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かなたんの更年期を楽しむブログ♪

ただいま 更年期真っ最中のアラフィフ女デス
自分のこだわり・思うコトなど
独断と偏見で言いたい放題綴ってマス 

飯山線に乗りましょう(*'▽')

2017年11月12日 18時51分01秒 | 長野

数日前 こたつについて書いたあと

両親の出身地について 色々思い出しました

長野駅から飯山線で1時間くらい乗ると着きます

父と母は同郷で

お互いの家は1本道で2,3分程度の距離にあります

母は村ではちょっと一目置かれる家柄の娘で総欅造りの家屋に住むお嬢様・・だったそうです

戦後の農地改革に加えて父親(ワタシの祖父)が早くに亡くなってしまったので 

だいぶ傾いてしまいましたが・・

母からは自分の出身を誇りに思っているようなフシが 

どことなく垣間見られることが多々ありました

ワタシが中学3年の時、たまたま長野県から転任してきた先生が担任になったので

ワタシは先生に自分の両親の出身地を告げると

「ああ あの僻地ね」とバカにしたような答えが返ってきました 

そのニュアンスで ものすごいド田舎なんだなぁ・・と実感したワタシは母に

「先生が田舎のこと僻地っていってたよー」と軽く言ったのですが

この一言が母は許せなかったみたいで 1カ月も後の家庭訪問に先生が来るや否や

「娘が先生に親の出身地を僻地と言われて とても傷つき

「お母さん・・お母さんの故郷は僻地なの?」

      と、悲しそうに言ってきました」と言うではありませんか・・

                                         ものすごい脚色

それも 

     「お母さんの故郷は僻地なの?」

         このセリフの心の込め方が・・

どこから声だしてんの(・・? というくらい すっとんきょうなうわずり声で

それは母の心の叫びそのもの・・ しかも それを聞いた先生が タジタジになって

「え・・・いや・・その・・・いや・・・ 素晴らしいところです・・・・ぅ」

声を絞り出しながらいいわけしているのに 

何度も

何度も

何度も

これでもかというくらい

このセリフをリピート・・・

相当 根にもってたんだなぁ・・・と恐ろしくなりました・・・

でも僻地・・とは薄々感じていましたよ・・

だって無医村だし無人駅だし店もろくにないし人もいないし・・

長野県出身者に 両親の出身地を言うと必ず

「ああ 豪雪地帯」と言われます

長野県民は学校の社会で長野県の勉強をするとき そういう風に習うのかな?と思うくらい

反応が同じです。

正確にいうと豪雪地帯の中でも 特別豪雪地帯に指定されております

ぐるっと山に囲まれた小さな盆地ですが 夏も涼しくエアコンはいりません(多分)

避暑地にはサイコーです

そして この豪雪地帯へ連れて行ってくれる飯山線の列車から見える景色は絶景でございます

リンゴ畑や田畑がひろがる山あいの風景をバックに 悠然と流れる千曲川に沿って

飯山線は ゆっくりゆっくり進んでいく・・・のですが

この飯山線・・ ものすごい赤字電車のようで

昔は長野駅の6番線ホームから数両の電車が発車していたものの

今では 「飯山線はどこじゃー~ 」

と探しまくり

発車の番線ホームに着いても 

「え?どこ?どこにあるの?あーっ・・はるかホームの先っぽに何か1、2両だけ止まってる~

👇分かります? ホームの一番先頭に2両しかないので 階段からが超遠い・・・

隣りの電車と比べて下さい・・・ なんかもう 可哀想な領域です・・

これは数年前の画像ですが 今はさらに 悲惨になってるかもしれません・・

しかも朝の長野駅8:35発の次は10:29

今は金沢行の「はくたか」が8:06に長野に着くので接続がマシになりましたが

長野止まりの頃は8:40着だったので この5分のおかげで店も開店していない長野駅に

2時間近く足止め状態・・・ 10分発車を遅らせてくれよ・・と何度思った事か・・

この赤字電車に頭を悩ますJRは近年 ついに私鉄の乗り入れを導入し 

なんとか廃線を免れているといった状態なのです

そのため

青春18きっぷだと長野駅から豊野駅までお金を払わされるという屈辱も待っています

しかも北陸新幹線の開通で飯山まで新幹線で行けるようになったので

唯一稼げるスキーシーズンも今後どうなるか・・・

とっても心配です・・

新幹線でビューッと飯山まで行っちゃうのも いいんですけど 

これから始まるシーズンに向けてスキーに行くなら

長野で下りて!ぜひとも!飯山線に乗って頂きたい(>_<)

え? (*_*; スキーはバス? ・・ですよねぇ・・・

 


 

 











 


 

 

 











 

 





 



 

 


おこた

2017年11月10日 05時37分36秒 | 長野

「お題」ってなんぞや?とずっと思ってて

意見を出し合う場なのかな?なんて思い たまには参加してみよっかなぁ~なんて感じで

クリックしたら あら不思議・・・

自分のブログの新規投稿画面になってしまいました(/・ω・)/ 

全然仕組みが分かってないんですね ワタシ・・( ;∀;) と 改めて実感・・

ブログ名も 最初は更年期を乗り切るためのノウハウを紹介できればなーんて思って決めたのに

最近じゃ「アラフィフおばばの 勝手な独り言」に変えようかと思ってるくらいで・・

ワタクシ 興味が次から次へとどんどん変わるのでお題には全く苦労してはいないのですが

こたつについてワタシの有り余る思いを 今日は 語らせて頂きます(>_<)


最近 おこた(こたつ)を使われるご家庭が減ったのではないか?・・とは薄々気づいておりました

我が家は マイこたつ 家族全員1人1台こたつを支給しております

こたつって 入らないと暖かくないので 入ったら最後 出れません・・・

冬中 冬眠のクマのように とにかくずーーーっと ぬくぬくしていたい・・

そんなアイテム それがこたつです

こたつの短所は とにかく ズクなしになっちゃって動けない


※ズクなしとは・・長野の言葉なのですが なんにもやりたくなくなっちゃうっていうか

怠けたくなるっていうかこたつに入った時にピッタリの表現なので あえて使います

 

それから体から熱を奪うので 喉も乾きます こたつで寝るとお肌もカサカサ 喉もカラカラ

脱水症状ですね

そして 電源をつけないと 何もない場所よりも寒い・・冷たい・・ なぜなのかしら?

電源入っていないこたつの中ほど寒い場所は家の中で存在しないんじゃないかってくらい寒い・・

それから 足が冷たい人 外から帰ってきた人が入ると 急激に温度が下がる!

「ひぃ~!やめて!」というくらい 突然寒くなります

寝ながら入っている人がいると すきまが出来て スース―したり 

下に敷物を置かないと暖かくならなかったり こたつを暖かくするのって結構コツがいります

ワタシの両親は長野、それも北部の僻村で とにかく寒い寒い豪雪地帯出身なので

冬を迎え撃つ姿勢がハンパなくスゴイ・・ 横浜にいようがどこにいようが 三つ子の魂百までとは

まさにこのこと!

両親の村では 冬を越せれば また1年間 生き延びられる・・ 冬越えは まさに命がけ!

どこの家でも 子供を10人生んでも全員は育たない。 

春が来る慣用句は「ああ あそこのじいさん 冬越せたから もう一年は生きられるねぇ」となるくらいで

塩分の多い食事(冬中雪に覆われるので秋までの収穫の食べ物を保存するにはには仕方ないんですけど)に

加えて寒いとくれば脳卒中のリスクはうなぎのぼりですし 若い人でも雪かきで命を落とすなんてことも

珍しくなかったそうで。 屋根から落ちて雪に埋まったら 自力では出れませんからね・・

今は温暖化で 雪もそんなに積もらなくなりましたけど ワタシが子供の頃は毎年のように雪かきで

親戚がケガをしたり亡くなったりの知らせが届いたものです

両親から聞いた話で 一番ビックリしたのが 冬に亡くなったヒト・・ 雪で土が掘れないので

なんと 春がくるまで雪に埋めとくんだそうです 春になって雪がとけたら埋葬するんだとか・・(*_*;

こわすぎる~ 昔の話ですよ(戦前生まれの両親の子供の頃のハナシです)

そんなわけで 母は 終生冬に実家に帰る事を嫌い ワタシには

「冬に田舎に帰ったら死ぬんだからね!」と 

真顔で強く強く語っておりました

とにかく死ぬまで冬に田舎に行くことを拒み続け 今は生まれ故郷のお墓に入って 

冬中雪に埋まってます (生まれ故郷に墓を立てたいという父の意向で・・てか安いから?)

そんな両親ですから ここは横浜だっていうのに 父も母も防寒対策には ものすごくうるさかった・・

父なんて ものすごいドケチなんですが防寒でケチる事は ただの一度もありませんでした

ワタシなどは 小学校の卒業文集のクラスのナンバー1特集で

     「厚着ナンバー1」をとってしまったくらいで

それを物語る逸話も残っていて ワタクシ顔が丸顔なので 着ぶくれすると デブに見えるらしく

友達の家に遊びに行った時 お部屋が暖かかったので「暑い暑い」とワタシが服を脱ぎだしたら

実は細かった・・とその場にいた全員がビックリしたと 後々まで語り草になってほどで・・

全部 母のせいです・・

家の中は 家族5人が入れる特大こたつに ストーブ 

全員用の半纏に ホッカイロ(使い捨てではありません) 室内用の電気ブーツに

電子敷き毛布にあんかと 父は防寒器具の新発売情報には常に

敏感に動いていました (ここは横浜です・・)

私達が大きくなり自室を持つようになると 1部屋に1つこたつをあてがってくれました

そんな環境で育ったので べつに生死がかかる寒さに見舞われる事もないこの横浜で育ったワタシも

なぜか三つ子の魂百まで・・・となってしまい 

気づけば家族全員マイこたつ・・ こたつが4つもある生活・・ 

そのうちのひとつは コタツの板裏に 

    「昭和三八年 盛夏 」の文字と父の名が達筆で書かれています

足はマネキン人形みたいな肌色の あのコタツです・・ 板も木で出来ていて ものすごく重い・・

しかも テーブル部分が なんか目がチカチカするような3Dくずれの模様で クソダサい・・

なんでコタツを夏に買ったのかは不明ですが 

父が結婚した年なので 思い入れが深いんだとは思いますが

電気部分は 付け替えましたけど・・ かなりのレアものです・・ 

エアコンのほうがいいのかもしれませんけど

これも 父が最初に購入したエアコンが冷房専用だったので 

エアコンて夏の冷房器具という概念が強すぎて どーしても冬っていうと こたつ・・・

になってしまうんですよね~

子供時代のすりこみって ホントーに怖いんですよ・・


でも・・ こたつって やっぱり気持ちがいい

入るとホッとする場所なんです 

こたつにくるまって ホッとしたいから 早く家事を終わらせたいと思うし

やることやって こたつに入ってあたたかいコーヒーを飲みながらテレビを観る

至福の時間です~ 全身脱力 日本人でよかった~ とまで思います

気が抜けて フ抜けになって 気づけば ぐーぐーうたた寝してます。

ストーブにも エアコンにもない こたつの魅力 

それは 癒し

この一言に尽きます

疲れてる時も ヒマな時も 悩んでる時も 

こたつに入ると 脱力出来て ぐーぐーぐー(- -)zzz 

魔法のような 包容力・・ それがこたつ。

ワタシのご先祖様たちは 癒しどころか命をつなぐ必須アイテムだったと思うので

申し訳ないんですけど   

伝統文化として残っていってほしいなぁ~と思うアイテムです

もちろん 今も こたつに入って この文面打ってます






 


 



 









またまた美ヶ原高原

2017年10月20日 19時16分08秒 | 長野

昨日に引き続き

美ヶ原高原について お話したいと思います(*'▽')

昨日は 山本小屋ふるさと館についてお話しましたが

美ヶ原高原といえば もっと有名なのが

王ヶ頭ホテルです

この2つのホテル 親戚関係のようで 

王ヶ頭ホテルは本家というか お父上とご長男 

山本小屋は次男の方が経営してらっしゃるみたいな?

定かではありませんが 

社長さんの話の端々にそんな感じが見受けられるので・・

もともと次男さんは次男なだけに 全然違う職についていたとのことですが

縁あって 山本小屋ふるさと館を譲り受けたとか。

それだけに この2つのお宿

とてもよく似たおもてなしです

ワタシは 1月末の真冬の時期に この王ヶ頭ホテルに泊まったことが

あります

(山本小屋の方は 去年から冬季営業を開始されましたが それ以前は

美ヶ原高原への道路が封鎖される11月末までしか営業していなくて

冬季に美ヶ原に行くには王ヶ頭に泊まるしかありませんでした)

王ヶ頭は ホテルからご来光が拝めるし 目の前の景色がすでに抜群!

ホテルのすぐ裏でキレイな日没を見る事ができます

残念ながら山本小屋は 日没も朝日も拝めません 

その分

早朝ツアーを開催してくれるし 自分たちで美術館まで足を運べば

キレイな朝日をみることは可能です

星空は 両宿とも星空ツアーを開催してくれますが

ホテルから見える夜空は たぶん 山本小屋に軍配があがるかも・・

とくに 王ヶ頭の屋上は目の前にテレビの電波塔がそびえているので

これが意外とマイナス・・・

電波塔がなければ 何もいうことないわ・・っていう立地条件なのですが

立地条件が劣る分 山本小屋も心配りは負けていません

食事は両宿 勝るとも劣らないくらい美味しいです!

王ヶ頭の圧巻はお風呂です 

大きいし 解放感がすごいです。 貸切風呂も 一晩中入り放題。

しかも 館内から浴場に至るまで 間接照明がとても多く 

キレイでムードあります。

ちょっと寛ぐ場所が そこここにあるので 

お部屋にいるのがもったいないくらい素敵です

てか 催し物が多いので あんまり部屋で寛げない・・というのが

両宿の特徴です

 貸切風呂も ほのかな灯りの中で 気持ちよくつかれます。

リラックスルームが またすごくてマッサージチェアもあるし 

窓からの景色も抜群です(窓が曇ってなければ)

ロビーには 明朝の日の出時刻が貼りだしてあって

日の出の1時間前くらいからスタンバイするよう言われます(強制ではないですよ)

ワタシは日の出とか日没とか夜空とか大好きなので 

もちろん 1時間前からホテルの前でスタンバイしました

標高2000mのお山の1月末の寒さって 想像つきますでしょうか・・・

ハンパない寒さです・・・・

1時間外にいることの厳しさ・・・ ワタクシ ホッカイロはもちろんのこと

ホテルの方がビックリするくらい スキーウエア以上の恰好で マフラーから帽子から

手袋 靴下に至るまで完全防備!ほぼ肌が出ていない状態で臨みましたが

いやぁ・・・ホントーーーーーーーーーに寒かったです・・

そんな中で ホテルの支配人のけっこうご年配のおじ様が 

もっのすごーーーくお元気で・・・

このおじ様・・チェックインからずっと 常にホテル内を うろちょろうろちょ・・

というか こまめに 接待されていて

曇天でツアーが中止になれば スライドショーで 

上映中ずっと おもしろいトークを ぶっぱなし

わなげゲームでは 誰よりも盛り上げて 

かなりなおトシにみえるのですが とにかく元気!で 

朝は 誰よりも早く外にいて接客に精を出しておりました

一体 いつ寝てるんだろう・・(+o+) 

この寒さの中 誰よりも長く こんなところにいて体大丈夫なのかしら・・と

心配になってしまいました 

ワタシが宿泊した朝は 雲がたなびいていて

なかなかお日様が姿を現さず 

ホテルの従業員さんが ラジカセを持ってきて

「みなさーん! もう少しですから ラジオ体操をして待ちましょう~!」

と いきなり

「あたーらしい朝がきた~♪♬」が始まり

聞き覚えのある あの声が「ラジオ体操第一~」

吹き出しそうになりましたが とにかく寒いので 

ありがたいといえばありがたい心配り・・・

第二まで通し終わったところで ご来光が見えてきました

こんな感じで朝日がはじまります

このあたりで ラジオ体操・・

みえた~ きやー

車で運んでもらって ホテルの前から こんな山々を拝めるとは

雪山なので お日様が とにかく眩しい!!

改めて観てみると やっぱりキレイだったなぁ・・

また行きたくなってしまいます

標高が高いので 雪はパウダースノーです (万座と同じくらい)

サービス満点 気配り満点 お風呂はきれいでお食事も美味い

予約がとれなくなるのも頷けます

標高が高く寒いので アラフィフのワタシなどは 

体大丈夫かしらと 血圧とか心臓とか 適応できるか

心配になりますが 

支配人のおじ様のパワフルな姿をみると

なんか大丈夫かも・・と・・つい安心してしまうんですよね~

ホントにスゴイです あのおじ様・・・

山本小屋の社長さんは やっぱりあの方のご子息なのかな?

だとしたらうなずけます。

山本小屋の社長さんも スゴイですから まー働き者です!

こうやって挙げ連ねると 王ヶ頭ホテルのほうがいいんじゃない?と

思ってしまいますが

王ヶ頭ホテルもサイコーですが

あとは 好みかなぁ・・・ 

どっちに泊まるかとなるとワタシは

3回に2回は 山本小屋に泊まりたい派なのです

そんなわけで 出会いが最悪だった美ヶ原高原

まさか40年以上も経って

こんなに大好きになってしまうとは

あの時は夢にも思いませんでした

不思議ですね 人生って

行かれたことない方は ぜひ 一度行ってみてくさいませ

7月ころが一番オススメです

寒いけど冬もいいですよ 健康なら・・・












 


 

 

 

 


美ヶ原高原との出会い

2017年10月20日 09時43分34秒 | 長野

ここんとこ 毎日雨・雨・雨・・・

気分が滅入るので キレイな海の画像をアップ

これは 沖縄の幻の島 

遠くに小さくお風呂のようにつかっているのはワタクシめでございます・・・

ワタシは沖縄の小浜島が好きで(ちゅらさん観たことないけど)

小浜島っていうか ホテルの「はいむるぶし」が気に入っていて

ここ数年毎年娘と2人で訪れております

家族で行きたいなぁ・・と思いつつも 4人で行くところを2人にして

その分ゴージャスに・・・という算段で ここに泊まるときは

なんと オーシャンビュースイートに泊まってます

来年分もすでに予約済み 楽しみ きゃっ

テレビで紹介されるたびに予約が取りにくくなってきていて

最初に予約したときは1カ月前で余裕だったのに 最近は半年以上前に

取らないと・・って感じなのです

初めて小浜島に行った時は 珊瑚が そりゃあもうキレイで

魚観るより珊瑚にウットリしたものですが

今年は 珊瑚がどこもかしこもレンガ色で驚きました

テレビでもやってましたが ホントに珊瑚は全滅状態です

もとに戻るのに10年以上かかるそうですよ・・(/ω\)

娘とこのようなゴージャス旅をしているなんてコトがダンナ様にバレたら

大変ですが 今のところバレておりません

旅行は大好きですが お宿は この 「はいむるぶし」と

美ヶ原高原の「山本小屋ふるさと館」この2つに泊まれればいいの

「はいむるぶし」も「山本小屋ふるさと館」も偶然見つけた宿ですが

特に山本小屋のほうは 星が大好きなワタクシめが 星星星星☆・・・と

ネットで検索していたときに「星に続く宿・・」と星つながりで

出てきてしまった出会いなのですが

とにかくスゴイおもてなしのお宿で

これまたテレビで取り上げられて 今年なんて もー何カ月も先まで満室状態(>_<)

美ヶ原高原といえば

松本に住んでいる叔父から ワタシが小1の頃(昭和50年代前半)

松本が美ヶ原高原を観光地として推し進めていてバスも開通したから

行ってみるといい なんて言われて 家族で訪れたコトがありました。

松本駅からバスに乗ったのは いいのですが・・

当時のビーナスラインは もっのすごーーーい悪路で 

もー道路が最悪!! ガタガタ道なんて可愛く表現できないくらい

大嵐の船内みたいな大変な揺れ方で 揺れるというより 飛び上がり続けるってゆーか

そりゃあもうひどいものでした

日光のいろは坂だってここまでじゃないでしょ・・・てくらい・・

気持ち悪いのなんのって 着くころには真っ青で すでに帰りたい感じでした・・

そこまでしてたどり着いたのに 

高原は霧で真っ白・・・ なんにも見えない

しかも寒い!! すでに父は帰りのバスの時間とにらめっこ・・・

「何が絶景だ!二度と来ない!」と激怒する父 

こんな設備も行き届いていない道路を 乗り心地最悪のバスでやってきて

何にも見えない・・そのうえ寒い・・・

二度と美ヶ原高原に来ることはないだろう・・・と幼心に確信しました。

それからウン十年・・ 再びここへ足を運ぶ日がくるとは夢にも思いませんでした

今も忘れず体の感覚が覚えているあの悪路・・・

それが まーキレイに整備されちゃって ドライブコースになっちゃっているでは

ありませんか

バスは廃止されてましたけど・・・(ところどころにあるバス停が錆びてます)

美ヶ原高原は 標高2000mもあり 空がものすごく近くて雲も近い

晴れていれば その名のとおり美しい最高な所です

しかし! 2000mですから! お天気は目まぐるしく変わります

霧の発生率もタイヘン高く 風も強い! 自然環境がとってもキビシー所なのです

1年に1回程度 満点の星と雲海が見れると思って行ったところで

断言しましょう

2つ見れる確率は 高くても10%以下!! 10回に1回観れればラッキーです

まず月が出ていたら満点の星は観れませんので

ワタシはたまたま 初めて行った時になんと両方見る事が出来ました

でも その後は ずっと見れていません 

それでも 行ってしまいたくなるのは 星もみたいけど 星が満天じゃなくても

このお宿が満点だからいいの もう と なってしまうせいです

今年も 新月を狙って9月に予約をとったのですが 娘の都合がつかず

急きょ11月に変更になってしまい 今回は新月ではないので 

星は 期待薄ですが・・ 家族で行く予定です

それで 今日のタイトル 何が車中泊かと申しますと・・・

9月に  ダンナ様と この美ヶ原高原の道の駅で車中泊をしたのでした

この経験から ワタシは ここ1カ月ほど 

我が家の Vitz(ごくごくフツーの足も満足に伸ばせない1300㏄車)でも

「快適な車中泊をしてみせる!」

という目標を掲げて 日々あれこれグッズを探しに行ったり考えたり

とにかく寝ても覚めても車中泊のことで頭がいっぱい状態でした

そんな経緯で あれこれ集めた車中泊グッズの紹介を・・

と思ったのに またまた余計な話で 長くなってしまいました

ま・・いっか いつもこんな感じで 終わる1日のブログ

・・てか まだ朝だし・・

ちなみに今日は新月です

最後に

これが美ヶ原高原でみた雲海デス!!

この下は上田市街なんですよ~ 

 
















特急あさまと峠の釜めしとおかゆ

2017年10月16日 12時00分19秒 | 長野

季節外れ 今年最後の朝顔デス

おかゆ 作りますか~?!

ワタシは 昔からおかゆが大好きで

風邪引いて食欲がなかったりすると 母が

いつも 峠の釜めしの どんぶりで おかゆを作ってくれました

あれ 確か直火はダメって書いてあるのに 母は 直火でフツーに

炊いてました・・・(*_*;

ご飯から 作っていたので 炊くというより煮るかな・・?

ワタシの両親は2人とも長野の同じ村出身なので

小さい頃は 毎年家族で長野に帰省していました

当時は新幹線がなくて 上野から 特急あさま もしくは 急行はくさんが

出ていました。 

あのころは 電車で帰省といえば 上野駅。

石川啄木の 「ふるさとの訛り懐かし 停車場にそを聞きに行く」だったかな?

教科書にこんな俳句が載っていて この「停車場」が上野駅ですと

先生に習いましたが、ちなみに「そ」は東北弁だとか。

ワタシの中の上野駅といったら もー迷路みたいに複雑でわけわかんない駅・・・

という記憶しかないんですが 今は閑散としちゃって

こんなに スッキリした駅だったかしら?(*_*; ってちょっと寂しい・・

今は(昔も?)東京駅や新宿駅は どんどん巨大化してるのに

上野の廃れようには 時代の流れを感じずにおられませんね・・

全ての電車が 上野を起点に「上り」と「下り」が始まるって習いましたが

今はどーなの? やっぱり東京? 

気になったので調べてみたら

ワタシはまた先生にウソを習いました

電車の始発などによって様々のようでございます 

東海道本線は東京が起点であったり 関西は神戸だったり

ワタシは くだらないことに関してものすごく記憶力がよく

人の誕生日とか覚える気ないのに 忘れないというか・・・

そんなわけで 親しい方々の中では 

「林家ぺー子」と呼ばれています(パー子ではなく)

しかも 「なんで そんなこと覚えてるの? ストーカー?」とか

恐れられることもしばしば・・・

べつに手帳にメモしてチェックするとか そんなんじゃないんです!!

数字覚えるのが得意なだけなんです・・ 

最近は老化がひどいので すぐ忘れるようになれましたが

若い頃は 歴史の年表は 語呂合わせとか全然必要ありませんでした。

そんな特技?・・があっても 生きていくのに何の役にも立ちません・・

特に 間違って教えられたことばかり忘れないので悲しすぎます

そんなワタシが 先生から教わった 間違った知識!

①私たちが生きてる限り 東京にオリンピックが来る事はない(前に書きましたね)

②全ての電車は上野駅が起点として上り下りで始まる

③日本にやってくる全ての台風は沖縄を通過する(小笠原諸島からでもやってきますから)

④運動中に水を飲むな! 飲むと体によくない!

 👆これ 小5の夏の林間学校で箱根に行った時も さんざん歩かされて

  目的地に着くまで飲んじゃダメ!と先生に厳重注意されましたけど

このほかにも 多々ありますが・・とりあえず話を戻します

特急あさまは

軽井沢に停車するので ものすごくものすごく混む電車でした

父は 指定席を買うということを絶対にしない人なので

朝早くから上野で自由席の列に並んで そりゃもう階段の上まで並んでるような状態で・・

あさまに乗り込むのは 毎年大変でした

あさまを待っている間 反対ホームに 「南アルプス行き」とかいう札があって

アナウンスが「南アルプス行き 〇番線からの発車となります」と流れます

当時、アルプスの少女ハイジを夢中で観ていたので

「え? 電車でアルプス行けるの?」 と、幼心に ギョっとなりながら

南アルプス行きに並ぶ行列を羨ましく眺めていた記憶があります。

これは かなり大きくなるまで ずっとナゾでした・・・

あの頃は 上野を出て赤羽を過ぎると もうのどかな田園風景で

長野まで4時間くらいかかりました。

横川につくと 電車が必ず20分停車するので この間に

峠の釜めしを買いに出る・・というのがお決まりで

今は美味しいと思いますが 幼心には 峠の釜めしは 色合いも茶色だし

全然魅力的ではなくて・・高崎のだるま弁当のほうが よっぽど食べたかったものですが

この横川から軽井沢までの 車窓が ホントに見事で素晴らしい景色だったんですよ~

トンネルばっかりで 耳も聞こえずらくなる箇所ではあるものの

トンネル間に見える 沢や山の木々の美しいことったらなかったです

あの景色を もう2度と見る事が出来ないのがなんとも残念

今は 東京から長野まで新幹線以外で行くには中央線で松本経由でいくしかありません

ホントに残念です・・・

特急あさまの経路で行くには 横川からバスで軽井沢まで運んでもらわないと

行けません。青春18きっぷが使えないので なんとも悔しい地点です

横川駅は前にも増して錆びれた感じの駅になってしまいましたけど

峠の釜めしはスーパーとかの駅弁大会とか 東京駅とか 高崎にもあったかな?

そんな感じで今も大人気の駅弁として残っていますね

話がだいぶズレましたが・・

おかゆ 

このおかゆ ワタクシ お寺の精進料理とか 売ってるレトルトみたいな

つぶの小さいおかゆを作るには どーしたらいいのか

ずっと究め続けてきました。

水の量を うーーーんと多くするといいのか とか 

研ぎ方に秘訣があるのか とか・・・

火加減なのか・・とか・・・・

どーやって作っても 長細い ジャポニカ米の形のおかゆしか出来ないので

この形がどうやったらあんなにドロドロな感じになるのか・・・

「うーーーん」と悩み続けて 数十年・・・

やっと 分かりました!!

おかゆ米というものの存在を ついに知ったのです!

この おかゆ米 細米というみたいですが 

このお米を偶然発見したのです 某道の駅で 

しかも1キロ280円 安っっ!!

👆こんな感じで とっても小さい 炊く米から 粒状だったのね 納得・・

しかも この米 とっても美味しい

望んでた形の おかゆが初めて作れました!(^^)! 

しかも簡単に

これを作りたかったのよ~ 

わが人生に悔いなし きゃっきゃっ

て感じです~ 

しかし・・1キロのおかゆ米で作れるおかゆの量・・

ものすごいです・・・

全然終わりません・・・

ちょっとの量で たくさんのおかゆが出来上がってしまうんですもの・・・

いくらおかゆが好きでも 毎食は食べないし

 ちょっと困ってマス