戦争を挟んで生きた女性の回顧録

若い方が知らない頃のセピア色に変色した写真とお話をご紹介いたします。

間違えて人様の靴を履いてきてしまった...

2010-04-22 13:08:41 | Weblog
生まれて初めての体験である。お寺での法事の時、あれだけ多い他人の靴の中から自分の履物を探し出すのは大変だと、いつもしるしを付けて端のほうに置いてあったのに、一昨日の晩、セントラルを出た時に人の靴を履いて帰ってしまった。その上、気がついたのは翌朝起きてからである。なんと云う事だ!!!色は黒いだけで模様も形も違うではないか!
「私の靴が無いっ」とお帰りになる方は騒いだに違いない。でも履き心地は全く違和感が無かった。まあ、ぴったりと良く合って「岩淵スポーツで買う時だって最初からこんなにぴったりの靴にはぶつからないわ」というほどだった。朝会社に行ったら1番先にセントラルに電話をして・・・と思ったが、今日はとても忙しくてそれどころでは無かった。お昼も続いている仕事に立ち食いのありさま・・・やっと電話が出来たのは午後2時を過ぎていた。
折角電話をしたのに「あら?そうですか?」「昨日お帰りの時に靴が無いと騒いでいる方がいたでしょう?」「いえ、そんな事聞いて居りません」それはおかしい。自分の靴が無ければ私なら大騒ぎだ。それで「若し連絡があったら伝えておいて欲しい」と頼んでおいた。
午後も忙しかったのでセントラルへ出かけられたのは、いつもより30分遅い夜7時半を回っていた。玄関を入って下駄箱を見たら、あった!私の黒いズックがあった。ひと目で自分の靴は判る。履いてきた靴よりは古く、ドタ靴といっても良いような靴だった。フロントで履いてきてしまったズックを出し、「どなたの靴か判りましたか?」と聞いたら「誰もそのようなお申し出は受けておりません」「じゃあ、未だ誰の靴か分からないの?」「「はい」受付の可愛い女の子は笑いながらそう答えた。「それじゃあはだしで帰ったのかしら?」私のズックは甲の面に光るシールが貼ってある。「今度はかかとの方にも貼るわ」いや、何で間違えたのかというと、そんなシールの貼ってない他人の靴で黒いというだけで取ってしまったのだ。やはり年を取って注意力散漫なのが問題なのだ。これからはもっと注意しながら生きていこうと思った次第である。