京の辻から   - 心ころころ好日

名残りを惜しみ、余韻をとどめつつ…

 無病息災願って…

2011年01月12日 | こんなところ訪ねて
              

娘(息子)が生まれて、お宮参りは仲人宅のお寺へご挨拶にあがり、家の内陣でお参りを済ませている。成長の節目節目、みなそうしてきた。

その延長線上で、女三十三歳、娘は今年本厄に当たる。
心のどこかに仏さんに守られている、守っていてくださると思う気持ちがあるからだろう、世間で「言われている」ことも、正面から捉えることなくこれまで過ごしてきた。
が、ここへきて娘が、厄除けのお参りして欲しいと言ってきた。


  
運気が下がり、災厄に遭いやすくなる。本人だけではなく家族や身の回りの人にまで悪影響を及ぼすことがあるというではないか。人智では計り知れない運気の浮き沈みはたくあんあるとすれば、この一年は人生の中でも最も大切に、謙虚に暮らすよう努めなくてはならないのだろう。周囲のものを含めて。
気にして過ごすよりもご加護を願うのが良いだろう。本日は娘のために「厄除」のお願いに参上。

     
     

           やさしく一撞き            奥の院まで

瀬田川、南郷の洗堰から南へ2キロ、道路わきから心臓破りの700段余りの急階段を「く」の字型に上がって行く。ご利益ある西国二十番札所、滋賀県大津市の立木観音(安養寺)に参拝した。平安初期、弘法大師42歳の厄年に開基、とある。厄除観音としての信仰が厚い。

              
 

        「おててを あわせば かんのんさまが まもってくださいますよ  立木山」


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
つつがなくと…、matsuさん (kei)
2011-01-13 16:55:46
行けるときに行かないと、少しでも早くと思いまして。

 月参り、12年重ねる幸せに感謝、
 月を共に階段上がる楽しさ、
 背中に負うた子が婆ちゃん重くないかと問う、
などなど、いくつもの和歌を刻んだ石柱が階段途中に奉納されていました。
立ち止まっては読んで、いつしか上ってしまいました。

川風や年末来の雪も残る冷たさで手もかじかむほどでしたが、
ご加護をしっかり祈願して来ました。
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一年を無事に、yattaro-さん (kei)
2011-01-13 16:46:09
ありがとうございます。
「気がかりなことは、出来ることから取り除く努力」
この心構えですね。

立春までには…でしたが、少しでも早くと思い立ちました。
年末来の雪があちこちに残り、冷たい空気をたくさん吸って体内も浄化してきました。

気づけばどこかでクスクス笑いが…、
階段の上がり降りは使う筋肉も違うようです。
膝コゾさんが笑い続けて困りました。
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Unknown (matsu)
2011-01-13 09:44:52
今度は娘さんの厄除けのお宮参り、精力的ですね。まだ熊野詣でのお疲れも残っているでしょうに。
心臓にも健脚にもすっかり自信がついたご様子、何よりです。

娘さんも人生で最も美しい花を咲かせる時、母親にも何よりの喜びの日です。末永い幸せを祈られたことでしょう。



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信じる者は・・・ (yattaro-)
2011-01-13 08:05:13
熊野詣でに次いで今度は厄除け祈願。
「く」の字に曲がる心臓破りの700段余りの急階段を。
しっかり鍛えた足腰で難なくクリアー・・・?
我が子の希望を叶えるとあらば、こんな坂道なんのその・・・ですね。
「信じる者は救われる」この母の努力、立木観音様もお見通しです。
御利益授かること間違いなしです。
やはり気がかりなことは、出来ることから取り除く努力をする。この姿勢が第一ですね。
何事もなくこの一年を無事に過ごされることをお祈りしています。
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