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中村良一とマカカ・ルーサーズ・バンド

Macaca Rhesus'es Band.(赤毛猿バンド)
トラディショナルなジャズを広めたジャズマンを紹介します。

Matty Matlock

2022年06月26日 21時22分54秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Matty Matlock. (マティー・マトロック).クラリネット奏者

1907年4月27日、ケンタッキー州パドゥーカに生まれました。
本名は「 Julian Clifton “matty” Matlock. 」
12歳の頃からクラリネットを習った。

初めは地方回りをしていたが、1929年「ベン・ポラック楽団」に
「ベニー・グッドマン」のあとがまとして加入し有名になった。
やがて、そのバンドは「ボブ・クロスビー」の手に渡ったが、
彼は長い間スター・プレイヤーとして活躍した。

1935年~1943年「ボブ・キャッツ」の一員として活躍した。
1943年からウェスト・コーストで演奏をし、映画の仕事も多く行った。
また、トランペッターの「ボビー・ハケット」のバンドでレコーディングを行った。
1978年6月14日、ロサンゼルスで亡くなりました。

演奏こちら⇒ Muskrat Ramble.

演奏こちら⇒ I Want a Big Butter and Eggman.



end.

Jimmie Noone

2022年06月24日 08時04分19秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Jimmie Noone.(ジミー・ヌーン).クラリネット奏者

1895年.ニューオリンズ郊外の農場で生まれた。
彼の演奏は素晴らしく「ベニー・グッドマン」、「ウディ・ハーマン」や、
「ピー・ウィー・ラッセル」など、多くのジャズメンに影響を与えた。

10歳の時からギターを弾いていたが、15歳の時にクラリネットを持ちはじめた。
すぐにバンド入りしたが、腕をみがくために、転々とバンドを移り変わった。
1923年には「オリジナル・クレオール・バンド」の一員となり各地を旅行し、
最初にニューオリンズからシカゴへ移った重要な一人となった。

1926年.自分のバンドをつくり、有名な「アペックス・クラブ」で演奏し評判を高めた。
1929年には「ピアノ:アール・ハインズ」、「アルトサックス:ジョー・ポストン」、
「バンジョー:バット・スコット」、「ドラム:ジョニー・ウェルズ」のメンバーで
素晴らしいレコードを吹き込んだ。

その後、ニューヨークやシカゴなどで、演奏を続け活躍した。
1944年 4月.ロスアンゼルスで亡くなりました。

演奏こちら⇒ Sweet Lorraine (1928)



end.


Johnny Mince

2022年06月20日 15時42分26秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Johnny Mince.(ジョニー・ミンス)クラリネット奏者

1912年7月8日.イリノイ州シカゴハイツに生まれた。
彼は沢山の有名なコンボ・バンドやビッグ・バンドで活躍した、
スウィング・ジャズのクラリネット演奏の名手の一人である。

私は、1979年のサクラメント・ジャズ・フェスティバルでJohnny Mince.に会いました。
彼の演奏中のリズムの取り方は面白くて、足踏みしながらリズムをとっていたのを見て、
横に揺れようが、縦に揺れようが、斜めにゆれようが、回転しようが、じっとしていようが、
リズムの取り方は「人それぞれ・自由だ」と痛感しました。

彼は、1929から1934年、Joe Haymes.と共演しました。
1935年、Red Norvo.とGlenn Miller.とレコーディングしました。
1937年、トミー·ドーシー楽団に入団しました。

1976年、ニュー・ポール・ホワイトマン楽団に入団しました。
1983年、The World's Greatest Jazz Band.に参加し、ヨーロッパ・ツアーを敢行しました。
多くの有名なミュージシャンと共演した後、1997年に亡くなりました。

演奏こちら⇒ Undecided.

演奏こちら⇒ S'Wonderful.



end.

Johnny Dodds

2022年06月12日 00時03分59秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Johnny Dodds.(ジョニー・ドッズ)クラリネット奏者

1892年、ニューオリンズ生まれ。ドラマーの「ベイビー・ドッズ」の兄。
クラリネットは独学で習得し、1911年「キッド・オーリー」のバンドでデビューした。
ディキシー・クラリネットのベスト・プレイヤーと言われ、
「キング・オリヴァー」や「ルイ・アームストロング」と並んで評されるほどである。

1920年にシカゴに行き、「キング・オリヴァー」のバンドに加わった。
レコーディングも非常に多く、1926年以降、「ルイ・アームストロング」や、
「ジェリー・ロール・モートン」、「キング・オリヴァー」などのグループで行っている。

その後、1930年前後に起こった経済恐慌のあおりでタクシーの運転手で、
生活していた事もあったが、1938年ふたたびレコーディングの仕事をするようになった。
1940年 8月、イリノイ州シカゴで亡くなった。

楽曲こちら⇒ Wild Man Blues.



Joe Marsala

2022年06月09日 09時48分05秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Joe Marsala.(ジョー·マーサラ)クラリネット奏者

1907年1月4日.イリノイ州シカゴに生まれた。
イタリア系アメリカ人で、数多くのジャズ・シーンに登場したクラリネット奏者です。
当初はシカゴに拠点を置いて活動していましたが、1933年にニューヨークに移住しました。

彼はユニークな演奏スタイルで、Adele Girard.のハープを取り入れ演奏しました。
また、Joe Marsala & His Delta Four.や、Joe Marsala Delta Six.を編成し活躍し、
数多くの映像やレコーディングを残しています。

1978年3月4日.カリフォルニア州サンタバーバラで亡くなりました。

Joe Marsala Delta Six.
演奏こちら⇒ Feather Bed Lament.



George Lewis

2022年06月06日 09時07分21秒 | ジャズマン紹介

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ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

George Lewis.(ジョージ・ルイス).クラリネット奏者

1900年.ルイジアナ州ニューオリンズに生まれた。
多くのミュージシャンから尊敬された、ジャズ・クラリネットの草分けです。
17歳の時に「ブラック・イーグル・バンド」に入り、それ以後、色々なバンドで活躍した。

1920年代には自分のバンドを持って活躍した。
1930年代には音楽の仕事が少なくなり、音楽以外の仕事をして生活した。
また、ジャズの仕事から離れ、仲仕(なかし)をやった。

やがてディキシーランドのリバイバルの波にのって、1938年にトランペットの、
「バンク・ジョンソン」が、続いて1942年に「ジョージ・ルイス」が引っ張り出され、
レコーディングを行った。

その後、バンクと一緒にニューヨークに出て演奏したが、まもなくニューオリンズに戻り、
自分のバンドを作って活躍した。
1968年12月、ニューオリンズで亡くなりました。



end.

Roy Smeck

2022年05月29日 13時39分27秒 | ジャズマン紹介

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ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Roy Smeck.(ロイ・スメック)
ウクレレ、バンジョー、ギター、スチール・ギター奏者

1900年、ペンシルべニアに生まれた。
弦楽器の魔術師(Wizard Of Strings)と呼ばれた、伝説のマルチ・プレヤーです。
ウクレレの演奏は神業で、ウクレレと遊んでいます。
1994年4月に亡くなった。

映像はこちら ⇒ ウクレレ演奏

映像はこちら ⇒ ウクレレ演奏

映像はこちら ⇒ ウクレレ演奏







Frank Teschemacher

2022年05月24日 09時00分26秒 | ジャズマン紹介

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ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Frank Teschemacher.(フランク・テッシメーカー).クラリネット奏者

1906年.カンサス・シティに生まれた。
ディキシー・スタイルのクラリネットの名手の一人である。

彼は若いうちに亡くなったので、「ヴックス・バイダーベック」のように偶像化されている。
1924年.~1925年.「オースチン・ハイ・スクール」の時代にサックスの「バッド・フリーマン」や
コルネットの「ジミー・マクパートランド」とバンドを作って活躍した。

このバンドには、のちに「グッドマン兄弟」「メズ・メズロー」「ジャック・ティーガーデン」、
「エディ・コンドン」「ジーン・クルーパー」などが加わり、さながら「シカゴ・ジャズ」のメッカのようであった。

彼の演奏は非常に際だって好かれ、印象的な音色を聴かせた。
1932年 3月.シカゴで亡くなりました。

演奏こちら⇒ Copenhagen.



end.

Edmond Hall

2022年05月14日 18時04分38秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Edmond Hall.(エドモンド・ホール) クラリネット奏者

1901年、ニューオリンズで生まれた。
映画「上流社会」や「サッチモは世界を回る」でおなじみのクラリネット奏者である。
クラリネットは独学でマスターし、ユニークで強烈なクラリネットの名手である。

1928年、ニューヨークに出て「チャーリー・スキーツ」のバンドが、
「クロード・ホプキンス・バンド」にかわってからも、1935年まで加わっていた。

それ以後は、「ラッキー・ミリンダ」、「レッド・アレン」、
「テディ・ウィルソン」などのバンドで仕事をし、1944年~1950年は自分のコンボで活躍した。

1950年~1955年は「エディ・コンドン」のバンドで活躍し、レコーディングした。
1955年~1958年は「ルイ・アームストロング・オール・スターズ」で活躍した。
1967年 2月ボストンで亡くなりました。

演奏こちら⇒ Dardanella.




Jazz scene.
Jam Session Coast to Coast.



end.

Barney Bigard

2022年05月08日 23時59分20秒 | ジャズマン紹介

★ジャズマン紹介★
ジャズを世界中に広めた、トラディショナルなジャズのジャズマンを紹介します。

Barney Bigard.(バーニー・ビガード)クラリネット奏者

1906年3月3日.ニューオリンズ生まれ。
本名は、オールバニー・レオン・ビガード(Albany Leon Bigard)

1925年シカゴに行き、「キング・オリヴァー」のバンドに参加した。
1928年「デューク・エリントン」のバンドで活躍し、そこで有名になった。
その後、いろいろなバンドを経て、自分のバンドを持って活躍した。

1946年「ルイ・アームストロング」の「オール・スターズ」に参加した。
1953年に来日して素晴らしいプレイを見せた。
1980年6月27日.カリフォルニア州.カルバーシティーで亡くなりました。



end.