は高齢化が進み、後継者も見つからない。耕作放棄地は39万ヘクタールにのぼる。残り時間は少ない。地球規模の大問題でも自分の意思で改められるのは身の回りのことだけだ。「頭の片隅では分かっていた」で終わり、でいいのだろうか。(報道部)




毎日新聞 2008年3月2日 東京朝刊


発信箱:文化の「発信箱」=佐々木泰造

2008-03-17 | Weblog

 飛鳥美人の壁画に見守られて眠る高松塚古墳の主がわかるかもしれない--。取材陣が色めき立った。文化庁が20日、墳丘のすそに残る切石(きりいし)が、被葬者の名前を記した墓誌かもしれないと赤外線などを当てて調べたときのことだ。

 結果は空振りだったが、見つかっていれば大騒ぎだった。事前取材で、今までにどんな墓誌が見つかっているかを調べたとき、参照したのは大阪府立近(ちか)つ飛鳥博物館(河南町)が04年に開催した特別展の図録だった。仁徳天皇陵(大山古墳)や聖徳太子墓にも近いこの博物館は、古墳をテーマにした展示をしている。

 高松塚古墳の石室解体のための墳丘の発掘調査で、むしろを敷いた跡が見つかったときには、大阪府立狭山池(さやまいけ)博物館(大阪狭山市)の特別展図録が役に立った。ここは7世紀前半に築かれた日本最古のダム式ため池である狭山池の土木技術を伝える。

 大阪府立弥生文化博物館(和泉市)は、大規模弥生集落跡である池上曽根(いけがみそね)遺跡に面し、全国で唯一の弥生時代を専門とする博物館だ。

 これらの博物館が、橋下徹知事の見直し方針で予算をカットされ、春の特別展(特別公開)を急きょ中止した。

 博物館は、先人が残した遺産を活用して文化情報を発信する。昨年オープンした島根県立古代出雲歴史博物館が、世界遺産の石見銀山とも連携して観光客を呼び込み、地域の歴史を全国に知らせたように、うまく使えば、橋下知事がメディアに登場するだけではできないPR効果を発揮する。金がかかるからとスイッチを切れば、ただの箱。宝の持ち腐れになってしまう。(学芸部)




毎日新聞 2008年3月1日 大阪朝刊


発信箱:日米の危険な関係=松田喬和

2008-03-17 | Weblog

 「米国がくしゃみすると、日本は風邪をひく」

 米国への輸出依存度が高かった時期によく使われたジョークだ。しかし、政治的には依然として「米国が風邪をひくと、日本も風邪をひく」関係が続いているようだ。

 11月の米大統領選に向け民主、共和両党予備選は大詰めを迎えている。ブッシュ政権の不人気ぶりから本選は民主党有利との見方が一般的だ。

 共和、民主党間で政権交代が起きると日本もその前後に決まって政変が起きている。近くは共和党のブッシュ現政権が発足直後の01年春、森喜朗首相は任期途中で退陣、小泉純一郎首相が登場した。

 父・ブッシュ大統領の再選を阻んだクリントン政権(民主)がスタートした93年は、55年体制以後、初の非自民党政権となった細川護煕政権が誕生している。

 80年の大統領選は、共和党のレーガン候補がカーター大統領(民主)に勝利した。自民党反主流派の造反で内閣不信任案が成立。大平正芳首相は解散に踏み切り、初の衆参同日選になった。しかも選挙中に急死した大平首相への同情票で、自民党が大勝した。

 その4年前の大統領選では民主党が政権を奪還した。日本でも初の任期満了の総選挙が行われ、自民党は後退。三木武夫首相に代わって福田赳夫首相が選出された。

 戦後政治を生き抜いた中曽根康弘元首相は「偶然の一致だ」と解説する一方で、レーガン大統領との「ロン-ヤス」関係を引き合いに「対日関係を重視するのは共和党政権だ」と、強調する。民主党政権となれば、福田政権の前途は一段と容易ではなくなる。(論説室)




毎日新聞 2008年3月1日 東京朝刊