Koyo劇

Koyo演や埼高演連西部B地区の活動のお知らせもしくは、旧Koyo劇顧問の戯言です。

『夜、さようなら』『夜が明けないまま、朝』『Kと真夜中のほとりで』

2016-02-27 19:03:23 | 日記
 さいたま芸術劇場に行ってきました。
 蜷川さんの緊急入院で公演が中止となり代替の公演です。
 マームとジプシー。作・演出が藤田貴大。
 若手注目株です。
 どこかの劇評で、才能があるので潰されないように必要以上の評価はしないとありました。
 リフレインを多用するという演出も聞いていました。

 高校生割引の告知がS関東事務局長から来ていたけど、
 学年末考査期間中なので、部員には告知しませんでした。
 という私も昨日チケットを買いました。

 開場15分前に着いたら、整理番号順の入場でした。
 私は137番。1階で珈琲を飲んで待ちました。
 12時半開場。
 時間通りに来る人も少なく、早く入場できました。
 高校生も、高演連関係者も見当たらなかったです。
 ちょっと安心しました。
 
 芝居は、どうでしょう?
 10年前に居なくなってしまった女の子(高校3年生)に対する
 残された人々、特にその兄と最後の目撃者である友だちの
 今の想いを描き出す物語だったのだろうと思います。たぶん。

 2時間近く上演されて、これっぽちの心の動きしか描かない。
 というか描けない。
 同じシーン、同じセリフの繰り返しが多いので、当然と言えば当然です。
 でも、たかだか2時間しか上演時間がないのだから
 そんなたくさんのこと表現できないよと言ったら、たぶん怒る人もいるでしょう。
 2時間あるのだから、もっといろんなことをしっかり描いて
 楽しませてほしいです。それは観客としての思いです。
 約5時間、この芝居を観るために時間とお金を払ったのだから、
 それに見合う感動がほしかったです。
 拍手は、役者が整列してお辞儀するまで起きませんでした。
 
 かつて西川美和さんの『野いちご』という映画を見たとき
 そんなちっぽけな個人の感情を描写しても仕方がないと思ったのですが、
 今回も同じことを思いました。
 エンターテイメントから一番と遠い芝居でした。
 昨年見た『わが星』の方が楽しめました。
 柴幸男さん関係の芝居に触れていなかったらもう少し心が動いたかも知れません。
 でも、こんな芝居ばかりだったら、演劇は衰退すると思います。
 それでいいのでしょうか?
 つまんない。観客が頑張って観劇してもつまんない。
 作る側に楽しませる意識が低い。
 そうとしか思えませんでした。
 役者の発声は、正直レベルが低かったです。
 かすれ、うわずりなど。それが演出の指定だったのかも知れませんが。
 観ていて、芸総の生徒の方がよっぽどいいと思いました。
 
 今回の作品は、過去に上演された3作品を
 再構成されて2時間弱に短縮されて上演されているので、
 私には元の作品との関係は判りません。
 
 
 

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