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宇宙飛行士&阿波踊り、陽明学、王道、能茶、旅行、歩き登山

宇宙弾道飛行申込み、時に自家用飛行機で北海道、時にマニラ、空港巡り。自宅からスポーツクラブ&陽明学、温泉宿、歩き山登り

エルミタージュ、もと秘密都市「コリョリョフ」市のロケット工場など

2007年03月13日 | 歩き旅行

◇モスクワ北約60キロにコリョリョフ市がある。ロケット工場並びに乗員訓練センターがある。かっては地図にも載っていない秘密都市だったが、いまでわ外国人も訓練させている。

19年1月25日◇13:00成田からアエロフロートロシア航空10時間25分、モスクワ19:25乗継ぎでサンクト・ペテルブルク(21:00着)ホテルプりバルチスカヤ
★空港にブリッジなく、零下17度の中で手荷物検査を待って、ターミナルにはいる。

26日◇午前10時発、ピョートル大帝青銅の騎士像10分、金色聖堂の聖イサク寺15分、血の教会15分
昼食はシャシりク
午後◇エルミタージュ美術館278万点4時間
夕食はビーフストロノガノフ

27日午前9時発◇エカテリーナ宮殿琥珀の間など2時間
昼食はボルシチ

昼食後18:55◇空路モスクワへ1時間20分
23時ホテルコスモス

28日午前9時発◇クレムリン宮殿武器庫1時間ウスベンスキー寺20分、赤の広場20分、グム百貨店20分、聖ワシリー寺20分、ノボデビッチ修道院20分
昼食はキエフ風カツレツ
その後はボリショイサーカス
夕食はつぼ焼き
8時ホテル着

29日9時発修道院観光後バスでセルギエフポサードへ1時間半◇トロイツエ・セルギエフ大修道院
◇途中コリョリョフ市ロケット工場わきを通過

19:20モスクワ発

30日11:21成田着。アエロフロートでバッケージ損傷



カリブ海クルーズ ◇少庵茶室がいい会津鶴が城・花見列車・大内宿

2007年02月23日 | 歩き旅行

平成9年6月1日(31日成田発)、298000円。

米マイアミから1060人クルーのカーニバル・デスティ二-号10万1000トン(当時は世界最大の客船)でほぼ毎日寄航、観光
1週間のカリブ海クルーズに行ってきた。

3日朝、メキシコのプラヤ・デル・カルメンからマヤ遺跡のトウルム観光
4日はユカタン半島沖のコズメルのマヤ観光
5日はケイマン諸島で半欠けの珊瑚観光

6日はジャマイカのオチョ・リオスでダンズリバーフォールで滝登り
7日キューバ沖を回りこんで
8日朝、マイアミ帰港、マイアミ観光
10日、帰国


◇福島の会津若松城は千少庵の・茶室がよい
織田有楽斎の「如庵」犬山城隣の有楽苑内、豊臣秀吉の松島・観濫亭と共に私のお気に入り茶室

平成19年4月20日6時50分、クラブツーリズムばす西船橋発
会津湯野上温泉駅から花見列車・桜舞う鶴が城

移築らしいが、会津鶴が城は、利休の子・少庵の建てたという茶室がよい!城と共通入場券500円で抹茶が飲めます。

・奇渓、いかにも観光地の「塔のへつり」
・江戸情緒漂う「大内宿」
5980円


トパーズ山の会 尾瀬・片品村秋合宿

2006年10月20日 | 歩き旅行
18年10月21日9時、南流山駅牧水 元喜車に阿部、伊東、岩瀬、甲村同乗23日8時発沼田下車大野、伊東、甲村

夏合宿月山に 続いての計画のため、参加者数が心配されましたが、後半 多くの方の協力を得て 夏並みの参加者数を 得られました。ありがとう ございます。参加者の確定が出来ましたので、添付の通り 「行動計画概要」と「交通手段(相乗り計画)」を 作成しましたので、案内(送信)します。
 
交通手段につきましては 車提供(相乗り了解)者の、特別な配慮を戴いたり、ご無理をお願いしたりして、漸く 纏まりましたこと 報告しておきます。
行動計画については あくまで 概要です 天候による変更や 良いアイデアによる変更など 現地で 日々改善修正しましょう。
また、恐縮ですが 交通手段 相乗り計画の変更や最寄の駅での
待合わせ方法については、車提供者と同乗者との間で連絡し有って下さい。

紅葉の山々に期待しながらも 普段でも足腰が痛いのに、座禅が出来るだろうか?
キノコずくしの 晩餐会 どうなることか 私も楽しみにしております

更に 夜のフリータイムのひと時用にビデオデッキ・とCDラジカセは持ち込みます。
面白いビデオテープ《ケニアサファリ甲村》・音楽テープ・CD等の提供 期待しております。

横川さんへのメール・FAXをお願いします。
緊急の場合は、私・横川さんへの携帯電話に連絡下さい。渡辺雄次y-nabesan@nifty.com042-565-8773 080-5429-9179
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甲村謙二さま 軽井沢ではお世話になりました。 その時10月21日片品できのこまつりがあるお話を聞きました。 その件について次のことをお知らせ頂けますか、みなさんにお知らせしたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。

1.10月21日(土) 何時頃現地に着けばいいか。
◇夕方までに

2.場所(交通機関 電車または車)◇車がよいと思いますが電車は沼田駅からはバス1時間岩鞍スキー場入口下車★沼田から宿の送迎バス依頼できます。

3.宿泊場所松かぜ★一泊6500円
(378-0412住所・群馬県利根郡片品村土出1979 電話番号0278-58-7551)

4.その他必要なこと◇関越道沼田料金所を出て信号左折、休憩に都合のよい吹割の滝を通り、料金所から28〓の鎌田分岐を左折し、尾瀬方向に入る。バス停岩鞍スキー場入口近く湯の宿「松かぜ」。

(宿泊は21日、22日を考えています。 23日朝、長野県の姨捨に行く予定です)

>お忙しいところお手数をおかけ致しますが、よろしくお願いいたします。横川洋子





南米イグアスの滝、イースター南回り世界一周のトパーズ号船旅メモ

2006年08月24日 | 歩き旅行

2006年1月2日7:00入港・ダナン

◇(雨)7:45集合チャンパ王国のミーソン遺跡で蟻坂(アリンコ)に遇う◇15:30チャム博物

◇にわとりのチャモはここに由来するもので、名古屋コーチンのコーチンは此所さしている。純粋のチャム人は30万人ほどであるが、南ベトナム人はチャムが被征服によってベトナムに同化しまのだろう。

◇交流会で民宿した人下痢、外務省情報ではシクロに乗るな(本船でも強奪にあった人あり)

◇3日8:15集合ホイアン旧日本(NHATBANニャパン)人街、日本橋など散歩、フーンフンの家、シルク工場、市場など徒歩2時間半、日本起源のうどん昼食

◇罰金のシンガポール3月6日10:30シンガポールフリー(〇〇、××は高額罰金の注意を受けて下船)24:00出港予定がーー
(7日6:45出港、給油遅延のため=黒煙の低質油、排煙は5メートル上がって百メートル内に落下)ー

9日19:00病人発生、スリランカのゴールに向かう(あと2時間遅れていたら落命と医者に言われたとか)
◇ベトナム民家を訪ねた人に下痢少なからず、乾燥した船内に風邪菌をばらまいた女性がいた
◇1/13船内で陽明学講座

◇白骨珊瑚のセーシェル
15日7:00セイシェル(8万人
> )・ポートビクトリア危険度2◇8:30グラスボートで白骨珊瑚(旅人曰く、パラオ
でも同じで高温化が原因)のセントアン海洋公園へ、レストランのラウンド島上陸
シュノーケリング(クラゲにさされた人あり)18:00出港

◇無人島に仏人航路を開いてより、アフリカインド人など移住混在。
独立後も現大統領のやとった200人の傭兵が航空機で飛来してセーシェル乗っ取り。

◇気球サファリが最高だがーー
1月18日7:00二度目のケニア・モンパサ
(押売り露天商、イスラム多し)

◇7:45集合ツァボ国立公園で車サファリ★前回はマサイマラで気球サファリ。これが最高(気球に驚いて夜行性の動物まで動きだす)だが、この保護区にはなさそうなのでーー18:30帰船

◇19日モンバサ駅まで散歩、新聞5部の露天商あり、各商店はライフルを手にしたガードマン◇セレンゲッティに行った人曰くタンザニアで牛遊牧のマサイ族を自然保護区から締出し21:00ー

◇20日陽明学十話心即理

24日11時30分からプール屋上デッキにて21日ナイロビで殺されたピースボート水先案内人ピーター・オ ルワ(妻4人の内一人は日本人)の船上追悼式
◇ピースボート乗船を理由に定職を解雇された南アの歌手◇ピースボート乗船で大手広告代理店から戒告処分されたコピーライターのマエキタミヤコさんの船内講演第一声はピースボートとは何?(私も支払先のグレイス社に問合せた答えは船内企画担当です)?ー
26日10:00陽明学講座〓

★ケニアの雰囲気が悪くなった。
アフリカで唯一、内戦未経験国であるがーー

◇世界一南アフリカのスラム街
1月26日朝、南アフリカ・ケープタウン◇テーブルマウンテン(遠望するに煙あり、上陸後の夜は3か所に炎あり、消息客曰く死者一人英人のタバコ投捨てが原因)と希望峰、ペンギンコロニーなどの予定は強風のため?漂泊して、27日に入港。

9:30からワイナリー昼食などバスツアー◇車窓から70万人が暮らす世界一のスラム街をみる。住民がここへくる前の家もこんなものだったんだろうが、これだけ集積されるとスゴイ

◇20:00船着ー24:00発は再び給油遅延により28日5:45に変更。トパーズ号は深夜の給油がお好みなのか、業者が給油を渋るの、業者が給油を渋るのか、安い油をかき集めているのか?

◇ナミブ砂漠超低空飛行
トパーズ1月29日14:00ナミビア・ウォルビスベイ入港予定は29日夜入港(ケープタウン出港が遅れたから)になり、当日観光も無し。

◇オバンボ、ヘレロ、ナマ族などの文化を訪ねる旅だったが延着で中止。

◇30日7:45セスナのチャーター機でナミブ砂漠超低空飛行(百年前まで水〓川のあったクイゼブ峡谷、高さ4百〓のソソスフレイ砂丘、塩田、海岸のアザラシ、年々小さくなるラグーン干潟)砂漠がさらに乾燥しているのだ!飛行三時間。

◇30日24:00出港ー2/3陽明学講座◇事上錬磨と知行合一ー

◇白人国家ウルグアイ2月12日6:00アルゼンチン(牛五千万頭)・ブェノスアイレス入港(原住民はマプーチェ族)

◇7:40車窓観光カミニート散策30分、ラプラタ川をフェリーで渡る(1時間)とウルグアイ・ポルトガル時代の古都(トイレ臭のする世界遺産・1810年原住民消滅)コロニアはローマ法王が仲介して、スペインとポルトガルが世界を分割する条約の線上にあったため両国が数十年にわたって領有を争った地であり、モンゴロイド系原住民は1810年には全滅して、白人の国になっている。

◇イグアスの大瀑布
2月13日4:20イグアスの滝へエアロパルケ空港6:00チャーター機で7:45バスでブラジル側へ(年百万人観光客の内日本一万人)

1時間15分、昼食シェラトン歩いて2時間観光、夕食1時間半20:20帰船

◇14日0:00ー100〓航路を深さ10〓に浚渫してあると海図にあるが9〓のトパーズ号船底がしばしば川底についている。

このアルゼンチンは大借金による破産国家で国債なども返さないデフォルト宣言をして以来国際金融から見放され、銀行、企業も倒産している。これ日本の未来図かな?
この国は金は無くなっているが、食い物はある。客船埠頭から数分も歩けばウニ、アワビが採る人も無くーー

◇南極から地球がみえる
2月18日6:10ウシュアイアに蒸気船トパーズ入港。
背後の氷河は一つのみ、かつて十年前に来たときは全て雪山が、いまはーー◇11:15パタゴニア(強風がへっている、我々の船も揺れなかった。

◇南極へ行った人もドレーク海峡の揺れは減少)、アンデス・オリビア山河渓谷、エスコンデド湖、ファグナノ湖、ピーグル水道・プエルトウィリアムズ、灯台の島、海鳥の島、アザラシ島飛行。

◇ウシュアイア南極観光船30隻◇南極半島のアルゼンチン観測基地の情報によれば2月の海水温が10年前のマイナス2度からプラス2度になり棚氷は消滅、年平均気温が2.5度上がって雨が降るようになり苔草が生えるようになっった。雨漏りする同基地を雨対応に建替えた由。

南極は地球の空気があつまる場所。熱帯などで暖められた大気が上昇して寒い南極へ運ばれ、冷やされ下降する。82年には日本の観測隊が地球たいのオゾン層がフロンガスによって破壊されたオゾンホールを世界で始めて南極で発見した。

◇南極大陸2.5〓の露出地では日中気温17度とか。
20:00出港ー19日7:40ごろイタリア氷河マゼラン海峡へ。

20日
◇10:00陽明学講座学ぶとは天理を存して人欲をさることなり
13:00座礁船18:00エステロ氷河ほか21日8:30幅5〓のセノアイル氷河14:30太平洋へ。

◇2月24日8:00チリ・バルパライソ入港◇9:15マプーチェ族と交流会。マプーチェはいまも歌っていうーー十回戦って勝つぞ!かつてはアルゼンチンにも居住し、侵攻してきたスペインを撃退したこともあるが、現在はチリに百万人が生存して自分たちの文化を守ろうとしている。

◇パタゴニアの地名になったパタゴン人は前世紀始めに全滅させられた。
そして最南端のヤーガン族は78歳の老女一人となっている。
出港23:00

◇モアイのラバヌイ(イースター)
3月2日8:00ラバヌイ(イースター〓166平方〓)島到着。岸壁無く、はしけで上陸。
5世紀に移住、1710年ごろ2万人の島で5部族間のモアイ倒し戦争が始まり、100年後に100人になった、現在4千人

◇9:30ハンガロワ港、モアイ製造のオロンゴ岬鳥島、アナケナ浜泳ぎラノララク、正座のモアイ(踊り待ち娘も正座)
ラバヌイ族女性未完成モアイも4体あり。

◇モアイは国王、部族長、英雄など具体的個人で、そのマナ(霊力)によって島部族の守護神であったが到来したキリスト教神父が祖先崇拝を排斥したことと他部族の力、マナを殺ぐためモアイ戦争がおき、全てのモアイとヤシの木は倒れ、一時は百人あまりがおびえながら穴居する島になった。

ところが、近年イースター、ハワイ、ニュージーランド(マオリ族)のボリネシア世界にルネッサンス(文化復興)の動きが高まっている。モアイの立て直しもその一つ。このなかで日本企業のタダノが協力して立て直しは完成しておおいに感謝されたのだがーー

◇日本人観光客の一人がモアイに名前を落書きして後は、基檀に近付かないようにレンジャーが創設された。

◇ロンゴロンゴ文字と呼ばれた文字があったがスペイン人が王、神官、部族長なと数千人を奴隷として売り払い、仏人神父がロンゴロンゴを焼き払い、使用を禁じたため、わずかに残った文字も読めなくなっている。
4日18:30出港


◇ポリネシア・タヒチは楽園か
3月10日8:00タヒチ(1891年ポマレ5世は酒と国を交換、現大統領は独立派だが仏は無視して交渉しない、人口22万人)・パペーテ入港

◇10:00モーレア島飛行場付近浜で泳ぐ
タヒチは火山島で浜も黒砂、モーレア島はサンゴからできた白砂の海岸と聞いて、モーレア行き。切符売場で「ゴーバック・ツー」と往復2枚買って島へ。

◇ポリネシア博物館の庭に屋根付き木製モアイ像、意味目的はラバヌイ(イースター島)と同じく子孫を護る礼拝対象であったが、占領したフランス人は祖先崇拝は邪教だ、よくないと称して根絶。今は博物館に残るのみ。

ラバヌイてはモアイをけがす者はのろいを受けると言っていたが、落書きした日本人やモアイを持ち去った白人たちはどうかな?

◇マラアの洞窟などタヒチ観光。観光業者はヤシ十本、パンの木十本、バナナ十本、芋畑少々あれば生活できるのをみて南海の楽園などというが、タヒチ復興独立の動きもつょくなっており、観光に行って暴動に遭遇なんてことにならないともかぎらない(2年ほど前空港が焼き討ちにあった)。

タヒチ王国最後のポマレ5世がフランスに併合を迫られたとき、ワインを死ぬまでのませるのと大家族主義のもとになる土地家屋の家族所有制認めさせた。
11日20:00出港ーー

3月16日は日付変更線通過のため、一時間で終わり。

◇メラネシア・ラバウル
17日13:00フィジー・首都スバ(市場、大統領府、植物園博物館、スコールにあいホリディインに雨宿り)散策

18日7:00フィジー・ラウトカ◇サナサナ村(村長の息子はトヨタで9年間働きナタンドラビーチにロッジ建設)でカバの歓迎儀式、メケ踊、空港近くのナンディ散策 20:00ーー

23日10:00パプアニューギニア(400万人に500語)・ラバウル◇ココポ(噴火による新州都)戦争博物館、大発バージトンネル、司令部地下壕跡など戦跡巡り◇帽子を欲しがるラバウル人、ときに盗みも。首狩りの代償か?

◇この2国をメラネシアというが、社会進化は石器時代でラバウルの隣りのブーゲンビル島が独立戦争を起こして、政府軍を追い出したものの、その後は悲惨な部族戦争になったように政治的成熟度も高くない。

ポリネシアがトンガ、ハワイ、イースターなど王国を構成していたのに対し、同じ島内で部族抗争を繰り返しーー


月山(1984m)登山など7日間

2006年08月02日 | 歩き旅行
2006年7月25日から、越後湯沢サマリーナ(草津と同じオーナーズマンションのひとつ)2泊。
27日から、上越グリーンプラザホテル(一泊8400円=季節変動料金、ドリンクサービス)オーナールームでゆったり新聞読み。

28日、新潟・新発田市の安藤眞知子宅泊、夜遊び。
29日、月山1984メートル登山へ、、、
地球一周のトパーズ号で一緒だった19人がマイクロバスで8合目まで行き、
チシマザサ、黒百合、白山イチゲ、白山フウロ、コバイケイソウ、雪渓のなかをのぼって、山頂の月山神社に至る。
湯殿山1500、羽黒山440�、三山の修験を羽黒の山伏というが、飛行機から羽黒山が見えない理由が分かった。
鶴岡の温泉ホテルに一泊して

31日、青春18切符で帰宅

◇3日はバーデンハイムから7分で草津駅、3分で地蔵湯、新しくなっていた、湯船まで。
4日、湯畑近くの白旗の湯へーー入ってはでて、別の湯船に入り、湯冷しに百円のレトロバスでザゼン草公園方向へ散策後、駅近くの瑠璃の湯へーー
夜はマンションの温泉ーー

◇5日は雨、マンション湯ーー
テレビに釘付け。コリアがミサイル7発発射、日本が経済制裁を発動。


ザンベジ川クルーズ・ビクトリアの「滝豪雨」体験とボツワナ・チョベ自然公園サファリ、南ア紀行

2006年05月29日 | 歩き旅行

きのうまでアフリカに行って来ました。世界一周のとき行きそびれたんでーー目的地はビクトリアの滝。

5月21日16:30成田第1北7.8カウンター集合18:30キャセイパシフィック(客席間の狭い会社)CX505便で香港(アナウンスが広東語のホンコンからペキン語のシャンガンに変わっていました)へ、22:05発着23:45CX749便ヨハネスブルクへ13時間10分で。

22日6:55着ーBA6285便11:25発ジンバブエ・ビクトリアフォールズ着13:00
16:00ザンベジ川★サンセットクルーズ(大瀑布の上流4〓から6〓地点へ)19:00レインボーホテル着

23日8時ホテルをでて、車90分でアフリカ一豊かなボツワナのチョべ10:00車サファリ12:00ロッジレストラン昼食。
14:00カバうようよのチョベ川(対岸はナミビア)をビール飲みながらボートサファリ2時間
19:00アフリカン(獣肉)バーベキュー&ダンスショー、21:00かめ虫(80匹取った人あり)うようよのレインボーホテル2泊、虫多く蚊帳を吊って寝る。
◇ジンバブエは白人農場の強奪を図ったため農業経済が崩壊し、超インフレ、支払いはドル。

24日7:30ビクトリアの滝【体験】へ、水煙1500〓に及ぶ。地上で見ようとする者はぐしょ濡れで写真無し。ホテルで着替えて13:50BA6282便でヨハネスブルク15:30着ーーバスでローズバンクホテル(ホテル内でトランク無くなった人あり、我々が着く前に部屋に入れてある筈がロビーに放置されていた。エレベーターも整備不良)へ。黒人政権になってから、白人は治安の悪化から南アを去り、赤道以南のアフリカ各国から移民が流入している。

25日8:30バスで南ア首都プレトリアへ。治安良く道を歩く人あり。開拓者(ケープタウンを英に取られたオランダ人が内陸に入植)の碑、大統領府外務省のユニオンビル、クルーガー像のチャーチスクエアなど観光。
25日12:45BA6417便ヨハネスブルク発14:45ケープタウン着後テーブルマウンテン1087〓をロープウエーで登頂。ウォーターフロントで90分観光、イタリア料理。21:30タウンハウスホテル

26日8:00ケープ半島、アザラシ島へのクルーズ、ボルダーズビーチ、再びケーブルカーの希望峰。
昼は雨の中、シーフード(ロブスター)夜はシグナルヒルで日本食・富士山。

27日5・15ボックス朝食後ホテル発
7:30BA6428便
9:30ヨハネスブルク《吉尾まき子添乗員、阪急旅行社約33万円》
12:50CX748便で香港へ13時間機中泊◇機上より東アフリカ、マダガスカルを見るに盛大な焼畑の煙、天に届く。
28日7:55香港9:10CX504便4時間15分で成田着14:25



南太平洋ポリネシア・タヒチは「南海の楽園」か? モーレア海上で迷子の私。3/16は1時間だけ

2006年05月09日 | 歩き旅行

南回り世界一周船トパーズ号
3月10日8:00タヒチ(1891年ポマレ5世は酒と国を交換、現大統領は独立派だが、仏は無視して交渉しないので突然暴動も、人口22万人)・パペーテ入港

◇10:00モーレア島飛行場付近浜で泳ぐ
タヒチは火山島で浜も黒砂、モーレア島はサンゴからできた白砂の海岸と聞いて、モーレア行き、併せて2000円弱、家内はオプションツアーで2万円、フェリーは往復同船。

切符売場で「ゴーバック・ツー」と往復2枚10ドル1000円米ドル払いで買って島へ、沖へ出て、戻ろうと島を見れば平らで同じ景色!!!洋上で迷った。飛行機が飛び立ったのでそこが飛行場だ、その近くから私は出てきた、でした。タクシー行き5ドル、帰り2ドル。

◇マオヒ文化体験では、ポリネシア博物館の庭に屋根付き木製モアイ像、意味目的はラバヌイ(イースター島)と同じく子孫を護る礼拝対象であったが、山中の聖なる場所マラエもいまは遺跡、敬う人、復興機運も多少あり、

占領したフランス人は「祖先崇拝は邪教だ、よくないと」称して根絶。今は博物館に残るのみ。
ラバヌイてはモアイをけがす者はのろいを受けると言っていたが、落書きした日本人やモアイを持ち去った白人たちはどうかな?

◇ゴーギャン博物館、マラアの洞窟などタヒチ観光。観光業者はヤシ十本、パンの木十本、バナナ十本、芋畑少々あれば生活できる、のをみて「南海の楽園」などというが、

タヒチ復興独立の動きもつょくなっており、観光に行って暴動に遭遇なんてことにならないともかぎらない(2年ほど前空港が焼き討ちにあった)。

タヒチ王国最後のポマレ5世がフランスに大砲で併合を迫られたとき、ワインを死ぬまでのませる(今の独立派タヒチ人は王様が国とワインを交換した、と)のと大家族主義のもとになる「土地家屋の家族所有制」を認めさせた、これで今のタヒチがある。通貨は今もフラン。

11日20:00出港ーー

*日付変更線通過のため、「3月16日は一時間で終わり」誕生日の人は大忙し、飛行機では無くなってしまうが。





マプーチェ族と真昼の安いチリ・ワイン交流宴会

2006年04月30日 | 歩き旅行

2月24日8:00バルパライソ入港。チリは人口1600万人、56度30分のホーン岬から、17度30分のアタカマ塩湖、砂漠の国境まで4300キロ、

◇9:15ーー18:30帰船。
チリのマプーチェ族と地元料理と超安い地元チリワインで儀式センター交流会、日本人38人、芸、日本茶など紹介。
ワインはいくら、と聞くと5リットル以上入っている超大瓶で5ドルというので、場所を聞くとスーパー。
さがしても見つからなくて残念。

マプーチェはいまも歌っていうーー
「十回戦って勝つぞ!」

かつてはアルゼンチンにも居住し、侵攻してきたスペインを撃退したこともあるが、
現在はチリに百万人が生存して、自分たちの文化を守ろうとしている。ほかにアイマラ、ラバヌイ、アタカメーニョ、ケチュア、アラカルーフェ、ヤガン、コージャ。

◇パタゴニアの地名になったパタゴン巨人は前世紀始めに全滅させられた。
そして南米最南端のヤーガン族は2006年現在、78歳の老女一人となっている。

◇出港23:00







ブエノスアイレスからイグアスの大瀑布 ◇南極クルーズ18日間

2006年04月26日 | 歩き旅行

2006年2月13日4:20イグアスの滝へ
エアロパルケ空港6:00チャーター機では添乗員役の「ピースボート・ボランテア」がファーストクラス席におさまって、楽しくさわいでいる。杖の老人に介助もなし。

7:45バスでブラジル側へ(年百万人観光客の内、日本一万人)たしかに大瀑布である、観光1時間15分。
アメリカ・ナイアガラのように半分は発電に利用した方がと思うのは貧乏人根性かな?

1時間15分、昼食シェラトンから歩いて2時間のアルゼンチン側瀑布観光、夕食は大きく硬いバッファロー交じりの牛肉で1時間半。
20:20帰船

◇14日0:00ー100メートル幅航路を深さ10メートルに浚渫してあると海図にあるが水深9メートルのトパーズ号船底がしばしば川底をこすっている。

このアルゼンチンは大借金による破産国家で国債なども返さないデフォルト宣言をして以来、国際金融から見放され、銀行、企業も倒産している。、、、これ日本の未来図かな?
◆この国は金は無くなっているが、食い物はある。ウシュアイアの客船埠頭から数分も歩けばウニ、アワビが採る人も無くーー

◇1996年12月7日から、暴風、氷山と鯨ペンギンの南極クルーズ18日間
全日空で11時発ーー9:15ニューヨーク19時アルゼンチン航空発、最初の予定では二月予定であったが、アラタラソーワ号が氷河に座礁したとしてチリがドッグ入り検査を命じたため遅れた。

 8日8時、ブェノスアイレス着後に朝食
 9日、アルゼンチン・タンゴ、市内観光など
10日、6:15ウシュアイアへ
   10:55耐氷客船アラ・タラソワ号南極へ。
11日、船中で南極講座
12日、船長が、鯨発見に懸賞。猛追跡!
13日、5泊6日の南極半島クルーズ
   アデリーペンギンの営巣地ポートレット島
足の降ろし場のないほどの髭ペンギンのルッカリーのあるホープベイの岡からの眺め、氷山群よし、四国より大きいのも時に発生するとか、棚氷が大陸から離れて流出、14年でブラジル沖赤道付近に達した由。数千メートルの南極氷がすべて解けると海面が100メートル上昇して世界の大都市は殆ど水没、文明の発展と逆転する。
◆温泉のでるデセプション島のカルデラ湾内で入浴、泳ぎ海水浴した、といっても疑惑の眼で見られるが、温泉の湧き出るところから100メートル先の船まで泳ごうと向かったのだが温泉から離れるごとに温度が下がってくるのが分かったのでこれは持たないと考えUターン。着替えの私をドイツ夫人が珍獣を見る如きに往生。

南シェットランド諸島のチャイナ、アルゼンチン、ロシアの観測基地訪問
巨大な氷河群と岸壁の広がるラメーア海峡を抜けるとピーターマン島周辺をゾージャックボートで観光

18日、ドレーク海峡クルーズ
19日、フェゴ島沖
20日、ウシュアイア着後、氷河フライト
21日、14:45ブエノスアイレス19:15着
22日、12時発、ロサンゼルス21:45
23日、12時発、
24日、成田着、16:30