日本国憲法は敗戦の連合国軍占領下でマッカーサーがGHQに草案を書かせたということで、アメリカの押しつけ憲法との批判はありますが、その内容は戦争の反省と平和主義に基づいて、戦争放棄とともに、国民主権と基本的人権の保障するという民主政治の基本原則で構成されています。それらは欧米において17~20世紀の長きにわたって、人類が多くの血を流して獲得したものです。
ベアテ・シロタさんは基本的人権の保障の女性の項目の草案を書きました。
ベアテさんの草案ということを知ったのは数年前にビデオ「私が男女平等の憲法を書いた」を見たことです。ベアテさんについてブログに書きたいと思っておりましたが、なかなか機会がありませんでした。明日から岩波ホールで始まる「シロタ家の20世紀」の広告を見て、今がチャンスと書きましたが、頭の中でベアテさんのことがグルグル周っていて思うように文は書けませんでした。お読みになった方が日本国憲法の第3章の人権条項にも着目して下さったら嬉しいです。
1、ベアテ・シロタ・ゴードン
2、ベアテ・シロタ・ゴードン その2 1929年ベアテさん来日
3、ベアテ・シロタ・ゴードン その3 ご両親と再会
4、ベアテ・シロタ・ゴードン その4 日本国憲法
1~3はすでに書いてありますので、クリックしてください。
今日はベアテさんが書いた日本国憲法の草案を書きます。
1945年の敗戦によって日本は連合国軍の下のGHQマッカーサー元帥の支配下となりました。ポツダム宣言に沿った国家にするためにマッカーサー元帥は幣原内閣に憲法改正を示唆しました。幣原内閣は憲法問題調査委員会(委員長松本烝治)を設置しましたが、その作業はなかなかすすみませんでした、一方、民間の高野岩三郎を中心とした憲法研究会は12月26日に憲法草案要綱を発表し日本政府とGHQに届けました。
政府の憲法問題調査委員会の憲法草案は年があけて2月8日にGHQに届けられました。この政府の憲法草案を一般に松本案といいます。この松本案は大日本帝国憲法の字句を言い換えたのみで内容は変わらないものだったので、マッカーサー元帥は日本政府には民主的な憲法は出来ないだろうと判断してGHQの民生局にマッカーサー三原則(天皇の職務と権限は、憲法に基づいて行使され、憲法の定めるところにより、国民の基本的意思に対して責任を負う。戦争放棄・人権の保障)を示し、極秘に憲法の草案作成を依頼しました。そこでGHQ民生局のベアテさんは人権条項の女性の項目を担当することになりました。このとき彼女は22歳でした。22歳のベアテさん
まず、ベアテさんたちは東京のいくつかの図書館から世界各国の憲法を借りだしました。ベアテさんは「一ヶ所の図書館から世界の憲法書を借り出すと、疑われるのではとの用心からたくさんの図書館から少しずつ借り出しました」と極秘行動を説明しています。ベアテさんは子どもの頃、家長の支配下で人権を無視された日本女性の姿を見ていましたので、女性の権利について詳細に草案を書きました、が、細かすぎたために、法律で書けばいいということで大部分がカットされてしまい、ベアテさんは悔しい思いをしました。ですが、ベアテさんが考えた人権規定の精神は、現行憲法では第24条、第25条、第27条に生きました。また、憲法第14条一項(法の下の平等)草案もベアテが起草しています
ベアテさんの草案の一部は、次の通りです。(以下はWikipediaを参考としました)
· 第19条 妊婦と幼児を持つ母親は国から保護される。必要な場合は、既婚未婚を問わず、国から援助を受けられる。非嫡出子は法的に差別を受けず、法的に認められた嫡出子同様に身体的、知的、社会的に成長することにおいて権利を持つ。
· 第20条 養子にする場合には、その夫と妻の合意なしで家族にすることはできない。養子になった子どもによって、家族の他の者たちが不利な立場になるような特別扱いをしてはならない。長子の権利は廃止する。
· 第21条 すべての子供は、生まれた環境にかかわらず均等にチャンスが与えられる。そのために、無料で万人共通の義務教育を、八年制の公立小学校を通じて与えられる。中級、それ以上の教育は、資格に合格した生徒は無料で受けることができる。学用品は無料である。国は才能ある生徒に対して援助することができる。
· 第24条 公立・私立を問わず、児童には、医療・歯科・眼科の治療を無料で受けられる。成長のために休暇と娯楽および適当な運動の機会が与えられる。
· 第25条 学齢の児童、並びに子供は、賃金のためにフルタイムの雇用をすることはできない。児童の搾取は、いかなる形であれ、これを禁止する。国際連合ならびに国際労働機関の基準によって、日本は最低賃金を満たさなければならない。
· 第26条 すべての日本の成人は、生活のために仕事につく権利がある。その人にあった仕事がなければ、その人の生活に必要な最低の生活保護が与えられる。女性はどのような職業にもつく権利を持つ。その権利には、政治的な地位につくことも含まれる。同じ仕事に対して、男性と同じ賃金を受ける権利がある。
また、現行憲法第24条の下敷きとなった草案全文は次のようになっていた。
· 第18条 家庭は、人類社会の基礎であり、その伝統はよきにつけ悪しきにつけ、国全体に浸透する。それ故、婚姻と家庭とは法の保護を受ける。婚姻と家庭とは、両性が法律的にも社会的にも平等であることは当然である。このような考えに基礎をおき、親の強制ではなく相互の合意にもとづき、かつ男性の支配ではなく両性の協力にもとづくべきことをここに定める。これらの原理に反する法律は廃止され、それにかわって配偶者の選択、財産権、相続、住居の選択、離婚並びに婚姻及び家庭に関するその他の事項を、個人の尊厳と両性の本質的平等の見地に立って定める法律が制定されるべきである。
「婚姻と家庭とは法の保護を受ける」との結論を導く冒頭の理念部分と「親の強制ではなく」、「男性の支配ではなく」「これらの原理に反する法律は廃止」とする具体的な文言が、すべて削除の対象となりました。「親の強制」と「男性の支配」の文言は最終草案に採用されましたが、日本政府がこれらの部分を削除したと2000年5月2日の参議院憲法調査会で証言しています。
ベアテが参考にした各国の憲法条文は、次の通りです。
1. ワイマール憲法
第109条(法律の前の平等)、第119条(婚姻、家庭、母性の保護)、第122条(児童の保護)
2. アメリカ合衆国憲法
第1修正(信教、言論、出版、集会の自由、請願権)、第19修正(婦人参政権)
3. フィンランド憲法(養子縁組法)
4. ソビエト社会主義共和国連邦憲法
第10章・第122条(男女平等、女性と母性の保護)
ベアテさんの精神が生きた日本国憲法第14・24・26・27条
第14条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
2 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
3 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第24条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
2 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。
第26条 すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する。
2 すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする
第27条 すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
2 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
3 児童は、これを酷使してはならない。
尚、日本政府が松本案をマッカーサー元帥に手渡したのが1946年2月8日、GHQの草案作成のマッカーサー案を日本政府が受け取ったのは2月13日です。わずか数日で草案が出来た背景は民間の憲法研究会作成の憲法草案要綱が下敷きとなったようです。
参考までに憲法研究会の憲法草案要綱(憲法研究会案)
高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩渕辰雄、 室伏高信、鈴木安蔵
■根本原則(統治権)
一、 日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
一、 皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス
一、 天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル
一、 天皇ノ即位ハ議会ノ承認ヲ経ルモノトス
一、 摂政ヲ置クハ議会ノ議決ニヨル
■国民権利義務
一、 国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス
一、 爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス
一、 国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ヲ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス
一、 国民ハ拷問ヲ加ヘラレルルコトナシ
一、 国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス
一、 国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
一、 国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス
一、 国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス
一、 国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスベシ
一、 国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保障サル権利ヲ有ス
一、 男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス
一、 民族人種ニヨル差別ヲ禁ス
一、 国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス
■議会
一、 議会ハ立法権ヲ掌握ス法律ヲ議決シ歳入及歳出予算ヲ承認シ行政ニ関スル順則ヲ定メ及其ノ承認ヲ得ルヲ要ス
一、 議会ハ二院ヨリ成ル
一、 第一院ハ全国一区ノ大選挙区制ニヨリ満二十歳以上ノ男女平等直接秘密選挙(比例代表ノ主義)ニヨリテ満二十歳以上ノ者ヨリ公選セラレタル議員ヲ以テ組織サレ其ノ権限ハ第二院ニ優先ス
一、 国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスベシ
一、 第二院ハ各種職業並其ノ中ノ階層ヨリ公選セラレタル満二十歳以上ノ議員ヲ以テ組織サル
一、 第一院ニ於テ二度可決サレタル一切ノ法律案ハ第二院ニ於テ否決スルヲ得ス
一、 議会ハ無休トスソノ休会スル場合ハ常任委員会ソノ職責ヲ代行ス
一、 議会ノ会議ハ公開ス秘密会ヲ廃ス
一、 議会ハ憲法違反其ノ他重大ナル過失ノ廉ニヨリ大臣並官史ニ対スル公訴ヲ提起スルヲ得之カ審理ノ為ニ国事裁判所ヲ設ク
一、 議会ハ国民投票ニヨリテ解散ヲ可決サレタルトキハ直チニ解散スヘシ
一、 国民投票ニヨリ議会ノ決議ヲ無効ナラシムルニハ有権者ノ過半数カ投票ニ参加セル場合ナルヲ要ス
■内閣
一、 総理大臣ハ両院議長ノ推薦ニヨリテ決ス各省大臣国務大臣ハ総理大臣任命ス
一、 内閣ハ外ニ対シ国ヲ代表ス
一、 内閣ハ議会ニ対シ連帯責任ヲ負フ其ノ職ニ在ルニハ議会ノ信任アルコトヲ要ス
一、 国民投票ニヨリテ不信任ヲ決議サレタルトキハ内閣ノ其ノ職ヲ去ルヘシ
一、 内閣ハ官史を任免ス
一、 内閣ハ国民ノ名ニ於テ恩赦権ヲ行フ内閣ハ法律ヲ執行スル為ニ命令ヲ発ス
■司法
一、 司法権ハ国民ノ名ニヨリ裁判所構成法及陪審法ノ定ムル所ニヨリ裁判之ヲ行フ
一、 裁判官ハ独立ニシテ唯法律ニノミ服ス
一、 大審院ハ最高ノ司法機関ニシテ一切ノ下級司法機関ヲ監督ス大審院長ハ公選トス国事裁判所長ヲ兼ヌ大審院判事ハ第二院議長ノ推薦ニヨリ第二院ノ承認ヲ経テ就任ス
一、 察官ハ行政機関ヨリ独立ス
一、 罪ノ判決ヲ受ケタル者ニ対スル国家補償ハ遺憾ナキヲ期スヘシ
■会計及財政
一、 国ノ歳出歳入ハ各会計年度毎ニ詳細明確ニ予算ニ規定シ会計年度ノ開始前ニ法律ヲ以テ之ヲ定ム
一、 事業会計ニ就テハ毎年事業計画書ヲ提出シ議会ノ承認ヲ経ヘシ特別会計ハ唯事業会計ニ就テノミ之ヲ設クルヲ得
一、 租税ヲ課シ税率ヲ変更スルハ一年毎ニ法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
一、 国債其ノ他予算ニ定メタルモノヲ除ク外国庫ノ負担トナルヘキ契約ハ一年毎ニ議会ノ承認ヲ経ヘシ
一、 皇室費ハ一年毎ニ議会ノ承認ヲ経ヘシ
一、 予算ハ先ツ第一院ニ提出スヘシ其ノ承認ヲ経タル項目及金額ニ就テハ第二院之ヲ否決スルヲ得ス
一、 租税ノ賦課ハ公正ナルヘシ苟モ消費税ヲ偏重シテ国民ニ過重ノ負担ヲ負ハシムルヲ禁ス
一、 歳入歳出ノ決算ハ速ニ会計検査院ニ提出シ其ノ検査ヲ経タル後之ヲ次ノ会計年度ニ議会ニ提出シ政府ノ責任解除ヲ求ムヘシ会計検査院ノ組織及権限ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム会計検査院長ハ公選トス
■経済
一、 経済生活ハ国民各自ヲシテ人間ニ値スヘキ健全ナル生活ヲ為サシムルヲ目的トシ正義進歩平等ノ原則ニ適合スルヲ要ス各人ノ私有並経済上ノ自由ハ此ノ限界内ニ於テ保障サル所有権ハ同時ニ公共ノ福利ニ役立ツヘキ義務ヲ要ス
一、 土地ノ分配及利用ハ総テノ国民ニ健康ナル生活ヲ保障シ得ル如ク為サルヘシ寄生的土地所有並封建的小作料ハ禁止ス
一、 精神的労作著作者発明家芸術家ノ権利ハ保護セラルヘシ
一、 労働者其ノ他一切ノ勤労者ノ労働条件改善ノ為ノ結社並運動ノ自由ハ保障セラルヘシ之を制限又ハ妨害スル法令契約及処置ハ総テ禁止ス
■補則
一、 憲法ハ立法ニヨリ改正ス但シ議員ノ三分ノ二以上ノ出席及出席議員ノ半数以上ノ同意アルヲ要ス国民請願ニ基キ国民投票ヲ以テ憲法ノ改正ヲ決スル場合ニ於テハ有権者ノ過半数ノ同意アルコトヲ要ス
一、 此ノ憲法ノ規定並精神ニ反スル一切ノ法令及制度ハ直チニ廃止ス
一、 皇室典範ハ議会ノ議ヲ経テ定ムルヲ要ス
一、 此ノ憲法公布後遅クモ十年以内ニ国民投票ニヨル新憲法ノ制定ヲナスヘシ
※ この「憲法草案要綱」憲法研究会案は一九四五年十二月二十六日にGHQと日本政府に提出された。
民間の憲法研究会の草案作りについては2007年に映画「日本の青空」が制作されました。
この映画は日本全国で自主上映中ですので、是非ご覧ください。
これでベアテ・シロタ・ゴードンを終わります。
ベアテさんはニューヨーク在住です。ゴードンさんは夫の名前です。
読んでくださってありがとうございます。
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