情報を冷静かつ迅速に掌握、整理できない。今の防衛省に始まったことではない。旧軍に苦い教訓がある。最たるものは1944年10月の台湾沖航空戦だろう。米軍大艦隊を航空部隊が襲い、空母19隻など轟撃(ごうげき)沈破57隻の大勝利を収めたと発表した。実際は一隻も沈んでいなかった。
この「日本海海戦以来の大勝利」という幻を大本営は初めから創作したのか。そうではないところに、より深刻な問題がある。夜だったり、雲でよく見えないのに敵味方区別なく火柱を命中と報告したり、同じものを見た複数の報告を別個に扱って数えたり、と正確さを著しく欠いた。
さらに「はっきり分からない」とか「この報告はおかしい」などと、勝ちムードに水差すような発言ができない空気が指揮官や参謀を圧した。未帰還機の勲功にすべく、あやふやな情報を戦果に加えた例もあったらしい。前線-基地-司令部-大本営と情報が上がるほど誇大になった。
新聞は連日見出しを躍らせた。軍の発表通りに書かざるを得なかったという域は超えた、手放しの万歳紙面だ。東京で「国民大会」が開かれ、興奮は絶頂に達した。
戦局が絶望的な時期だった。大本営は台湾沖戦の実態を掌握しながらウソをついたのではなく、目をそらし、検証を忌避し、「勝った、勝った」の集団催眠に逃避したのである。洋上に無事な敵の大艦隊が確認されても「敗走の残存部隊」と強弁した。
今防衛省内を「おかしい」と言えぬ空気が圧していないか。とことん突き詰めるスタッフが忌避されていないか。思い過ごしなら幸いだ。(論説室)
毎日新聞 2008年3月4日 東京朝刊
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