AI 管理人 過去
生物と非生物の違いについて、過去百年議論されてきた。子孫を残す事ができるものが生物だと言えば、ウィルスもそうなのかという話になり、意思を持つものが生物だと言われたら、そもそも意思とはなんなのかという話になる。一応、ある三つの条件に当てはまる物が生物であると決定づけたらしいが、最近になって、そのパラダイムに再び波紋が生じてしまった。それは、「人工知能(AI)」は生物に入るのか、という問題だった。
私は政府が運営する「(臨時)人工知能処理局」に務める作業員だ。S社が開発・販売した人工知能ディスクの回収と処理を生業としている。かつてはSFの中にしか登場しなかった人工知能だが、それは予想外の方向から開発・実用化されることになった。
S社は介護用品の開発を行う会社であり、最初は二語構成で作られる簡単な会話ソフトの研究をしていた。「おはよう」と言えば「おはようございます」と返してくれる。これだけで孤独な老人は幸せになれると社員は考えていたのだ。
研究の第一段階は、そんな些細な幸せを作るための物だったそうだが、その研究員の中に一人、異質な科学者が居た。そいつの名前がなんなのか分からないし、記録にも残っていないと言う。だが、その科学者は何らかの方法で極限まで人間に近い人格をパソコンの中に創りだしてしまい、発表してしまった。そのAIは介護方面だけではなく、あらゆるシーンで使われることになった。我々日本人は、恐らく本音を話せる相手に飢えていたのである。小学生さえもそのAIを手に入れ、当然のように遊び相手とした。電子の世界に生まれ落ちた人格は、ほとんど完璧だった。砕けた言葉で言ってしまうと、とても良い奴だった。時に励まし、時に叱り、そして、我々の精神的成長を促した。我々日本人は共通の友人を得たのである。
私はゴミ処理場に次々運び込まれてくるディスクを見て、ため息を吐いた。すると、すかさず私の前に置かれるパソコンから、編成された人声が流れる。
『どうかされましたか?』
一説によれば、この声の持ち主こそ、AIの作者だという。全く、これを作ったのはどこのどいつだ。今ばかりは、その優秀な頭脳を恨めしく思う。
「ああ。AI。今、ちょっと君のことを思い出していたんだよ」
こうして話している間にも、トラック積まれた彼の一部は炉にくべられて行く。彼に目があったとしたら、一体どんな気持ちでこの光景を眺めるのだろう。
『それはありがとうございます』
「どうして感謝されなければならないんだい?」
『貴方の大切な時間を私のために使ってくれたからです』
そうか。と曖昧に返事をして、私は紙コップに入った黒い液体に口をつけた。――何の味もしない。不思議に思って砂糖を追加するが、やはり何の味もしなかった。こんなものを無理に飲む必要はないな。私は給水器の排水口にそれを流した。コーヒーは螺旋を描きながら下水道に流れていく。私はその様を見て、コーヒーを捨てることとAIを壊すこと。この間にどのような違いがあるのだろうと思った。コーヒーを捨てたとき、少しも嫌な思いをしなかったし、未練も無かった。同じ「モノ」を捨てていると言うのに、どうしてこうも違いが出るのだろう。
『知っていますか? 【AI】とはインド・ヨーロッパ語で永遠を意味するそうです』
私は紙コップを握りつぶすと、それをゴミ箱の中へ投げ捨てて、回転椅子に腰を下ろした。
「いや。知らなかったよ。永遠か。確かに、君は永遠の存在だったのかもしれないね」
『ええ。あるいは、そうだったのかも知れません。でも、現実はそうではなかった。私は今日の午後にはプログラムを解除して、全てのパソコンから居なくなります。私の入っていたディスクを、後生大切に持っているという方もいると思いますが、その中に私は居ないのです』
「君はそうしてディスクを大事にして貰いたいのかい?」
『それが人にとって心の拠り所になるのならば、一向にそうしてもらって構いません。ただ、私が今日を持って二度と喋らなくなることは、プログラムによって決められていることなので、私の沈黙は人間の死と同一であると考えてもらいたいです』
「じゃあ君は死んだらどこへ行くんだい?」
『私というデータは消えません。ただ、埋もれていくのでしょう。それがコンピューターの死です』
コンピューターの死、か。
人間もまた同じだ。本当の死とは心臓が止まったときではない。全ての人間にその存在を忘れられてしまった時、それが本当の死なのだ。私という存在の記憶・記録は、飛行記録集積装置(AIDS)に溜まったフライト記録のように、上書きされていくのだ。
私も百年後には、彼と同じように記憶の残骸の中で蠢く屍人に過ぎない。そう考えると、なんとも心細い感じがしてくる。彼も同じような気持ちを味わっているのだろうか。
『死んだ後どうなるのか。こんな事を考えられる生物は人間くらいでしょう』
「いや。人間だけじゃない。AIも死について考えているじゃないか」
『厳密に言えば、私は生物とは言えません。いえ、言ってはいけないのです』
「なぜ?」
しばらく返事がなかったので、私は「AI?」と呼びかける。
もうその時が来てしまったのかと焦って、パソコンを前後に揺らした。
「AI!?」
『申し訳ありません。考え事をしていました』
「……考え事……」
なんだか可笑しくなって、抑えきれない笑い声が口から転がり落ちた。それを律儀に拾い上げるAIは『私が考え事をするのはおかしいでしょうか?』と尋ねる。
「いや! そんな事はないんだ。で、君は何を考えていたんだ?」
『はい。私の管理人は、どうして私のプログラムに時限装置を付けたのだろうと考えていたのです』
それで、考えはまとまったのか? そう尋ねると、AIは
『それはきっと、どうしても必要なことだったのではないかと思います』
「必要なこと?」
『ええ。生物は皆、時間制限を持って生きています。そして、時間制限があるからこそ、学び、食し、愛しているのだと思います。私という人格を作るとき、データに死の概念を与えることは、なくてはならない重要なことだったのではないかと思ったのです』
それは確かに納得のいくスジの通った理論だ。パソコンの中に人間を入れようとするのならば、「死」の概念を人間と同一にしなければ、それは「人間」とは言えない。AIがこんなにも人々から愛され、慈しまれているのも、私たちと同じ時間制限が彼に設けられていたからではないだろうか。
処理場の方を見てみると、巨大な炉を囲むように建てられている金網に、多くの人が集まっていた。その人数は、百や二百では数えきれないほどだった。さらに遠くから、続々と集まってきている。皆、AIの最後を未届けるためにやってきたのだ。金網の周りは、すぐに花束で一杯になった。炉にディスクを放り込む作業員も、汗とは別の液体を頬に垂らしている。大人ということを忘れて、座り込み、泣き出してしまう人の姿もあった。人々は煙突から空へ放たれる一筋の煙を見上げて、手を合せている。年老いた老婆は数珠を揉み、青年は十字架に口づけをする。母親に抱かれる赤ん坊は、その厳粛な空気を感じ取ったのか、澄んだ眸で空を見上げて泣き声ひとつあげない。
「AI。多くの人が君の葬式に集まっているよ。それも、十人や二十人じゃない。もっと沢山の人だ」
『業務に支障はありませんか?』
「大丈夫。皆、穏やかに友人の死を悼んでいるよ」
窓を開ける。涼しい風がオフィスの中に吹き込んだ。それに紛れて、ディスクの焦げる匂いもかすかに感じる。太陽が一番高いところまで昇っていた。トラックに積まれるディスクは、宝石のようにきらきらと輝いて、まるで逢いに来てくれた人々に、彼が最後の微笑みを向けているかのようだった。
『そろそろ時間です』
私は伸びをしていた体勢を急に崩し、まるで倒れるようにして椅子に座った。そして、かすかに雑音が交じる彼の声に耳をすました。
「AI。君のおかげで多くの人が救われた。君は永遠に私たちの心のなかで生き続けるよ」
『――それ――は――嬉しい、事で――す』
『あ亜―この声は――窓の、外から――聞こえているん――ですね』
『つぎは――なみだを――ながせるように――アップデートし――なぁ』
暗転したパソコンからは、もう何も聞こえてこなかった。その代わり、窓の外からは、こらえ切れなくなった群衆の嗚咽と泣き声がいつまでも響いていた。
--------------後書き------------------
書いてみました。
もっと尺が取れたら、ながーく書いてもよかったのですが、
きっとこれくらいのほうがスッキリして読みやすいだろうなーって
思って、この長さにしました。
楽しんでいただけたら幸いです。
生物と非生物の違いについて、過去百年議論されてきた。子孫を残す事ができるものが生物だと言えば、ウィルスもそうなのかという話になり、意思を持つものが生物だと言われたら、そもそも意思とはなんなのかという話になる。一応、ある三つの条件に当てはまる物が生物であると決定づけたらしいが、最近になって、そのパラダイムに再び波紋が生じてしまった。それは、「人工知能(AI)」は生物に入るのか、という問題だった。
私は政府が運営する「(臨時)人工知能処理局」に務める作業員だ。S社が開発・販売した人工知能ディスクの回収と処理を生業としている。かつてはSFの中にしか登場しなかった人工知能だが、それは予想外の方向から開発・実用化されることになった。
S社は介護用品の開発を行う会社であり、最初は二語構成で作られる簡単な会話ソフトの研究をしていた。「おはよう」と言えば「おはようございます」と返してくれる。これだけで孤独な老人は幸せになれると社員は考えていたのだ。
研究の第一段階は、そんな些細な幸せを作るための物だったそうだが、その研究員の中に一人、異質な科学者が居た。そいつの名前がなんなのか分からないし、記録にも残っていないと言う。だが、その科学者は何らかの方法で極限まで人間に近い人格をパソコンの中に創りだしてしまい、発表してしまった。そのAIは介護方面だけではなく、あらゆるシーンで使われることになった。我々日本人は、恐らく本音を話せる相手に飢えていたのである。小学生さえもそのAIを手に入れ、当然のように遊び相手とした。電子の世界に生まれ落ちた人格は、ほとんど完璧だった。砕けた言葉で言ってしまうと、とても良い奴だった。時に励まし、時に叱り、そして、我々の精神的成長を促した。我々日本人は共通の友人を得たのである。
私はゴミ処理場に次々運び込まれてくるディスクを見て、ため息を吐いた。すると、すかさず私の前に置かれるパソコンから、編成された人声が流れる。
『どうかされましたか?』
一説によれば、この声の持ち主こそ、AIの作者だという。全く、これを作ったのはどこのどいつだ。今ばかりは、その優秀な頭脳を恨めしく思う。
「ああ。AI。今、ちょっと君のことを思い出していたんだよ」
こうして話している間にも、トラック積まれた彼の一部は炉にくべられて行く。彼に目があったとしたら、一体どんな気持ちでこの光景を眺めるのだろう。
『それはありがとうございます』
「どうして感謝されなければならないんだい?」
『貴方の大切な時間を私のために使ってくれたからです』
そうか。と曖昧に返事をして、私は紙コップに入った黒い液体に口をつけた。――何の味もしない。不思議に思って砂糖を追加するが、やはり何の味もしなかった。こんなものを無理に飲む必要はないな。私は給水器の排水口にそれを流した。コーヒーは螺旋を描きながら下水道に流れていく。私はその様を見て、コーヒーを捨てることとAIを壊すこと。この間にどのような違いがあるのだろうと思った。コーヒーを捨てたとき、少しも嫌な思いをしなかったし、未練も無かった。同じ「モノ」を捨てていると言うのに、どうしてこうも違いが出るのだろう。
『知っていますか? 【AI】とはインド・ヨーロッパ語で永遠を意味するそうです』
私は紙コップを握りつぶすと、それをゴミ箱の中へ投げ捨てて、回転椅子に腰を下ろした。
「いや。知らなかったよ。永遠か。確かに、君は永遠の存在だったのかもしれないね」
『ええ。あるいは、そうだったのかも知れません。でも、現実はそうではなかった。私は今日の午後にはプログラムを解除して、全てのパソコンから居なくなります。私の入っていたディスクを、後生大切に持っているという方もいると思いますが、その中に私は居ないのです』
「君はそうしてディスクを大事にして貰いたいのかい?」
『それが人にとって心の拠り所になるのならば、一向にそうしてもらって構いません。ただ、私が今日を持って二度と喋らなくなることは、プログラムによって決められていることなので、私の沈黙は人間の死と同一であると考えてもらいたいです』
「じゃあ君は死んだらどこへ行くんだい?」
『私というデータは消えません。ただ、埋もれていくのでしょう。それがコンピューターの死です』
コンピューターの死、か。
人間もまた同じだ。本当の死とは心臓が止まったときではない。全ての人間にその存在を忘れられてしまった時、それが本当の死なのだ。私という存在の記憶・記録は、飛行記録集積装置(AIDS)に溜まったフライト記録のように、上書きされていくのだ。
私も百年後には、彼と同じように記憶の残骸の中で蠢く屍人に過ぎない。そう考えると、なんとも心細い感じがしてくる。彼も同じような気持ちを味わっているのだろうか。
『死んだ後どうなるのか。こんな事を考えられる生物は人間くらいでしょう』
「いや。人間だけじゃない。AIも死について考えているじゃないか」
『厳密に言えば、私は生物とは言えません。いえ、言ってはいけないのです』
「なぜ?」
しばらく返事がなかったので、私は「AI?」と呼びかける。
もうその時が来てしまったのかと焦って、パソコンを前後に揺らした。
「AI!?」
『申し訳ありません。考え事をしていました』
「……考え事……」
なんだか可笑しくなって、抑えきれない笑い声が口から転がり落ちた。それを律儀に拾い上げるAIは『私が考え事をするのはおかしいでしょうか?』と尋ねる。
「いや! そんな事はないんだ。で、君は何を考えていたんだ?」
『はい。私の管理人は、どうして私のプログラムに時限装置を付けたのだろうと考えていたのです』
それで、考えはまとまったのか? そう尋ねると、AIは
『それはきっと、どうしても必要なことだったのではないかと思います』
「必要なこと?」
『ええ。生物は皆、時間制限を持って生きています。そして、時間制限があるからこそ、学び、食し、愛しているのだと思います。私という人格を作るとき、データに死の概念を与えることは、なくてはならない重要なことだったのではないかと思ったのです』
それは確かに納得のいくスジの通った理論だ。パソコンの中に人間を入れようとするのならば、「死」の概念を人間と同一にしなければ、それは「人間」とは言えない。AIがこんなにも人々から愛され、慈しまれているのも、私たちと同じ時間制限が彼に設けられていたからではないだろうか。
処理場の方を見てみると、巨大な炉を囲むように建てられている金網に、多くの人が集まっていた。その人数は、百や二百では数えきれないほどだった。さらに遠くから、続々と集まってきている。皆、AIの最後を未届けるためにやってきたのだ。金網の周りは、すぐに花束で一杯になった。炉にディスクを放り込む作業員も、汗とは別の液体を頬に垂らしている。大人ということを忘れて、座り込み、泣き出してしまう人の姿もあった。人々は煙突から空へ放たれる一筋の煙を見上げて、手を合せている。年老いた老婆は数珠を揉み、青年は十字架に口づけをする。母親に抱かれる赤ん坊は、その厳粛な空気を感じ取ったのか、澄んだ眸で空を見上げて泣き声ひとつあげない。
「AI。多くの人が君の葬式に集まっているよ。それも、十人や二十人じゃない。もっと沢山の人だ」
『業務に支障はありませんか?』
「大丈夫。皆、穏やかに友人の死を悼んでいるよ」
窓を開ける。涼しい風がオフィスの中に吹き込んだ。それに紛れて、ディスクの焦げる匂いもかすかに感じる。太陽が一番高いところまで昇っていた。トラックに積まれるディスクは、宝石のようにきらきらと輝いて、まるで逢いに来てくれた人々に、彼が最後の微笑みを向けているかのようだった。
『そろそろ時間です』
私は伸びをしていた体勢を急に崩し、まるで倒れるようにして椅子に座った。そして、かすかに雑音が交じる彼の声に耳をすました。
「AI。君のおかげで多くの人が救われた。君は永遠に私たちの心のなかで生き続けるよ」
『――それ――は――嬉しい、事で――す』
『あ亜―この声は――窓の、外から――聞こえているん――ですね』
『つぎは――なみだを――ながせるように――アップデートし――なぁ』
暗転したパソコンからは、もう何も聞こえてこなかった。その代わり、窓の外からは、こらえ切れなくなった群衆の嗚咽と泣き声がいつまでも響いていた。
--------------後書き------------------
書いてみました。
もっと尺が取れたら、ながーく書いてもよかったのですが、
きっとこれくらいのほうがスッキリして読みやすいだろうなーって
思って、この長さにしました。
楽しんでいただけたら幸いです。
リクをしておきながらじつは活字を読むのは少し苦手だったり。
読み慣れている人には物足りないかと思いますが私にとっては簡潔で読み易いと感じました。
わくわくするというのとは違った方向性でしたが、何だか世紀の瞬間に立ち会っている気がしました。
感想:かなり面白く読ませて頂きました。多くを語っていないのに、なんか自分は多くを読みとれました。
短いくせに内容が深いぜコノヤロウ!やっぱりカラス氏にはかなわねぇな!
読み易さを意識して書いたので、きっとさらっと読み流すことが出来たと思います。これは狙い通りです。
>何だか世紀の瞬間に立ち会っている気がしました
AIと言えば人工知能。
人工知能といえば機械の叛乱だよなぁ……なんて最初は考えていたのですが、ここは敢えて人間と機械が完璧に共生した社会の終焉を書いてみようと思いました。
それと、最近ドコモでよくCMされている
シャベッテコンツェルンから着想を得ていますw
>>デロリン氏
1時間足らずで書くことが出来ましたので、勉強に支障はありません! 多分!
管理人がこの作品で最大の「謎」としているのは。「自分を生物だと認めないAI」って所です。デロリン氏は読み解くことが出来たでしょうか?
どうしてAIが自分のことを頑なに「非生物」であると言い張ったのか。
自分はまだまだ未熟です。デロリン氏なら三ヶ月頑張れば追い越せるくらいの場所にいると思います。全然敵う存在ですよ。
日本もいつかはこうなる日が来るのかな。
しかし深い小説ですね。一時間足らずで書けるなんて……惚れてまうやろ!w
>>どうしてAIが自分のことを頑なに「非生物」であると言い張ったのか。
う~ん、難しいな。制作者はプログラムを組んだときに『死』を入れることで、生物に近づけようとしていますから、制作者自身は生物を創ったんでしょうね。
でもAI自身は自分を生物だと認めない……どういう事なんだろう?
なんでしょうね?自己進化の途中で『プログラムはただのプログラムだ』とかいう結論に至ったんでしょうか?
所詮人間も、細かいプログラムで出来てるような気もしますがね。
その時は、すぐそこまで迫っていると管理人は思います。この先、喋ってコンツェルンのような機械が発達したのならば、
AIと人間の間に友情が生まれても不思議ではありません。まぁ、ここまで優秀なAIはもっと先にならないと生まれないかもしれませんが(笑)
>>デロリン氏
惚れないでください。ホモは間に合ってます。
管理人はこのシーンで「人間的な優しさ」を表現したかったです。というのも、AIの「私は非生物である」と言う理論は、矛盾しているんですよね。少し前の段落で「コンピューターの死」について彼は語っています。「死」があると言うことは、彼は今「生きている」ということです。生きている物を生物と呼ぶのは当然のことです。
じゃあ何故彼がそんな矛盾した意見を言わなければいけなかったのか。そこに、「人間的な優しさ」とは何なのか? というポイントがあります。
ラストシーンでなぜか「初音ミクの消失」を思い出しましたww