鴻風俳句教室

皆さんのホームページです
写真と俳句で美を追求しましょう
そしてこの世に生まれてきた証を残しましょう
 

弛みたる腕輪念珠や花楓

2009年04月30日 09時36分09秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月5日:旅行3日目:淡路島(5/8)



・雲の峰淡路に尖る峰はなく




・高田屋嘉平衛ゴローニン像





今日の俳句:弛みたる腕輪念珠や花楓

漢字の読み:弛み・ゆるみ
      腕輪念珠・うでわねんじゅ
      花楓・はなかえで

俳句の季語:花楓・春

俳句の大意:

 淡路島の中に五色町がある。
 そこに「ウエルネスパーク五色」があり
 「高田屋嘉平衛公園」とよばれているようです。

 1769(明和6)年、高田屋嘉兵衛は明和6年(1769)、
 淡路島都志本村(現・五色町都志)に6人兄弟の長男として生まれました。
 幼いころから海に親しみ、潮の満干を調べ大人を驚かせたといわれています。

 嘉平衛については、作家司馬遼太郎が小説「菜の花の沖」で描いていますが、
 晩年は、故郷淡路島にもどり、港や道路の修築など、郷土のために力を尽くし、
 文政10年(1827)59歳で自宅で静かにその生涯を閉じた方です。

 この公園に、「五十嵐播水」の古い句碑があります。
 播水は案内板に書いてある通りだが、
 「兵庫歳時記」の編纂に力を尽くしている。

 播水の俳句では、次の句が知れている。
 
 ・帰省子に父の医学の古びたり
 ・外海は荒れてゐるなり白魚とり
 



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國生みの男神女神や山桜

2009年04月29日 14時10分07秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月5日:旅行3日目:淡路島(4/8)














今日の俳句:國海の男神女神や山桜

俳句の季語:山桜・春

俳句の大意:

 神話・民話・伝説の類(たぐい)も、読み改めると実に面白い。

 昨日の続きを書くなら、

 イザナギとイザナミの間には、大八州(おおやしま)をはじめ、たくさんの立派な島々をおつくりになられました。

 高天原におられます神々は、イザナギをお呼びになられ、
 「ごくろうであった。立派な島々ができたのも、みんなお前のおかげだ。
だが、立派な島々もこのままにしておいたのでは、何にもならない。
 もっと、たくさんの子供を産んで、それぞれの島が立派に収まるようにしなくてはならない。もう少し力を貸しておくれ。」といいました。

 イザナギとイザナミは次々と、またお子様を作られました。
 海の神、山の神、野の神、木の神、草の神などをおつくりになりました。

 これらの後で、天照大神をお産みになり、国中が明るくなるほど身体が光輝いていました。

 イザナギは「この子はただ人だはない。こんなに尊い子は下界にとどめておいてはならない。高天原に行ってもらい、世界中を収めてもらわなくてはならない。」

 そのあとで、月の神がお生まれになりました。この子も光輝いていました。
 この子も、高天原に送りました。

 こうして、大八洲が生れ、海・山・野・木などの神が生まれ、昼と夜の世界を照らす神々が生まれ、立派な世の中をおつくりになられました。

 これは、あくまでも「古事記」「日本書紀」に書かれてあることで、北海道に住んでいるじぃじなどは、北海道はどうなっているんだよと言いたくなるんです。
 ハハハ


 淡路島には、「お香」「お線香」を作っているところが多い。
 推古三年四月に「沈水香木」が流れついたというのである。

 一般的には「沈香(じんこう)」といわれ、香木の中では最も高価もので、
 小指の先に乗せるほどの少量でも、ン万円もする。

 ある人がかまどに、この流木の「沈水」をかまどでくべたところ、
 村中が良い香りに包まれたとある。

 淡路島の「お香」産業は、この時から始まったのであろう。
 



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石楠花や秋津島根を創りし神

2009年04月28日 22時46分43秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月5日:旅行3日目:淡路島(3/8)

・伊弉諾神宮













今日の俳句:石楠花や秋津島根を創りし神

漢字の読み:石楠花・しゃくなげ
      秋津島根・あきつしまね=日本の国

俳句の季語:石楠花・春

俳句の大意:

 伊弉諾命・伊弉冊命を祀る。伊弉諾命が淡路島を生み、群神を生み終えて幽宮を淡路之洲に営んだのが、当社の始まりという。というのが今日の俳句:石楠花や秋津島根を創りし神

漢字の読み:石楠花・しゃくなげ
      秋津島根・あきつしまね=日本の国

俳句の季語:石楠花・春

俳句の大意:

 「伊弉諾命・伊弉冊命を祀る。伊弉諾命が淡路島を生み、群神を生み終えて幽宮を淡路之洲に営んだのが、当社の始まりという。」
 というのが、伊弉諾神宮の案内である。

 これだけ読んで、おわかりになるでしょうか^^

 昔ばなし的に書きますね。

 この地球ができた大昔には、地球上はどろどろとして国らしきものもありませんでした。

 でも、天上界の「高天原(たかまがはら)」には、たくさんの神様がおられました。

 そのたくさんの神様の最後にお生まれになられたのが、伊弉冊(イザナミ)様という女の神様でした。

 高天原の神様たちは、「どうにかして、下界に立派な国を作ろう。」と相談なさいました。

 そこで、伊弉諾(イザナギ)と伊弉冊(イザナミ)の二人の神様をお呼びになって、
 「お前たち二人は、これから下界に降りて、立派な国をこしらえてほしい。」と
命じられました。

 さらに「この矛(ほこ)を持って行くがよい。」と言って、1本の長い矛をくださいました。

 イザナギは「ありがとう、ございます。」
 「では、行ってまいります。」といって、イザナミの手を取って、高天原をお発ちになりました。

 高天原から下界の間には「天の浮橋(あまのうきはし)」という橋がかかっていました。

 イザナギとイザナミの神様は、その橋の上に立って、しばらく下界を眺めておりました。

 イザナギはイザナミに「国を造るには、どうしたらよいのだろう。」といいました。イザナミにも良い考えは思い浮かびませんでした。

 しばらくすると、イザナギが「どうなるかわからないが、この矛を下ろして、このどろどろしたものを、かき混ぜてみよう。」というと、イザナミも「私も同じことを考えていました。」といわれました。

 イザナギは下界に広がっている、脂のようなどろどろとした潮の中に矛を下ろしました。静かに引き上げると、矛先からぽたぽたと潮の雫がしたたり落ち、それが見る間に一つの小さい島が出来上がりました。

 このできた小さな島を「おのごろ島」といいました。

 イザナギは「ごらん、あんなに美しい島ができたよ。あの島に行ってみよう。」とイザナミの手を取ってその島に降り立ちました。

 島に着くと、島の真ん中に「天御柱(あまのみはしら)」という、立派な柱を立て、立派なご殿(てん)もおつくりになりました。

 ご殿ができると、「さあ、これから国を産むことにしよう。」といいました。
 イザナギは左から、イザナミは右から柱を回りました。
 出会ったところで、
 イザナギが、「ああ、立派な女だ。」
 イザナミが、「ああ、立派な男でいらっしゃいますこと。」と抱き合いました。

 しばらくすると、イザナミは立派な国をお産みになりました。
 一番最初が、淡路島。次が四国。次が隠岐島。次が九州。次が壱岐島。
次が対馬。次が佐渡島。最後に秋津島(本州)をお産みになりました。

 そのほかにもたくさんの小さな島もお産みになりましたが、大きな島は、
上の大きな八つの島なので、日本を「大八洲(おおやしま)」ともいいました。


 この「古事記」「日本書紀」に書かれていることから、「淡路島」が日本の
最初の島といわれるわけです。
 最初に二人が降りた「おのごろ島」は未だに、どこの島か、わかっていません。

 このイザナギとイザナミを祀っているのが、淡路島の伊弉諾神宮なのです。 


 

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・おまけ





 北海道は26日午後から大雪でした。50センチ以上も降ったところもありました。じぃじのところも、15センチほど、積もりました。

 24日に手術をして、28日にはこのバンゾウコウもはがれました。
 あとは、5月1日に抜糸です。^^
 ご心配くださいました、皆様、こころから、お礼を申し上げます。
いい男が、ばんそうこうを貼っている顔では、かわいそうなので
 はずしますね。ハハハ・・
 (バンソウコウしていても、外してもおんなじなんですがね^^)じぃじ








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大金塊削りし疵あり金盞花

2009年04月24日 13時27分40秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月5日:旅行3日目:淡路島(21/8)



・静御前4枚


・これが本当の静の墓なのか?


・こちらが本当なのか?





・1億円の大金塊2枚






今日の俳句:大金塊削りし疵あり金盞花

漢字の読み:疵:きず
      金盞花:きんせんか

俳句の季語:金盞花:春

俳句の大意:

  「静御前の墓」は、NHKの大河ドラマで「義経」が放映された時から、
  新潟の栃尾市・高徳寺坂にあるとばかり思っていた。
  その静御前の墓が、淡路島津名町にもあろうとは思わなかった。

  この津名町の案内板には「夫との愛別離苦の嘆き」と書かれているが、
  静御前は、源義経の愛妾と思っていた。
 
  もっとも、この時代のものはあくまでも伝承のことであり、
  どちらが正しいかなんて詮索(せんさく)はしないほうがいい。


  静御前の母も「磯禅尼」という白拍子だったといわれている。
  静も母と同様に白拍子となり、京の都で舞を舞っていたところを、
  源氏の若大将源義経の目にとまり、その愛妾となるわけです。

  義経は兄の頼朝に追われる身となり、静と別れなければならなくなります。
  静は頼朝の追っ手に捕らえられ、鎌倉の頼朝の前に引き出されます。
  頼朝と妻の政子は静に舞を所望し、静はやむなく、扇を手に舞い始めます。

  ・吉野山峰の白雪踏み分けて 入りにし人の跡ぞ恋しき

  生き別れた義経を慕い切々と歌い、舞う静に、
  頼朝は烈火のごとく怒り刀に手をかけます。

  その頼朝を妻の政子が「主を思う女心は、女にしかわからないものです」と
  いう政子の言葉に、言葉に頼朝は怒りを解き、静は命を救われます。
  さらに、静は続けて歌い踊ったと言われています。

  ・しずやしず静の苧環(おだまき)くりかえし 昔を今になすよしもがな
 
  義経は平泉に落ちのび、その後はいろいろな「義経伝説」が生まれます。
  義経が蝦夷(北海道)に逃げのびたとか、ジンギスカンになったとか、
  どこで死んだのかはっきりしてはいません。
  それが、淡路島津名町に、義経と静の墓が並んでたてられているとは、
  なんと淡路島の人は奥ゆかしいのかと思わずにはいられなかった。

  ちなみに、じぃじの住む「恵庭市」にも、義経が埋蔵金を埋めたという、
  場所がある。
  意外に本当かも知れませんよ。
  どなたか掘り出す人はいませんでしょうか。^^


  この「静の里公園」には、もうひとつ見るものがあった。
  かつての「ふるさと創生資金」で、ど~~んと、
  1億円の大金塊を買ったのである。
  「本日の価格」ということで、訪れた日は、「1億5千6百万円」と、
  表示されていた。

  こすったら、いくらかでも、手に金がつかないかと思い、
  2,3度なでてみたが、金はつくことはなかった。
  (バイ菌はついたかも^^)

  麻生さんも「定額給付金」なんて、個人に配らないで、
  それぞれの村・町・市の人口比に対して、
  まとめてよこしたら、今はなんに使うことだろう。

  じぃじの住む恵庭市ではなんに使ったのであろう?
  北海道の「大滝村」では、日本一のトイレを作った。
  いつ行っても花に包まれたピアノが自動演奏されている。




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たこやきを放れる春の海は凪ぎ

2009年04月24日 00時11分27秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月5日:旅行3日目:淡路島(1/8)


・たこフエリー2枚




・世界平和大観音


・八浄寺(大黒さま)3枚







今日の俳句:たこやきを放れる春の海は凪ぎ

俳句の漢字:凪ぎ:な・ぎ

俳句の季語:春の海:春

俳句の大意:

  「たこフエリー」に乗って、淡路島に向かう。
  明石から、淡路島までは約4キロという。
  船でもあっという間についてしまった。

  俳句だけを詠んだんでは、まるで意味のわからない俳句だ。
  たこフエリーを待っている間に、たこ焼きを買って食べた。
  たこ焼きは初めてというわけではないが、
  「明石のたこ焼き」は有名ということで、Rさんが買ってくださった。

  船が出るまでに、1つ入れたが、なんとも熱い。
  船に入って食べようということで、残りを船に持って入った。
  ところが、Rさんは、海にひとつづつ放ってしまった。
  思うところ、あまり、おいしいたこ焼きではなかったようだ。

  船が、明石海峡大橋の下をくぐって進む。
  橋ができたのだから、船に乗る人は少ないと思っていたが、
  船にもたくさんの人が乗っているし、自家用車もけっこう乗っている。
  橋ができても、船を利用する人は多いのだ。

  淡路島について、一番先に目に飛び込んだ来たのが、
  「世界平和大観音」であった。見上げるだけでも大きなものである。

  車をしばらく走らせると、「八浄寺」で、七福神の大黒天を、
  おまつりしている。

  Hさんの話では、小さなお寺であったのを、七つのお寺の住職が集まり、
  相談の結果、七福神をお祭りすることにしてから、
  淡路島一周で「七福神詣で」が、今では人気となり、
  それぞれ、繁盛して大きくなっているという。

  お寺も、商売が上手だと繁盛するよい例といえるだろう。
  大黒様も余間(よま)に、極彩色で、見るからにけばけばしいお姿である。
  住職の話も人を引き付ける魅力があるせいかもしれない。
  やはり、口がうまくないと、人を引き付けられないのかもしれない。

  中国でも、御寺は老人のものではなく、若者の集まるところだが、
  このお寺も、若者の姿がたくさん見受けられた。
  数珠やお線香ばかりではなく、腕輪、おまもり、ストラップなど、
  販売所も大々的にやっている。
  新しいお寺のあり方を見た思いがする。

  お寺の前は、花を栽培しているフレームが並んでいる。
  金盞花(きんせんか)の花が、北海道とはちがい、
  丈の高いものが、眼を癒してくれた。
 
     




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旅終へし心満ちたり黄水仙

2009年04月23日 12時42分16秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ













今日の俳句:旅終へし心満ちたり黄水仙

俳句の季語:黄水仙・春

俳句の大意:北海道にも春がやってきた。
      じぃじのところの狭い庭にも、エゾつつじが咲き、黄水仙が咲き出し      た。

      それでも、まだ、雪の降る天気予報が連日出され、
      冬タイヤから、夏タイヤに履き替えられないでいる。

      桜は今、津軽海峡を渡っているという。
      じぃじの家の桜が咲くまでには、まだまだである。

      昨日はウオーキングの指導者講習会で、2時間ほど歩き、
      今日は「句写美・19号」を発送できた。
      明日は右目の手術が待っている。
      
      春は何かと忙しい。
      「淡路島」の写真に入る前に、一区切りとして、
      じぃじの家の庭に咲く花をアップした。

      このところ、写真を見て下さる人も少なく、
      書き込みをして下さる方も、昨日は4人と激減した。
      じぃじのブログには魅力がないのだろう。ハハハ  
      

敦盛の墓に詣でて山桜

2009年04月22日 19時48分46秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月4日:旅行2日目:須磨浦公園(2/2)




・蝸牛(かたつぶり)角(つの)ふりわけよ須磨明石・芭蕉









・俳句のお友達・一勝さんが描いた墨絵・平敦盛



今日の俳句:敦盛の墓に詣でて山桜

漢字の読み:敦盛・あつもり=平敦盛

俳句の季語:山桜・春

俳句の大意:

 「須磨浦公園」にも芭蕉の句碑が建立されていた。
 芭蕉がこの須磨浦に来たのは、
 貞亨5年(元禄元年・1688)四月八日に奈良・丹波・八木・大阪・須磨・明石・
 山崎を経て23日に京都に入っている。
 この旅の時に作られた作品である。

 「はひわたるほどといへるも、ここの事にや」と前書がついている。
 この言葉は、「源氏物語・須磨」に「はひわたる」と出てくる言葉で、
 這い渡るから、「蝸牛」を季語とした。
 というのが、これまでの定説であるが、そこまで深く考えずとも、
 この地で見た、「かたつむり」を見て、思いついたものであろう。

 なお、「蝸牛」は現在では「かたつむり」と読むのが一般的だが、
 芭蕉さんの時代は「かたつぶり」と読んでいた。

 この須磨浦公園に、「敦盛の墓」がある。
 五重積みの古代墓の趣が、時代を感じさせてくれる。
 
 一勝さんが、じぃじの須磨寺で貼った、直実と敦盛の騎馬像をみて、
 描いたものである。実に生き生きとした躍動感がある。
 きっとこのように、野山を駆け回っていたのであろう。

 この旅行2日目は、午後から明石公園の茶室で、
 「句写美俳句会」と「書談会」の合同俳句会が開催された。
 参加者は20名ほどで、楽しい俳句会であった。

 この夜は、明石でとまったが、修学旅行生と一緒になり、
 うとうとできたのは2時間ほどであった。
 じぃじも修学旅行で、何度も引率した。なつかしい思い出でもある。

 次回からは、淡路島を8回(予定)でお届けします。
 
 



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春の海見下ろす丘や蕪村の碑

2009年04月21日 23時31分19秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月4日:旅行2日目:須磨浦公園(1/2)














今日の俳句:春の海見下ろす丘や蕪村の碑

漢字の読み:蕪村・ぶそん

俳句の季語:春の海・春

俳句の大意:

 須磨浦公園に連れて行っていただいた。
 俳句では「丘」としたが、正確には「鉢伏山」へ登る裾野である。
 その「鉢伏山」の上には、さらに「旗振山」がある。
 六甲山脈の一部であるのだ。

 ここには、蕪村句碑が建っている。
 蕪村の俳句の中でも、もっとも有名な、
 「春の海終日(ひねもす)のたりのたりかな」の句である。

 蕪村が須磨に来遊したのはいつなのかさだかではない。
 しかし、この句が初出するのは宝暦13年(1763)の「俳諧古選」であり、
 それ以前であることは確かである。

 「のたり」とは、「ゆるやかにうねるさま」だが、
 「のたりのたり」と、くりかえしたことにより、
 春の海の穏やかな様が見えてくるのである。
 
 須磨・明石の海はまったくこの通りで、実に穏やかな海であった。
 丘の上から見ると、須磨の海がまるで鏡のように見える。
 じぃじなど、北の荒れ狂っている海しか見ていないので、
 こうした穏やかな海を見ると、心が穏やかになってくる。

 丘の下の方には、山陽電鉄本線が走っている。
 芭蕉さんや蕪村さんがこの景色を見たらなんということであろう。
 海には「須磨海づり公園」が伸びている。
 釣り人には楽しい場所であろう。

 5枚目の写真を、うっかり須磨寺のところで貼ってしまったが、
 須磨浦公園にあるもので、虚子が子規の五十年忌を記念して
 建立したものである。
 
 6枚目の写真は、五十嵐播水の句碑である。
 「下り佇(た)てば遅日(ちじつ)の淡路(あわじ)籬(まがき)の上に」
 と、読む。

 播水は姫路の生まれで、京大医学部を卒業し、昭和9年に「九年母」の、
 主宰となり、神戸、姫路地区の俳句指導に当たられた方である。

 



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前庭に春の潮据え孫文館

2009年04月21日 16時28分47秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月4日:旅行2日目:明石海峡大橋(2/2)






・孫文像(別号・中山)









今日の俳句:前庭に春の潮据え孫文館

漢字の読み:潮・しお
      孫文館・そんぶんかん

俳句の季語:春の潮・春

俳句の大意:

  「明石海峡大橋」の明石側の橋の袂に、
  「孫文記念館(重要文化財・移情閣)」がある。

  中国にいたとき、南京市にある「中山陵」に3度参拝した。
  また、中国では「中山路」という孫文の名にちなむ道が、
  各都市にある。

  孫文は中国の革命家・政治家・思想家である。
  「孫文(そんぶん)」は別号を「中山(ちゅうざん)」といい、
  中国では、孫文より、中山のほうが通りがよく、国民に親しまれている。

  神戸では外観が六角(実際には八角)に見えるところから、
  「舞子の六角堂」と呼ばれ、親しまれているという。

  この建物と孫文の関係は、孫文が1913年3月14日に神戸に来た時に、
  神戸にいた中国人や経済界の有志が開いた歓迎の昼食会が、
  この場で開催されたということである。

  豊水さんや利久さんは、この場所で戦時中に勉強されたという。

  前庭には春の潮が、
  横庭には「モニュメント・夢レンズ」を面白いと思った。
  今年初めてのチューリップを美しいと思った。
  



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春雨に煙る淡路やたひらけし

2009年04月20日 19時54分52秒 | 俳句と写真で美を求める=句写美じぃじ
2009年4月4日:旅行2日目:明石海峡大橋(1/2)














今日の俳句:春雨に煙る淡路やたひらけし

俳句の漢字:煙る・けぶ・る

俳句の季語:春雨・春

俳句の大意:

 須磨寺に詣でた後、「明石海峡大橋」に連れて行っていただいた。
 全長約4キロ、中央支間は約2キロで世界最長の吊り橋である。
 1995年1月17日の阪神・淡路大震災で地盤がずれ、1m伸びたという。
 すべて、豊水さんの説明である。

 明石海峡大橋(あかしかいきょうおおはし)は、
 兵庫県神戸市垂水区東舞子町と 淡路市岩屋とを結ぶ、
 明石海峡を横断して架けられた世界最長の吊り橋である。

 路線名は国道28号(神戸淡路鳴門自動車道)である。
 車線数は6車線(片側3車線)で設計速度は100km/hに設定されている。

 上の写真の、左のコンクリート部分がケーブルを固定している神戸側、
 アンカレイジ部である。
 
 この上から見た写真が、2、3枚目である。
 下を見ただけで、恐怖感が先に立ち、足がすくんでしまう。

 神戸側の橋脚部であり、春雨に煙る対岸は淡路島である。
 内海のせいであろうが、波ひとつない。
 北海道では考えられない穏やかな海である。






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 朝は2位だったのが3位に落ちてしまいました。

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