子供の社交場が砂場で・・・お母さんは井戸の廻りや道端で・・・
お父さんはビルの屋上や居酒屋さん・・・
みんなの関りが軽やかに流れるには大切な場所でも・・・
知ってほしいけれど、関わりたくは無く・・・変化を欲しがっても安心を求める・・・
無邪気に暮らしが前に進んでいた頃とは違う時間の流れと、社交場の変化が・・・
忘れ物で溢れかえるような暮らしになっていしまいました・・・。
人情は江戸の町だけではなく・・・田舎にも、違う場所で暮らす人達にもあって・・・
ほどほどのお節介は人を育て・・・
しつこいくらい同じことを繰り返す子供は・・・無邪気の中に、子供心の中のお節介が燃えています・・・。
人が亡くなる悲しさの中に、感動の物語があっても・・・何かむなしさを感じてしまい・・・
人情の中に、やさしさや悲しみ・・・人の強さやもろさを感じる・・・
そんな感動が思い浮かばない暮らしになってしまったのだろうか・・・。
一つの物語があって・・・古典のような噺であっても、どんな風に解釈するかは噺家と、利き手でも変わるのを見ると・・・
変化する価値観の解釈で・・・その先の結末が変わってしまうかも知れないけれど・・・
人の暮らしが生み出す・・・ささいな感動の物語があっても良いのかな、と思います・・・。