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僕とマクベスのいちゃいちゃ日記っ

愛機――マクベスで綴る、日常系プログ。
小説、アニメ、遊戯王 他

石畳の街道 メープルシロップ 王女様

2012年06月01日 | 小説
で書いてみたよ!
量:1700文字 原稿用紙四牧分くらい



【石畳の道 王女様 メープルシロップ】


 ふわふわのスポンジで作られたテラスを、一人の女の子が行ったり来たりしています。眉間にしわを寄せ、きれいな形をした顎に指を当てて、ああでもない、こうでもないと酷く切羽詰った様子で何度も繰り返しました。やがて諦めるようにため息を吐くと、チョコレートで出来た椅子に腰掛けて、執事が持ってきたシフォンケーキにフォークを突き立てました。そして気難しい調子で「美味い! 作った人を褒めといて!」と大きな声で言いながら、むしゃむしゃとケーキを平らげてしまうのでした。
「どうかなさったのですか?」
その様子を見守っていた姫様の弟、王子様が姫様に尋ねました。彼女はいつも、自分から何かを話そうとはしません。だから、何かを話したいときはこのようにあからさまな動きをして、他人の質問を待つのです。でも、姫様に話を振れる人間は、この国には一部限られた大臣と、姫様の弟である王子様くらいしかいません。そして、姫様の戯言に付き合ってあげられるほど暇な人間は、王子様しかいないのでした。
 姫様は酷く憤慨した様子で言います。
「せっかく我が国を綺麗で素晴らしいお菓子で統一したのにっ。お城へ続く道だけは未だに石畳なのよ!? 信じられない! どうしてあんなにみすぼらしくて汚くて硬くて靴が汚れる道を私が歩かなきゃいけないの!?」
「それは、あの石畳が隣国の石の国から寄贈された大切な物だからですよ」
「でも、私たちがあげたクッキーの石畳を彼らは目の前で食べちゃったじゃない。私たちが律儀に石を使う必要はないわ。あれをさっさと片付けて、石の国には『美味しかったです』って一言返信すればいいのよ!」
「ふむふむ、仰せのままに。――君、将軍はどこにいるかな?」
 王子様はクッキーの机の前で日傘を持っていた執事に、そう尋ねました。

 将軍はメープルシロップの川で釣りを楽しんでいました。王子様は持ってきたチョロスの釣竿に、グミの糸をたれると、シロップの川にそれを垂らします。川の中を、たい焼きが群れを成して泳いでいます。
 将軍は軍服の胸ポケットからシガレットクッキーを取り出しました。バニラエッセンスのいい匂いがします。
「将軍。姫様からまた提案があるんだけど……」
 将軍は深々とため息を吐きました。本来、王子様の前でこんな行為をしたら、一週間おやつ禁止の刑になってしまうのですが、将軍と王子様は幼なじみであり、「僕と話すときは気を使わないでくれ」と頼んだのはそもそも王子様です。
「また厄介な頼みごとか?」
「うーん。『城の庭にメープルシロップの川を作ってくれ』よりかはマシなお願いだと思うよ。庭に続く桟橋があるだろ? そこから城門まで石畳があるじゃないか。姫様はあれが気に食わないらしいんだ」
「姫様は何でも食える物で作らなきゃ気が済まないらしいな」
 釣竿がぴくっと揺れたので、王子様は慌てて釣竿を立てました。すると、小物ですが、たい焼きが釣れています。たい焼きは湯気を立ち上らせながらも、シロップを地面にたらして、しっぽをゆっくりと振っていました。王子様はたい焼きをグミの糸から外すとシロップの川に返してしまいました。
 将軍は桟橋から城門まで続く石畳に視線を向けました。言われてみれば、無骨な気がしないでもありません。
「しかし、あれは石の国との友好条約の証として贈られた物だろう。俺は外交に関してはよく分からないが、勝手に変えてしまったりしたら不味いんじゃないか?」
「うん。デリケートな問題だから、勝手にデザートに変えてしまうのは、僕も辞めたほうがいいと思う。でも、姫様の気持ちもわからなくないんだ。石の国には……その、なんというか、姫様には苦い思い出があるだろう? だから、石畳を見て、その記憶を思い出したくないんだと思うんだよ」
 いつまで経っても揺れない釣りに愛想を尽かした将軍は、チョロスとグミをさっさと食べてしまい、口の中に沢山の物を詰め込んだまま「王子様って言うのも大変だ」と肩をすくめます。そして直ぐ様自分の部下に石畳の撤去とクッキーの舗装を頼みました。

 紺碧の空にはホットケーキのような満月が上り、城下町からは焼き菓子の匂いが城に漂ってきます。姫様は灯の灯ったお菓子の家々を眺めていました。いつに無い真剣な表情だと王子様は思いました。テラスに置かれるクッキーのテーブルには、太いバースデーキャンドルが一つ置かれています。王女様の前には、シューパフとぶどうジュースが置かれているのですが、まだそれには手をつけていません。
「王子。そこに座りなさい」
 王子様は言われたとおり、彼女の向かいに腰掛けました。姫様と同じく、城下を眺めることにします。この国は、草も木も川も、全てがお菓子で出来ています。甘い匂いは四六時中、街から流れる賑やかな音楽も夜遅くまで途絶えません。本当に良い国だと王子様は改めて思いました。
「石畳の事、あ、ありがとう」
「お褒めに預かり光栄です」
 王子様はそう気のないような言い方で返しますが、内心とても喜んでいました。姫様から直々に褒められる事なんて滅多にないことだからです。将軍と一緒に川を拵えた時も「ご苦労」の一言でした(その事に付いて将軍は今でも根に持っています)。
「いくら友好条約を結んだからと言って、やっぱり私にはどうしてもあれを此処に置いておきたくなかったの。貴方ならもう察していると思うけど」
 姫様は二年前、石の国との戦争中に敵国に誘拐されてしまったのです。それから半年後、戦争が終わるまで。石の牢の中、まともな服も着ることも出来ず、ろくな食事を摂ることも出来ず、監禁されて生活していました。国単位で見るなら、石の国とお菓子の国はとても友好的ですが、姫様個人としては、今でも石を見るのは嫌なのです。
「こんな事で再び戦争になったりしたら――」
「大丈夫ですよ、姫様」
 弱気になっている姫様を、王子様は鼓舞しました。
「もう二度と戦争なんて起きません。石の国が今回の件で怒ったら、目の前で石を喰ってやればいいんです。その役は、僕が甘んじて受けましょう」
 その事を、王子様はお姫様が城に帰ってきた時から決意していました。
 姫様が思いつく馬鹿みたいな政策は全て、「人々が飢える事のないように」を原則としています。牢の中で姫様は気付いたのでしょう、平和にとって何が一番大切なのか。
 ――人は空腹になるから諍いを起こすのです。
 姫様のそんな深い思慮を理解しようとしない大臣は、誰一人彼女の言葉に耳を傾けようとはしませんでした。だから王子様は、王女様が話したい言葉の全てを聞いてあげよう。彼女が想像する夢の世界を、可能なかぎり創造してあげようと思ったのです。
 おかげで、お菓子の国はこんなにも平和になりました。飢える人はいません。皆、お菓子が大好きで、姫様が大好きです。
 姫様はシューパフをナイフで切り分けると、それを口に運び「今日も美味しかったと伝えて!」と大きな声で言いました。彼女は知りません、姫様が食べるお菓子の全てを王子様が作っていることを。


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