寒くなってきましたね~
でも、こんな寒さ、へっちゃらかな??
寒さに負けそうな人も、寒さなんかなんともない人も、
12月6日(土)は甲府城で鬼ごっこですよ!!
甲府城にある稲荷曲輪(いなりくるわ)というところで、鬼ごっこ大会を開催します☆
時間は10時から11時半
対象は小学生です
体を動かして、あったかくなりましょう
お友達を誘って、みんな来てね~
でも、こんな寒さ、へっちゃらかな??
寒さに負けそうな人も、寒さなんかなんともない人も、
12月6日(土)は甲府城で鬼ごっこですよ!!
甲府城にある稲荷曲輪(いなりくるわ)というところで、鬼ごっこ大会を開催します☆
時間は10時から11時半
対象は小学生です
体を動かして、あったかくなりましょう
お友達を誘って、みんな来てね~
こんにちは。
くろちゃんだよ(#^.^#)
甲府は昨日から良い天気だね~♪
甲府城からは世界遺産の富士山もハッキリ見えたよ。
ほら、僕の撮った写真
綺麗だよね~。
あ、そうそう
石垣の補修工事の話なんだけどさ…。
いよいよ天守台の石垣補修が始まったよ!
最後まで、石を一つずつ、こぴっと調査(^O^)♪
くろちゃんだよ(#^.^#)
甲府は昨日から良い天気だね~♪
甲府城からは世界遺産の富士山もハッキリ見えたよ。
ほら、僕の撮った写真
綺麗だよね~。
あ、そうそう
石垣の補修工事の話なんだけどさ…。
いよいよ天守台の石垣補修が始まったよ!
最後まで、石を一つずつ、こぴっと調査(^O^)♪
こんにちは!
今日はしっかり晴れわたったね
甲斐駒や鳳凰三山など南アルプス連峰はすっかり雪をかぶっていて、とってもキレイ
朝日に照らされた霞の向こうの富士山も幻想的でした
さて、昨日の続きだよ~
昨日写真を載せた瓦の家紋は、「違い鷹の羽」といって浅野家の家紋です。
「忠臣蔵」で知られる赤穂浅野家と同じだよ。(本家は広島藩ね)
甲府城ツウのみなさんにはもうお馴染みかもしれないけれど、浅野氏は甲府城築城の功労者です。
豊臣秀吉政権下で築城が開始された甲府城は、浅野長政・幸長(よしなが)親子の時代に完成したといわれてるンだ。
特に長政は五奉行メンバーで秀吉の重臣の一人だよ。
この浅野親子、某局の大●ドラマ「黒田●兵衛」や、BSで再放送中の「独眼竜政宗」にもちょくちょく?出てくるよ。
黒田如水の息子の長政と浅野幸長が仲良く語らったりしてたかなぁ……自信ない…
政宗と浅野長政がケンカしていたり……ね
最近12月になっても「忠臣蔵」の映画やドラマをやらなくなってきたけれど、いつか見る機会があったら、
浅野長矩の着物のマークをチェックしてみてね
あ、ちなみにこれと同じ家紋の軒丸瓦が、甲府城稲荷櫓の中で展示されているよ!
どこかな~?
うわっ、写真ブレブレだぁ 見づらくてごめんね でも載せちゃうっ(笑)
今日はしっかり晴れわたったね
甲斐駒や鳳凰三山など南アルプス連峰はすっかり雪をかぶっていて、とってもキレイ
朝日に照らされた霞の向こうの富士山も幻想的でした
さて、昨日の続きだよ~
昨日写真を載せた瓦の家紋は、「違い鷹の羽」といって浅野家の家紋です。
「忠臣蔵」で知られる赤穂浅野家と同じだよ。(本家は広島藩ね)
甲府城ツウのみなさんにはもうお馴染みかもしれないけれど、浅野氏は甲府城築城の功労者です。
豊臣秀吉政権下で築城が開始された甲府城は、浅野長政・幸長(よしなが)親子の時代に完成したといわれてるンだ。
特に長政は五奉行メンバーで秀吉の重臣の一人だよ。
この浅野親子、某局の大●ドラマ「黒田●兵衛」や、BSで再放送中の「独眼竜政宗」にもちょくちょく?出てくるよ。
黒田如水の息子の長政と浅野幸長が仲良く語らったりしてたかなぁ……自信ない…
政宗と浅野長政がケンカしていたり……ね
最近12月になっても「忠臣蔵」の映画やドラマをやらなくなってきたけれど、いつか見る機会があったら、
浅野長矩の着物のマークをチェックしてみてね
あ、ちなみにこれと同じ家紋の軒丸瓦が、甲府城稲荷櫓の中で展示されているよ!
どこかな~?
うわっ、写真ブレブレだぁ 見づらくてごめんね でも載せちゃうっ(笑)
こんにちは。
最近このブログのアクセス数がじわじわ増えてきました!
みなさん、いつもご覧いただきありがとうございます
さて。昨日からあいにくの雨模様
気温はそれほどでもないけれど、やっぱり薄ら寒いよね。
今年はノド風邪が流行っているそうだから、みんなも気をつけてね!
くろちゃんの風邪予兆はいつもノドから始まるので、水分とビタミンを摂って予防しています
夜はマスクして寝るとノドが乾かないし、顔も暖かいから一石二鳥だよ!(クマなのに顔が寒いの?とかツッコまないでね)
みんなは鼻から?喉から?(笑)
話しはガラリと変わるけど、先日、甲府城丸の内事務所の駐車場では何やら水桶でジャブジャブやってたんだ~。
覗いてみたら、土器洗いならぬ、瓦洗いをしていたよ。
先月の県庁の試掘調査で出てきた瓦なんだって
むむむ、この瓦、何かのマークが入っているぞ
→
洗って土を落とすと…… じゃーん、家紋が出てきました!
あれれ、どこかで見た家紋の欠片だぞ?
なんていう家紋だったかな
甲府城にとっても縁のある武将の家紋なんだけれど……完形じゃないからわかりにくいかな??
答えはまた明日ね~
最近このブログのアクセス数がじわじわ増えてきました!
みなさん、いつもご覧いただきありがとうございます
さて。昨日からあいにくの雨模様
気温はそれほどでもないけれど、やっぱり薄ら寒いよね。
今年はノド風邪が流行っているそうだから、みんなも気をつけてね!
くろちゃんの風邪予兆はいつもノドから始まるので、水分とビタミンを摂って予防しています
夜はマスクして寝るとノドが乾かないし、顔も暖かいから一石二鳥だよ!(クマなのに顔が寒いの?とかツッコまないでね)
みんなは鼻から?喉から?(笑)
話しはガラリと変わるけど、先日、甲府城丸の内事務所の駐車場では何やら水桶でジャブジャブやってたんだ~。
覗いてみたら、土器洗いならぬ、瓦洗いをしていたよ。
先月の県庁の試掘調査で出てきた瓦なんだって
むむむ、この瓦、何かのマークが入っているぞ
→
洗って土を落とすと…… じゃーん、家紋が出てきました!
あれれ、どこかで見た家紋の欠片だぞ?
なんていう家紋だったかな
甲府城にとっても縁のある武将の家紋なんだけれど……完形じゃないからわかりにくいかな??
答えはまた明日ね~
やあ、みんな
昨日のクイズの正解だよ~!!
A4:①
甲府城の石垣に使われている石は安山岩です。それは、甲府城の裏手にある愛宕山や甲府城が建っている丘でとれました。
A5:①
明治時代になると、いま県庁がある辺りや駅前の一部、JRの路線によって分割され、小さくなっていきました…。今は元あった大きさの1/3程度です。
A6:②
甲州街道を通って江戸から甲斐へ来るには、大人の足で3泊4日かかったと言われています。ちょうど城下町を出る辺りで、静岡方面に向かう駿州道と、長野方面に向かう信州道に分かれました。
どれも、甲府城を理解する上で大事なことだね
昨日のクイズの正解だよ~!!
A4:①
甲府城の石垣に使われている石は安山岩です。それは、甲府城の裏手にある愛宕山や甲府城が建っている丘でとれました。
A5:①
明治時代になると、いま県庁がある辺りや駅前の一部、JRの路線によって分割され、小さくなっていきました…。今は元あった大きさの1/3程度です。
A6:②
甲州街道を通って江戸から甲斐へ来るには、大人の足で3泊4日かかったと言われています。ちょうど城下町を出る辺りで、静岡方面に向かう駿州道と、長野方面に向かう信州道に分かれました。
どれも、甲府城を理解する上で大事なことだね
みんな、今日はクイズの2回目だよ~
わかるかな??
Q4:甲府城の石垣の石は、どこから運ばれたものでしょう?
選択肢:①裏手にある愛宕山 ②世界遺産の富士山 ③昇仙峡付近
Q5:お城の範囲は今も昔も変わっていないでしょうか?
選択肢:①小さくなっている ②変わっていない ③広くなった
Q6:甲府城下町には、貴重な道が通っていました。何という道でしょうか?
選択肢:①東海道 ②甲州街道 ③北海道
正解は、明日ね~
わかるかな??
Q4:甲府城の石垣の石は、どこから運ばれたものでしょう?
選択肢:①裏手にある愛宕山 ②世界遺産の富士山 ③昇仙峡付近
Q5:お城の範囲は今も昔も変わっていないでしょうか?
選択肢:①小さくなっている ②変わっていない ③広くなった
Q6:甲府城下町には、貴重な道が通っていました。何という道でしょうか?
選択肢:①東海道 ②甲州街道 ③北海道
正解は、明日ね~
やぁ、みんな♪
くろちゃんだよ(^o^)!!!
今日から解答編をやるよ。
みんな、クイズ、挑戦してくれたかな?
では、行くよ~。
A1:②約400年前
江戸時代が始まる少し前、安土桃山時代につくられたお城です。
A2:③豊臣秀吉
武田家滅亡後、織田・徳川と為政者が移り変わり、豊臣家が甲斐を支配していた時につくられました。
A3:③ほとんど加工していない石が積まれている
巨石をほとんど加工しないで積み上げる、野面積みという積み方です。お城の石垣の中でも特に古い時期のものの特徴で、大変貴重です。
どうだった?
疑問に思ったことやわからないことがあったら、調べてみよう!
くろちゃんだよ(^o^)!!!
今日から解答編をやるよ。
みんな、クイズ、挑戦してくれたかな?
では、行くよ~。
A1:②約400年前
江戸時代が始まる少し前、安土桃山時代につくられたお城です。
A2:③豊臣秀吉
武田家滅亡後、織田・徳川と為政者が移り変わり、豊臣家が甲斐を支配していた時につくられました。
A3:③ほとんど加工していない石が積まれている
巨石をほとんど加工しないで積み上げる、野面積みという積み方です。お城の石垣の中でも特に古い時期のものの特徴で、大変貴重です。
どうだった?
疑問に思ったことやわからないことがあったら、調べてみよう!
こんにちは♪
くろちゃんだよ。
僕は相変わらず、連休中も、甲府城のことで頭がいっぱいだったよ…。
そこで、一日3問ずつ、3日間かけてみんなにクイズを出題しようと思うんだ!
全部で9問だよ。3日間にわたって出題するね!!
問題文をよ~く読んで、①~③から1つ選んでね。
レッツチャレンジ♪(*^_^*)
Q1:甲府城がつくられたのは、今から何年前のことでしょう?
選択肢:①約100年前 ②約400年前 ③約1000年前
Q2:甲府城は、誰の命令でつくられたお城でしょう?
選択肢:①源頼朝 ②武田信玄 ③豊臣秀吉
Q3:甲府城の石垣には、どのような特徴があるでしょう?
選択肢:①コンクリートでつくられている ②石をブロック状に加工して積まれている ③ほとんど加工していない石が積まれている
今日はここまで。
みんな、どうだった?
解答は後日!
じゃ、また明日ね~(*^^)v
くろちゃんだよ。
僕は相変わらず、連休中も、甲府城のことで頭がいっぱいだったよ…。
そこで、一日3問ずつ、3日間かけてみんなにクイズを出題しようと思うんだ!
全部で9問だよ。3日間にわたって出題するね!!
問題文をよ~く読んで、①~③から1つ選んでね。
レッツチャレンジ♪(*^_^*)
Q1:甲府城がつくられたのは、今から何年前のことでしょう?
選択肢:①約100年前 ②約400年前 ③約1000年前
Q2:甲府城は、誰の命令でつくられたお城でしょう?
選択肢:①源頼朝 ②武田信玄 ③豊臣秀吉
Q3:甲府城の石垣には、どのような特徴があるでしょう?
選択肢:①コンクリートでつくられている ②石をブロック状に加工して積まれている ③ほとんど加工していない石が積まれている
今日はここまで。
みんな、どうだった?
解答は後日!
じゃ、また明日ね~(*^^)v
じゃーん
坂下門の石垣補修の足場が一部撤去されました~。
うーん、美しい!!
石垣の上で悪さをしていた木の根っこもキレイに取り払われて、見た目もとってもスッキリですね。
見学に行きましたら、ちょうど補修が終わった石垣のテープを剥がしているところでした。
ここの修理はこれで完了!
以前、石垣ひとつひとつにカルテがあるということに触れましたが、補修のはじめと終わりに測量して記録を残すことで、
どのように直したか、また古い石と新しい石がどれであるか、後世でもちゃんとわかるようにしているんですね。
ちょうど現場にいらっしゃったエノモトさんにお話をうかがいましたよ。
平成2年からの事業ですが、その時から携われているベテランさんです。
甲府城は加工していない石を利用する野面積みですから、加工した石を積むのとは違う大変さがある模様。
また、歴史史跡としての文化的価値を残すことと、都市公園として安全を図るという兼ね合いの難しい狭間でご苦労があるようです。
補修や修復にも色々考え方ややり方があって、一から積み直すという方法もありますが、それではせっかく残っている
本来の石垣ではなくなってしまいます
甲府城の石垣補修では、詰石を叩きしめたり、スカスカの部分には新しく詰め直したりして、
最低限の補修で強度を高めるようにしています。
ただ、上の石でどうしても不安定なものは、一部分積み直したりもしたそうですが、
きっと長年の経験などから判断なされるんでしょうね
坂下門の石垣の次は銅門(あかがねもん)の方へと補修工事も移ります。
公園をご通行のみなさま、引き続きご協力をよろしくお願いします。
坂下門の石垣補修の足場が一部撤去されました~。
うーん、美しい!!
石垣の上で悪さをしていた木の根っこもキレイに取り払われて、見た目もとってもスッキリですね。
見学に行きましたら、ちょうど補修が終わった石垣のテープを剥がしているところでした。
ここの修理はこれで完了!
以前、石垣ひとつひとつにカルテがあるということに触れましたが、補修のはじめと終わりに測量して記録を残すことで、
どのように直したか、また古い石と新しい石がどれであるか、後世でもちゃんとわかるようにしているんですね。
ちょうど現場にいらっしゃったエノモトさんにお話をうかがいましたよ。
平成2年からの事業ですが、その時から携われているベテランさんです。
甲府城は加工していない石を利用する野面積みですから、加工した石を積むのとは違う大変さがある模様。
また、歴史史跡としての文化的価値を残すことと、都市公園として安全を図るという兼ね合いの難しい狭間でご苦労があるようです。
補修や修復にも色々考え方ややり方があって、一から積み直すという方法もありますが、それではせっかく残っている
本来の石垣ではなくなってしまいます
甲府城の石垣補修では、詰石を叩きしめたり、スカスカの部分には新しく詰め直したりして、
最低限の補修で強度を高めるようにしています。
ただ、上の石でどうしても不安定なものは、一部分積み直したりもしたそうですが、
きっと長年の経験などから判断なされるんでしょうね
坂下門の石垣の次は銅門(あかがねもん)の方へと補修工事も移ります。
公園をご通行のみなさま、引き続きご協力をよろしくお願いします。