高田博厚の思想と芸術

芸術家の示してくれる哲学について書きます。

マルセル「稜線の路」11

2022-09-21 22:09:03 | 翻訳
43頁

(ジェローム) そんなに遠くへ行く必要はありません。単純に、田舎へ行けばよいのです。手頃な費用で生活できる場所はなくてはなりませんが。誰ももう財力はありませんから。人々は寄宿者を求めています。探せばよいのです。

(フェルナンド) まだ曖昧ですわ、あなたのご提案は。

(ジェローム) 私は、ご存じでしょう、実際的な質問をいくつかするために…

(フェルナンド) それは気づいておりますわ、じっさい。(沈黙。

(ジェローム、遠慮しながら。) あなたが話していたその友人というのは…

(フェルナンド) え?

(ジェローム) セルジュ・フランシャールでしたか?

(フェルナンド) いいえ。(ジェローム、ほっとする。) さきほど彼も来ましたが。

(ジェローム) 彼は先だって以来、以前よりもしばしば来るように思われます。

(フェルナンド) モニクが家に引き留められて以来ですわ。

(ジェローム) 彼は電話で満足できないのかな?


44頁

(フェルナンド) 彼らはもう電話は持っていません。管理人さんに呼んでもらわなければなりません。

(ジェローム) どうして、もう電話は持っていないと?

(フェルナンド) 経済的理由からだと、思います。

(ジェローム) 電話が法外に高いのはほんとうです。二百六フランの勘定書が届いたこともあります。

(フェルナンド) 固定使用料のためですわ、あきらかに。

(ジェローム) それでも!… 私は電話無しでも大丈夫でしょうが、アリアーヌが、私が電話を持つことに執着しているのです… 彼女は家を留守にしているときのほうが落ち着いています。

(フェルナンド) 彼女のご機嫌はいかがですか?

(ジェローム) 彼女は、山から戻ったときには、いつも素晴らしい顔色をしています。何も懸念していません。それで自分の力を濫用してしまい、軽率なことをして、一か月後には、向こうでの滞在の効果をすべて完全に失くしてしまうのです。

(フェルナンド) 彼女はもっと自愛することを学ばねばなりませんね。

(ジェローム) 頭でしか分かっていないのです、残念ながら。


45頁

(フェルナンド) 彼女はたぶん近いうちに私に会いに来ると、思っていてください。

(ジェローム、不安そう。) 何ですって? 

(フェルナンド) 私たち、私と彼女が、もう何年もつき合っていることを、ご存じですわね。

(ジェローム) 文通をしてらっしゃることは。

(フェルナンド) 私がオートヴィルに居た頃は一か月の間、毎日彼女に会っていました。

(ジェローム) でもそれが、現在彼女があなたに会いに来るどんな理由になるのですか? 

(フェルナンド) 彼女が貢献した慈善団体は、患者が回復しても追跡調査をするのを、ご存じないのですか?

(ジェローム) 知っています… しかしそれでは彼女がここを訪れるのを止めない間は、私はもう来れないでしょう。

(フェルナンド) どうしてですの?

(ジェローム) 彼女が私とここで出会うのを想像してください。私が居ることをどう彼女に説明したらいいのでしょうか?

(フェルナンド) 口実をみつけるのは、いつも簡単ですわ。文章家なら… 








マルセル「稜線の路」10

2022-09-21 20:25:25 | 翻訳
40頁

(フェルナンド) 変な心情ね。(沈黙。)さっそく言うけど、ここで起こっていることに私はもう長くつき合っている気はないの。この窮状からあなたを脱出させるためにバシニーを当てにしてたのよ。

(ヴィオレット) はっきり言って。

(フェルナンド) あなたはかなりしっかりしているから、バシニーのような男の好意が、あなたにとってどんな幸運を意味するか、理解してくれるものと思ってたわ。

(ヴィオレット) 正直に。あなたが期待していたのは…

(フェルナンド) 全然何も。でも、それが来たら、そう、私は享受したでしょうね。だいいち、私が認識するかぎりでのあなたは、このなさけない縁を断ち切ったでしょう。繰りかえすけど、彼はしまいにはあなたと結婚したでしょうに… (ヴィオレット、フェルナンドをぞっとするような仰天の表情で見つめる。) どうしてそういうふうに私を見るの? 

(ヴィオレット) あなたって恥ずかしい。

(フェルナンド) 私からすれば、その恥ずかしさはあなたにお返しするものだわ。(子どものモニクが、ママ! と、隣の寝室から呼ぶのが聞こえる。

(ヴィオレット) はい、はい、いま来ますよ。(奥を通って出る。) 


41頁


 第八場

フェルナンド、それからジェローム

フェルナンド、独り残っており、書きもの机のところへ行き、それを開き、そこから一枚の絵葉書を取り出して注意深く再読する。彼女は座るが、その絵葉書を持ったままである。そして深い物思いに沈んだようである。その時、外のドアで呼び鈴が鳴る。彼女は絵葉書を書きもの机の中に再び仕舞い、書きもの机を再び閉じる。そしてドアのところへ行き、ドアを開ける。そして殆ど直ちにジェロームを後に連れて再び現われる。

(フェルナンド) ヴィオレットはあなたを待っているのですか?

(ジェローム) いえ… 私は知りません… 私は彼女に話さなければならない。 

(フェルナンド) この間のように彼女を仰天させないようにしてください。鎮静催眠薬を使ってしか、彼女は眠りに入れたことがありません。それは彼女にとってとてもよくないことです。そうでなくても彼女はこのところまったく元気ではないのです。私たちの友人のひとりは、さっきまでここにいたのですが、彼女の顔色の良くないのにびっくりしていました。

(ジェローム) 彼女はどこですか?

(フェルナンド) 娘のところです。娘もこのところ、はつらつとしていません。


42頁

(ジェローム) どうして彼女を田舎に送らないのですか?

(フェルナンド) 言うは簡単ですが… 誰のところへ? 誰と?

(ジェローム) たとえば、あなたが、一緒に行ってやれないのですか?

(フェルナンド) のんきなお考えですね。あの子は十五分間私とのみいるだけで、泣いて、じぶんの母親をもとめます。どうしようもない生活をしているんです。

(ジェローム) じぶんを習慣づける必要がありますね。

(フェルナンド) おどろいた方ですこと。

(ジェローム) 私の理解全部を申しますと、ヴィオレットは子どもの世話で消耗しているのです。子どものせいで血の状態がとてもよくないのです。

(フェルナンド) あなたは、彼女が、モニクと離れていれば、もっと落ち着くと、思ってらっしゃるのですか?

(ジェローム) 子どもが整った環境のなかで、あなたと良い雰囲気で一緒に暮らしていると、彼女が思うなら… 

(フェルナンド) 南仏の保養地は、高くて。そのことを分かってらっしゃらないようですね。旅行のことしか…








マルセル「稜線の路」9

2022-09-21 17:37:15 | 翻訳
37頁

(ヴィオレット) それでいいわ。

(フェルナンド) 彼女は傑出した女性よ。

(ヴィオレット) 知ってるわ。

(フェルナンド) 彼はあなたに彼女のことを話すの?

(ヴィオレット) とてもしばしば。ほとんど毎回。

(フェルナンド) ずいぶん妙ね。

(ヴィオレット) 彼は彼女を賛嘆してるわ。彼は間違ってない。

(フェルナンド) もしかしてあなたも彼女を賛嘆してるの?

(ヴィオレット) 彼がわたしに話すことを通してね。そう、確かに。

(フェルナンド) それで?

(ヴィオレット) それで… べつに。

(フェルナンド) それで袋小路なのだと、あなた、認識してるわね?

(ヴィオレット) 生きることは袋小路よ。

(フェルナンド) それは言葉よ。

(ヴィオレット) そうだとは思わないわ。

(フェルナンド) どうして彼女の手紙を一度も読もうとしないの?

(ヴィオレット) どんな手紙? 


38頁

(フェルナンド) 私が病気だった頃、彼女が私に書いた手紙よ。その後のもあるわ。(ヴィオレット、ぼんやりした身振り。

(ヴィオレット) それはわたし宛じゃないわ。

(フェルナンド、皮肉っぽく。) たしかに。

(ヴィオレット) 彼女について話すの、もうやめない?

(フェルナンド) おやまあ! (沈黙。) 彼女から絵葉書が昨晩私に来たのを知ってる?

(ヴィオレット) ええ、彼女の文字だと判ったわ。

(フェルナンド) 私に会いに来たいと私に言ってるのよ。あなたと知り合いになるのが楽しみなんだって… 何?

(ヴィオレット) 何も。

(フェルナンド) 気持ちの良いことじゃなくって?

(ヴィオレット) 聞いて、フェルナンド、わたしを苦しめて何が嬉しいの?

(フェルナンド) あら! 大げさはやめましょうよ。

(ヴィオレット) この状況はひどいわ、耐えられない…

(フェルナンド) それでもあなたは満足でしょう。

(ヴィオレット) ちがうわよ。とにかく… 彼女には会わないわ。


39頁

(フェルナンド) どんな口実を使うの?

(ヴィオレット) どんなことでも。

(フェルナンド) 彼女がもう何か疑いを抱いていないかどうか、あなたは知ることはできないのよ。

(ヴィオレット) ジェロームは、彼女は何も疑っていないと確信しているわ。

(フェルナンド) 何て口調で言うの!

(ヴィオレット) 嘘をつくのは… 嫌だわ。

(フェルナンド) 何もあなたにそれを強いてはいなわ。あなたは、彼女が真実を知っているほうがいいのね?

(ヴィオレット) もしジェロームが彼らしくないとしたら…

(フェルナンド) どういうこと?

(ヴィオレット) 受け入れなければ。

(フェルナンド) 何を?

(ヴィオレット) 嘘を。それはわたしたちの罰よ。

(フェルナンド) どうして、私たちの、なの?

(ヴィオレット) ジェロームはわたしより不幸だわ。 







マルセル「稜線の路」8

2022-09-21 17:16:20 | 翻訳
34頁


 第六場 

ヴィオレット、フェルナンド 

(フェルナンド、激怒で蒼ざめて戻ってくる。) よかったわね…

(ヴィオレット) 何という解放!

(フェルナンド) でもそういうわけにはゆかないわよ。説明してちょうだい。

(ヴィオレット) お好きなだけね。でも、モニクが何ごともないか、ちょっと見てくるわ。(奥のドアを静かに少し開ける。)落ち着いて眠っているわ。(ドアを閉める。) それで?

(フェルナンド) 最初の質問だけど、わたしたち三人全員が生活してゆくために、あなたが当てにしているのは、ジェローム・ルプリユールなの?

(ヴィオレット) 答えなくてもよさそうね。

(フェルナンド) ジェローム・ルプリユールに世話をしてもらうつもりはないの? (つづく) 


35頁

(つづき)(沈黙。) じゃあ二つ目の質問。アメデおじさまの遺産が全部消費される二か月後、わたしたちはどうやって生活してゆくの?

(ヴィオレット) 質問はわたしの番だわ。あの人物を私が追い出さなかったとしたら、状況はどこが違うというの? わたしたちの問題を解決するためにあなたが当てにしていたのは、あの「リサイタル」なの? (フェルナンド、肩をすくめる。) どうなの?

(フェルナンド) 彼自身がそのことを言ったでしょう、彼はあなたの路を開くことが出来たのよ。

(ヴィオレット) 言葉ではね!

(フェルナンド) そう思うの? まるで彼が、あなたに莫大な謝礼金をもたらすことができる立派な立場にいないみたいに。セルプリエ家での夜会は、とにかく、あなたに何千フランももたらしたわ。

(ヴィオレット) あのチャンスがわたしに来たのは、彼を通してなの?

(フェルナンド) 彼には、あのようなチャンスを再びつくるのは簡単だったでしょうに。

(ヴィオレット) 全くそうは思わないわ。音楽家たちの間では、彼は全然信用がないわ。

(フェルナンド) どうして音楽家たちのことが話題になるの? (つづく) 


36頁

(つづき)空腹でどうにもならない彼らのことが。彼らを当てにしなければならないなんて! 

(ヴィオレット) とにかく、あなた、彼の結構な奉仕にたいしてわたしが支払わねばならないところだった代価を理解しているの?

(フェルナンド) 彼はけっきょくあなたに求婚するに至っただろうと、私は確信しているわ。(ヴィオレット、笑いを爆発させる。) まっ! 

(ヴィオレット) あなた、まったく狂ってるわね… 

(フェルナンド) ほんとうは、彼はまったく単純に、家庭を築きたいという思いをもっているひとりの男性なのよ。

(ヴィオレット) そのことで彼を助けるなんて、酔い夢もいいところだわ! 

(フェルナンド、厳しく。) あなたの計画は何なの? 

(ヴィオレット) 無いわ。 

(フェルナンド) ジェロームが離婚してあなたと結婚することを期待しているのなら、間違ってるわよ。

(ヴィオレット) そんなこと全然思ってもいないわ。

(フェルナンド) 彼女は彼を離さないわよ。お金のためだけではなく。