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(つづき)バシニーさんは、あなたのために、たいへんな犠牲を払うおつもりなんだから。
(バシニー) おや、まあ! 大げさな言い方は無しにしましょう。
(ヴィオレット) わたしなら、投資と呼ぶわ。
(バシニー) なんてことだ、あなた、間違い方が粗雑ですよ。もし投資なら、元手が返ってこない投資だ。あなたが私にもたらすものについて、私が僅かな幻想でも懐いていると、あなたが思ってらっしゃるのなら! あなたは理解しようとなさらない、私が得ようとしているのは、ひとつの贅沢だということを。贅沢なのです。私は、利益はゼロだということを、知っていますし、確信している、まさにそのゆえに。それこそ私がこの件で気に入っていることなのです。
(フェルナンド、悲しげに。) どうしてそんなに、突然がっかりなさっていらっしゃるのですか?
(バシニー) もし私が、あなたに好感を、大きな好感を抱いていなければ、ここに足を踏み入れることは決してなかったことは、あまりにもはっきりしています。将来有望であるとか、こう言うことをお望みであるなら、才能とか、そういうものはありふれています。そしてずっと前から、私はそういうものに飽き飽きしているのです。ほんとうです。
(ヴィオレット) 姉さん、聞いているわね。
(フェルナンド) でも、それなら、バシニーさん、あまりよく解りませんが… これは大きな失望だと、申し上げねばなりません…
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(バシニー、ぶっきらぼうに。) どうしてですか?
(フェルナンド) ご職業上してくださっていると理解しているつもりでおりましたわ…
(バシニー) 職業上とは、笑わせてくださいますな…
(ヴィオレット) 姉さんは、今は分かってるの?
(バシニー) 最も質の高い、積極的な友情です。
(ヴィオレット) とりわけ、無欲なね。
(バシニー) それこそ、本当に、私があなたに表明していたものです。
(ヴィオレット) とても感動的なのは確かだわ。
(バシニー) 私があなたのことを認識しているかどうか、私は知りませんが、私に確かなのは、あなたは私を認識していないということです。あなたは私に、なにか下心があると思い込んでらっしゃいますが… 私には、ひとりの、未婚の愛人がいます。自慢ではありませんが、パリで最も美しい娘のひとりです。
(ヴィオレット) 自慢ではありませんが、は、傑作ね。
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(バシニー) 彼女はたいへんなお馬鹿さんですが、それも私には必要なのです。そしてもし、万一、私たち二人のうちのどちらかが、相手にうんざりするようなことがあっても、何か自分を慰めるものを見いだすのは訳もないことでしょう。あなたは違います。あなたへの私の感情は、並のものでは全くありません。
(ヴィオレット) 詳細にご説明くださってたいへんありがたく存じます。これにわたしも同様の率直さでお応えしましょう。わたしにはひとりの愛人がおりますの。
(バシニー) え?
(フェルナンド) ヴィオレット!
(ヴィオレット) ただ、わたしたちの関係は、彼にもわたしにも、お望みならこう申しましょうか、余白の無い手帳なのです。あなたの積極的で無欲なご厚意にも場所がありませんの。まったく単純に、余白なしです。申しわけありません。(会釈をして、彼に帰ってもらう合図とする。)
(バシニー) 結構です。ありがとう。ご幸運を。その方に財力があると良いですな。(後ろ手にドアを閉めて出て行く。フェルナンドがドアを再び開け、玄関で早口の会話が聞こえるが、これを、バシニーが外のドアを再び閉める音が中断させる。)