天使の図書館ブログ

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Grand Stroke-6-

2012-08-18 | エースをねらえ!

(※漫画「エースをねらえ!」の二次小説です。内容にネタバレ☆等を含みますので、一応ご注意くださいm(_ _)m)


 え~と、今回は言い訳事項がなんとなくたくさんあるやうなww

 というか、最初にも書いたとおり、試合の描写・テニスの知識に関しては、ものっそあやしい感じというか

 ウィンブルドンの試合中継をテレビで見てる分においては、ある程度わかった気になって見ちゃうんですけど……あらためてタイブレークについて説明せよ、とか言われると、言葉がでてこないんですよね(笑)

 エースの原作本には、時々テニス用語の解説が横のほうに書いてあるんですけど、それによるとタイブレークって、


 >>ゲームカウントが6対6になると、本来ならさらに、どちからかが2ゲーム差をつけないとセットが終了しないが、この方法は6対6になるとベストオブ9ポイントのゲームとし、先にポイントをとったほうが勝ち。


 って書いてあります

 でも、こうやってあらためて言葉で説明されると、「なんのこっちゃら」っていう感じですよね(わたしだけ?笑)

 んでも、試合が実際タイブレークになったところを見ると、「タイブレークっていうのはそういうことなんだな~☆」って十分了解して見ることが出来る。 

 う゛~んだからなんていうか、自分ではわかってるつもりのことを、あらためて言葉に置き換えてみると、「えっと、本当にこれで正しいんだっけ?」みたいに、なんかわかんなくなるんですよ(^^;)

 なので、そういう意味での間違いがあるかもしれないっていうのと、あとは「テニスについてわかってねーなー、こいつ☆」的間違いのどっちかがあるかもしれませぬww

 まあ、だったら少しはなんか調べたりしろよって話なんですけど、とりあえずこのお話を書く分においてはわたし、参考資料的なものは何ひとつ読んでません

 ネットで調べるのも、ある意味なんか無意味なんですよね

 なんでかっていうと、アドバンテージとかジュースっていう言葉でさえ、わかりきってることをあらためて説明してあるのを読むと、「はい??」みたいになって、余計混乱するからです(ヴァカ☆)

 そんなわけで、試合の描写&テニスの知識に関してはもう、「ノリ小説☆」みたいなもんだと思ってお読みいただければと思いますm(_ _)m

 んーと、他には言い訳事項ってなんだっけな……そうそう。今回からクラリッサ・エンデルバウムって子が出てくるんですけど、この子に関しても「そんな消極的な性格で、プロとかありえなくない?」みたいな感じかもしれません(^^;)

 でもまあ、漫画でいったら、こーゆー子がひとりくらいいるのも悪くないっていう気がするので、そこらへんのことはあんまし深く考えちゃらめらのれす☆あはっ( ´∀`)的なww(もう、こればっかり・笑)

 なんにしても、たぶん次回かその次くらいから、ひろみは実際にウィンブルドン戦を戦っていくことになるのでよろしくお願いします♪(^^)

 それではまた~!!



       Grand Stroke-6-

          Side:ひろみ

 ――あたしは今日、とても恥かしいことをしてしまった。

 あたしと宗方コーチが無事日本から到着したことを祝うように、エバハート邸の庭でバーベキュー・パーティが開催されたのだけれど……あたしは宗方コーチとエバハート夫人の存在が気になるあまり、いつも以上に明るく無邪気にはしゃいだ振りをした。

 でも、何故そんなことをしたかと言えば、理由はわかりきっていて……あたしはエバハート夫人や宗方コーチの前で恥をかきたくなかったのだと思う。ううん、恥っていうのとはちょっと違うかな。ふたりの目から見て――特にエバハート夫人の目から見て、ヒロミ・オカは明るいみんなの人気者といったような、そういう印象を持ってほしいように感じたというか。

 もちろん、そんなわたしの作戦(?)は、一応表面的には成功していた。

 藤堂さんや尾崎さんと盛り上がったり、他の外国人プレイヤーを紹介してもらって、互いの文化のことを話しあったり……晩餐会が楽しかったというのは本当のことだ。

 でも、わたしが常に心の隅で気にかけていたのは、宗方コーチとエバハート夫人のことだった。ふたりは一体どんなことを話したのか、また今もどんな会話を交わしているのか、そんなことばかりが絶えず気になっていた。

「あ~あ、去年は俺が初戦で敗退、んでもって藤堂が二回戦敗退だろ?岡さん、日本の未来は間違いなく君にかかっている!!」

 尾崎さんが英語でそう言うと、まわりの若いテニスプレイヤーたちもどっと笑った。

「やれやれ。日本は一体いつから、女性上位の国になったんだ?俺たちアメリカ人にとっては、しとやかなヤマトナデシコのいる憧れの国だってのに」

「レンコフ、残念ながら日本のヤマトナデシコっていうのは、だんだんに人の想像の世界にしか居場所がなくなってきてるんだよ。本物のヤマトナデシコは絶滅しかかってると言っていいだろう……あとは京都の祇園で舞妓や芸者を見てヤマトナデシコを連想するという、それだけの存在になってると言っていい」

「Oh,No~!!こうしてまた恐妻国ばかりが増えていくのかっ!!」 

 そう言ったのはエディだった。エディもまた今期のウィンブルドンに出場するシード選手のひとりで――妹のアンジーのほうはノーシードによる出場。クリスティンとアンジーは気が合いそうだとあたしが思っていたとおり、ふたりは庭の隅のほうで何か熱心に話しあっている最中だった。

「どうしたの?なんだか元気がないみたいだけど……」

 あたしにしては、珍しくとてもハイテンションだったと思うのに――そう藤堂さんに声を掛けられた時には、すごくドキッとした。見抜かれてるなあ、と思うのと同時、藤堂さん以外の人にはそのことがバレてませんように、と願う。

「あのふたりのことが、そんなに気になる?」

 視線を一瞬だけ、藤堂さんはエバハート夫人と宗方コーチに対して向けた。ふたりは今、シャンパンのフルートグラスを片手に何かを話しあっていて……その様子は本当にとても、遠目から見てさえ、お似合いとしか言いようがなかった。

「いいんだよ、岡さん。僕たちはもう互いになんのわだかまりもない友達同士になったんだから――友達なら、気になる異性の話をしたりとかっていうのも、普通だろ?機会があったら今度、僕は岡さんにガールフレンドの相談にのってもらうかもしれないから……とりあえず今は君の番だっていうことで、どう?」

(藤堂さん……!!)

 今でも時々、藤堂さんのこうした優しさに触れるたび――あたしは涙がでそうになる。今日の晩餐会の席でも、藤堂さんは話の輪の中へあたしのことを引き入れてくれたし、そうしたことを本当に「何気なく」してくれる人なのだ。

「あの、わたし……昼間クリスティンに聞いたんです。宗方コーチとエバハート夫人のこと。ふたりはかつて、師弟同士だったんだって。わたしも彼女と会った瞬間に感じました。ふたりの間には他人が誰も入りこむことの出来ない強い絆があるって……」

「それ、まんま岡さんと宗方コーチにも当てはまるね」

 藤堂さんは本当に、なんでもないことのようにそう言った。

「ほら、そんな顔しないんだよ。でもまさか、彼女が宗方さんのコーチだったなんて、思いもしなかったな。僕はてっきり、宗方さんのコーチはやっぱり男で、同じようなスパルタン・タイプなのかとばかり思ってた」

「あたしも」

 ここで互いにふたり、大きな声で笑いあう。

 なんだか、懐かしい西校時代のことが甦ってくるみたいでもあったけど――でも実際にはもう、あの頃には戻れない。それでも、似た時間を今も共有できているということが、あたしは嬉しくて仕方なかった。

「まあ、過去に何があったにしても、宗方さんはもう、岡さんだけの専属コーチなんだしね。しかも、ウィンブルドンでは娘と戦うことになる敵同士でもある……かつて師弟同士で久しぶりに再会したのなら、当然積もる話もあるだろう。でも、ただそれだけなんじゃないかな」

「そうでしょうか……」

 ――このあと尾崎さんがやって来て、「何をふたりで密談してるか、俺も混ぜろっ!!」と間に割りこまれ、この話はそれきりになった。そして尾崎さんの口から、お蝶夫人や千葉さんもウィンブルドンの試合を観戦しにくると聞き、あたしは身の引き締まる思いがした。

 特にお蝶夫人。彼女の目から見ても「素晴らしい」と感じられるような、日本の代表選手として恥かしくない試合をしなくてはと、そんな気持ちになる。

「ふうっ。でもなあ……」

 あたしはバスタブから上がると、正面にある全身を映す鏡の前まで歩いていった。

「ほんと、みっともない体。テニスウェアを着てる部分は真っ白なのに、他の部分は真っ黒けで……胸も小さいしね、あんたは。もちろんそんなこと、宗方コーチは見る前からわかってるだろうけど……」

(それにしては、随分色の黒いプリンセスだな)

 あたしはコーチが昼間言っていた言葉を思いだし、再び自己嫌悪に陥った。

 ううん、その言葉を聞いた時点では、そんなことをどうとも思いはしなかった。でも今、クリスティンとエバハート夫人に出会ってしまったあとでは別だった。たぶん、コーチはああいう「大人の」女の人が好みなのかもしれない。もちろんあたしだって、コーチの過去には女の人のひとりやふたり、いるだろうとは思ってた……でもそれがまさか、スクリーンから飛び出てきたような美女だったなんて、一体誰が想像する?

「それに、クリスティンもとても綺麗な子だわ。肌がなんていうかこう……文学的な表現で言うとしたら、ブロンズ色っていうのかしら?陽に焼けてるのはあたしと同じなんだけど、焼け方が全然違うの。ああいう肌の焼け方する子ってね、すぐにまた元通りの白い素肌になるのよ。あたしの場合は汚い焼け方っていうのかな……暫くの間はほんとに黒んぼのままで、ようやく秋の終わりくらいに元に戻るっていうような、そういう焼け方。それに、親子そろって波打つような金髪をしてて……あたしなんかこんな、ブラシを何度通しても甲斐のない、癖っ毛なのに……」

(そっか。宗方コーチにとっては、数いる女の人の中で、本当に<女>と思えるくらいなのは――あのくらいレベルの高い人なんだ。それならあたしのことなんて、本当にただの弟子で自分の子供くらいにしか思ってなくて当然よね……)

「おい、岡。一体いつまでバスルームでブツブツ言ってるつもりだ?話があるから、なるべく早く上がってこい」

 突然、浴室の外で宗方コーチの声がし、あたしは口から心臓が飛び出すんじゃないかってくらい、ドキッとした。あ~もうほんと、心臓に悪い。

 あたしは急いで体を拭くと、パジャマを着てバスルームから部屋の中へ戻った。宗方コーチは本当にこういうところ、デリカシーがない。

「さっき、俺はおまえよりも一足先に、コートの様子を見てきた。おまえ、ワイルドカードのクラリッサ・エンデルバウムを知っているか?」

「いいえ、でんでん」

 あたしがごしごしとタオルで髪を拭きながらそう答えると――向かい側のソファから、ギロッと物凄い視線が飛んでくる。まったくもう、宗方コーチってば、テニスのことでは<でんでん>冗談が通じないんだから……。

「強敵だぞ。説明するまでもなくおまえも知っているだろうが、ワイルドカードっていうのは、主催者の推薦で出場する選手のことだ。テニスの世界はランキング制だが、ウィンブルドンへ出場するのにランキングの足りない選手が、ワイルドカードで出場することがある。今年はスイスのエンデルバウムと、男子ではクロアチアのペトロビッチのふたりだ。ふたりともエバハート夫人の口利きで出場することになったようだが――とんでもないダークホースと見ていい」

「クラリッサ・エンデルバウム……」

 確か、今日の晩餐会では見かけなかったような気がするけど、あとでクリスティンかアンジーにでも、彼女のことを紹介してもらおうと思った。

「まだ抽選で誰と当たるかはわからんが、打ちあっておいて損のない相手だ。サウスポーのビッグ・サーバータイプで、モアランドほど球威はないが、来年には彼女と並ぶくらいの実力をつけているかもしれん。歳はクリスティンと同じく十七。是非おまえと一度練習してほしいと、こちらから頼んでおいた」

「え、ええ~っ!?そんな勝手に……」

 と言いかけたあたしのことを、宗方コーチが再びギロリと睨む。

「いいか、岡。今後はバーベキュー・パーティなんぞで浮かれている暇は一切ないと思え。朝は城の敷地内のランニングコースを、いつもどおり五キロ走ること。他の基礎トレーニングについても、変わらずきっちり同じメニューをこなせ。わかったな!?」

「は、はいっ!!」

「わかればよし。とりあえず今日は、何も考えずにぐっすり眠れ。ではな」

 言うだけのことを言ってしまうと、宗方コーチはさっさと部屋から出ていってしまう。

「ふーんだ。『何も考えずに眠れ』だなんて、よくもそんなことが言えたもんだわっ!」

 宗方コーチが出ていったドアに向けて、あたしは思いっきりべーっと舌をだした。

 でもそれと同時に、少しだけ胸がほっとしたりもする。何故っていうと、宗方コーチはいつもどおりの宗方コーチで……過去に何かあったかもしれない女性とデレデレする要素など、一切なかったからだ。

(やっぱりあたしの気にしすぎ、考えすぎなのかな。なんにしても、クラリッサ・エンデルバウムかあ。あのコーチが<強敵>と言うからには、相当なんだろうな、うん。っていうか、ここに招待されてる人はみんな、もちろんそんな選手ばかりだけど……それにしても、エバハート夫人の口利きかあ。そんな力があの人にはあるんだ。しかも娘まで天才少女テニスプレイヤーで……)

 あたしはあらためて、宗方コーチはこんなあたしのどこが良かったんだろうと、少し不思議になる。もし宗方コーチがそうと望むなら、かつての師である女性と結婚し、その娘のことを集中してコーチする……そんなことも決して不可能ではないのに……。

「あーっもう、やめやめっ!!考えすぎは体に毒っ!!さあ、宗方コーチの言ってたとおり、あたしは何も考えずに寝るぞっ!!」

 そう決意したものの、まるでお姫さまが眠るような中世風のベッドの中で――あたしは暫くの間輾転反側していた。長時間飛行機に乗っていて、体は疲れてるはずなのに、目だけがばっちり冴えちゃってる感じ……。

(宗方コーチ、お願だからあたしのことを不安にさせないで。一生このままずっと、師と弟子のままでも構わない。そのかわり、絶対にどこへも行かないで。そのためだったらあたし、どんなことでもするから――そう。ウィンブルドンで優勝することだって……)

 あたしがそんなことを色々と考えながら眠った翌日、あろうことかあたしは寝坊してしまった。日本からわざわざ持ってきた目覚まし時計を、寝る前にちゃんとセットしておいたというのに!!

「おい、岡、起きろっ!!」

「んー、ゴエモン。あと五分……」

 あたしはふっかふっかの布団の中で、よだれを垂らして幸せに寝入っている真っ最中だった。あたしは枕が変わると眠れないとかいう、そんな繊細なタイプではまったくなく――このお城のベッドは本当に寝心地が最高だと思っていた。

「誰がゴエモンだ、起きろ、岡っ!!」

 ゆっさゆっさと体を揺すられ、あたしはようやくのことでハッとした。

 目の前にはトレーニングウェアを着た、素敵な鬼コーチの恐ろしい形相がある。

「あっ、すみません、コーチっ!!今すぐ顔を洗って、仕度しますからっ!!」

「当たり前だっ!三十秒で顔を洗って五分で支度をすませろ。わかったな!?」

「は、はいっ!!」

(うわあああっ!!わざわざ部屋にまでコーチが起こしにきたなんてこと、これが初めてだけど……そうすると、今って一体何時なんだろ?)

 あたしは部屋の壁時計を見て唖然とした。午前九時過ぎ――コーチが怒るのも無理はない。自分が何も言わずとも、毎日午前五時には起きて、自分が練習の相手をする九時までには、あたしがすでに基礎トレーニングを終えているものと信じていたはずだから……その信頼を裏切られて、さぞ腹が立ったに違いない。

「急げよ、岡。エンデルバウムとは、十時に試合の約束をしたんだ。向こうもプロだからな、寝坊して遅れたなんぞと言った日には、気を悪くして二度と練習させてもらえないかもしれん。これはもしかしたら絶好の、モアランドのサービスを破るための特訓になるかもしれないんだ。そのことを絶対に忘れるな」

「はい。すみません、コーチ。本当に」

 自分があんまり情けなくて、涙が出てきた。どうして自分はいつまでたってもこんななのだろう……本当に、宗方コーチはこんなあたしを投げずに、よく辛抱強くつきあってくださってると思う。

 肩をあたためるために、柔軟体操をしてから、宗方コーチと軽く打ちあった。敷地内に五十もあるというコートではそれぞれ、色々な選手が練習のための打ちあいをしている。

 そしてそんな打球の音がいくつも重なって聞こえる中を――城のある方角から、キコキコと自転車を漕いでやってくる少女の姿が見えた。そうなのだ。城を出てからコートまでやってくるだけでも、歩いて軽く十分はかかるという、ここはそんな環境だった。

「ご、ごめんなさいっ!!お待たせしてしまったかしら!?」

 ガシャン、と半ば放置するような形で自転車から下り、クラリッサは急いで上着を脱ぐと、ベンチで用意をしはじめた。

「いや、こちらも少し前に来たばかりだ」

 コーチがそう言うと、クラリッサはほっとしたように笑った。掛けていた眼鏡をスポーツタイプのものに変え、ラケットを手にとり、コートの中へ入る。

(もしかして、あのドジっぽいところは、あたしと同じタイプ……?)

 フェンスの向こうに横倒しになったままの自転車を見、あたしはそう直感した。

 バーバラ・モアランドと同じビッグ・サーバータイプだというから――てっきり同じような野性味溢れるタイプかと思ったのに、どうやら想像とは違うらしい。

 とはいえ、彼女もやはりコートの中に入ってからは、クリスティンと同じく別人のようになった。モアランドのサーブは時速200km級……そこまでの球威はないにしても、本当に物凄い球を打つ。

 ただし、以前のあたしと同じくファーストの入りがイマイチなのが、玉に瑕といったところかもしれない。

 練習試合のスコアは、6-4、6-3で、一応あたしのストレート勝ちではあった。

「どうだった?」

 向こうにわからないようにとの配慮からか、宗方コーチが日本語でそう話しかけてくる。

「一言でいうと、もったいないと思いました。あれだけいいサーブを持ってるのに、攻めの姿勢が足りないというか……打ちあっているうちに、性格的な部分もあるのかなって少し思いました。あの、コーチ……もしかしてあたしも、彼女みたいなんでしょうか?」

「そうだ。性格的にどこか、攻めきれないところがあるというかな。もちろんそんなことではプロとして通用しないが、素質としては物凄くいいものを持っている。これから欠点を補って伸びてきたら、モアランドと肩を並べられるくらいに成長するかもしれん」

「あの、でもあたし本当に、いいんでしょうか?まだ抽選で誰と当たるかもわからないのに……もしあたしが試合早々に彼女と当たることになったとしたら、それは少しずるいことなんじゃないかっていう気がして……」

 あたしは、クラリッサ・エンデルバウムが自分のコーチと話をする姿をちらと見ながら言った。

「心配はいらん。向こうのコーチとも話しあって了承済みだからな。そのかわりに俺は、ヒロミ・オカを鍛え上げたど根性戦法についてエンデルバウムを教えるということで、取引は成立している。おまえはクラリッサのサーブを受けながら、モアランドの球を打ち返す時のイメージトレーニングをしろ。おまえとモアランドはシード選手だから、当然すぐには当たらんとしても……今年も去年と同じベスト8か、それ以下の成績では、おまえもプロ選手として我が身が情けないだろう?」

「コーチ。コーチっ!!」

 あたしは思わず、宗方コーチの胸に抱きついていた。コーチは本当に信じているのだ――あたしが今年は必ずベスト4以上の成績を残すということを。

 あたしはコーチのその気持ちが嬉しいあまり、もうなんでもしようという気になった。機会があったらそのうち、コーチにエバハート夫人のことを必ず聞こうと、そのことばかりが頭に渦を巻いていたけれど、そんなことももうどうでもいい。

 すべては、ウィンブルドン大会が終わってからだ。その間、それ以外のことでは決して気持ちを乱すまい……そう心に決めて、あたしはまずはロードワークを開始した。

 イギリスの六月の庭はとても美しくて、いつも5キロ走っている時以上に、ランニングが心地好かった。時折、薔薇の花の芳香が鼻腔をかすめ、えもいわれぬような幸せな気持ちにさえなる。ああ、エバハート夫人のコートドール城への招待をお受けして、本当に良かったと、あたしが心から感じていた瞬間のことだった。
 
 先ほど、あたしがクラリッサと試合をしたコートに、宗方コーチとエバハート夫人の姿があって――先ほどまでの決意はどこへやら、やはりあたしは動揺せずにはいられなかった。もちろん、クラリッサと彼女のコーチも一緒にいることから、テニスのことで何か真剣な話合いをしているのだろうということはわかる。

 でも、ウィンブルドンが始まるのは、もうほんの半月後なのに……その間、宗方コーチとエバハート夫人から、いつもあんな姿を見せつけられるのだとしたら、あたしは本当にもう、どうにかなってしまいそうだった。

 城内にあるトレーニング・ルームで、いつもどおりの基礎体力作りを行いながら、あたしはこの<妄念>をどうしたらいいのだろうと、一心に考え続けた。

 昔、宗方コーチにこう言われたことがある……「<邪念>というのは少し大袈裟な言い方かもしれないが、余計な<妄念>があると試合に勝てないことがある」と。


『言うなればまあ、一種の拘り、<囚われ>の心理状態だな。そういう時には頭のスイッチを切り換える必要がある。簡単なところで言えば、あそこでミスしなければとか、ネットに当たった球が自分の側でなく、相手側に落ちていたらとか、そんなことをずっと考えながら試合をするうちに負けるということだ』

『でもコーチ、みんな自分でも拘ってはいけないとわかっていながら、どうしても囚われてしまう……それが試合の恐ろしいところなんじゃないでしょうか』

『まあ、確かにそのとおりだが、たとえば岡。相手の打った球がネットの上で跳ねて、それがポトリと自分の側へ落ちたとしたら、おまえはどう思う?』

『ガビーン!!って思うと思います。だって、そういう球は自分が何か努力して取れるっていうわけじゃありませんから』

 宗方コーチは苦笑しつつも、真面目に話の続きをした。

『そうだな。だが、その種の現象というのは、数え切れないほど多くの試合で起きている。つまり、物理的にいってある確率で必ず起きる現象だということだ。だが、これで勝敗が決まるという40-40のマッチポイントで、アドバンテージがこちらにある時にそんなことが起きたらどうする?あるいはタイブレークの死闘のあと、ようやくもぎとったアドバンテージをジュースに戻されたら……自然、勢いは向こうにいくと、そうは思わないか?』

『確かに、それは本当に嫌です。頭ではただの物理現象だとわかっていても、どうしても運に見放されたような気持ちになってしまうというか……』

『よく覚えておけよ、岡。運命の女神には前髪しかないってよく言うだろう?そういう時に「自分は勝利の女神に見放された」などと、絶対に思ってはいけない。運命の女神には前髪しかないんだったら、その髪の毛をむしりとってでもこちらを向かせることだ。それが運を切り開くコツといってもいい』

『わあ。じゃあ、それは運命の女神をツルッパゲにしろっていうことですね、宗方コーチ!?でもそんなことしたら逆に、運命の女神は怒ったりしませんか?』

『まったく、おまえという奴とは……人がせっかくいい話をしてやってるのに、少しは真面目に聞いたらどうなんだ?』


 ――あたしがバランスボールの上に乗ったまま、昔の思い出話に耽っていると、不意に肩の上に手がのせられた。

「Miss.エンデルバウム……」

「クラリッサでいいわ、Miss.オカ。宗方コーチに昼食を食べにいくんだったら、あなたも一緒に誘うようにって言われたの。といってもわたし、ほとんど食堂では食べないのよ。トレイに色々のせていって、自分の部屋で食べるの。だからどうしようかとも思ったんだけど……」

「ああ、それじゃあ、あなたの部屋かあたしの部屋のどちらかで、ランチっていうことにしない?」

 途端、クラリッサの顔の表情が輝くのを見て、あたしはなんとなく嬉しくなった。やっぱり彼女は自分と同じタイプのプレイヤーなのかもしれないと、そんなふうに感じる。

 食堂へいってみると、立食台の上にたくさんの料理が並んでいるのを見て、あたしはつくづくお金持ちっていうのはスケールが違うんだなあと思った。

 パンに、メインディッシュのお肉に、サラダにデザート……この場にずっといられるなら、そんなにたくさん取り皿にとる必要はなくても――東翼にある食堂から、あたしやクラリッサの部屋がある西翼の棟まで行くには相当な距離があるのだ。そのことを考えると、出来る限りたくさんのものを取っておく必要があった。

「そんなに食べるの?」

「う~ん。まあね。何しろ、今朝は寝坊しちゃって、朝ごはん何も食べてないもんだから……」

「それで、あれだけの試合をするだなんて、ヒロミ、やっぱりあなたは凄いわ」

「ううん。単にコーチの怒りが怖くて、お腹がすくのも忘れちゃってたっていう、それだけのことだもの。あたしのことより、クラリッサはちょっと少食すぎるんじゃない?」

「試合前って、大体あたしこうなのよ。食べ物が喉を通らなくなるの。もちろん、ウィンブルドンがはじまるのは約半月後よ――でも、まわりの練習風景を見ていたら、あなたにもわかるでしょう?こんな中でとても勝ち抜いてなんかいけないって、身の竦む思いだわ」

(ああ、そっか。それで、なのかも……)

 今日の午前中、試合をしていて、彼女は十分に力を出しきっていないと感じていた。たぶん、クラリッサの潜在能力については、宗方コーチも見抜いているだろう。でも、あたしにはわかる。そういうことっていうのは、食堂でみんなと笑いながら食事をするとか、人と積極的に関わりあうようにするとか――何かそんなことで解消できるほど、単純なことではないのだ。

「ねえ、クラリッサはいつごろからテニスをはじめたの?」

「十二歳の時。うちの家族ってね、みんな頭がおかしいのよ。わたしは四人兄妹の三番目なんだけど……一番上の兄はトライアスロンやってる筋肉馬鹿だし、姉と妹は新体操をやってるの。で、父はアイスホッケーの審判をしてて、母は女子サッカーチームの監督をしてるのよ。この環境がわたしにとってどんなにつらいものだったか、ヒロミにはわかる?」

「う~ん……」

 と、あたしは思わず唸ってしまった。あたしはひとりっ子で、比較的伸び伸びと悠々自適に育てられたほうだとは思う。でも、家族全員がそんなスポーツバカ……なんていう言い方は失礼だけど、もしそんなんだったら、どんなに肩身の狭い思いをしたことだろう。

「うちじゃあね、ピアノやったりとか本を読んだりとか、そんな軟弱な子は本当の意味では認めてもらえないのよ。だからわたしも、姉や妹と一緒に新体操のクラスに四歳の時から通わされて……つらかった。両親は姉や妹に出来てわたしに出来ないはずがないっていう目で見るし、でもクラスじゃわたし、明らかに浮いてたわ。今も忘れもしないけど、十歳の時にわたし、円形脱毛症になったの。お医者さんが「精神的ストレスによるもの」だって診断してくれてから、父と母もようやく考え方を変えてくれたけど――家の中になんとなく、居場所がない気がしてね。とにかく何かスポーツをやってなくちゃ、うちでは一人前の人間として見てもらえないって環境だったから、その時にたまたましがみついたのがテニスだったのよ。ヒロミがテニスをはじめたきっかけは何?」

「まあ、ある意味成りゆきっていうか……」

 人に堂々と誇れるような動機がないだけに、あたしは自然、小声になった。

「高校のテニス部に、お蝶夫人って呼ばれるほどの、華麗なプレイスタイルの方がいて――その方に憧れて、テニスをはじめたの。十五歳の時だった。そしてその方にグリップの握り方とか色々、基礎的なことを教えていただいて……十六歳の時に今のコーチに出会ったっていうか。すごく厳しい人でね、最初はなんて心の冷たい鬼だろうって思ったんだけど、そのうちにだんだん、人に厳しくするには、根底に本当の意味での<優しさ>が必要なんじゃないかっていうことがわかってきて……それで、現在に至るっていう感じかな」

「宗方コーチって、本当にいい方ね。もしかしたらわたし、抽選であなたと当たるかもしれないのに、さっきもすごく熱心に指導してくださったわ。もちろん、一応わかってはいるつもりよ。ヒロミがモアランド選手と当たった時のために、高速サーブを打ち返す練習台にされてるんだってことは。でも、そんなことじゃなくて、ほんの短い時間指導を受けただけなのに、言葉のひとつひとつに重みがあって、本当に心に沁み入るような教え方をしてくださるのよ」

 あたしはクラリッサの部屋を見回して、ベッドの横のナイトテーブルなどに、山のように本が積み上げてあることに驚いていた。他に、たくさんのクラシックのCDがその横に並んでいて――彼女は本当にスポーツ向きというより、文学的な方面に興味のある子なんだなあという気がした。

「宗方コーチもね、結構読書家なの。いつも寝る前に、煙草を吸いながら何か読んでるっていうタイプ。もしかしたらそういう意味で、クラリッサと宗方コーチって合うかもしれないね。あたしは、そういう方面にはちょっと疎いんだけど、宗方コーチって確かに、何かにつけていちいち含蓄のある物言いをするのよ。たとえば……やっぱり、自国が大会開催国の選手って、観客の声援がすごかったりするでしょう?そういう時にはね、『観客など、全員無感動なスフィンクスの群れだとでも思って試合に集中しろ』とか、そういう言い方をするわけ」

「ああ、なんかわかるわ。『観客など、全員かぼちゃかたまねぎだとでも思え』って言われたんじゃ、やっぱり上がっちゃうもの。でも『無感動なスフィンクスの群れ』だなんて言われたら――何かこう、少しだけおかしくなって、心がリラックスできそう」

 あたしとクラリッサはくすくすと笑いあい、そのあともテニスのこと、プライヴェートに関することで、色々な話をした。クリスティンもいい子だけれど、あたしはたぶん、どちらかというとクラリッサと一緒の時のほうが、<よりあたしらしく>いられるような気がした。

「ヒロミ、これあなたにあげるわ。試合前に上がらない秘訣を教えてくれたお礼よ。バッハのインベンション……グレン・グールドのこのCDをね、あたしは試合前に必ず聴くの。グールドが演奏してるこの曲を聴くと、何度聴いても毎回新しい息吹が感じられて、そういう気持ちで試合に臨むことができるのよ。気に入らないかもしれないけど、良かったら一度聴いてみて」

「ありがとう」

 クラリッサからクラシックのCDを受けとりながら、あたしは宗方コーチが一度、バレエの『白鳥の湖』を見に連れていってくださったことを思いだした。その時舞台に立っていたプリマは、腰椎にほとんど慢性的な疾患があるとあとで聞かされて――本当にとても驚いた。何故といって、そんなふうにはまったく見えないほど、素晴らしい舞台だったから……。

「テニスプレイヤーにも同じようなところがあるな。体のどこかに故障があっても、やはり試合へ出続けたいと思う。おまえにも昔、テニスとバレエの違いは、前もって振り付けがしてあるかないかだと言ったことがあったろう?少しはフォームを改善するのに、今日の舞台は役立ったか?」

 もちろん、宗方コーチが新年早々、何故バレエを観にあたしのことを誘ったのかは、最初からわかっていた。『どのスポーツも、高度な技は高度な美を伴うものだ』――とのお言葉を、あたしは忘れずに当然覚えていたから……。

 あたしは自分の部屋へ戻ってから、耳にイヤホンをして、クラリッサからもらったCD、バッハのインベンションを聴いてみることにした。もちろんあたしには、クラシックの良し・悪しなんてわからなかったけれど、でもこの曲は好きだなあ、なんて漠然と思った。

 それから、クラリッサの部屋にあった本は全部、一階にある図書室から借りてきたものだという話を思いだして――あたしはそこへも行ってみた。

「午後からの練習メニューはどうした、岡?」

 まさか、宗方コーチがそこにいらっしゃるとは思ってもみなくて、窓際の席で本を読むコーチのことを、あたしはじっと見つめてしまったのだけれど……その視線に気づくなり、コーチはそうおっしゃっていた。

「あの、これからまたすぐにコートへ戻ります。ただ、クラリッサから城の一階に図書室があるって聞いたものですから、それで……」

「まあ、ここに置いてある本はほとんど英語ばかりだから、おまえにはさして用のある場所ではあるまい。だが、あまり人の来ないところではあるから、誰にも会いたくない時には、ここで気を休めるのも悪くはないだろう」

「あの、コーチがお読みになっているのは、なんの本ですか?」

 これか、というように、宗方コーチが本の表紙を見せるように軽く上げてみせる。

「フェルナンド・ペソアというポルトガルの詩人の本だ。一応、ここには日本語で書かれたものも少しはあるが……大体が、夏目漱石とか川端康成といった、純文学系の作家のものばかりだな。まあ、たまに夜眠れない時にでも、五分ほど文章を読んでるうちに、おまえならばすぐいびきをかけるだろう」

「ひどいです、コーチっ!!人のことをテニスするしか能のないスポーツバカみたいに言って!!」

「もちろん、冗談だ」

 あたしがわざと脹れたふりをしてみせると、宗方コーチはそんなあたしのことを笑っていた。あたしはきょろきょろと辺りを見回し、誰もいないことを確かめてから、すとんとコーチの隣に座る。

「なんだ?」

「あの、エバハート夫人のことをお聞きしようと思って……」

 そんなことよりまずは、午後の練習メニューをこなせ!と怒鳴られるかと思ったけれど――意外にもコーチは、どこか鷹揚に頷いていた。まるで、いずれはあたしがそう聞いてくるだろうと、わかってたみたいに。

「クリスティンからは何を聞いた?」

「えっと、エバハート夫人が宗方コーチのコーチだったこととか、その、なんていうか……コーチがいずれ自分の義理のお父さんになるかも、とか……」

 あたしが上目遣いに隣のコーチの様子を窺うと、なんともおかしそうな顔を、宗方コーチはされている。

「そんな心配をする必要はないと、クリスティンに言っておいてやれ。彼女は俺が十七歳の時から十九歳までの約二年間、俺のコーチをしてくれた人だ。彼女がウィンブルドンで優勝した翌年――ちょうど、テニスプレイヤーとして絶頂期にあったといっていい時期に、エバハート夫人は交通事故に遭った。いや、その頃の先生の姓はまだリンデロイスで、結婚してエバハート夫人になったのはその数年後といったところか。なんにしても、彼女の夫が外交官として日本へ滞在していた期間、俺は先生からテニスのコーチを受けたということになる……結婚してエバハート夫人になったとはいえ、テニスプレイヤーとして浸透していた名はリンデロイスのほうだったから、クラブの生徒たちはみな、彼女のことをリンデロイス先生と呼んだ。俺はその頃、実にいいかげんな人間で、テニスに打ちこむことには打ちこんでいたが、それはまだケンカテニスの領域を出ないものだった。とはいえ、試合に出れば勝つことには勝つし、俺は自分の心の妄念を始末するかのように、相手に球を打っては打ち負かしていった」

「心の中の妄念?」

「そうだ。少し大袈裟な言い方をするなら、魑魅魍魎といってもいいな。俺の目の前には誰も敵などいはしなかった。何故といって、他でもない自分自身が敵だったわけだから……その泥沼の中から、リンデロイス先生が救いだしてくれた。ただの偶然とはいえ、俺とリンデロイス先生の出会いは最悪なものだったといっていい。俺は校庭の裏の林で煙草を吸っていて――先生はその俺の姿を見るなり、わけのわからん英語をしゃべり、俺の横っ面を殴ってよこした。そして、俺がテニス部のレギュラーであることがわかるなり、自分と試合をするようにと言ってきた。その頃先生はまだ、交通事故の後遺症が体にあって、少し足を引きずっていたんだ。元は凄腕のテニスプレイヤーであったとしても、相手は女だし怪我も持ってるしで、俺は絶対に負けるはずがないと思ってその試合に臨んだ」

「それで、どうなったんですか?」

 宗方コーチがこんなに自分のことを話してくださるのは初めてだったので――あたしはだんだんに胸がドキドキしてきた。

「こてんぱんにやられた。ワンセットマッチだったんだが、1ゲームも取れなかった。俺が打つ球のコースを、とにかくすべて見抜いてるんだ。そして、自分がこう返せば、俺がどうするのかも見抜いた上で――最後にとどめとばかり、強烈な打球をお見舞いしてくる。俺は先生が書いたシナリオどおりに自分が踊らされているとわかってもどうにも出来ず、完敗した。それからこう聞かれたんだ。『何故自分が負けたかわかるか』と。俺はてっきり、根性が曲がっているからだとか、何か道徳的な説教がはじまるとばかり思ってたんだが……先生はこう言った。『あなたよりも自分のほうがテニスを愛しているからだ』と。以来、俺は少しばかり自分の生活態度を見直すようになった。最初は『女のコーチなんて』と思っていたが、リンデロイス先生というのは、まったく鬼のように厳しい人でな。おそらく男子部員の中で、彼女のことを<女>だなどと意識していた部員はひとりもいなかったに違いない。しかも、リンデロイス先生が最初に覚えた日本語というのが、『それでも男かっ!!』というものでな。日本男児を叱責する時にもっとも有効な言葉として、先生の中にはインプットされていたんだろう、竹刀を振り回しながら毎日、何かにつけてはその怒号が飛んだ。まったく、今思いだしてみても、身の縮こまるおそろしい日々だった」

「えっと、竹刀、ですか?」

 今の優雅な気品と微笑みにあふれたエバハート夫人と、竹刀の存在はあたしの中でうまく結びつかないものだった。

「そうだ。あの先生は日本の柔道と剣道と薙刀に興味を持っていてな……剣道部の顧問から竹刀を一本譲ってもらったんだそうだ。もちろん、その竹刀でぶたれる生徒はひとりもいなかったが、心の中では誰もがこう思っていたといっていい。あの竹刀の犠牲になる第一号は、一体誰になるのだろうと。なんにせよ、リンデロイス先生はテニスのコーチとしては極めて優秀な人だったから、男子部員・女子部員含め、みなメキメキと上達していき、地区大会でもインターハイでも優勝することが出来た。俺はその後も煙草を吸うのをやめはしなかったんだが――二度目にその現場を押さえられた時に、先生にこっぴどく叱られてな。『何故自分の気持ちが通じない』と言って、最後には泣かれる始末だった。それで俺はこう答えた。『いいえ、先生。先生の気持ちは十分に通じているんです』と……本当に、罰が悪かった。鬼の目にも涙というか、あの鬼がまさか泣くとは思わなかったというか。そしてその時に俺は、泣いている先生の姿を見て、『この人も女だったんだっけ』と思いだしたというかな。煙草については、選手生命が絶たれてから、再びやりはじめるようになってしまったが――先生に叱られたその時から、一度はやめることに成功していたんだ」

「そう、だったんですか……」

 男女の仲がどうこうなどと、勘繰っていた自分が恥かしくなって、あたしは少しの間下を向いた。うまく言えないけれど、とても素敵な話だ。宗方コーチが西校で、何故あんなにも熱心に生徒を指導することが出来たのかにも、一脈通じるような。

「岡、俺がおまえに昔、『一気に燃え上がり、燃え尽きるような恋は決してするな』と言った言葉を、おまえは覚えているか?」

 あたしはハッとして、隣の宗方コーチのことを振り返った。コーチは図書室の蔵書が並ぶ書架の先を見つめていたけれど――どこか、それよりももっと遠いところを見つめているようでもあった。

「あれはな、実は自分のことだ。リンデロイス先生は、俺が高校を卒業するのと同時に、クラブの特別顧問を辞して、俺の専属のコーチになってくれた。言うなれば、今の俺と岡、おまえの関係と同じようなものだ。その頃には俺は純粋にテニスに惹かれるのと同時に、先生にも異性として強く惹かれるようになっていた。もちろん、夫も子供もある人で、その夫という人がまた、社会的に高い地位にある、素晴らしい人でもあった。だが、おまえにもわかるだろう?そういう気持ちというのは、一度そうなってしまうと止めようがない。俺はテニスに熱心になればなるほど、テニスを愛すれば愛するほど、同じ強さで先生のことを求めるようになっていった……これはあくまでも、今にして思えばということだが、俺は早くに母親を亡くしているから――おそらく、自分では気づかないながらも、そうした母性的なものに飢えていたんだろう。先生はたぶん、俺の生い立ちなどが不憫なあまりか、突き放しきれないところがあったんだと思う。それでも、一度だけそうした関係になったあと、先生は俺の元を去り、イギリスへ戻っていった」

「そんな……」

「おまえがそんな顔をする必要はない、岡。先生は俺のコーチをやめたあとも、当然俺のことは気にかけてくれていて――自分と同じくらいか、力量としては上といってもいいくらいの外国人コーチを紹介してくれた。俺はいずれリンデロイス先生が誇れるような、世界的名プレイヤーになってやるんだと思い、がむしゃらに練習に明け暮れた。だが、今度は不幸な事故により選手生命を絶たれ……その時にもやはり、リンデロイス先生は俺の救いになってくれた。彼女は直接会いたいと言ってきたが、俺は自分の惨めな状態を見られたくないあまり、それを拒んだ。そしたら先生は、その時以来俺が立ち直るまで、頻繁にエア・メールを送ってくださるようになって――そこには、自分が交通事故に遭った時、どんなにつらかったか、どうやって立ち直ったかについて、長々と丁寧に書き綴ってあった。そして最後に、こう書いてあったよ。『この世界のどこかに、仁に教えられることを待っているテニスプレイヤーが必ずいるはずだ。ちょうど自分が仁と出会うことが出来たように』といった文脈のことがな」

「……………」

 暫くの間、あたしは黙りこんでいた。エバハート夫人とコーチの間に、何かいわく言いがたい、他人の入りこめない絆があるのはそのせいだったんだ――と思うのと同時に、やはり胸が痛かった。

 話の最初に宗方コーチは、自分がクリスティンの義理の父になることはない、といったようなことを言った。けれど、あんなに魅力的な女性を前にして、心がまったく動かないなんてこと、本当にあるものだろうか?

「他には、何が聞きたい?俺は最初、こういったことをおまえに話すつもりはなかった。まあ、かつての師と弟子だったという以上のことはな……だが、そしたらリンデロイス先生にこう言われたよ。『仁のことだから、もし聞かれたら話すか、というくらいに思っているのだろうが、折を見て自分のほうから話すようにしたほうがいい』ってな。あの人はおそろしく狡猾で頭のいい人だ。俺は彼女と会わなくなった十年ほどの間に、色々な人生経験を積んできたように思うが、今回久しぶりに再会して、つくづく思った……おそらく俺が一生この人に適うことはないだろうと。ただし、あるひとつのことは別として」

「あるひとつのこと、ですか」

「そうだ。岡、おまえのことだけは別として、という意味だ」

 図書室の開け放たれた窓から、ザアッと風が流れこんできた。どこか涼やかな鳥の鳴き声も響いてくる……あたしは、何をどう言ったらいいのかがわからず、何故か体が震えだしていた。

「コーチ、コーチっ!!あたし――ここへ来てから、コーチとあの人の関係を勘繰ってました。それから、すごく嫉妬しました。ふたりの間には、何か自分の太刀打ち出来ない絆があるって、そう感じたから……でも、でもっ………」

「嫉妬か。それもまた人間の持つ、くだらん妄念のひとつだな。くだらん妄念などと言っても、一度そこへ捕えられてしまうと、まるで蜘蛛の巣に囚われでもしたように、解放されるまで悶え苦しむこともある。まあおまえの場合は、そこまで大袈裟なものでないにしても」

 あたしは宗方コーチの広い胸の中で、何度もかぶりを振った。

「いいえ、コーチが今おっしゃったとおりです。あたし、コーチとあの人のことを思うと苦しくて苦しくて……このままいったら、この嫉妬の感情が邪魔して、初戦で敗退してしまうんじゃないかって思ったくらいだったんです。でも、エバハート夫人はわかってらしたんですね。そんなふうに気を乱しているあたしのために、試合の集中の妨げになる要素はなるべく早く取り除いたほうがいいって……なんだかあたし、恥かしい。あの人が自分と宗方コーチの姿を見せつけるために、わざわざここへ呼んだんじゃないかとか、そんなことまで思ったり……もちろん違うってわかってるんです。わかっていても、でも……っ」

「今はもう、先生と俺の間には、思い出以外に何もない。俺とリンデロイス先生が話していたことといえば、岡、大体がおまえのことばかりだ」

「……………!!」

 あたしは急いで涙を拭くと、慌てたようにコーチから体を離した。

「すみません、コーチっ!!これであたしの中から邪念のすべてが吹きとびました!!ゆえに、これから不肖この岡めは、午後からの練習メニューを忠実にこなすものでありますっ!!」

「ああ、元気でやってこい」

 さっさと行け、というように手を振る宗方コーチに対し、あたしは敬礼してから図書室を飛びだしていった。

(ああ、愛している、愛している、愛している……!!)

 城からコートまで走っていくだけでも、軽いトレーニングになるため、あたしは走りながら胸のときめきを抑えきれずに――途中にある薔薇園を抜ける時には、「やったあっ!!」などと、叫びながらジャンプしてさえいた。



 >>続く。





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