『夏の橋の下物語』
ある年の夏休みの事。
中台宙也(なかだいちゅうや)は、父親の実家を訪れていた。
毎年夏休みになると、宙也は決まってそこへ行く…というより、行かされるというのが慣習だった。
毎年の事になり、宙也としてはもう行く事に飽きては居たが、家に居てみてつまらぬ夏休みとなってしまう。周囲の友人達も皆一応にどこかへと行ってしまい、遊ぶ機会もままらないという現実もあるので、何もしないよりは良いかな、という想いが彼の中ではあったものの、父の実家へ行けば誰かしら知り合いは居ても遊び相手になってくれるような人はおらず、テレビゲーム三昧という不健康なパターンになる事も多かった。
(…ん?朝か)
目覚めると窓の向こうから力強い日差しが宙也を照らし、耳に入って来たのはセミの鳴き声。
(さて、今日はどうしようかな?)
家の中に居るのもなぁ、と寝ぼけ頭を描きながらそう思いつつ、折角の夏なので近くの川辺にでも行こうかなと不意に考えた。
朝食を食べて少し経ってから宙也は家を出た。
(今日もひとりか)
そこまで友人が多いという宙也ではないが、やはり独りきりというのは寂しい物がまだまだある年齢だった。
近くの川べりはすぐ近くが海だったので、水遊びは自由に出来るという夏に相応しい環境だった。それを宙也の父親が自慢気に子供の頃、聴かされていた。
照りつける太陽と淡い色した空の下、宙也は1人水に戯れ、持て余している時間を最大限生かした。
休みというのは、何をして時間を費やすか、それが課された1つの問である。
何もしないままに膨大な時間が広がる事に、人はやはりどこかで疲れを感じる物である。
故に、何かをする。その「何か」が大切で、それを考えるのが楽しみでもあるが、面倒でもある。
やがて日が傾きかけた頃、宙也は川辺の道を家に戻る為に歩いていた。
(あれ?)
対岸へ渡る為の小さな橋の近くを通った時、ギターの弦を弾く音と歌声が聞こえた。
(橋の下?)
その声と音がする所を見てみると、宙也と同じ年齢と見える少年の姿があった。
(あの人が歌ってるんだ)
へぇー、と思いしばらく宙也はその少年を見つめた。
(良い感じじゃん)
丁度、今時分の夕暮れにあう哀しい歌に聞こえ、なんだかもう夏休みが終わり秋が来てしまいそうな感じだったが、不思議とその声とメロディーが宙也の胸に届く物があった。
(あっ)
しばらく聴いていたらチラッと少年に宙也は見られ、気まずさを感じたのでその場を後にした。
それから2日後の事。
宙也は、釣りをしていた。
思いつきで始め、しかも午後からのスタートだったので釣れる筈も無くぼんやりとしたまま、いつしか眠り込んでしまった。
どのくらい経過してからだろう、不意に意識が戻った時、いつかに聴いたあのメロディーが耳に入った。
(あれ?)
どこからだろう?と宙也は釣竿を引き上げ、音のする方へ行ってみた。すると、あの少年が再びギター片手に歌を歌っていた。
「…見慣れない顔だね」
宙也に気づくと少年は顔を上げてそう言った。
「君、名前は?」
歌声とは違った声で宙也は問われたので、問いかけに応えた。
「俺は、印台 叔丘(いんだいよしたか)って言う。よろしく」
と言って印台はギターをジャランと鳴らす。
「毎日、ここで弾いて歌ってるの?」
「うん。涼しくなったらだけどね。家じゃ、うるさいって言われるからさ」
どこかつまんなそうに印台は宙也の質問に答える。
「でも歌巧いよね。ギターもだけど」
聴いたまんまの感想を宙也はぶつけると、印台は、ふっと笑った。
「へぇー、変わってるね。俺の歌声が良いなんて言われたの初めてだよ」
(こんな明るい表情も出来るんだ)
暗そうな印象があって、幸薄そうな感じの顔立ちからはちょっと想像つかない表情に宙也はちょっと面食らった。
「それで、この歌は誰の歌なの?」
「うん。言っても知らないだろうから、言いたくない」
ぶっきら棒に印台に言われ、宙也はちょっとムッと来たの同時に、言われないと余計に気になる、という想いにかられた。
「ところで、西台は一体どこから来たんだい?ここらじゃ見かけない顔だけど」
宙也の質問には答えず行き成り印台に問われた。
「言っても解らないだろうから、言わない」
逆襲するかの様に宙也は言ってみた……だが、何故か隠し通せなかったので印台の問いに素直に応えた。
「そうなんだ。遠そうな所から来たんだね。けど、素直だねちゃんと訊かれた事に答えるなんて」
印台はゆっくりとそう言った。
「そうかな?」
予想外の反応に宙也は戸惑う。
(なんか面倒そうな人だな)
近づいちゃいけなかったかな?と胸の中でそう宙也は呟いた。
その日の夜、花火大会が催された。
沢山の人が集まる中、暗い夜空に色彩り豊かな大きな光と音で満たされた。
「やぁ、こんばんは」
宙也は、数時間前に出会ったあの橋で落ち合った。
2人は場所を移動し、露店が並んでいる場所を通り、花火が見える場所へと移動した。
「結構、人が居るんだね」
普段からは想像がつかない人ごみに宙也はちょっと面食らう。
「まぁ、多分、他所から来てる人も居ると思うけどね」
見かけない顔ばかりだよ、と、どこかつまらなそうに或いはどこかホッとした様なトーンで印台が言ったと同時に、派手な音と共に大きな花火が空に咲き、たまや、と言う人の声もした。
「今のは綺麗だったね」
嬉しそうな印台の横顔を見て、宙也は大きく頷いた。その時だった。
「あれ、印台じゃねー」
不意に声がした方を宙也は見ると、そこにはやや素行の悪そうな少年達3人の姿があった。
「あの隣の奴は誰だよ」
その声がした時、グイッと印台が宙也の腕を掴み走り出した。
「わっ、ちょっと」
行き成りだったので、宙也はよろけ、行き交う人にぶつかり、嫌な顔をされた。
しばらく2人は走り、さっき落ち合った橋まで戻った。
「ゴメン。突然」
ぼそっと印台が言う。
「あいつらと関わると厄介だから」
印台の言葉に宙也は頷いた。
「こんな街だからって訳じゃないけど、余所者への風当たりはきついんだ」
何でだろうな、と印台は言う。
「同じ人間だってのに。奴らの心は狭い」
嫌そうな口調で言ったのと同時に近くにあった石を印台は蹴り飛ばした。
(ひょっとして)
宙也が胸の中で思った時、
「橋を渡って、あの道の突端へ行こう。それでも結構見えるんだ」
印台は対岸を指差し、歩き出していた。
「まってよ」
初動が遅れた宙也は、小さな悲鳴を上げても印台はそのまま行ってしまい、背中を追いかけたが暗闇にその姿は消えてしまい見失ってしまった。
(あれ、何処行った?)
辺りを見たが印台は居なかった。
(はぐれちゃったよ)
宙也は途方にくれ、家に戻ることにした。それがその年に宙也が印台を見た最後になった。
1年後の夏。
宙也は、例年通り同じ地に赴いた。
(あの人はどうしてんだろう)
時間が経過していたとは言え、宙也は印台の事が気になっていた。
折角知り合ったのだから、もう1度会いたい、と宙也は思い、出会った橋へ行って見た。すると、あのギターと歌が聞こえてきたので宙也は橋の下へ行くと変わらない姿で印台
がそこに居た。
「……今年も来てたんだ」
冷静でありつつも驚いた表情を印台は浮かべた。
「まさか、またここに来るとは思わなかったよ」
驚いたな、と印台は言う。
「うん。また会いたいなって思ったからさ」
宙也は印台の隣に座った。
「何だよ。友達なら他に居るだろ?俺じゃなくたっていいんじゃないのか?」
そっぽを向いて印台が言う。
「居ないよ。会った事も無いよ、お前以外には」
「そっか。まぁ、あの辺りは子供が居ないからな」
仕方ないか、と近くにあった小石を川へ向かって投げ入れた。
「ゴメン。あの時は裏切って」
「ああ、別に良いよ。あんな暗がりじゃ見失っても仕方ない」
そこまで暗かったという訳でもなかったが、とりあえず宙也はそう言っておいた。
「俺の正体が知れちゃったかなって思ったら、何かお前と居るのが嫌になってさ」
「はい?」
何を一体言っているんだろう、と宙也は思う。
「実は、俺もここいらじゃ、余所者に入る部類でさ」
印台は再び近くにあった小石を川に投げ入れた。
「ここは地元意識が強くってさ、皆顔見知りお隣同士的な感じで、居心地悪いんだ」
「そうなんだ」
苦しそうな表情を浮かべる印台に宙也は巧い言葉が出なかった。
「こんな所で独りイジケテ、ギター片手に歌なんか歌ってもどうにもならないんだけど、それしか、楽しみがなくってさ」
「……」
つまり、友達が居ないって事か、という言葉を宙也は飲み好んだ。
「こうして歌ってると少し気分が紛れるし、割とこの場所の静かさとか風が好きでこうしているんだ」
「へぇー」
印台の言う事が少し宙也は解った気がした。
「お前は、自分の住んでる街、好きか?」
「えっ?うん、どうかな」
そんな事、考えた事も無い宙也である。
「俺はこの街、この場所が嫌だ。前住んでた所もそこまで好きって訳じゃなかったけどな。けど、ここよりは良かったかな」
懐かしそうに印台は語る。
「って、まぁそんな話しても仕方ないか。ゴメンな変な話しちゃって」
「いいよ。別に」
印台はすっと立ち上がった。
「今夜、そう言えば、花火またあるんだったな。今年は最後までちゃんとお前と見たいと思う」
まっすぐ宙也に向かって印台は言った。
「うん。折角、こうして出会えたし別に印台が誰かからどうこう思われても俺には関係ないから、安心して」
「ありがとうな。改めてよろしく」
印台が差し出した右手を宙也はしっかりと握った。
こうして2人は夏の僅かな間の友達として、それからしばらくの間、親交があったものの、後に今度は宙也の方がその地へ赴かなくなり、2人は離れ離れになった。
(ここであの人に会ったんだよな)
成人を迎え、宙也は懐かしさを求めて、印台と会った橋に訪れたが彼の姿は無かった。
(今、どこでどうしてるんだろうか?)
宙也は、出会った橋の真中まで行くと欄干に両肘をついて海を見つめた。
あの太陽にきらめく波の中に、幼き頃の記憶を落としこめた。
(完)
ある年の夏休みの事。
中台宙也(なかだいちゅうや)は、父親の実家を訪れていた。
毎年夏休みになると、宙也は決まってそこへ行く…というより、行かされるというのが慣習だった。
毎年の事になり、宙也としてはもう行く事に飽きては居たが、家に居てみてつまらぬ夏休みとなってしまう。周囲の友人達も皆一応にどこかへと行ってしまい、遊ぶ機会もままらないという現実もあるので、何もしないよりは良いかな、という想いが彼の中ではあったものの、父の実家へ行けば誰かしら知り合いは居ても遊び相手になってくれるような人はおらず、テレビゲーム三昧という不健康なパターンになる事も多かった。
(…ん?朝か)
目覚めると窓の向こうから力強い日差しが宙也を照らし、耳に入って来たのはセミの鳴き声。
(さて、今日はどうしようかな?)
家の中に居るのもなぁ、と寝ぼけ頭を描きながらそう思いつつ、折角の夏なので近くの川辺にでも行こうかなと不意に考えた。
朝食を食べて少し経ってから宙也は家を出た。
(今日もひとりか)
そこまで友人が多いという宙也ではないが、やはり独りきりというのは寂しい物がまだまだある年齢だった。
近くの川べりはすぐ近くが海だったので、水遊びは自由に出来るという夏に相応しい環境だった。それを宙也の父親が自慢気に子供の頃、聴かされていた。
照りつける太陽と淡い色した空の下、宙也は1人水に戯れ、持て余している時間を最大限生かした。
休みというのは、何をして時間を費やすか、それが課された1つの問である。
何もしないままに膨大な時間が広がる事に、人はやはりどこかで疲れを感じる物である。
故に、何かをする。その「何か」が大切で、それを考えるのが楽しみでもあるが、面倒でもある。
やがて日が傾きかけた頃、宙也は川辺の道を家に戻る為に歩いていた。
(あれ?)
対岸へ渡る為の小さな橋の近くを通った時、ギターの弦を弾く音と歌声が聞こえた。
(橋の下?)
その声と音がする所を見てみると、宙也と同じ年齢と見える少年の姿があった。
(あの人が歌ってるんだ)
へぇー、と思いしばらく宙也はその少年を見つめた。
(良い感じじゃん)
丁度、今時分の夕暮れにあう哀しい歌に聞こえ、なんだかもう夏休みが終わり秋が来てしまいそうな感じだったが、不思議とその声とメロディーが宙也の胸に届く物があった。
(あっ)
しばらく聴いていたらチラッと少年に宙也は見られ、気まずさを感じたのでその場を後にした。
それから2日後の事。
宙也は、釣りをしていた。
思いつきで始め、しかも午後からのスタートだったので釣れる筈も無くぼんやりとしたまま、いつしか眠り込んでしまった。
どのくらい経過してからだろう、不意に意識が戻った時、いつかに聴いたあのメロディーが耳に入った。
(あれ?)
どこからだろう?と宙也は釣竿を引き上げ、音のする方へ行ってみた。すると、あの少年が再びギター片手に歌を歌っていた。
「…見慣れない顔だね」
宙也に気づくと少年は顔を上げてそう言った。
「君、名前は?」
歌声とは違った声で宙也は問われたので、問いかけに応えた。
「俺は、印台 叔丘(いんだいよしたか)って言う。よろしく」
と言って印台はギターをジャランと鳴らす。
「毎日、ここで弾いて歌ってるの?」
「うん。涼しくなったらだけどね。家じゃ、うるさいって言われるからさ」
どこかつまんなそうに印台は宙也の質問に答える。
「でも歌巧いよね。ギターもだけど」
聴いたまんまの感想を宙也はぶつけると、印台は、ふっと笑った。
「へぇー、変わってるね。俺の歌声が良いなんて言われたの初めてだよ」
(こんな明るい表情も出来るんだ)
暗そうな印象があって、幸薄そうな感じの顔立ちからはちょっと想像つかない表情に宙也はちょっと面食らった。
「それで、この歌は誰の歌なの?」
「うん。言っても知らないだろうから、言いたくない」
ぶっきら棒に印台に言われ、宙也はちょっとムッと来たの同時に、言われないと余計に気になる、という想いにかられた。
「ところで、西台は一体どこから来たんだい?ここらじゃ見かけない顔だけど」
宙也の質問には答えず行き成り印台に問われた。
「言っても解らないだろうから、言わない」
逆襲するかの様に宙也は言ってみた……だが、何故か隠し通せなかったので印台の問いに素直に応えた。
「そうなんだ。遠そうな所から来たんだね。けど、素直だねちゃんと訊かれた事に答えるなんて」
印台はゆっくりとそう言った。
「そうかな?」
予想外の反応に宙也は戸惑う。
(なんか面倒そうな人だな)
近づいちゃいけなかったかな?と胸の中でそう宙也は呟いた。
その日の夜、花火大会が催された。
沢山の人が集まる中、暗い夜空に色彩り豊かな大きな光と音で満たされた。
「やぁ、こんばんは」
宙也は、数時間前に出会ったあの橋で落ち合った。
2人は場所を移動し、露店が並んでいる場所を通り、花火が見える場所へと移動した。
「結構、人が居るんだね」
普段からは想像がつかない人ごみに宙也はちょっと面食らう。
「まぁ、多分、他所から来てる人も居ると思うけどね」
見かけない顔ばかりだよ、と、どこかつまらなそうに或いはどこかホッとした様なトーンで印台が言ったと同時に、派手な音と共に大きな花火が空に咲き、たまや、と言う人の声もした。
「今のは綺麗だったね」
嬉しそうな印台の横顔を見て、宙也は大きく頷いた。その時だった。
「あれ、印台じゃねー」
不意に声がした方を宙也は見ると、そこにはやや素行の悪そうな少年達3人の姿があった。
「あの隣の奴は誰だよ」
その声がした時、グイッと印台が宙也の腕を掴み走り出した。
「わっ、ちょっと」
行き成りだったので、宙也はよろけ、行き交う人にぶつかり、嫌な顔をされた。
しばらく2人は走り、さっき落ち合った橋まで戻った。
「ゴメン。突然」
ぼそっと印台が言う。
「あいつらと関わると厄介だから」
印台の言葉に宙也は頷いた。
「こんな街だからって訳じゃないけど、余所者への風当たりはきついんだ」
何でだろうな、と印台は言う。
「同じ人間だってのに。奴らの心は狭い」
嫌そうな口調で言ったのと同時に近くにあった石を印台は蹴り飛ばした。
(ひょっとして)
宙也が胸の中で思った時、
「橋を渡って、あの道の突端へ行こう。それでも結構見えるんだ」
印台は対岸を指差し、歩き出していた。
「まってよ」
初動が遅れた宙也は、小さな悲鳴を上げても印台はそのまま行ってしまい、背中を追いかけたが暗闇にその姿は消えてしまい見失ってしまった。
(あれ、何処行った?)
辺りを見たが印台は居なかった。
(はぐれちゃったよ)
宙也は途方にくれ、家に戻ることにした。それがその年に宙也が印台を見た最後になった。
1年後の夏。
宙也は、例年通り同じ地に赴いた。
(あの人はどうしてんだろう)
時間が経過していたとは言え、宙也は印台の事が気になっていた。
折角知り合ったのだから、もう1度会いたい、と宙也は思い、出会った橋へ行って見た。すると、あのギターと歌が聞こえてきたので宙也は橋の下へ行くと変わらない姿で印台
がそこに居た。
「……今年も来てたんだ」
冷静でありつつも驚いた表情を印台は浮かべた。
「まさか、またここに来るとは思わなかったよ」
驚いたな、と印台は言う。
「うん。また会いたいなって思ったからさ」
宙也は印台の隣に座った。
「何だよ。友達なら他に居るだろ?俺じゃなくたっていいんじゃないのか?」
そっぽを向いて印台が言う。
「居ないよ。会った事も無いよ、お前以外には」
「そっか。まぁ、あの辺りは子供が居ないからな」
仕方ないか、と近くにあった小石を川へ向かって投げ入れた。
「ゴメン。あの時は裏切って」
「ああ、別に良いよ。あんな暗がりじゃ見失っても仕方ない」
そこまで暗かったという訳でもなかったが、とりあえず宙也はそう言っておいた。
「俺の正体が知れちゃったかなって思ったら、何かお前と居るのが嫌になってさ」
「はい?」
何を一体言っているんだろう、と宙也は思う。
「実は、俺もここいらじゃ、余所者に入る部類でさ」
印台は再び近くにあった小石を川に投げ入れた。
「ここは地元意識が強くってさ、皆顔見知りお隣同士的な感じで、居心地悪いんだ」
「そうなんだ」
苦しそうな表情を浮かべる印台に宙也は巧い言葉が出なかった。
「こんな所で独りイジケテ、ギター片手に歌なんか歌ってもどうにもならないんだけど、それしか、楽しみがなくってさ」
「……」
つまり、友達が居ないって事か、という言葉を宙也は飲み好んだ。
「こうして歌ってると少し気分が紛れるし、割とこの場所の静かさとか風が好きでこうしているんだ」
「へぇー」
印台の言う事が少し宙也は解った気がした。
「お前は、自分の住んでる街、好きか?」
「えっ?うん、どうかな」
そんな事、考えた事も無い宙也である。
「俺はこの街、この場所が嫌だ。前住んでた所もそこまで好きって訳じゃなかったけどな。けど、ここよりは良かったかな」
懐かしそうに印台は語る。
「って、まぁそんな話しても仕方ないか。ゴメンな変な話しちゃって」
「いいよ。別に」
印台はすっと立ち上がった。
「今夜、そう言えば、花火またあるんだったな。今年は最後までちゃんとお前と見たいと思う」
まっすぐ宙也に向かって印台は言った。
「うん。折角、こうして出会えたし別に印台が誰かからどうこう思われても俺には関係ないから、安心して」
「ありがとうな。改めてよろしく」
印台が差し出した右手を宙也はしっかりと握った。
こうして2人は夏の僅かな間の友達として、それからしばらくの間、親交があったものの、後に今度は宙也の方がその地へ赴かなくなり、2人は離れ離れになった。
(ここであの人に会ったんだよな)
成人を迎え、宙也は懐かしさを求めて、印台と会った橋に訪れたが彼の姿は無かった。
(今、どこでどうしてるんだろうか?)
宙也は、出会った橋の真中まで行くと欄干に両肘をついて海を見つめた。
あの太陽にきらめく波の中に、幼き頃の記憶を落としこめた。
(完)