わが輩も猫である

「うらはら」は心にあるもの、「まぼろし」はことばがつくるもの。

万葉の心のかけら=佐々木泰造(学芸部)

2008-03-30 | Weblog

 春は別れと出会いの季節。春分の日の20日にあった「なにわの宮新作万葉歌」の授賞式で、その思いを強くした。

 古代の宮殿跡である難波宮(なにわのみや)跡(大阪市中央区)出土の木簡に万葉仮名11文字で書かれた言葉を使って短歌を創作するこの催し、第2回の今年は最初の8文字「春草(はるくさ)のはじめ」で始まる短歌を募集した。

 春草のはじめはそばにいた君が今は一番遠くの人に

 これは佳作に選ばれた兵庫県川西市立東谷中学校3年、坪内健悟さんの作品。失恋の歌だと思っていたら、授賞式の受賞者インタビューで意外な答えを聞いた。一緒に野球をしていた友達が事故で亡くなったのだという。

 「万葉集」の約4500首は、「相聞(そうもん)」と呼ばれる恋の歌、人の死を悲しむ「挽歌(ばんか)」、それ以外の「雑歌(ぞうか)」に大別される。坪内さんの作品は挽歌なのだが、相聞歌にもなりうる。「あなたがいなくて寂しい」「ここにいたら」と、人は人を恋う。相手が同性であれ異性であれ、人は失うことの悲しみ、別れのつらさを歌にするのだと気づかされた。

 そして春は旅立ちのとき。今月末で退職する藤原健・毎日新聞大阪本社編集局長は授賞式でこんな歌を披露した。

 春草のはじめの心思い出し今ひとたびのはじめの心

 それに応える私の歌。

 春草のはじめの心忘れじとなりたきものを問い直してみる

 7世紀中ごろの万葉人(まんようびと)が土の中にすてきな言葉のかけらを残した。それを拾って現代の私たちが思いを歌に紡ぐ。1350年の時空を超えたコラボレーション(合作)をもうしばらく続けようと思う。




毎日新聞 2008年3月30日 大阪朝刊


海の男の誇りを=大島透

2008-03-30 | Weblog

 海の男を歌う演歌は聴くたびに涙腺がゆるむ曲が多い。79年の村木賢吉「おやじの海」も、82年の鳥羽一郎「兄弟船」も涙なしには聴けない。経済的に豊かな生活が実現し、暗い酒場の女の恨みや未練などを描く演歌が絵空事になる一方で、海を歌う演歌は現実感を保っている。真冬に雪のすだれをくぐって進む船も、全身に潮を浴びて巻き上げる網の重さも、命がけの労働の現実だ。いや、演歌の話ではない。海の男の話だ。

 イージス艦と漁船の衝突事故で、海上自衛隊側の当初の発表が「事実とは違う」と勝浦の漁師たちが記者会見などで説明した。「回避義務は自衛艦側にあったのに、自分たちの都合のいいように発表している」という趣旨だ。

 事故原因の解明は海上保安庁の捜査結果を待たねばならない。ただ一連の報道で、テレビで流れた勝浦の漁師の一言が胸に突き刺さった。そこに憤りや反発は感じられず、穏やかな口調だったので逆に印象が強い。「沖で自衛艦と出合うたび、心の中で『お互いに頑張ろう』と声援を送ってきました。自衛官も漁師も海で働く仲間同士だからです。しかし今回の弁明を聞き、海の仲間という連帯感が何だか薄れてしまいました」

 自己保身に走る者は海に生きる仲間ではないと言っている。これほど悲しい言葉はない。どの職業人にもそれぞれの職の誇りがある。自衛官こそ国を守る誇りを胸に、苦しい訓練に耐えている人たちではないか。期待すればこそ失望も深いのだ。組織防衛より国民に誇れる姿を見せる方が大切だ。公に尽くす誇りが折れた時、組織は保てない。(報道部)




毎日新聞 2008年3月30日 東京朝刊


花見ノ勧メ=渡辺悟

2008-03-30 | Weblog

 ガソリン暫定税率をめぐる迷走、ただ殺したかったから殺す若者、円高・株安……。なのにサクラが咲き始めた。のんきに咲いてる場合ではないけどやっぱり咲く。

 「世の中は桜の花になりにけり」。良寛さんの句そのままの世界だ。

 先祖代々1000年以上愛し続けてきたサクラの季節到来は、答えが見つかりそうもない自問につながる。最近の美しくない日本は、一体どこに原因があるのだろう。

 作詞家、故阿久悠さんは日常敬語の喪失を嘆いていた。「日本人の最も優れ、最も美しく見える姿は、何気ない日常の中に『敬語』を組み込むことが出来た、知性の高い生活哲学である」と(文芸春秋特別版「和の心 日本の美」2004年)。

 同じ本で編集者、松岡正剛さんは母親の言葉の美しさを取り上げ、言葉が「つねに四季の景物や、近づく行事の気配や、自分が着ている着物や客に出す和菓子につながっていた」と書いていた。

 昔がすべてよかったとは言わないが、伝統と言葉が今よりはるかに美しく調和共存した時代があったことは記憶にとどめておいていい。

 サクラに戻る。少し前、戦艦大和から生還した元兵士の話をうかがう機会があった。「豊後水道で見たサクラがすごくきれいでした」。それだけだったが、強く印象に残った。死闘前日、1945年4月6日夕。喫水線から40メートル、防空指揮所付近から見たというサクラを思う。

 「さまざまのこと思ひ出す桜かな」。芭蕉の句である。日常から少し離れるためにも花見に出かけようと思う。(編集局)




毎日新聞 2008年3月29日 大阪朝刊


「クリンチ国会」の裏事情=松田喬和

2008-03-30 | Weblog

 国会での与野党間のクリンチ状況が止まらない。いずれも有効打は少なく、国民の政党不信は募るばかりだ。「ねじれ国会」が要因である以上、解散・総選挙に持ち込むことが、手っ取り早い解消策のはずだ。だが、解散風は吹いていない。

 2大政党制の出現で、政権交代が可能な政治状況が期待された。だが、「ねじれ国会」で、政策決定の遅れをはじめマイナス面が目立つ。与党は3分の2以上を占める衆院の優位性に頼りすぎた。一方、民主党も政権担当能力以上に対立軸を誇示している。

 与野党対決が深まるものの、早期解散論は盛り上がらない。福田内閣の支持率も低落傾向にある。仮に与党が勝利できても、衆院での再議決権を維持できるような大勝は期待薄だ。自民党内の大勢は先送り論だ。最大の人事権である解散権を封じられ、福田康夫首相は指導力も思うように発揮できないでいる。

 対する民主党の小沢一郎代表は「今国会の解散を大前提にがんばる」と檄(げき)を飛ばす。争点の道路特定財源問題でも妥協を拒否する。解散に腰が引ける自民党の対応を見込んだ上の強気作戦といわれている。

 両党の選対幹部に自党の総選挙予想をただしたところ、自民党は「215±10」、民主党は「210~220」が返ってきた。いずれの計算も次のようなものだった。

 「衆院の総数(480)のうち、公明以下の第3勢力が50議席は確保する。残りの430議席の過半数216議席を獲得した方が勝ち」

 互いに勝算が立つまで「クリンチ国会」は続くようだ。(論説室)




毎日新聞 2008年3月29日 東京朝刊


値上げの春の想像力=中村秀明

2008-03-30 | Weblog

 4月、政府が製粉会社に売り渡す小麦価格が30%引き上げられる。大衆的な食を扱う店には頭が痛い。

 大阪市内で約50年続くタコ焼き店は「去年、タコの値上がり分で値段変えたばかりやからね」と浮かない表情だ。マヨネーズや油、ガス、また小麦粉。相次ぐ値上げで、10個340円では利益が出ない。かつての勤務地・宇都宮市で、一番うまいと評判のギョーザ店は来月から、6個170円が210円になる。11年ぶりの値上げという。

 ただ、30%アップでも小麦の国際価格の上昇には追いつかない。国際相場はこの1年でほぼ倍になった。そして、最も深刻な打撃を受けているのは、飽食の先進国ではなく、途上国である。

 来年度に78カ国・7300万人への食料支援を予定する国連の世界食糧計画(WFP)は、穀物と輸送費の上昇で5億ドル(約500億円)の資金が足りない。このままだと、援助の量か人数を減らさざるを得なくなる。ジョゼット・シーラン事務局長は英経済紙に窮状を訴え、「途上国では1日3食を1食にする動きがある」「インドネシア、イエメン、メキシコなど、かつて問題がなかった国までも差し迫った状況だ」と語った。

 小麦が上がれば、私たちは、満腹感に浸れなかったり、財布が軽くなったりするだろう。ところが、途上国では同じ理由で、飢餓や命の危険に直面し、テロや紛争の火種が生まれる。落差をどう埋めればいいのか、食べ物は本当に足りないのか。身近な値上げにため息をつくだけでなく、遠くの飢えに思いをはせる機会にしたい。(経済部)




毎日新聞 2008年3月28日 東京朝刊


「解散を」という理由=与良正男

2008-03-30 | Weblog

 「早期に衆院解散・総選挙を」と書くと必ず次のような反論を受ける。

 民主党が過半数を取って民主党政権が誕生すれば基本的に衆参のねじれは解消されるが、過半数に至らない可能性が高い。一方、自民、公明両党も大幅に減らし、衆院での3分の2を確保するのは難しい。与党は衆院再可決の手段を失い、国会は今以上に何も決まらず混乱する。

 まあ、そういう人の多くは「民主党政権なんてとんでもない」と考えているのだが、衆院解散は与党にとっても活路を開く手でもあるのだ。

 例えばこんな方法がある。与野党ともにマニフェストで掲げた(少なくとも)上位10項目程度の政策については、選挙で勝利した方の考えに他党も従う。それを事前に約束して選挙に臨むのである。

 そうすれば各党はもっと真剣にマニフェスト作りに取り組むだろう。政策の優劣が政権の選択に直結するのだから有権者も従来以上に厳しい判断が求められるし、政治への参加意識も高まる。本来、マニフェスト型選挙とはそういうものだ。

 さてガソリン税。私は一般財源化には大賛成だが、ここで暫定税率が期限切れを迎えるのは、混乱のリスクがあまりに大きいと思う。与野党が泥縄式で対応しているのは明らかで、想定外の事態が相次ぐのを恐れる。

 社説が提案しているところだが、ここは暫定税率を1年だけ延長して、その間に総選挙をし、有権者の判断に委ねたらどうか。そう、先ほど書いた方法で。道路=公共事業をどうするか。政権を争うのに十分なテーマと思う。(論説室)




毎日新聞 2008年3月27日 東京朝刊