戦争を挟んで生きた女性の回顧録

若い方が知らない頃のセピア色に変色した写真とお話をご紹介いたします。

24年5月26日 土地の境界を巡る争いについて。

2012-05-28 16:37:41 | Weblog

 終戦後の焼け跡では土地の境界についてはいろいろといざこざもあったと思われるが、今ほどの知識も問題もなかったのでうちでは折角焼け跡の整理をした後、人に店を建てられてしまった。人の良い父はいう事も出来ず困っていたら棄てる神有れば拾う神ありでいろんな人が手を差しのべてくれ、何とか商売の目鼻はついた。結局は最終的に取られた所より格段に良い場所を手にする事が出来た。取られてしまった場所は西日の当るところで手に入れた場所の方が100倍1000倍も良かった。その頃小学生だった私も、小さい時から真面目に正しい行いをすべきだと教えられて良かったと思っている。うちで焼け跡を整理したところに店を建ててしまった人の末路は云うまでもなかった。

24年5月18日 遺言の公正証書を作る。

2012-05-18 17:59:43 | Weblog
24年5月18日 遺言の公正証書を作る。
 公正証書は去年の9月に作ったが、近いうちに土地のよう壁を作らねばならなくなり、いろいろな事が変わるので改めて作り直す事になった。遺言は日付の最も新しいものが優先されるというので、去年の遺言をつぶさに見て、この作業の難しさに頭を悩めている。作る前に為さねばならぬ事がいっぱいある。原稿や写真の整理。お金になることなら誰でもやってくれるが、価値があっても金にならない事は誰もやってはくれぬ。急がなければならない。時間はあまり残されていない。今迄無為に時間を過ごしていた事が悔やまれる。価値は余りなくても楽しさは充分ある。明日からこの作業に励むつもり。出来たらお見せします。

24年5月16日 もう入院は嫌です。

2012-05-16 18:18:54 | Weblog

脚が元通りではない為お風呂にもあまり入れませんが、昨夜は決心して入りました。湯ぶねを跨ぐときと浅い湯ぶねにつかる時が一番大変です。うっかり滑ると一大事です。こんなにお風呂に気を使うとは思いませんでした。入らずにシャワーなら簡単なのですが、そこは生粋の日本人でシャワーだけでは満足いきません。滑らないように・・・と怖かったです。佐藤病院でもシャワーでした。あの406号は良い香りのする百合や薔薇で一杯の部屋だったけれどお風呂だけはうちの方が怖いです。あちらには手をとって背中を洗ってくれたり、衣類を着せてくれる優しい方が何人もいましたから。でも病院の建物が目に入ると悪魔を見るような戦慄が走ります。もう入院は嫌です。

24年5月12日 始めてコカコーラを飲んだ日。

2012-05-12 17:26:36 | Weblog

 朝のドラマでコカコーラが出たが父が進駐軍の仕事をしていた関係で私もいち早く飲ませて貰った。でもこんなに薬臭い飲み物をどうしてアメリカ人は飲むのだろうと思った。今はそれ程好きでもないが何とか飲む。でも好んで買ってはいない。暑い日お客様の為に買う位。スカッとするならサイダーの方が良い。アメリカ人が緑茶をあまり飲まないのと同じだと思っている。コーラは夏の飲み物だと思っていたが今は冬でも飲む。アメリカ人は緑茶にお砂糖やクリームを入れて飲むらしいが変だと云ったら日本人はコーヒーに砂糖やクリームを入れて飲むではないか、といわれた。元来、嗜好品としての飲み物にはあまり他のものを入れないほうが良いらしい。カロリーも高くなる。日本人だからやはり緑茶にしよう。健康の為にも・・・

24年5月9日 大腿骨骨折がこんなにも大怪我とは・・・

2012-05-09 16:21:35 | Weblog
 会社に出ているが思いのほか大変で時々痛む。リハビリでは痛いですかと良く聞かれるが痛いことはない。歩くのもピノキオのようだけれど歩ける。本当に転倒してこんなになるとは思わなかった。再び転ばないようにするだけ。元通りにならない事と観念した。皆様もどうかお気をつけて下さい。こんなふうでは気も晴れないけれど諦めて元気を出しましょう。私は鬱憤を晴らす為にいつも紙と鉛筆を持ち歩いている。そして全部吐き出す。手紙も書く。相手に直接云えないような事も書く。出すつもりで綺麗に書く。出した事はないがそろそろ出す手紙も書いてみようと思っている。相手と話すように時間を過ごす事は楽しいから。今暫くの辛抱と思っていたが暫くではなくずっと続きそうな気がする。時々折れたところが痛む。リハビリに行ってこんなにも沢山の患者がいることにびっくりした。そして国の介護が次第に薄くなっている事も知った。国家の財政が苦しいのは分るが、障害者への福祉が薄くならない事を望む。そして生活保護のように一旦支給されたら働く意欲も失せて一生貰えるような制度ではなく、障害の程度が良くなったら支給を止める制度も必要だと思った。体は治り、一人前に働いている人が貰っているのを知っているし、同様に生活保護を抜けようとしない人が沢山いると聞いている。こんな国の財政が良くなるはずがない。もう少しプライドを持って生きていきたい。

24年5月3日 連休

2012-05-03 16:05:34 | Weblog

 寝ていてもうるさい程の雨の音がトタン屋根を叩く。連休なのに子供達はさぞがっかりしている事だろう。うちも明日はたくさんの子供達が訪れて山で筍堀りの予定だが、この分では無理かもしれない。ふとんを被って寝ているだけの連休になりそうだ。でもお休みなんて数えるほどしかない経営者にとっては有り難さは身にしみる。久しぶりに手伝って貰って部屋の掃除も出来た。会社の北側の田んぼに耕運機が入った。その後は蛙の合唱だ。これで苗が放り込まれれば美しい緑に変わり、蛙が夕闇と共に鳴き出す。毎年変わらない風景であって欲しい。あの緑の田んぼがアスファルトやコンクリートに変わりませんように・・・・

24年5月2日 ジェニーさんの首輪。

2012-05-02 16:20:48 | Weblog

 去年の猛暑で老犬ジェニーが死んだ。そのジェニーの散歩の時つけてやろうと思って首輪を買っておいたが、年老いて歩くのは可愛そうだと思い朝晩、庭に放すだけで散歩は止めた。その首輪が使わないでそのままになっていたので知り合いがオークションをやっているので100円で良いからと頼んでおいた。うちのハナちゃんだと首輪ではなく胴巻きになるような代物だった。今日頼んでおいた美容院へいく日だったがそんな物の事は忘れていた。頭をマッサージしながら売れましたよと言う。あんなものやってしまっていいよと言っておいたので驚いていくらで?と聞いたら8100円ですとの答え。まあ、首輪にしては立派だと思い、そのまま犬小屋に緑色の太い紐と共に入れておいた。それを持っていったのだが、まさか売れるとは思ってはいなかった。帰りには手数料を差し引いて7300円ほど貰って来た。何でもやってみるものだと思った。

24年5月1日  たけのこ採りにイチゴ狩りを思い出して・・・

2012-05-01 11:42:44 | Weblog
雨戸を開ける。ホーホケキョと聞こえる。玄関から外へ出る。上の段の竹やぶを見上げる。そうだ。、たけのこが出ている筈だ。暖かい年ならもう終わる頃だけれど、暖冬なのにうすら寒い春の陽気にうちの筍は未だ目を覚まさないでいた。もう起き出して騒いでいるに違いない。子供が小さい頃から一番喜んでいたたけのこ堀り。もう40近くなって今はその子が小学生になった。私が3歳の頃、父は私と上の姉2人を連れてイチゴ狩りに連れて行ってくれた。その時のイチゴの味は覚えていないが、小さなリュックサックを背負って出かけたあの日の事だけは忘れない。だから私は子供達には出来るだけ小さいうちに印象に残るような旅をさせた。聞いた事はないが、多分強烈に残っていると思っている。