本当は劇が四角囲みですが
台本は成井稔がすべて書いていますが、執筆中も部員の意見を取り入れ、稽古中も役者のアイデアで変更したりしています。しかし「成井稔と入間向陽高校演劇部」と表記するほど 作者としての立場が対等だとは思われないので、+αの意味合いで+Koyo劇と表記することにしました。
Koyoは、入間向陽高校においては、自らを表記する一般的な表記名です。それに演劇部を付け加えるに当たって「(しかく囲み)劇」としました。日本語変換ソフトによっては「(しかく囲み)劇」を表記するのはとても面倒くさい場合もあるので、「しかく囲み」が表記できないのも仕方ない場合があるとは思います。このブログでも「しかく囲み」どうすればできるのかわからないのでしていません。
この作者名を名乗って今年で3年目ですが、初めて県大会に出場するときには、ちょっとイヤがられましたが拒否まではされませんでした。名前ですから、名乗るこちら側の意志を尊重してもらいました。
お互いの人権を認めるという意味で相手の名前をできる限り尊重するのは当たり前のことになりました。日本語で日本語以外の名前をできるかぎり実際の発音に近づけるのは常識なことです。日本史や世界史の教科書もずいぶん変わったようです。
逆につい百年前まで音さえ合っていればどんな字でイイという意識を日本人は持っていたので、名前の表記にこだわり過ぎるのに違和感を感じるのかも知れません。しかし、それは世界標準の意識ではありません。
成井稔+Koyo劇(なるいみのるぷらすこーよーげきぶ)という不自然な名前の付け方で違和感を感じる方もいるかも知れませんが、これまで命名の理由を聞かれたこともありませんでしたし、異議を唱えられることもありませんでした。だって、命名の理由がどんなにいい加減でも、説得力なくても他人がとやかく言えるものではないはずだからだと思います。(悪魔という名前は裁判所で認められませんでしたが)ほとんどの人はそういう当たり前の意識で許してくれたのだと思います。