64頁
(ヴィオレット) そう思っておりました…
(アリアーヌ) 私の母は、H.S.P. と呼ばれる処に属しておりました。ご存じでしょう、プロテスタント高級協会です。母は、徳を心掛けて疲労困憊した人物ですが、或るいくつかの点では感嘆すべき人物でもありました。福音書は、まさに、彼女の日常的な糧でした。それでも、彼女ほど愛することをさせなかった人物を、私は他に知りません ― 私はキリスト教のことは言いませんが ― でも彼女自身はそれを道徳だと言っていました。
(ヴィオレット) キリスト教と道徳は、わたしは二つのものだと思いますわ。
(アリアーヌ) あなたのおっしゃるとおりに違いありません。長い間、私はよく区別することができませんでした。
(ヴィオレット) どうしてご両親はあなたをアリアーヌと名づけたのですか?
(アリアーヌ) 奇妙な考えなのですよ、そうでしょう? 我慢するのにほんとうに大変な名ですもの。私の父ひとりの責任なのです。私は、『アリアーヌと青髭』の初演の数日後に生まれました。父はこの作品をすぐに愛するようになり、情熱的になり過ぎました。この作品は父にとって、並はずれて内密で深い経験に応えるものであったのだと思います。その経験を父は私にすっかり話してくれることは一度もありませんでしたが。(つづく)
65頁
(つづき)たぶん父は、私に、無益でいずれにせよ時期尚早の悲しい思いをさせることを、恐れたのでしょう。父は或る時期、人道主義的な大きな夢を構想していたのですが、その望みが失望となったのだと、私は理解しているつもりです… とにかく父は、私をアリアーヌと呼ぶことを押し通しました。でも私の母は、私をいつも別の名で呼びました。セシル、と。まったき安らぎの名、私の祖母の名です。
(ヴィオレット) あなたは、少なくとも、代わりの名を持っていらっしゃった。わたしのほうが恵まれていません。ヴィオレットという名は、わたしをあまりにいらいらさせます。ちょっと滑稽にも、この名が選ばれたことの理由を、わたしは知りません。
(アリアーヌ) あなたがその理由を知っていらっしゃったら、そのお名前は、きっと、あなたに滑稽なものとは思われないでしょうね。そこに、あなたには解らなくとも、純真で胸をえぐるような何かの隠れ話への暗示がないかどうか、誰が知っているでしょう?
(ヴィオレット) そういう隠れ話のことを思うと、すこし胸が痛みますわ。わたしが生まれる以前から、わたしの両親は仲がわるかったのです。両親の間には、ある絶対に共存し得ないものがあって、とても早い頃から、わたしはそのために苦しみました。
(アリアーヌ) おかわいそうに!
(ヴィオレット) ある時は母が、(つづく)
66頁
(つづき)父が母にたいしてとった過ちの証言を私からとり、ある時は… ああ! すべてをあなたにお話するのにどうしたらいいのか、ほんとうに分かりませんわ。わたし、一度も誰にも、そのことについて喋ったことがありませんの。
(アリアーヌ、優しく。) それで?
(ヴィオレット) 無分別のひとことですわ。
(アリアーヌ) そうとは思いません。というのは、実際は… (続けて言うのを止める)。思ってみてください、私は昔、モニクちゃんのお父さんを知っていました。私たちは音楽師範学校で同僚だったのです。最初の頃は特に。不思議なのは、何週間か何か月かの間、もう憶えていませんけれど、私は彼に恋をしていたようなのです。
(ヴィオレット) あなたが?
(アリアーヌ) だって、そのことで私、晩に何時間もベッドのなかですすり泣いていたのですから。
(ヴィオレット) 不思議なことですわ!
(アリアーヌ) でしょう? 私は、まさに彼に恋を告白しようとしていたときでした。それからどうなったか、正確なことは私、知りません。どうあなたに言ったらいいのでしょう? とんでもないことだったと、私、感じています。
(ヴィオレット) 彼があなたと結婚していたら、あなたはものすごく不幸になっていたでしょう。